人々が行き交う街角に3日間カメラを据え、多様で生き生きとした人々の「いま」を映し出す『ドキュメント72時間』(毎週金曜 午後10時55分~)。同番組のチーフ・プロデューサーを務める山岸さんは、入局以来、多くのドキュメンタリーを手掛け、取材対象に様々なアプローチを試みてきました。その山岸さんに、番組作りやドキュメンタリーの魅力についてお話を伺いました。
■ 『NHK特集』の衝撃
中学生の頃、『NHK特集 核戦争後の地球』などを見て衝撃を受け、こういうインパクトのある番組を作りたいと思い始めたのが、テレビの仕事に興味を持つきっかけでした。その後、ジャーナリストの本多勝一さんに憧れを抱いたりしているうちに、一つのテーマを数か月間じっくりと追いかけ、それを深めて番組を作る仕事がしたいと考えるようになり、NHKに入りました。
入局してからは、『プロジェクトX~挑戦者たち~』、『クローズアップ現代』、『NHKスペシャル』などを担当し、東日本大震災後は仙台放送局で2年間、震災関連の番組を中心に制作してきました。
どの番組も、まさに入局前に思い描いていたように、取材対象に時間をかけて向き合うことができ、1本1本の番組をじっくり作ることができます。そうした今の現場は、本当に恵まれていると思います。30代前半の頃に担当していた『プロジェクトX』も実際にやっている時は大変なこともたくさんありましたけど(笑)、その分、反響が大きく手応えもあったので、苦しいながらも充実した毎日でした。
■ 『ドキュメント72時間』が大切にしている“多様性”と“意外性”
『クローズアップ現代』や『NHKスペシャル』のように、取材先に深く入り込み、長期間にわたる分厚い取材によってテーマを掘り下げていくというオーソドックスな制作手法があります。それとは全く違う、新たなドキュメンタリーの可能性を探ろうと立ち上げられたのが、2005年に始まった『ドキュメント72時間』でした。
立ち上げを担った先輩たちに聞いてみると、従来の長期取材を行わず、思い切って撮影時間を短く限定してしまう、という発想の大転換を行っている。勇気のいる決断だったと思います。
撮影期間をどのぐらいの長さに設定するか。当時はいろいろな案があったようです。「24時間」や「60時間」だと海外に似たようなドラマや報道番組がある。そこで、どこにも使われていない「72時間」「3日間」で勝負することを決めたそうです。今、実際に制作していると、初日・2日目・3日目と、毎日、表情を変えつつ番組を深めていくことができますし、これ以上、撮影時間が長いとディレクターもカメラマンもへばってしまいますし(笑)、絶妙な時間だと思っています。
3日間カメラを据える、定点観測の場所の選定については、大事にしているポイントが2つあります。
まずは「多様性」です。同じような人が集まる場所に行っても、徐々に重複感が出てきてしまいます。社会的な立場や背景も異なる「多様」な老若男女が、隣り合わせて生きていることを発見していきたい。豊かで社会的な地位が高い人がいてもいいし、一見そうでない人がいてもいいと思います。例えば、2015年11月27日放送の「歌舞伎町 真夜中の調剤薬局」では、前科はあるけれども、今は歌舞伎町に居場所を見つけて、日々がんばって働いている若い女性と出会うことができました。「世の中、実にいろいろな人が、同じ空の下で懸命に生きているんだな」という驚きが感じられる、そんな多様な人と出会える場所というのが、まず1つですね。
2つ目は、予定調和に陥らない「意外性」が大切です。例えば、6月放送の「沖縄・追憶のアメリカンドライブイン」では、美しい海岸沿いにあるスープのおいしいドライブインで撮影しました。通常、沖縄問題を取材するとなると、基地周辺や、国と県が意見をぶつけ合う県庁などで撮影することが少なくありません。ところが、「えっ、ドライブイン?そんなところで取材するの?」という場所ですよね。でも、そこで定点観測を行い、訪れるお客さんたちの話を聞いていくと、オーソドックスな場所では見えてこなかった、沖縄の人たちの本音や、沖縄と基地の関係の「複雑さ」が浮き彫りになってきました。
■ ハプニングや想定外を取り込む
