2018年1月12日(金)に公開予定の岡田将生&木村文乃によるW主演映画『伊藤くん A to E』。
原作は直木賞候補作で、2017年夏〜秋にはドラマ放送されています。しかし今作は単なるドラマの続編ではなく、ドラマを見ていてもいなくてもまったく違う視点で楽しめる「ドラマと映画のハイブリッドという特別な構成」になっています。
プロデューサーの春名慶さんは、『世界の中心で、愛をさけぶ』『僕等がいた』『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』『君の膵臓をたべたい』など数々のヒット作を世に出してきました。しかし自身は「映画はほぼ観ない」と言います。ではなぜ次々と人気作を世に送り出せるのか、そんな春名さんが力を入れる次回作『伊藤くん A to E』とは? 今の映画業界の状況なども合わせてお伺いしました。
映画を知らないまま、映画の世界へ
僕、実は映画にまったく詳しくなかったんですよ。学生の時に観た映画は、デートで彼女に誘われた『波の数だけ抱きしめて』だけ……。そんなふうに映画に触れない青春時代を送ったのに今映画プロデューサーになったのは、博報堂に入社して4年目に番組企画から映画セクションへの部署移動がきっかけでした。
26歳くらいの時です。出資社の一担当として映画の製作委員会に参加したのですが、当時は邦画といえば年配層か映画マニアが見るもの。デートムービーに若者が邦画を選ぶなんて絶対にありえない時代でした。それまでの番組企画の仕事が楽しかった分、映画担当になってからすごくつまらなく感じました。……それが変わってきたのが、98年の『踊る大捜査線』。興行収入100億円を超える大ヒットを飛ばし、少しずつ若者を映画館へ呼ぼうという動きが出てきました。
初めて企画に関わった作品が、森田芳光監督の『模倣犯』です。単純にストーリーを創るだけでなくパッケージングまで含めて考えようと思って、Yahoo!のトップページに映画のバナーを貼ってもらうかわりにネームブランドを映画の本編に登場させるというタイアップを提案しました。翌年に向田邦子さんドラマ原作の『阿修羅のごとく』を製作した時には、脚本作りにも関わりました。TVドラマだった原作を分解して、もう一度組み立て直して新たな作品にするという作業は、僕の脚本作りの基礎訓練になったんだと思います。
今では企画プロデューサーとして、映画のパッケージングや脚本づくりだけでなく、ピックアップした原作をどう調理して映画化するかという全体のレシピを考えて、それに皆を巻き込んで実現していく……ということが映画企画プロデュースの本来あるべき姿なんだろうなと思って取り組んでいます。
『セカチュー』からこれまで。映画プロデューサーの仕事とは
『模倣犯』『阿修羅のごとく』のあと、東宝現社長の島谷能成さんに「何かやりたい企画はないの?」と聞かれた時に映画化権を預かっていたのが『世界の中心で、愛をさけぶ』でした。一行目の文章「朝、目が覚めると泣いていた。」を読んだ時に「これを映画化するなら主題歌は平井堅で、大人になった主人公を軸にしよう」と直感していたんです。映画の構想を島谷さんに熱弁したところ、「まあ若いもの同士でやってみてよ」と市川南現常務を紹介いただき、二人で紆余曲折のすえ実現した作品は大ヒットしました。
当時は「売れる」という確信があったわけじゃないんですよ。なんとなく川の流れに揺られて行きついた先で出会った人たちとの巡り合いが繋がっていきました。でも今では、映画を企画立案する時には「なぜこの作品が売れるか」と明確に説明します。それが企画プロデューサーの仕事ですから。もちろん蓋を開けてみるまで誰にもその映画が当たるかどうかは分からないけれど、「こういう理由だから当たるんだ。原作はこれで監督はこの人でキャストと主題歌はこの人で……」と説明し、まず半径5mにいる人達にイメージを共有して「ああ、いけるかも」とやる気が出る状況を作ることが、僕の役割です。
