新米デザイナーとしてデザイナー生活の最初の3年間を疑似体験しながら、デザイナーとしての知識や心構えを身につけられる『デザイナーが最初の3年間で身につけるチカラ』。著者である株式会社NASUは、デザインノウハウの発信や、クリエイターコミュニティの設立・運営など、多方面に活躍するデザイナー前田高志さんが代表を務めるデザイン会社。自身の若手からベテランまで多くのクリエイターからその活動が注目されている。

今回は、ビジネスパーソンの基礎知識も身につくと話題になっているこの本の内容を、前田さんに紹介・解説してもらう。前編では、本書ができるまでの道のり、そして若手1年目のデザイナーがぶつかりがちな壁について前田さんに解説してもらった。未読の方が楽しめるのはもちろん、もう読んだ方も本書の理解がさらに深まる、有意義なインタビューとなっている。

前田 高志氏
クリエイティブディレクター/ デザイナー

株式会社NASU 代表取締役
クリエイターコミュニティ「マエデ(前田デザイン室)」室長
大阪芸術大学デザイン学科卒業後、任天堂株式会社へ入社。約15年間、広告販促用のグラフィックデザインに携わったのち、2016年に独立。株式会社NASUを設立。「デザインで成す」を掲げ、企業のデザイン経営に注力。クリエイターコミュニティ「前田デザイン室」主宰。2021年3月にビジネス書『勝てるデザイン』を幻冬舎から、同年9月にデザイン書『鬼フィードバック デザインのチカラは“ダメ出し”で育つ』をMdNから、2024年4月にデザイン書『デザイナーが最初の3年で身につけるチカラ』をソシムより出版。2024年7月に新刊『愛されるデザイン』(幻冬舎)を発売予定。「遊び心」のあるデザインが強み。

社員皆でアイデアを出し合って制作した「デザイン会社本」

——『デザイナーが最初の3年間で身につけるチカラ』、参考書としていつでも手に取れるところに置いておきたい本だと感じました。どのような経緯でこの本の制作をされたのでしょうか。

デザイン本を多く出されている出版社・ソシムさんから企画をいただきました。僕が2021年に出した『勝てるデザイン』を編集者さんが気に入ってくださって、この内容をデザイン初学者がよりわかりやすい切り口でつくりたいというお話でした。企画としては、このタイトルそのままですね。

——今回は、前田さんが代表を務めるデザイン会社「株式会社NASU」が著者となっていますね。

会社の皆でアイデアを出し合ってつくりました。その理由のひとつとして、本をつくる経験でチームがスキルアップして強くなると考えたことがあります。僕の会社も新卒で入った社員が3人いて、それ以外のメンバーにも若手が多いのですが、書籍は、作業自体の物量が多く、企画やアイデア出しでもとてもよいエクササイズになります。

——社員一丸となってつくった本なのですね。

はい。流れとしては、社内の編集やコピーライティングを専門に行っている人と、僕が中心になってコンセプトワークを行いました。その時点で、具体的シーンを提示して「Aを選ぶ? Bを選ぶ?」という昔のゲームブックのような構成はすでに考えていました。「デザイン本」は世の中にたくさんありますが、僕たちのコンセプトは「デザイン会社本」です。新米のデザイナーと先輩、ディレクターのやりとりを具体的に見せるようにしました。読む人は新米デザイナーになってゲームをするようにデザイン会社の3年間を疑似体験できるようになっています。やりとりについては、僕を含め、関わった社員からアイデアを募りました。それをミックスして、メインデザイナーといろいろな表現を試しながらこの形に落ち着きました。

デザイナーが最初の3年を乗り越えられるように

——「デザイン会社本」。確かにあまり聞いたことがありません。

今回この本で取り上げたことは、経験しないと学べないことばかりです。なかなか社内での指導でも教えられないところだと思います。それを書籍の形で明文化しておくと、いろいろなことを覚えなければいけない若手が少しでも楽をできるのではないかと。先輩や上司から見ても、忙しい中で基本のところを手取り足取り教えることは難しいので、「これを読んでおいて」と渡しておくこともできるのですね。インハウスのデザイナーだと、先輩や上司もいなくてひとりで判断しないといけない状況の人もいます。この本で擬似的に先輩・上司の指導を受けてもらって、デザイン会社を経験してもらえることもあると思います。

——若手にとっても、若手を指導する立場の人にとっても、役立つものなのですね。

デザイナーって、はじめは本当に大変なんですよ。基本、ダメ出しばかり受けて、精神的にも削られるところ、慣れないビジネスマナーも覚えないといけません。3年を超えると、自分にできることが増えて楽しくなってきます。でも、最初の大変な3年を耐えられずに辞めてしまう人も少なくないのが実情です。「3年でこれだけは身につけて」と同時に「3年を乗り越えてほしい」という思いがあります。そういう若手を指導する立場の人からも、指導方法を確かめられると感想をもらっています。デザイン会社を経験しないで指導する立場になった人もいますから。

先輩とディレクターの修正指示が違う!どうしたらいい?

——さて、ここからは、実際の本の中身を前田さんに解説いただきながら紹介していきたいと思います。まずは1年目のシーンで挙げられている「先輩のアドバイスとディレクターの修正指示が違う」というもの。これはデザイナーあるあるですね。

©『デザイナーが最初の3年で身につけるチカラ』P26-27より引用

よくありますね。ここでは、どちらの指示を優先したらよいか「一旦整理する」Aの運命、もらった指示はすべて尊重して「全部反映だ!」というBの運命、さあ、どちらの運命の扉を開けましょう?

