国内最大級のポータルサイト、Yahoo! JAPANを運営するヤフー株式会社。検索、ニュース、Eコマースなど100以上のサービスを展開している同社で、UXデザイナー/黒帯UXデザインとして活躍されている瀧知惠美さん。UXデザインの考え方や、その社内での広め方など、お話を伺いました。
ヤフー株式会社 UXデザイナー/黒帯UXデザイン
2009年、ヤフー株式会社入社。広告事業の業務管理ツール等UIデザインの経験を経て、サービスのコンセプト設計から関わるプロジェクトに複数参加し、UXデザインの様々な手法を実践。2013年、所属部署にて発足したUXデザインチームでマネージャーを務める。その後、UXデザインの社内推進活動を開始し、ワークショップや実案件での実践サポートなどUXデザインの全社普及に取り組む。『一人から始めるユーザーエクスペリエンス(丸善出版)』の翻訳者の一人。日本デザイン学会情報デザイン研究部会幹事。
■高校時代、「情報デザイン」との出会いが、人生の転機になった
小学生時代に漠然と感じていたのは、「周りの人と同じことをやってもつまらない」ということと、「すでに確立したものではなく、新しい分野に挑戦したい」ということでした。世の中の不便を解決する「アイデア商品」に憧れている時期があったのですが、おそらく「他とは違う」「新しい」のふたつを兼ね備えたものだったからだと思います。
絵を描くのが好きで、中学から美術部に入部しました。中学1年生の文化祭で、一人ひとりの作品をつなげて、非常に大きな展示物をつくったのですが、そこでチームのパワーの大きさを実感しました。チームで一人一人が自分の得意分野を駆使して、最終的に一つの大きなものが出来上がる。その増幅されたパワーを目の前にして、チームでやるものづくりの凄さを体感しました。この出来事も、自分の貴重な原体験のひとつです。
高校に入り、インターネットを積極的に使うようになったのですが、そこで一つの疑問を感じました。「情報があまりにも氾濫しすぎている」という問題意識です。知りたいことも知りたくないことも、玉石混合で大量の情報が目に入ってくる。それを整理することが、次の時代には求められるのではと感じました。この時が、「情報の整理」に興味を持った瞬間です。
そして、どの大学を受けようかと考えていた時に出会ったのが、「情報デザイン」という概念です。まさに、「情報の整理や可視化」を研究するものだと思い、「他とは違う」「新しい」学問との出会いでした。当時は、情報デザイン系の卒業制作ではインフォグラフィックスのような作品が特に印象的で、「ここまで分かりやすく可視化して表現できるのか!」と驚いたのを覚えています。まだまだ新しい分野を切り開けそうな可能性を感じて、多摩美術大学の情報デザイン学科に入学しました。
■UXデザインは、「体験の構造化」ということに気づいた
大学3年次の体験が、ひとつの転機になりました。当時、「経験デザイン」「体験デザイン」といった言葉が出てきました。ある「体験」をベースに、「より良い体験にするにはどうしたらいいのか」を自分たちで体験しながら考え、提案して具現化する、という授業が増えてきました。今の言葉では、「ユーザーエクスペリエンスデザイン(UXデザイン)」に近いと思うのですが、それがとても楽しかったです。
一人でもくもくとやるのではなく、チームで取り組む課題が多かったのもよかったですね。中でも、『あそびのデザイン』という実習が面白かった。新しい遊びを考える授業で、ルールを考えて、必要なツールをつくって、実際に自分たちで遊んだり、他の学生に遊んでみてもらったりする。「ここが面白い」「ここがつまらない」と意見を出し合いながら、よりよい体験をデザインする授業でした。ルールを少し変えるだけでも、体験自体が大きく変わる。そういうことを一つひとつ検証していくと、「体験の構造」が可視化されてくるのです。インプットとアウトプットの因果関係が明確になっていくのが、とても気持ちが良かったことを覚えています。一人ではなくチームでやると、いろいろな意見が出てくるし、気づきが蓄積していく感じで、とても勉強になりました。
就職活動では、プロダクトのインタフェースのデザインをやってみたくて、メーカーを中心に志望しました。Web系の会社も受けていたのですが、その中で自分の志向にあっていたのが、ヤフーでした。PCサイトを運営している会社のイメージでしたが、カーナビやデジタルサイネージなどデバイスのインタフェースも今後やっていくことを社員の方に教えていただき、入社を決めました。運用しているサービスの数が多く、自分のキャリアの幅も広がりそうだったことも魅力でした。
■画面のデザインではなく、業務自体をデザインする
2009年の入社当時は、『Yahoo!きっず』や、『Yahoo!ボランティア』を運営しているチームに所属していました。2年目からは、インタラクションが複雑な業務ツールのUIデザインを手がけるようになり、3年目にひとつの転機が訪れます。広告の入稿管理ツールの新規案件を、デザインチームの取りまとめ役として手がけました。広告主や代理店の方が使うツールでしたが、ユーザーの拡大に伴い、新たに使いはじめる広告担当者にとって使いにくかったことが課題でした。WEB広告の運用に慣れていない方には、戸惑ってしまうものになっていましたので、「いかに、初心者にとってもフレンドリーな仕組みを作るか」というテーマを掲げました。
