ITをはじめ、ネットマーケティング領域の専門力やイノベーション力で、リクルートグループのビジネスを進化させる『株式会社リクルートテクノロジーズ』。
同社のUXデザイナーでもあり、人材領域のサービスデザインなど幅広い活躍をされている坂田 一倫さんに、ものづくりをはじめとしたUX(ユーザーエクスペリエンス)の真髄から、クリエイターに求められることなど、お話を伺いました。
非言語コミュニケーションに通ずるUXの概念
多人種国家であるアメリカで育ち、文化や宗教も全く異なる中、言葉だけで意思疎通を図ることに難しさを感じ、“非言語コミュニケーション”というものを幼少時代から常に意識していました。
生まれはブラジルでJリーグ世代ということもあり、サッカーを好んでやっていたのですが、スポーツは万国共通なので、ひとつのボールを共に追いかけることにより、相手との絆が自然と深まるんです。
他にも空手やテニスなど、シーズンごとに様々な習いごとをやらせてもらえていた反面、勉強はあまりしていなかったですね(笑)。
高校を卒業した頃、日本へ帰ることになり、将来アメリカと日本のどちらで働くかの決断を迫られた時に、「これまでの海外経験を日本で活かしたい」と思い、帰国することにしました。そして自らの専門性を追求して、カリキュラムが組める慶應義塾大学のSFCに進学し、そこでプログラミングをしたり実際にプロダクトを造ったりと、ものづくりについて幅広く学びました。
当時専攻していた安村通晃教授がゼミで、「すべての人に対して、最大限可能な限り使いやすいものづくり」の概念を提唱されていて。当時は、ユニバーサルデザインという言葉が出始めた頃で、こういった学問があるということを知り、これまで自分が抱き続けてきた「人を差別することなく、みんなに分かり易いコミュニケーションを心がける」という思いとシンクロした瞬間でした。
80年代よりユーザエクスペリエンス(以下:UX)の考えを提唱しているドナルド・ノーマン博士という方がいらして、安村教授がその方の本を翻訳されたということもあり、大学のキャンパスにノーマン博士を招かれたことがあったんです。全学年が対象となった貴重な講演で、僕は初めてUXという言葉を知りました。
UXは、ユニバーサルデザインの考え方である使いやすさのその先に、それを使うことによって楽しくなったり、ユーザーの感情を豊かにしてくれる。そういったプラスアルファーの概念で、接点というものだけでなく、接点の連続性によって得られるトータルの体験について講話され、感銘を受けました。その時に、「この分野について、もっと突き詰めたい!」そう率直に思えたんです。
サービスを通して、ユーザー体験をプロデュースする
それまでUXという言葉は知らなかったものの、その考え方は頭の中にずっとあって、当時急激な発展を遂げていたWeb業界との親和性も高いと思っていました。以前より卒業後は言葉を超えたビジネスに携わりたいという想いからIT企業に就職したいと考えていたので、楽天を就職先に選びました。IT企業でもあり、当時から海外志向が強かったので、自分の体験が生かせると考えたからです。
また、仕事と平行して、UXをもっと体系的に学んでいこうと思い、産業技術大学院大学にて、社会人向けに履修証明が取得できる人間中心デザインコースを受講したのですが、あらためて自分がこれまで興味を持って取り組んできたことは間違いなかったと、再確認できました。
その後、コンセントという会社に移り、ナショナルクライアントのWebサイトを長期間に渡って改修したり、新規事業開発に携わっていた頃、イベントを通して人間中心設計推進機構(HCD-Net)の存在を知り、Human-Centered Design (HCD)の専門家資格を取得しました。
現在のリクルートテクノロジーズに転職したきっかけは、リクルートが手掛けているサービスの特性と自分の考えが近く、またUXデザインという自分の専門性を活かせる部署が根付いていることでした。優秀なエンジニアやデザイナー、プロジェクトマネジャーがたくさんいる、ということにも刺激を覚えました。
