会社員時代に知り合い、息の合ったクリエイティブワークで数々の映像作品を手掛けてきた永井芳憲さんと河原秀樹さん。そんな二人が満を持して2016年に立ち上げた、関西に拠点を置くシンクロトロン・スタジオ。気心の知れた二人ならきっと組織運営も上手くいく―。そんな確信がもろくも崩れ、増える一方の案件にキャパオーバー、組織崩壊の危機に直面したことも。そんな波乱の1年を乗り越え、2期目で見えてきたシンクロトロン・スタジオが掲げるクリエイティビティとは?
そして彼らが見据える“次世代のクリエイターのワークスタイル”とは?お二人なりの想いを語っていただきました。

永井芳憲 合同会社シンクロトロン・スタジオ 代表/プロデューサー
博報堂プロダクツ勤務を経てカプコン入社。一貫してプロモーション動画コンテンツ制作に従事。その後、フリーのデザイナーとして活躍していた河原秀樹氏とともに、2016年にシンクロトロン・スタジオを設立し、代表、プロデューサーとしてプロジェクトごとのチーム編成などを手掛ける。

河原秀樹 合同会社シンクロトロン・スタジオ 取締役/クリエイティブ・ディレクター
アニメーション制作会社で制作、演出、CGコンポジットを経てフリーランスに。TVCM、TVスポット、PVなどのアートワーク、演出、アニメーションを得意領域として制作を手掛ける。永井芳憲氏とともにシンクロトロン・スタジオを立ち上げ、クリエイティブを統括する立場として活躍。フラッシュバックジャパン公認クリエイター。

会社設立で直面した思いがけない“壁”

永井 2016年6月に会社を立ち上げてから2期目に入りました。振り返ると、設立年は仕事量がハンパなくて、怒涛の1年でしたね。
河原 設立して半年経ったころから繁忙期に入ってきて。
創業メンバーは4名でしたが、営業は永井さんのみ。僕はクリエイティブ・ディレクターとしてクリエイティブ全般に関わるという役割を担っていたものの、あまりの仕事量に二人ともつぶれかかってしまいそうになりましたよね(苦笑)。
永井 設立の経緯についてなんですが。まず僕が河原と出会ったのは、ゲーム会社でプロモーション映像を作っていた頃。当時彼はフリーの映像クリエイターで、一緒に仕事をする機会があったのですが、その時の彼のアウトプットが僕の求めていた以上のクオリティで。それ以来、よく一緒にタッグを組んで仕事するようになりました。

ある時、起業を考え始めるようになったタイミングで、河原もフリーよりも組織で力を発揮したいという意思を持っていると知って。じゃあ一緒にやろうということで、2016年6月に会社を立ち上げました。
立ち上げて半年は営業にとても苦労しましたし、仕事が増えたら増えたで、今度はキャパオーバーになり、僕も撮影とか、ディレクションまで入る羽目になってしまって…。
河原 僕も必死に制作をこなそうとして、一時は休みも取れないほどでした。結局、フリーランスの時のように、一人ですべてこなそうとして、抱え込んでしまったんですね。
このままでは破たんしてしまう…と危機感を持ち始めるようになりました。
永井 原因はメンバーのワークフローがうまく構築できていなかったからなんです。最初は、僕と河原の長年タッグを組んでやってきた者同士うまくいくだろう、と思っていて、まずは売り上げを上げようと仕事を増やしていったら回らなくなってきて。
河原 永井さんがやるべきこと、僕がやるべきことは何?互いの業務領域をきちんと明確にしよう、と。そして業務の範疇外のことは他のパートナーと協力したり、中に人を増やすなり考えて実行しよう、と試行錯誤しましたね。
永井 ゼロから組織を作り上げる大変さを実感しました。今はいい感じで体制が整ったかなと思います。
河原 人数が少ないので、メンバー内・外の連携を円滑にしないと一人で何人分もの業務をやらなくちゃならなくなるので、コントロールすることの大切さを学びましたね。
永井 会社のマネタイズやマネジメントは僕が担い、クリエイティブについては河原に信頼を置いて一任しています。シンクロトロンの目指すところについては互いにいろんな意見をぶつけ合いました。
河原 僕のミッションは、シンクロトロンでしか表現できない作品をつくりだしていくこと。クライアントから依頼されたものを絶対後悔させない、それだけでなく期待を上回るようなアウトプットをつくりだしていくことを目指し、現場で指揮を執っています。

最初は自分が手を動かさないということに慣れなくてつらかったですね。僕が手掛ければすぐに終わってしまうのだけど、それはここでの僕の役割ではないので。
そこは管理者としての意識をきちんと持ってメンバーを育てていくと心がけています。今はかなり慣れてきて、面白い案件をみんなと共有するのが楽しいと思えるようになってきました。

ユニークなアイデアを反映した企画で存在感を発揮

永井 案件は多岐にわたるジャンルでCGや映像作品を手掛けています。TVCMのプロモーションやTV番組のオープニング、スタジアムのディスプレイムービーやプロジェクションマッピングなどの大型投影ムービー、VRやWebムービーなどを制作しています。
河原 最近では「キノの旅」という30分のアニメーション番組が、地上波(TOKYO MXほか)とHuluなどの動画配信チャンネルで放映中なんですが、そのエンディングムービーを制作しました。

