近年、日本でも「ダイバーシティ(多様性)」という言葉が注目されています。社会的に国際化や個性の尊重が進む中で、ダイバーシティは注視すべきキーワードだと言えるでしょう。日本は住む人のほとんどが同一人種である島国ではあるものの、国際化が進み社会が成熟する中で、個性の尊重が今後はより重視されることになるはずです。
もちろん、世界中から自由に閲覧できるWebサイトでは以前から多様性を意識すべきという気運はありました。しかし、日本国内ではそうした点はまだまだ意識しきれておらず、マイノリティが排除されたガラパゴス化が続いています。そうした現状を踏まえ、4~5年以上のキャリアを持つUI・UXデザイナーに求められるのが「インクルーシブデザイン」の考え方です。多様性の時代においてインクルーシブデザインがどんな意味を持つのか、インクルーシブデザインを生み出すために必要なリードユーザーの視点について解説します。
多様性の時代におけるインクルーシブデザインの意義
多様性を認め合うことが求められている昨今、UI・UXデザイナー界隈でもインクルーシブデザインが注目されています。インクルーシブデザインとは何なのか、インクルーシブデザインで何が解決できるのかを解説します。
インクルーシブデザインとは
インクルーシブデザインはイギリス発祥のデザイン手法です。従来の商品デザインプロセスにおいて高齢者や障がい者、外国人等は排除されがちでした。インクルーシブデザインは多様性を尊重し、対象から排除されてきた人々を巻き込み、意見を聞き、感情を知り、クリエイターが実際に苦悩を体験することでデザインを進める手法・考え方です。
デザインでは、サービスや製品づくりに死角があることで生じるユーザーとの間のミスマッチが生じます。そうした「デザインの死角」にこそ、これまであまり気に留められてこなかったユーザーたちの苦悩があります。だからこそ、そうした苦悩を考慮するインクルーシブデザインは意義深いと言えるでしょう。
インクルーシブデザインでミスマッチを解消する
島国でそこに住むほとんどの人が同一人種である日本は、世界的に見ると多様性への理解が乏しい傾向にあります。たとえば、絆創膏も黄色人種である日本人の肌色に合わせた色合いであり、色素の濃い・薄いといった人の利用は想定されていないことがほとんどです。世の中の製品やサービスが右利きを想定して作られている点も同様だと言えます。何気ないデザインの中でマジョリティが優先され、マイノリティが意識されない、そういうケースはよくあることです。
製品を利用する人の中にはマイノリティなユーザーももちろん存在します。そうした少数派の人を理解し、開発過程に巻き込むことで一緒にデザインを創っていくことこそが、インクルーシブデザインの醍醐味だと言えます。
ミスマッチの解消が意外な効果を生むことも
インクルーシブデザインは多様性を意識し、マイノリティユーザーとのミスマッチを解消することが目的の1つです。また、デザインする側がさまざまな価値観やニーズを知ることができ、バイアスを取り払ってより自由な創造にもつながります。結果的にそれが良い方向につながり、ヒット商品が生まれることも珍しくありません。
たとえば、スマホの定番であるiPhoneは、初期のころから視覚障がい者へのリードユーザーディスカッションを重ね、音声読み上げスクリーンリーダーを設計したとされています。マジョリティを巻き込み、多様性を意識してミスマッチを解消しようと試みたわけです。視覚障がい者を含め、誰でも簡単で直感的に操作できる、これはiPhoneがヒットした1つの背景と言えるのではないでしょうか。
インクルーシブデザインとユニバーサルデザインとの違い
インクルーシブデザインと似たような言葉にユニバーサルデザインがあります。ユニバーサルデザインは、可能な限り特別な変更や適応をすることなくすべての人が使えることを理想とした概念。それだけに両者は、多様性を認める点では共通するものの、アプローチの仕方はまったく異なります。
ユニバーサルデザインとは
「ユニバーサル」とは「普遍的な」または「全体の」といった意味があります。つまり、ユニバーサルデザインとは「特別な変更をほとんど加えることなく、誰もが使えるデザイン」のこと。1980年代にロナルド・メイスによって提唱されました。
ユニバーサルデザインは特別なことではなく、実はごく自然な形で日常に溶け込んでいます。たとえば、自動ドアはユニバーサルなデザインであると言えるでしょう。年齢に関係なく、車いすでも視覚障がいがあっても、目の前に立てば自動でドアが開く、そのようなデザイン設計がされています。他にも、音響式信号やセンサー式の蛇口、多機能トイレなども街中で見かけるユニバーサルデザインです。