同社が提供しているサービスには、就職や転職、住まい、そして結婚から出産まで、人生の節目となる“体験”がたくさん存在しています。それらに関連するサービスを作っているので、他と決定的に違うことは、“失敗できない決断”に関わる、というところです。人生においての本気の決断を、我々は全力で支援し、ウェブサイトに留まらない、全体のユーザーの体験をプロデュースするんです。「人生の決断」を支援するなんて、責任は大きいですが、それだけにやりがいがありますね。
今は人材系のサービスにおいて、戦略設計という目に見えないデザイン業務に携わっています。ユーザーインタビューを通じて“見えるニーズ”と“見えないニーズ”の双方を抽出し、人によって体験がどう異なるのかということをパターン化して捉えることで、今後どのようなビジョンを提供すれば、ユーザーが満足するサービスを打ち出すことができるのか。さらにはサービスを作るというよりも、サービスのプロトタイプとなる世界観を作ることが、これからの課題です。
目に見えない視点と価値を気づかせてくれるUX
これまでは、文字通りの“もの”づくりがメインとなって表立っていたのですが、これからの時代は、“ものを所有する価値”が求められてくるのではないかと思うんです。それが単体のものだと、付加価値が訴求しにくい。
例えばiPhoneを持つことによって、iTunesで音楽が聴けたり、他にもApple TVなどの周辺機器が充実していたり。ユーザーも、所有するものから得られる価値を期待していると思うんです。ですから今後は、ものを売ることからサービスを売ることへ、価値が転換していくのではないでしょうか。
UXというのは、ある種の “視点”であって、ものの見方を気づかせてくれたり、養わせてくれるきっかけだと思っています。今のIT業界では、情報の移り変わりも早いぶん顧客のニーズもどんどん多様化しています。
他のプロダクトやサービスないしは接点との連携を意識して、トータルで物事を捉えないと、付加価値が提供できない。それを改善できるのが、UXという概念であり、僕の役目だと思っています。
UXが世に浸透してきたとはいえ、同じ志を持つ仲間が集まる場が少なかったので、オンラインで対話ができるコミュニティとして、Facebookのグループサービスで、『UX Tokyo』というコンテンツを立ち上げました。
5年経った今では、約2,000人以上のメンバーがいます。自身の学びの場であると同時に、参加者同士で自由に議論をしたり情報を交換し合ったりと、こちらから仕掛けるというよりも、参加者である皆さん自身で盛り上げて活かしてもらえたらと思っています。
相手に伝わるコミュニケーションとは?
日本のサービスや、商品における提供方法を考察してみても、どちらかというと一方的な伝達が多い印象を受けます。新商品が発売された、新しいサービスがリリースされたなど、ユーザー視点から見たら自分ごと化できず、直接的なメリットが把握しづらいんです。
多くのサービスや商品が日々提供され続けている中で、ユーザーに支持されて使われるものはやはり、自分の課題を解決し、不便なものを便利にしてくれるものなんですよね。
ユーザーに伝わりやすいものでいうと、ダイソンのCMがいい例です。「従来の掃除機では、たったこれだけしかゴミが吸引できなかった。でもダイソンの掃除機は、これだけ沢山のゴミが吸引できます。」という、一目瞭然の比較動画を見せることにより、ユーザーの中にある潜在的なニーズを引き出しているんです。
商品やサービスの価値がうまく伝わる方法や手段を模索し、徹底していかないことには、ユーザーに使ってもらう以前に、商品やサービスの存在すら知ってもらうことができません。
相手が困っていたとしたら、まずはどのように解決してあげるか。解決法をどのように伝えるべきか。その後に、問題が解決しているか、フィードバックを聞く。一見、単純なコミュニケーションのようで、なかなかシンプルに廻らないものなんです。
