イラスト共有サービス『pixiv』を運営するピクシブ株式会社が、クリエイターの創作活動を支援するファンコミュニティ『pixivFANBOX』を開設。「安定した収入で、好きなだけ創作活動に専念したい!」というクリエイターと「大好きなクリエイターを支えたい、もっと作品が見たい!」というファンの想いをつなぐサービスとして大きな反響を呼んでいます。

その仕掛け人が事業責任者の大塚智貴さん。この成功をどう受け止めているのか。そして、これからの展開は?その戦略を探ってみました。

大塚 智貴(おおつか・ともたか)
2016年ピクシブ株式会社新卒入社。pixivFANBOXの事業責任者。入社と同時に新規事業であるpixivFANBOXを立ち上げ、プロダクトマネージャーとして同サービスの企画、開発、運用を担当。クリエイターとして生きていける人が1人でも多くなるような世界の実現に向けて命を燃やしています。

支援は自分の価値が認められること

――ファンが月額制の支援金を払ってくれる。それによりクリエイターが創作活動のための定期的な収入を得られる。こういうサービスを待っていたクリエイターは多かったと思います。それを裏付けるように『pixivFANBOX』はサービス提供開始から5時間たたないうちに登録クリエイターの数は3,000人を超え、1日経たないうちに1万人を突破しました。この立ち上がりは予想通りでしたか?

予想を10倍上回りました。とはいえ戦略的にプロモーションを展開してきましたし、うまくハマったな、と。4月26日のリリースに向けてやることは多かったです。2016年12月から一部の『pixiv』ユーザーを対象にクローズドでサービス提供を開始し、約1年間のテストをやりました。その知見をもとに、全面的に見直して、再びリリースしましたので、その経験がうまく活かされましたね。

タイミングも良かったと思います。pixivユーザーだけでなく、VTuberにも目をつけてもらえたので。YouTubeは「チャンネル登録お願いします」と、YouTuberが言い出してからPVがグッと伸びましたよね。そういう流れが欲しかったんです。

――フルオープンでリリースするにあたって、一番心配したことは何だったのでしょう。

pixivユーザーの意識改革です。たとえば長年pixivで作品を発表してきたクリエイターは、ファンからお金をいただくことに抵抗があったようです。これ、今日のインタビューで一番話したいことですが、そういった傾向がまだ見受けられますので、その考え方を壊したい。もっと気軽に、お金を支援していただくことは卑しいことでも何でもなくて、自分の価値が認められることだと受け止めて、もっと自信を持って、ぐいぐい攻めていただきたいと思います。

――もう、みんながやりはじめているし、気楽に利用していただける状態になったといえそうですね。収益が得られる期待感でモチベーションが上がる人も多いのでは?

収益を得る「入口」を増やすことができましたから。多くのクリエイターがこれまではTwitterやpixivで作品を発表してフォロワーを増やし、最終的に出版社などの目に留まって商業の世界に行く流れでした。お金を稼げるようになるのは喜ばしいことですが、ファンとしては「あの人、行っちゃったか」と残念な気持ちもしますよね。クリエイターにしても商売になれば、手がけるのは発注者に依頼される作品で、自分の好きな作品を発表できるとは限らない。それがpixivFANBOXなら、ファンに支えてもらいながら、イラストレーターが自分の好きな作品を描き続けていける。そして安定した収入を確保していける。つくりたかったのは、昔の芸術家とパトロンのような関係でした。そんな新しい「出口」を見せられたことも大きかったと思います。

――贔屓のクリエイターをファンが応援するのであれば、月額制の支援金よりも、ネット投げ銭のほうが気軽だし、金額の集まりも良さそうな気がしますが。

投げ銭制はリアルタイム向きだと思うし、あまりやりたくなかった、というのが正直な話です。ゲーム実況などなら盛り上がると思いますが、イラストを描いたりするのは地道で時間のかかる作業ですから。それに瞬間的にたくさんの金額が集まっても、最終的にはクリエイターの収益が下がるだろうと判断しました。

何よりも僕がつくりたかったのは、ファンとクリエイターが関係を深められる仕組みでした。月額制の支援によって、お互いがそれぞれの立場の当事者として関わり合って欲しいと思ったのです。

ファンは見返りを求めていない

――サービスを全クリエイターに開放して、イラストレーターやデザイナーのほか、どんな人たちの参加がありましたか? また、参加が認められないのは、どんな場合でしょう?

宗教勧誘やセールスはお断りしていますが、創作活動であればジャンルに制限はありません。多いのはpixivと同じようにイラストやマンガ、小説。あとはコスプレイヤーとか。フォトグラファーや服飾デザイナーもいます。ユニークな例としては、農家という人も。

ミュージシャンの反響も多いですね。もともとpixivではクリエイター同士がつながって、ジャケットのデザインなど、お互いに仕事を発注し合うという関係もあったので、親和性が高かったようです。さらにユニークなコラボが生まれることも期待しています。

エンジニアで使ってくれている人も結構います。自分たちでWebサービスをつくり、提供していくうえでネックになるのが、サーバーの運用費用などのコスト。これまではカンパを募ったり、仲間で身銭を切ったりして出し合っていたものを、pixivFANBOXの支援で賄えるようになれば面白い。海外ではサーバーの運用費用などをパトロンサイトで賄うことは、すでに珍しいことではありません。そういう収益モデルが確立されることを期待しています。

――大塚さんは学生時代からクリエイター支援のサービスに興味があったと聞きました。

学生時代にバンドやDJをやっていて、イベント企画も手がけていました。自分の好きな曲をピックアップして流して、広めようと試みて。音楽が好きだったので、ミュージシャンの支援をしてみたいとは、漠然と考えていました。