決定的な違いはアプローチの仕方
多様性を認めてデザインに活かすという点ではインクルーシブデザインとユニバーサルデザインは似ているものです。しかし、アプローチの面から考えると両者は全く違うものであることが分かります。たとえば、PC用のマウスは右利き用の商品が圧倒的に多く存在しています。インクルーシブ、ユニバーサルそれぞれのアプローチでのデザインは下記の通りです。
【インクルーシブデザインとユニバーサルデザインの違い】
- インクルーシブデザインのマウス:左利き用のマウス
- ユニバーサルデザインのマウス:左右両方で使えるマウス
極端なたとえではありますが、ユニバーサルは「すべての人」、インクルーシブは「1人の課題解決」がアプローチの対象となります。また、インクルーシブデザインはアクセシビリティが担保されていることが重要です。「想定している対象が製品を使えなければデザインの意味はない」ということです。左利きの方のための左利き用マウスは、まさにアクセシビリティが担保されたインクルーシブデザインであると言えるでしょう。
リードユーザーの視点や考えの理解がデザインの第一歩
インクルーシブデザインでは1人の問題を解決へとアプローチします。だからこそ、マイノリティをリードユーザーとして、彼らを徹底的に知ることが大切です。UI・UXデザイナーがインクルーシブデザインの本質を正しく理解するには、リードユーザーの困難を知り、その課題を発見して改善のためにアンテナを張る姿勢が求められるでしょう。具体的にリードユーザーの視点になるにはどうすべきかを解説します。
リードユーザーを知ることが大切
インクルーシブデザインを行うためには、リードユーザーを知ることが第一です。たとえば、リードユーザーが製品やサービスを利用している様子を観察して意見を聞くのも良いでしょう。場合によっては自分自身で体験することも大切です。実際に車いすに乗ってみると「こんなところに歩道の傾きが……」など、普段の生活では気がつかないことが見えてくるでしょう。
さらにそこから「なぜリードユーザーはサービスから排除されているのか、インクルーシブになるためには何が必要なのか、リードユーザーが求めているものは何か」といったところを深掘りしていくと、さらに理解が深まります。そうしたマイノリティでは気がつかない、知らなかった問題点を、リードユーザーから知ることがインクルーシブデザインではもっとも大切なことなのです。
リードユーザー視点での制作
リードユーザーの視点に実際に立てば、これまで常識だと思っていたことに疑問を感じるかもしれません。インクルーシブデザインでは、そうした先入観や思い込みを打破し、新たな提供価値を生み出すことが大切です。リードユーザーのニーズを理解し、それを実現するためには何が必要なのかをチームで積極的にディスカッションしていきましょう。もちろん、その場にリードユーザーを招き意見をもらうことで、アイデアはより深く洗練されていくはずです。
インクルーシブデザインで社会から排除をなくす
【インクルーシブデザイン 多様性についてのまとめ】
- ミスマッチ解消がインクルーシブデザインの目的
- インクルーシブデザインは1人の課題解決が焦点
- リードユーザーというマイノリティへの理解が出発点
日本に住んでいると忘れがちですが、世界にはさまざまな人種・年齢・性別・言語・肌の色・宗教・障がいといった要素を持つ人たちがいます。そして、周りと異なる要素を持つことで社会から排除されてしまう人たちがいることも事実です。インクルーシブとは、異なる要素を認め合い、マジョリティ・マイノリティの垣根を取り払って包括していくという考え方だと理解しましょう。
今後、将来的に日本も海外からの移住者が増えてくることが予想されます。そのため、各企業では多様性への理解とともにインクルーシブデザインを推し進めることが求められています。Webデザインも同じで、「日本のサイトなのだから日本人向けに日本語だけ」と堅く考えるのではなく、多様性を意識して言語の壁を取り除き、排除される人がいなくなるようにしていかなければなりません。
リードユーザーの目線に立ち、感じている困難を知り、その課題を発見して改善する――。インクルーシブデザインを行ううえで、その意識がもっとも大切です。リードユーザーのことを想い、社会から排除をなくしていく、そんなインクルーシブデザインを目指していきましょう。