僕自身アニメが大好きで、特にこの作品は学生の頃に放送されていたのを見ていてファンだったんです。今回新たに放送開始されると聞きつけて、監督に「ぜひやらせてください!」と直接お願いしたところ、任せていただけることになって。すごく嬉しかったですね。
監督から「日本アニメの良さが出るようなエンディングにしてほしい」とイメージをもらって、そこからコンセプトを考え、カタチにしていきました。
永井 僕らが手掛ける案件は基本的に企画から入るものがほとんどです。クライアントからざっくりと「こんなことがしたい」と相談ベースでもらって、あとはこちらでコンセプト、アイデアなど根幹の部分を提案し、そこでいただいた要望に合わせて構成やコンテを考えてふくらませてカタチにしていくという進め方をしています。

ユニークなアイデアを最先端の技術で実現していくという取り組みで、モーションキャプチャを取り入れた映像も制作しました。京セラドーム大阪の大型ディスプレイで流れるオリックス・バファローズの選手紹介映像です。

選手にセンサーを付けさせていただき、打つ・投げる・走るという動きをそれぞれトレースし、それをCGモデルに起こして動かすという企画で、クライアントに提案したところ、いいアイデアですねと言っていただき制作を進めました。宮崎キャンプに潜入したり、神戸の練習場にも足を運んでいろいろ撮りましたね。この企画のアイデアや取り組みはスポーツ紙にも取り上げていただきました。

“人の記憶にずっと残る”クリエイティビティを、多彩な個性を集めて追求していく

河原 人の日常の愛着みたいなものを最新技術でどう構築していくか。それを意識しないと、技術だけ先走りしてしまって、せっかく作っても単に“消費されるだけ”になってしまう。それは嫌だなと。そういう仕事はしたくないよねって言ってます。
永井 公開しても1年足らずで放映が終わってしまう映像作品とかたくさん作ってるんですね。でも、そうした公開時期が終了して作品が見れなくなってしまった後も、見てくれた人の記憶に残るような普遍的なものや共感されるものをつくっていきたいんです。モノがあふれていくなかで僕らはいかに作品を作っていくか。それを意識しながらモノづくりに向かっていきたいなと。

社名のシンクロトロンから、いろんな人、いろんな表現手法とシンクロしていきたいと思っていて。これから映像はフレームの中の表現からより空間的な演出を伴うもの、プロダクト製品にも映像演出が加わっていくでしょう。またUIやUXのデザイン分野が映像に変わっていくとか。映像に触れて反応が返ってくるというインタラクティブ性のあるものはどんどん加速していくでしょう。
それに対して僕らは企画とか演出を担い、映像の部分は外部ともタッグを組んで、会社という小さな枠を超えてプロジェクトに応じて最適なユニットを作り広げていくという風にしたいなと考えていて、今はそのネットワークを広げているところです。

関西って、意外と同業同志の横のつながりがないんですね。でも、声を掛けると一緒にやりましょうと言ってくれる。お互いつながりを持てば、クリエイターの活性化にもつながるはずだと考えています。

これからの時代は組織という概念が徐々に崩れていくのかなと。じゃあシンクロトロンて何ができるのと聞かれたときに、僕たちでしか出せないクオリティや豊かな表現の作品。今は多彩な表現の映像がたくさんありますが、なかには瞬間的な快楽を追求したような、さほど面白くないものも結構あるなと思っていて。

そういうものが淘汰されていった時に、表現とは、人が本当に楽しめるもの、人の感情を豊かにさせるものに尽きるのではないかと思うんです。それを体験した人が印象をインプットできるような表現の可能性を探っていきたい。日頃河原ともそんな話をしていますね。

クリエイターが最高のパフォーマンスを発揮できる“みんなが幸せになる循環”を作っていきたい

河原 ただし、そうした表現をがむしゃらになって追求していくことでしまいには燃え尽きてしまった…ということにならないような働き方もきちんと考えていかないと、と思っています。みんなが楽しくつくって、その結果、質が高く良い作品を提供できて、ありがとうとクライアントから感謝してもらえる。それを励みにさらに優れたアウトプットが創り出される…そんな好循環を生み出していきたい。

それにはプロデューサーのクライアントを理解する能力とクリエイターの強み、個性を理解する能力があって、それぞれを連携させていく仕組みづくりが重要だと思います。
また、ワークライフバランスにも配慮して、ライフスタイルに変化があっても働き続けられるよう柔軟に対応できる場づくりも取り組みたいです。
永井 モノづくりに従事している人のワークスタイルって寝る間も惜しんで制作に没頭して…という傾向があると思うんですけど、そこに対しては一石を投じたい、という思いは強く持っています。
しかも1日の半分以上も作業に時間を割いているにも関わらず、その仕事に楽しみを感じられないとしたら、それは非常に問題だと思います。
そういう状況にアプローチすることが、これからの自分の挑戦だと思っている。みんなが幸せである形を探りたい。その思いが、シンクロトロンで出来つつあるとも思っていて。

シンクロトロンのクオリティを信頼して依頼してくれるクライアントがいて、僕たちのクリエイティビティを実現するために力を貸してくれるクリエイターがいて、そうした環境の下で最高のパフォーマンスを発揮して、クライアントの期待を超えるアウトプットをつくり出していく…。

プロデューサーである自分の役割は“増幅装置”だなと思っていて。クリエイターの力を元ある力からどんどん増幅させる。そういうチーム作りを理想として、叶えていきたいです。

インタビュー・テキスト:岩淵 留美子(CREATIVE VILLAGE編集部)/撮影:SYN.product YUICHI TAJIMA