就活の時はちょうどピクシブがイラストやマンガが中心のpixivだけでなく、すべての創作活動を応援していきます、みたいになってきたタイミングで、それで入社したのです。だったらクリエイター支援に自分の命を捧げてみようか、と。

今でも自分がロックスターになりたい夢は持っていて、CGアニメの映画をつくってみたいとか、そういう気持ちもありますよ。でも、この仕事に挑戦して面白いし、自分に向いていると思えるから、今はサービスをつくる側に回っている。できるからやっている感覚です。

――ピクシブに入社してから、ずっとpixivFANBOXのリリースに向けて準備してきたそうですが。

海外のパトロンサイトを見ていて、こういうのを僕もやりたいんです、と言いました。入社直後から新しいサービスの立ち上げを任せられ、興味のあることをやらせてもらい、毎月の給料もしっかりもらえて、ありがたい会社だと思います。

――約1年間のテスト期間中に、サービスを全面的に見直したそうですね。

実は、テスト運用したpixivFANBOXは、今とはまったく違う形態で、クリエイターのコンテンツを有料で販売する場所でした。pixivの人気イラストレーターのメイキング作品を1点300円で販売するみたいな。

しかし、いろんなコンテンツがネットに無料で転がっている時代に、これはないだろうと。もう泣きながら、協力をお願いする営業電話をクリエイターにかけまくりましたよ。しかし手応えとしては、200人に連絡して、20人の承諾がとれたかどうか。「そんな費用対効果が悪いこと、絶対にやりませんよ」とも言われました。

2016年12月から2017年の8月頃まで運用して「何か違うな?」と、あらためて考え直して、何より大切にしなければならないと感じたのはクリエイターとファンの関係性でした。そして、どういう関係性を築くのがベストか考え、月額で支えるカタチだと判断しました。

その背景には、ファンはクリエイターに対して、見返りを全然求めていないことがありました。それまでのテスト運用で、ファンが有料コンテンツを購入してくれたのは「応援しているクリエイターにお金が入るなら買ってあげたい」という気持ちからでした。コンテンツが欲しくてお金を出していたわけではなかったのです。

――なるほど。ただ、そこからの仕切り直しはものすごく大変だったのでは?

テストに協力してくれたファンには「ここはコンテンツを買う場所ではありません」、クリエイターには「ここはコンテンツをつくって売る場所ではなくて、作品を好きになってくれた人を支援者に変えていく場所です」と、強調して伝えていきました。その考えに共感してpixivFANBOXをはじめてくれたクリエイターが次々とあらわれて、ファンも増えて。もうその感動で大変だったことなんて忘れました。

あの人もやっている。自分もやってみよう

――正式にリリースして大反響の今、その努力は報われたといえますね。

4月26日、リリース直後からドーンと登録があって、2日目で約2万人。泣きながら営業していた自分に見せてあげたいですよ。今登録いただいている方の中には、テスト時代にお断りされた方もいてくださって。大変でしたけど、やはり変えて良かった。だからこそ今があると思っています。

結果として一番良かったのは、クリエイターが自分のがんばりが報われるサービスに登録できる仕組みができて、「あの人もやっている。自分もやってみよう」とムリなく入ってきてくれるようになったこと。「好きな作品を発表してお金をもらっても良いんだ」という空気を醸成できた。ファンの人にも「こんな人がいる。あんな人も」と気軽に楽しんでもらえる環境をつくれた。それが何より良かったと思います。

pixivを卒業して、商業の世界に行ってしまった人も、また戻ってきて投稿してくれるようになってきています。それもうれしいことです。商業の世界だと、頼まれているうちが花で、依頼があれば片っ端から受けなきゃいけないみたいなプレッシャーがありますよね。pixivFANBOXなら、その点でも、自分の好きな作品を、自分のペースで発表していけるメリットがあります。

――クリエイターの働き方を変えるサービスといえそうですね。

そうですね。そのためにも、たくさんの支援金を集められる人には、しっかりと稼いでほしいと思います。でなければ登録クリエイター全体の収入が底上げできず、皆さんのがんばりに報いるサービスとしては不完全だと思いますので。

――これから先に目指すものは?

クリエイター同士、さらにはクリエイターとファンが一緒になってビジネスを成立させていくようなサービスをつくること。コラボした作品を売り出したり、クリエイターが発表する作品の制作のためにファンが資本金を出して商業ベースに乗せたり、きちんと仕事になっていくようなモデルができていけば理想的ですね。

そのために制作の途中経過はきちんと情報共有して欲しいですね。ファンとつながり、絆を深めていくことが何より大切で、そこからお互いの間に、さらに新しい関係も生まれていくのではないかと期待しています。

「クリエイターなんて不安定な仕事は辞めなさい」みたいに言われることは、いまだにあると思うのですが、そんなときに「僕、pixivFANBOXで毎月これだけ稼いでいるんだけど」と言えたらどうでしょう。面白そうだと思いませんか?

――わくわくします。ぜひ、そういう世の中になって欲しいですね。

インタビュー・テキスト:吉牟田 祐司(文章舎)/撮影:古林 洋平/編集:CREATIVE VILLAGE編集部

サービス紹介

pixivFANBOX


「pixivFANBOX」は、創作活動を行うクリエイターに対し、ファンが継続的な支援をすることができるファンコミュニティです。クリエイターが創作活動を報告していくことで自らのファンを集めて支援を受け、自分の好きな創作活動を続けられる世界を目指しています。

https://www.pixiv.net/fanbox