伝わる仕組みを考えることと、プレゼントをすることは、非常に近いものがあります。贈り物をする前に、相手の趣味や性格をリサーチして、何をプレゼントしたら喜んでもらえるか、考えますよね。プレゼントをセレクトするという行動が、伝えたい思いを表しているんですよ。さらに、プレゼントを渡すプロセスも大切で、場所やシチュエーションなども考慮することによって、より思いが伝わります。
もしかしたら気に入らないものかもしれない。それもフィードバックとして捉え、「今度は全く違うものにしよう」という、次に活かす振り返りになるんです。
まずは相手を理解することに始まり、相手に伝わるよう設計されているか。そして、伝えた後にちゃんと相手に伝わったかどうかの評価。その3ステップのコミュニケーションの繰り返しなんです。
クリエイターの観点から学べる“ロールモデル” を設定する
自分の中で気をつけていることが2つあります。
まず1つ目は、わかったつもりでいないこと。ユーザーのことを知ったつもりになっていないか、いつも自分に問いかけています。憶測で物事を判断するのではなく、ユーザーのことを徹底的に理解するよう、心がけています。
2つ目が、伝え方。第三者にその価値が伝わっていない商品やサービスって、意外と多いんですよ。ですから、この2つを合わせて、「伝わったつもりでいないこと」。
例えば、目の前にいる相手の喉が渇いた様子を見て、ただ水を差し出すだけでは伝わらないんです。その際に、「あなたは今、喉が渇いていますよね」と言語を発することで、まずは相手を気づかせてあげることに始まります。それに対し、水はいいソリューションだという、双方のインタラクションが必要になってくるんです。
人間は、呼吸や瞬きなど、8割は無意識で動いていると言われています。そういった無意識の行動から、自分なりにどう拾い取っていくかが強く求められます。
最後に、自分とは異なる業界で活躍している“ロールモデル”を、3人選ぶことを薦めています。
自分と同じ業界だと、師匠のような存在であったり、何かの第一人者の場合、同じところを目指しても到達しないんです。何故なら、その人も日々精進しているので。
ですから別の業界で、その人の価値観や趣向性などをクリエイター観点から学べる人を設定した方が望ましい。
僕にも三人のロールモデルの方がいるのですが、一人目はモデルのSHIHOさん。過去に何かのインタビューで、「もしモデル以外の仕事を選んでいたなら?」の質問に対して、「何を選んでも成功していると思う。なぜなら、自分の選んだ道であれば、正しくするべきだと思っているから。」と回答されていて。選んだ道を正しくする努力を惜しまない、その前向きな姿勢と考え方に共感させられました。
二人目が、MITメディアラボの石井裕教授です。実際にお会いした事もあるのですが、「life is short.」が口癖で、移動中も常に走っているんですよ。また、周囲に向けて「何故」といった疑問をひたすら問い続けていて、“人生は短いからやり抜く”という姿勢を体現されている方です。
三人目が、はてなの近藤淳也さん。過去にエンジニアに向けて言った、「世界は貴方がいなくても無事に廻っている」という言葉があるのですが、それにはちゃんと続きがあって。「だからこそ、自分が不必要な状態から、必要な状態にする事が自分たちの仕事だ」と。自分が必要だと思われる環境を、自らで作りだすということが大事なんですよね。
このようにロールモデルを設定することにより、自分の指針となるんですよ。辛い時や壁にぶつかった時に、この3人を思い浮かべることで、原点回帰できるんです。
優れたユーザー体験を設計するには、的確な分析力に加えて、ちゃんと“自分事”として受け止めることができるかどうかが重要になってきます。いくらユーザーや相手を理解しようと努力しても、その人にはなりきれません。ですから、理解を深めていくためにも、まずは自らがたくさんの体験をすることです。
まずは相手の態度をよく観察し、ユーザーと共感できるようなコミュニケーションを図り、経験値を増やしていく。体験は一回性なので、ひとつひとつの体験を蓄積していくことが大切です。
■ 株式会社リクルートテクノロジーズ
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