『ドキュメント72時間』では、ハプニング、想定外の出来事を貪欲に取り込む姿勢を、番組の立ち上げ以来、大事にしています。“多様性”と“意外性”を考慮しながら、厳選した撮影ポイントなのに、さっぱり人が来ないとか(笑)、ディレクターが取材先の人から鋭い突っ込みを入れられて絶句してしまうとか…そんな想定外の出来事も隠さず出していく、それが「リアル」につながります。
歌舞伎町で賑やかなはずの金曜の夜にロケをしていても、意外と人が来ない(笑)。でも、そこで落胆しない。警察の取り締まり強化によって、水商売の多くの店が風営法とおりに25時には閉まるようになり、人通りが以前より減っているという新たな変化を映し出すことができる、と前向きに考えます。
予定調和からどう外れるか。取材の最前線に立つディレクターやカメラマンが「こんなことになるのか」と驚きながら撮影することができれば、必ず視聴者の方々にも新たな発見をしてもらうことができます。一番よくないのは、「多分、こうなるだろう」と、机上で思いつく想定の範囲内にとどまってしまうこと。そこから飛び出すことが番組の力になっていくのだと思います。
■ ドキュメンタリーの魅力
2015年は、初めて海外ロケを行うなど、新たな試みにも挑戦してきた『ドキュメント72時間』。その中で印象に残っている回の一つが、7月31日放送の「田んぼの中のオアシスホテル」です。新潟県のゲームセンターがある古めかしいホテルを取材させていただいたのですが、撮影が始まる前は不安でした。昼間からマージャンゲームをしていたり、クレーンゲームでアダルトビデオをつかんでいたりする(笑)いい年をした大人を取材して、果たして本当に番組になるのかと(笑)。
ところが、ディレクターが取材してみると、そこは人々にとってまさに「オアシス」でした。うまくやれば100~200円で2~3時間は遊べるというゲームセンターは、厳しい仕事を抱えている人のちょっとした息抜きの場であり、そこで過ごす時間は、介護で忙しい毎日を送っている人や、重い病を抱えて病院通いを続けている人にとって、安らぎのひとときでした。古めかしいホテルのゲームセンターと、「オアシス」とのギャップ。自分が「大丈夫か?」と不安になる場所が、一人一人にとってはかけがえのない空間だった。その驚きは大きかったです。
それ以外にも、10月30日放送の「ディープ東京 リトルマニラの片隅で」も印象に残っている番組の一つです。足立区竹の塚にあるフィリピンパブに密着しました。日本中にあまたあるパブですが、その店は、一人暮らしのお年寄りの寂しさを受け止めていたり、いじめに遭った子どもと母親を支えていたりする。視聴者の皆さんのTwitter上の反響の中に、まるで福祉施設のように社会的に弱い立場の人を支える機能を果たしている、という声があったほどです。街の片隅のパブに、家族のような深い絆が詰まっている、という事実に驚かされました。
そして、いろいろな場所で人々の話に耳を傾けてみて思うのは、やはり「世の中は実に豊かで、多様で深い」ということです。それぞれの人が、自分が机上では考えもしないようなドラマを抱えて生きている。そんな世の中の豊穣さに出会えた時に、ドキュメンタリーの面白さを感じます。『ドキュメント72時間』に携わっていると、そうした世の中の奥深さに触れられる。さらに、放送を見た視聴者の方から「自分も明日から前を向いて生きていこうという勇気をもらいました」という言葉をいただけることもある。それが何よりの醍醐味です。
この仕事を始めて23年になりますが、どこまでいっても奥が深くて全く慢心できない…毎回、自分の非力さを感じ、苦労もしますけど、退屈したことは一度もありません。番組の制作は実に面白い。映像制作に興味を持っている方には、ぜひこの世界に加わってもらって、いつかどこかで一緒にお仕事ができればと思います。
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■番組情報
NHK『ドキュメント72時間』
毎週金曜 午後10時55分~11時20分
毎週水曜 午前2時~2時25分(火曜深夜)(再)
毎週金曜 午前11時05分~11時30分(再)(関東・近畿・沖縄を除く)
★年末恒例「朝までドキュメント72時間」
今年も人気作品をオールナイトで放送
12月28日(月)
第1部 23:20~
第2部 24:20~