ネットイヤーグループ株式会社のシニアアートディレクターとして、さまざまなクライアント企業のWebビジネスをサポートしている傍ら、最近『ウェブデザインの思考法』を出版された金 成奎さん。その金さんがいつも動向や発言を参考にしているという、Webに関するコンサルティングや講演、執筆など幅広い活動をされている長谷川 恭久さん。今回、初対面のお二人に、現在のWebデザインとUI/UX、その周辺の課題、今後の理想形などについて語り合っていただきました。
金 成奎(きん・せいけい)
ネットイヤーグループ株式会社
UXデザイン部 カスタマーエクスペリエンス事業部
シニアアートディレクター
早稲田大学第一文学部卒業後、Webデザイナー/アートディレクターとして事業会社、広告代理店、メディア開発会社などで経歴を重ね、2012年よりネットイヤークラフト(現ネットイヤーグループ)に入社。コーポレートサイトから自治体・交通・学校法人などのサービスサイト、業務アプリケーションまで、数多くの大規模リニューアルプロジェクトのビジュアルデザインやアートディレクションを手がける。2019年5月に『ウェブデザインの思考法』を出版。
長谷川 恭久(はせがわ・やすひさ)
デザインやコンサルティングを通じてWebの仕事に携わる活動家
アメリカの大学にてビジュアルコミュニケーションを専攻後、マルチメディア関連の制作会社に在籍。日本に帰国後、数々の制作会社や企業とのコラボレーションを続け、現在はフリーで活動。事業会社を中心に、デザイナーが活躍できる環境づくりなどのコンサルティングを行っている他、各地でWebに関する様々なトピックの講演やワークショップを開催。多くの雑誌で執筆もしている。著書は『Experience Points』など。
転換期を迎えているWebデザイン
長谷川 少し前に、出版イベントが開催されていましたよね。『ウェブデザインの思考法』を出した理由は何ですか?
金 デザインを良くする方法はいろいろあって、部分ごとに語られている書籍はあるものの、そもそもWebデザインとしての品質ってちゃんと定義・体系化されていないのではないか。そこにこだわりたくて、この本を書きました。
長谷川 なるほど。実際、どのような内容になっているのですか。
金 簡潔に言うと、デザインを大局的に定義することから始め、情緒と機能の2軸によるWebデザインの体系化と、実際にその2軸の各項目を活用した理想的なWebデザインやデザイン方針の構築・立案方法の解説、といった内容になっています。
このように自分なりにWebデザインの「品質」について考える中で、業界の先輩にもそのあたりのご意見を伺いたく、今日は長谷川さんにお越しいただいた次第です。
長谷川さんは最近、Webデザインに関して気になっていること・課題に感じていることなどはどんなことがありますか?
長谷川 気になっているというか、悩みのように感じていることはあります。デジタル時代の今、ユーザーにとっては、SNSをはじめとしたさまざまな接点やコンバージョンポイントがある内の一つとして企業のWebサイトがあるという状況だと思いますが、その中で、多くの人のタッチポイントではなくなったWebサイトにコストをかけたり、公開した後に改善していくモノにじっくり時間をかけて作ることが、果たして費用対効果の面から考えてどうなのか、自分自身、よく分からなくなってきているんです。
金さんはどのように思いますか?