ただし、映画は企画立案から公開までに1年以上かかるので、いかに早く観客に求められるものを察知して映画化のプロセスに乗せていくかが勝負です。ひとつだけ僕がずっと決めていることは、二十歳くらいのカップルのデートムービーに選ばれる作品を作りたいということ。彼らが来ないなら、どんなに面白くて好きで売れていて映画化に向いている原作があっても僕は映画にはしない。いまや映画館で映画を観る年間一人当たりの平均本数は2本ぐらいなのに、毎週何本も新作映画が公開されるだけでなく、スマホやその他コンテンツが若者たちの時間を奪い合っています。ですからまず「自分だったらデートで行きたい」と思える作品じゃないと作ってはいけないと思っています。
2018年、『伊藤くん A to E』の映画化
実は、小説『伊藤くん A to E』が出版された頃(2013年)に映画化を検討していたんです。ただし連作短編小説なので、2時間の映画だと短編のダイジェストになってしまうという印象があり、諦めていました。それが“連続ドラマと映画の両方でやる”となった時に、ストンと腑に落ちました。しかも『ストロボ・エッジ』でご一緒した廣木隆一監督なら面白いものができると思ったんです。
この『伊藤くん A to E』は、“伊藤くん”をめぐるA子からD子まで4人の恋愛模様をE子(木村文乃)が聞いているという設定です。実は当初の企画では、ドラマでA〜E子までの全編を放送して、映画は後日譚だったんですよ。でもそれじゃあ面白くない。ここは大胆に、同じエピソードを違う視点から見せようということにしました。
ドラマではE子がA〜Dの4人の女の子たちそれぞれから話を聞きながら“伊藤くん”という人物を脳内で想像しているので、別々の俳優が“E子の妄想の伊藤くん”を演じています。それが映画版では、同じエピソードを実は同一人物である“本物の伊藤くん(岡田将生)”が演じます。すると、ドラマと映画で違う俳優が伊藤くんを演じ、「同じセリフなのに妄想と実際ではこんなに違うのか!?」という楽しさもあります。エピソードは一緒ですからドラマだけでも映画だけでも成立していますが、両方を見るとさらに面白いというハイブリッドな展開にしています。それにより、原作の面白さや魅力を余すことなく伝えていける企画です。
俳優陣も木村文乃や佐々木希、志田未来など、ゴールデンでもいいほどのキャストが揃っています。それは同じ話を違う視点で演じたり、それによって俳優の別の面も見られるというエキサイティングさを各事務所が感じ、出演してくれたのだろうと思います。ドラマと映画でフォーメーションを変えて組んだプロジェクトということで、僕も作っていて楽しかったですね。
“体験型”になる劇場映画
最近の娯楽は“体験型”になってきています。CDは売れなくてもコンサートは満席で、プロ野球のテレビ中継はなくなっても球場観戦の人口は増えている。映画の場合は、映画館に良い作品を観に来るというよりも、一緒に行った人と「あのシーンがどうだったね!」と話すという体験を楽しんでいる人が増えていると思います。なかには同じ映画をメンバーを変えて観に行って盛り上がる……という子もいるそうで、それってつまりディズニーランドと同じですよね。映画館という遮断された空間で2時間だけ異世界にのめり込む時間を友達と体験しに行っているんです。
それを踏まえると、今どんな映画が求められているのか……というお客さんの気持ちに、クリエイターにも敏感になってもらいたいですね。良いクリエイターは熱い思いや作品へのこだわりがあり、それはとても大切ですが、商品を出荷する責任者として僕は「そのこだわりは興行収入に跳ね返るのか」を考えなければならない。製作にあたって僕が「Aだろ」と言い監督は「Bなんだ」と意見が割れた時に、その2択か妥協点ではなく、第三の道を一緒に探せる柔軟性が欲しいです。基本的に、僕は映画に詳しくないから、クリエイターを尊重したい。そのうえで僕は“観客のプロ”として「お客さんだったらどう感じるか」をどんどんクリエイターに投げかけているので、映画館に来る人のことを一緒に考え、商品としてどうなのかをディスカッションできるクリエイターがこれからの映画界により必要になるでしょう。