まず行ったのは、広告主の方へのインタビュー。画面のデザインについてではなく、日々どういう仕事をしていて、どうやって広告を運用しているのか、ということを徹底的にヒアリングしました。見えてきたのが、広告の運用はメイン業務ではなく、できるだけ広告運用にかける時間を圧縮したいという思いが強い、ということ。中でも、業務負荷になっていたのが、テキスト広告の作成作業でした。「ここに手を打とう!」と考え、ある仕組みを導入しました。質問項目に対する答えを入力すると、自動的にテキスト広告が生成されるシステムです。文言のロジックは、エンジニアやビジネス側のメンバーと相談しながらつくりました。デザイナーとしてプロジェクトに入ったのですが、デザインの改善ではなく、「業務の体験自体」を改善することができて、ユーザーの皆様にも喜んでいただけました。
そして、このような「体験のデザイン」を軸にしたものづくりの手法を更に他の案件でも実践していくために、広告事業を扱うデザイン部内にUXデザインチームが発足。入社5年目にしてチームリーダーを務めるようになりました。当時、ヤフー初のUXデザインチームだったこともあり、ヤフー全社を横断して、UXの知見を深めレベルアップさせていこうというミッションも掲げました。様々なプロジェクトに入って、ユーザー視点のものづくりの方法をサポートしたり、社内でワークショップやセミナーを開催することで、社員全体のスキルの底上げを図っています。現在、ワークショップの参加人数は600人を超えました。
■ワークショップだけだと定着しない。では、どうするか。それが黒帯の仕事。
ただし、ワークショップだけだと、自分で実践できるようになるのは難しいのが正直なところです。「UXを重視したサービスづくりを本気で実践したい」という人には、実業務のサポートに入って、一緒に試行錯誤するようにしています。そこで少しでも成功体験を積めれば気づきが生まれ、継続的なUXデザインの実践に近づくことができます。ちょっとしたことでもいいので、自分たちにもUXデザインができる!という感覚を掴んでもらえること。それが鍵だと私は思います。
ノウハウを定着させるのに必要なことは、”応用力”。事例を知りたいという人は多いのですが、事例を知っただけだと習得は難しい。その事例が置かれていた”過去の状況”と、自分たちの仕事が置かれている”現在の状況”は、やっぱり違う。うまくいった要因を分解して、そのなかで自分の状況に当てはまりそうなものを抽出する。それができないと、自分のプロジェクトに応用できないと思います。この“応用力”を身につけてもらうことも、意識するようにしています。
ヤフーでこのような活動をやれる意味は大きいと思います。この会社で、いろいろな職種の人にユーザー志向のものづくりの考え方を理解してもらえると、世の中へのインパクトは非常に大きなものになります。また、ユーザーだけではなく、他社のクリエイターへの波及も期待できるので、やりがいがありますね。
また、社内に、デザイナー以外の職種で優秀な人が多いのも、魅力の一つです。今、データサイエンティストのチームとの協働もしています。「ユーザー体験」を、データの力で解明しながら仮説検証を繰り返していくことで、より高い次元のソリューションを提供できればと思っています。
現在は、UXデザインを専門とした、”黒帯”として活動しています。黒帯というのは、社内で31名が認定されている、エキスパートの名称です。エンジニアやデザイナーといったものづくりに関わる人の中で、審査の上で認定され、技術伝承の役割も担います。社内で関わる人から信頼を得やすくなったので、こういった肩書きをいただけるのはありがたいです。(笑)
■「人の体験をより良いものに」そのための手法を探求していく
自分の根っこにある考え方は、「ユーザー視点できちんと考えることで、サービスを使い続けてくれる人が増える」というものです。UXデザインには、ユーザーと企業の双方がハッピーになれる鍵があるはずです。
では、“人の体験や生活をより豊かにするものづくり”を実現する方法とは何か?それをもっと明確にしたいという思いがあります。とは言っても、「単純にこういう手法をやればうまくいく」ということもでもないと思うので、まさに研究中です。大学時代に学んだ先生から、改めて考え方を学びたいと考え、大学院で研究しながら会社で実践していく予定です。
最後に。デザイナーにやれることは、もっといっぱいあると思います。ただし、クリエイティビティだけではなく、ロジカルに考えることも併せて必要になります。UXデザインのスキルを磨いていくには、どのような体験が求められるのか、仮説の立案が大切。そのためには、直感だけでなく、論理的に考えることも必要です。仮説を検証し、新しい体験を生み出すことで、ご自身の可能性もより広がると思います。頑張ってください。
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