金 WebデザインというよりまずはWebサイトそのものの役割とか存在意義についてというお話ですね。確かにモノを売るとか、アクションが明確な場合においては、たぶん長谷川さんがおっしゃる通りだと思いますが、ブランディングやCSRなど別の観点からだと、まだまだWebサイトにおいてできることはあると考えています。
ターゲットに最適化したコミュニケーションが必要
長谷川 金さん僕は年齢が近く、同じ男性ですが、それでも趣味趣向も違いますし心が動くポイントも異なります。従来のWebサイトはすべての人に伝わるような作り方をせざるをえませんでしたが、今は金さんと私のようなちょっとした違いに対して異なるビジュアルコミュニケーションが可能な時代になりました。
ターゲットユーザー全体に対するビジュアルコミュニケーションと、さらに細かくセグメントを分けたときのコミュニケーションそれぞれブランドの筋を通すためにはどういう仕組み作りが必要なのか考えないといけないと思っています。
金 「セグメントを分けたときのコミュニケーション」というのはニーズや行動に応じてメディアやツールを使い分けるということですよね。
長谷川 はい、それが今はWebサイトだけではスコープが小さ過ぎると思っていて、広告をはじめとしたWebのタッチポイントでどういうコミュニケーションをとるべきか考えるタイミングに来ています。例えば、金さんと僕が同じブランドのシューズを履いていたとしても、Facebookを見た時のタイムラインはそれぞれ違います。こうした微妙な違いに対応して配信できるクリエイティブと、そこを統制するためのブランドというか、ビジュアル言語は必要な気がしています。金さんの書籍は「Webサイトデザイン」ではなく「Webデザイン」と書かれているのも、Webサイトだけにビジュアル言語の設計を留めるべきではないと伝えているのではないかと捉えました。
金 はい、その通りで、本書のデザインの定義の対象となるのは、サイトだけにとどまらず、Webやデジタル全般のビジュアルコミュニケーションであると考えています。
Web サイトの役割と戦略
長谷川 Webサイトを作ることを目的と考えるのではなく、デジタルストラテジーとかWebストラテジーといった感じで少し視野を広げて設計をしていくという思考が必要ですよね。
金 そうですね。ストラテジー=戦略において視野を広げるという意味だと、黎明期のホームページの役割はカタログみたいなもので、それこそ作って終わりでしたが、そこで商品を販売できたりカスタマーサポートを行えたり、あるいは求人も募集できたりと、どんどんデジタルで行える機能やストラテジーも成熟していきました。2019年現在はどうかというと、ダイバーシティやサスティナビリティという言葉もよく聞くようになっていますが、多くの企業がSDGsやCSRの面をもっと強化しようという流れが一つあると思います。こういった側面でWebサイトを活用できる部分はまだまだ多いのかなと思っています。
長谷川 ところで、信頼度調査を行っているエデルマンという広告代理店があるのをご存じですか。同社が毎年、世界各国の企業が出している情報がどのくらい信用されているのかといったランキングを発表しているのですが、日本は毎年下位(※1)に入っています。つまり、どんなに見た目が洗練させたWebサイトを作っても、閲覧している消費者はそこにある情報を信用していない可能性があります。もっとユーザーがいるところに向けてコミュニケーションを図っていくためには、確かにCSRやCRM的な視点が大切かもしれません。
(※1)参照URL : https://www.edelman.com/trust-barometer
最近、ライブ中継がすごく受け入れられていますが、ある程度の飾りや演出はあっても、本当らしく見えます。だからこそ、多くの人を魅了しているのでしょう。これからは、真実をきちんと伝え、ユーザーとコミュニケーションを取るためのデザインをしていくことを、考えていかなければなりませんね。
UIとUX
金 少しWebデザインからは離れますが、せっかくなのでもっと広義なデザインやUX (ユーザ体験) をめぐるいくつかの質問もさせてください。ここ数年、リアルな世界も含めた体験設計であるUXとWebの世界の設計であるUIとが、UI/UXといった具合にセットで語られることが多く、少し収まりの悪さを感じています。そのあたり、長谷川さんはどうですか?
長谷川 収まりは確かに悪いですが、僕はUI/UXという言葉はある意味、マーケティング的な標語だと捉えています。こうした言葉を使うことで、「私は今UIを担当しているから、次はもう少し広げてUXの視点も取り入れてみよう」と言えたり、この業界に興味をもって頑張ってみようと思えるのであれば、それはそれでいいのではないでしょうか。業界では広まってしまった言葉ですし、専門学校や大学ではこの名称でカリキュラムが組まれているので、UI/UXという言葉はなくならないと思います。
金 では設計や制作の現場において、UI/UXという概念にまつわるある種の収まりの悪さや違和感を抱えてしまっていることは、しょうがないことなのでしょうか。
長谷川 しょうがないとしても、ただそこで止まってしまっているのは問題ですね。例えば、「自分はUXデザイナーです」という人が、企画からコーディングまで幅広く携わっている現場は存在します。若いうちはいろいろなことに挑戦すべきですが、様々なことに関わると全体工程が遅くなるという問題があります。意味が広いUXが、そのまま仕事の範囲にも影響しているのかもしれません。
興味があるデザイナーも増えているだけでなく、デザイナーの募集数も増え続けていますが、何でもやることがUXデザイナーだと組織が成長しないですし、次のステップが見えにくいと思います。
海外の大企業だとUXデザインの文脈でリサーチャーやライターはもちろん、インタラクションを専門にした人など分業化が進んでいるので、似たようなことが日本の事例で増えることを期待しています。その道を、金さんを含む先輩たちが作ってあげなくてはなりませんね。
金 なるほど、もうちょっとUXを噛み砕いて業務を細分化するなり再定義するなりした上で、それにそったキャリアの積み方を考える必要がありそうですね。ちなみに長谷川さんは、そのようなUXデザイナーのジレンマを肌で感じることはありますか?