これからの映画業界で働くこと
一緒に映画を創る方は自分と感性が似ている人がいいですね。でもまったく同じではつまらない。できれば僕と同じくラブストーリーが好きで、「このキャストだったら良さそうじゃない?」というイメージが言葉で共有できる人。さらに僕が「こういう企画はどうだろう」と描いた〝甘め〟の設計図を見て、それぞれプロの視点と技術でその設計図に詳しく書き込んでいってくれる脚本家さんや監督さんと一緒に映画を創りたいです。
監督さんをはじめとするクリエイターさんは良い作品をつくるプロですが、プロデューサーは映画に造詣が深くなくてもできる仕事です。観客のプロになり、観客側の気分や動向をつねにリサーチすることが大事。全然違う業界のことを見ると、ヒントとなるビジネスモデル、スタイル、メソッドが落ちていることもありますよ。『東洋経済』を読んで外食産業について調べたり……違う業界での宣伝手法が映画業界でも活かせることもあるんです。
これから映画界の中心を目指していく人には、ぜひ生意気であってほしいですね。「春名さんそれ違うんじゃないの?」と言ってくれていい。ただしそれは前の世代を否定しろということではなく、違うと感じたことを言語化して新たな提案ができるということが大事です。自分なりに「こうじゃないか」という腹案を持って、打ち合せの場で具体的なプランを物申せる人はきっと伸びますよ。
東宝の映画プロデューサーの川村元気さん(『君の名は。』『何者』『電車男』『悪人』など)なんてデビュー当時は生意気力の塊でした(笑)。生意気じゃないとたぶん何かを成す事はできないような気がします。
というのも、映画は立案から公開まで1年以上かかるので、世間の動きより先に自分で考え行動しなければいけません。また、モノを作って世に出すという仕事は、いろんなトラブルがあるしその責任をとらなければいけないこともあります。だから、対処できる能力や知恵を育てておきます。何が起こっても対処できる柔軟性と自分で考える力、そしてそれを周囲に伝える言語能力が求められる仕事です。ですから人の意見を鵜呑みにして後からついていくようではいけません。例えば、ワイドショーでコメンテーターが何か言えば心の中で「本当にそうか?」と問いかけてみること。そして頭の中で「自分はこう思う。なぜなら……」とその先の言葉を続けてみてください。これは訓練になりますよ。
(取材・ライティング:河野 桃子/編集・撮影:CREATIVE VILLAGE編集部)
作品情報
映画
タイトル:『伊藤くん A to E』
公開日:2018年1月12日(金)全国ロードショー
出演:岡田将生 木村文乃 / 佐々木希 志田未来 池田エライザ 夏帆 / 中村倫也 田中 圭
監督:廣木隆一
原作:柚木麻子「伊藤くん A to E」(幻冬舎文庫)
制作プロダクション:ドリマックス・テレビジョン
配給:ショウゲート
©「伊藤くん A to E」製作委員会
公式サイト:http://www.ito-kun.jp
ドラマ
タイトル:『伊藤くん A to E』
放送表:TBS 8/15(火)深夜1:28、MBS 8/20(日)深夜0:50 ドラマイズム枠にて放送!
出演:木村文乃 / 佐々木希 志田未来 池田エライザ 夏帆 / 山田裕貴 中村倫也 田中 圭
総監督:廣木隆一
監督:毛利安孝 稲葉博文
原作:柚木麻子「伊藤くん A to E」(幻冬舎文庫)
ベリーグッドマン「Pain, Pain Go Away feat. MUTSUKI from Softly」(ユニバーサルJ)
脚本:喜安浩平
音楽:遠藤浩二
製作:「伊藤くん A to E」製作委員会
製作著作:MBS
制作プロダクション:ドリマックス・テレビジョン ©「伊藤くん A to E」製作委員会