——指示が食い違っているから、Aのようにディレクターにまず相談するのもよいですが、自分に任された仕事だからBのように頑張って反映させることも必要そうですね。

これ、褒められるのはAなんですね。なぜなら、先輩は「文字カラーを変更」ディレクターは「フォントと文字サイズを変更」、一見食い違っているようですが、もともとの目的は「タイトルを目立たせるようにしよう」というもの。目的のために使う手段が違っていただけで根本的には食い違っていないのです。ディレクターの意図、先輩の意図を聞いて、まずは、それぞれの意見を参考にした両方のデザインをつくってみるといいですね。そこから自分で考えて、意見やアドバイスを取捨選択して全体のバランスをとることが大事です。

Bのように、人に言われたことを全部反映していたらバランスがすっかり崩れてしまって、このイラストのようにディレクターもあきれてますね。

©『デザイナーが最初の3年で身につけるチカラ』P231より引用

実際に僕の後輩には、言われたことをかたっぱしから反映してデザインがどんどん崩れていく人がいました。僕はそれを「デザインの違法建築」と呼んでいます。

——違法建築、面白い表現ですね。

それを防ぐためには、やはり自分で考えることです。褒められるAの運命は「一旦整理だ!」とディレクターに相談するものですが、ただ相談するのでは、人の言うことをどんどん取り入れて違法建築に近づいてしまう場合もあります。考えた上で相談。「報・連・相」はどんな業界でも言われることですが、大切なのは考えた上での「報・連・相」です。

アドバイスや意見の理由を尋ねて、自分で考える

——先輩や上司のアドバイスを生かして、さらに自分で考えられるようになるためにはどうしたらよいのでしょう?

1年目ではまだ難しいかもしれませんが、意見をもらったら「なんでですか?」と尋ねる。理由を聞けば、自分なりの考察のとっかかりになると思いますよ。あと、僕たちの会社では、「報・連・相」プラス「ケイイ」と「ケイイ」を大事にしています。

——ケイイ?

「経緯」つまりプロセスと、「敬意」、相談する相手に対する敬いの気持ちです。「報・連・相」の際には、誰にどんなアドバイスをもらい、自分ではどのように考えて、どう行動したのか、そのプロセスも含めて説明する。そして、「報・連・相」で相手の時間を奪っていることを自覚して、端的にわかりやすく説明することです。「報・連・相」+「経緯」+「敬意」を大切にしていると、自然と考える力もついてきます。

急ぎの仕事でも、完璧を目指して取り組むべき?

——なるほど。若手からベテランまで、心に留めておきたいフレーズです!続いて、やはり1年目のシーンとして挙げていただいた「先輩から、来週開催される対談イベントのバナーデザインを頼まれた」について、解説をお願いします。「とにかくスピード重視で1時間でプロトタイプを作る」Aの運命と、「これまでになかったアイデアで完璧を目指す」Bの運命。先輩に任されたなら「絶対にいいものを出してやる!」と頑張りたいと思いますよね。

©『デザイナーが最初の3年で身につけるチカラ』P40-41より引用

そうですね。でも、その「いいもの」って何でしょう? 本当にいいもの、完璧なものをつくろうと思ったら、誰かに見せて意見をもらいながらつくると思うんです。この怒られる「B」の運命では、催促されても自分だけで完璧を目指そうとして報告せず、締切前日になってやっと見せています。それってきっと「自分が評価されたい」という欲なんです。デザイナーは、こだわりのアート作品をつくる仕事ではないですから、バナー制作なら、そのデザインはバナーを使う人、見る人、みんなのもので、自分だけが「いいもの」と思っていても意味がないのです。特に急ぎの案件なら、まずは短時間でプロトタイプを何種類かつくって方向性を決めて、他の人の意見をもらって進めていくことが大切です。

自分とは「出す」ものでなく、「どうしても出ちゃう」もの

——デザインを仕事にしている人は、自分のセンスでいいものをつくりたいという気持ちを人一倍もっているものだと思いますが、その辺りの折り合いはどうつけていったらよいのでしょう。

自分のセンスで勝負したいと考えていた時期は僕にもあるのでよくわかりますが、自分とは出すものではなく、どうしても出ちゃうものなんですよ。もちろん、デザイナーとしてある程度の経験を積んだ後のことですが。1年目はまだ始めたばかりでデザインの力も十分ではありません。まずはデザインは自分の作品づくりではなく、告知や広報など目的を達成するためのものだということをしっかり意識して技術を身につけていくのがよいでしょう。自分である程度仕事を支配できるようになれば、いくら殺しても自分は出てきます。あと、もうひとつ。自分の色やクセは客観的に見られないものですから、「自分を出すのは恥ずかしい」という感覚を持っているくらいでちょうどよいと思います。

6月18日公開の後編では、若手1年目と2年目の違いや、2年目〜4年目がぶつかりがちなシーンについて前田さんに聞く。先輩から「制作中のロゴデザインを参考に他にもデザイン案をいくつか出して」と言われた2年目のデザイナー。バリエーション優先で案を出すべき?それとも切り口優先で案を出すべき?といった、実用的なシーンの対処法は必見の内容だ。

インタビュー・テキスト:あんどう ちよ/撮影:SYN.PRODUCT/