長谷川 なんとなく感じていますね。よくあるのが、デザインは課題解決ですと言っている割には、みんなが注目するのはリニューアルしましたみたいな視覚的なところに話題が集中してしまうところ。見た目を良くするというデザイナーにとって分かりやすいところ以外で、デザインでの課題解決の提案・実践が増えて欲しいと思っています。
自分も含めてUIというモノ作りと切り離して課題解決のデザインを提案するのが上手ではないのかもしれませんね。金さんの周辺ではどうですか?
分業とキャリアパスを描ける環境づくりが、業界の未来を変える
金 はい、まさしくモノ作りとデザインの関係の難しさは感じています。モノを作る=アウトプット行うという前提だと、時に成果物を明確に定義しづらく、そのためにUXデザイナーはいわゆる「手に職が付かない」と感じてしまうのかなと思ったりします。結果としてUXデザイナーのキャリアプランが描きづらい環境になっているのかもしれません。
長谷川 適当にWebをかじって、実践ベースで騙し騙しやってきた我々の世代とは違って、今は大学などで、きちんと体系化されたレベルの高いUXデザインを学んできた人が増えてきていますよね。ところが、彼らを受け止められる職場や、将来のキャリアパスを提示できる企業が圧倒的に少ないのが現実です。これは、非常にもったいない気がします。
金 そういった状況を変えていくためには、そもそものデザインやUXの定義をもっと明確にすべきなのかもしれません。その点、長谷川さんはインターネットやWeb、デジタルに沿ったUXの定義はどのようなものであるとお考えでしょうか?
長谷川 その質問は難しいですね。体験にはいろいろなものがありますから。それを一つの定義としてまとめられるかは、正直、僕もよく分かりません。もしできたとしても、サービスデザインみたいなものになってしまう可能性があります。デジタルだけで完結できるサービスは圧倒的に多いですが、物理的に何かなければ成立しないサービスもたくさんあります。また、制度がしっかり整備されないと、上手く回らないサービスなどもあるでしょう。それぞれ個別にUXの定義をすることは、できるかもしれませんね。
金 最後に、長谷川さんが考える今後のWebデザインやUI/UXの理想形についてお聞かせください。
長谷川 日本ではひとりであらゆるモノ作りに携わるということを一つの美学として捉えている感があり、海外のデジタルサービスを提供している企業では一般的になってきているデザインの分業を考えにくいのではと仮説をたてています。ところが、デジタルデザインはスケールがより大きく、複雑になってきているのに加え、スピードも求められるようになり、分業せざるを得ない状況になりつつあります。
例えば、リサーチをする人はそれだけに特化したり、UIは範囲が広すぎるため、地図やアニメーションなど得意分野のみを担当するなど、分業化を推進していくこと。それが、僕が考える今後の理想形です。もちろん、デザイナーたちが未来のキャリアパスを描ける環境づくりも忘れてはなりません。世界に遅れをとらないためにも、業界全体で今、何をすべきか、具体的な施策を講じていく必要があると思います。
金 本日はありがとうございました。
インタビュー・テキスト:吉田 薫/撮影:SYN.PRODUCT/企画・編集:市村 武彦(CREATIVE VILLAGE編集部)
書籍紹介
『ウェブデザインの思考法』
本書はデザイナー、ディレクター、デベロッパー、クライアントなどなど、ウェブ制作に関わるステークホルダー間でウェブデザインに関わる「共通言語」を持ち、より成果物の質を高めるためのガイドブックです。
具体的にはウェブデザインを機能性と情緒性という2つの軸を中心に分析し、体系化することを試みています。
デザイナーの方には、デザインの方針策定や成果物の言語化のためのツールとして、企業のディレクターやウェブ担当者の方には、ウェブデザインを正しくディレクションし評価する上での「手引き」として、ぜひご活用ください。
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