「このマンガがすごい!」(オンナ編)で、2017年(「金の国 水の国」)、2018年(「マロニエ王国の七人の騎士」)と連続して1位を獲得した作家・岩本ナオ。マンガ好きの域を超え、各界から絶賛され映像化希望が殺到した『金の国 水の国』が待望のアニメーション映画化、1月27日(金)より全国劇場公開となる。
『竜とそばかすの姫』(2021)に続き、プロデューサーを務める谷生俊美さんに、今の時代だからこそ本作を映画化する意義、作品へのこだわりなど話を聞いた。
ジャンルが細分化される今こそ“王道エンターテイメント”を作る
――岩本ナオ先生の漫画で初の映像化ですね。改めて、このお話をアニメ映画化したいと思ったのは、どのような理由からでしょうか。
今、アニメーションって本当に多く制作されていますよね。ジャンルもかなり細分化されてきています。そんな中で「本当の意味での“王道アニメーション”って、どれくらいあるんだろう?」と考えまして。『金の国 水の国』は2人の若者が出会って、世の中を変える物語という王道のストーリーテリングであったり、共感できるプロットだったり物語、キャラクターが素晴らしいです。ジャンルを限定して特定のファンに観ていただくということも、もちろん大事なモデルなのですが、今作に関しては、日本テレビが幹事として取り組ませていただくということで「真っ直ぐな王道エンターテインメントに、あえてここで挑戦しよう」ということで、この作品にたどり着きました。さらに弊社のグループ企業であり、非常に力のあるマッドハウスさんとタッグを組んで、「とにかく良いものを作ろう」と。そんな経緯で制作に至りましたね。
――ここまでの王道のエンターテインメントって、現代は少なかったりしますよね。
今はテレビ、劇場作品以外にも配信でたくさんの作品が作られていますから、当然、人の好みは細分化していくのは大きな流れとしてあると思うんです。そんな中で、逆にぐるっと回って、より王道のものを真っ直ぐ作るチャレンジには意味があるんじゃないかなと考えました。
――そんな中、原作に出会ったのですね。
「このマンガがすごい!」の注目作品だったのがきっかけで読みました。最初の感想は、「ファンタジーな世界観でありながら、ちょっと見たことがあるような親しさを感じるな」と思って。というのも、私はエジプトのカイロ支局に5年間いて、その時に目にしたトルコやイランの素晴らしいイスラム建築を思い出したんです。「金の国」はイスラム文化が一つのモチーフになっていることを明確に感じ取れました。一方の「水の国」の舞台設定は中央アジアで、その対比が面白いなと思ったのと。あと、出てくるキャラクターが、すごくユニークで面白かったんです。
©岩本ナオ/小学館 ©2023「金の国 水の国」製作委員会
――なるほど。言われてみて気づきました。
実際に、映画化の話を進めるにあたって、出版元の小学館を通して岩本ナオ先生とお話する機会があったのですが、「金の国はトルコのイスタンブールやイランを参考にした」とおっしゃっていたので、「やっぱりそうですよね」と答え合わせができた感じがしました。今回、映画化ということで、いくつか原作からの変更をしていて、原作では、「金の国」を「A国」、「水の国」を「B国」という呼び方をしているんですが、映画では具体的な名前があった方が良いんじゃないかなと思って、岩本先生に決めていただいたんですね。A国は「A」を使って、B国は「B」を使った方が良いのではないかというご相談をしたところ、A国は「アルハミト」、B国は「バイカリ」という名前を付けていただきました。ちなみに「アルハミト」の『アル』は、アラビア語で「THE」という定冠詞なんです。岩本先生はそういった実在する言葉をちゃんと意識されていて、多文化に対する興味や、ご関心、アンテナを持ってらっしゃるんだなと感動しました。
みんなでガッツポーズ。キャスティングと音楽へのこだわり
――マッドハウスの制作陣とのコミュニケーションでは、どのようなことを大切にしていましたか?
「本格的に制作が始まるぞ」というタイミングで、ちょうどコロナ禍になったので、東京・中野にあるマッドハウス本社に行くことも難しい状況が続いていました。そんな中でもアニメーションプロデューサーの服部さん、田口さん、たくさんの人とコミュニケーションを取っておりました。絵コンテ制作に移る頃にはさらにコロナの感染者数も多かったので、「とにかく信じて待ちつつ」という感じでした。さすがに会わないと難しい、キャスティングについての話し合いなどは最大限に気をつけながらお会いしてお話して。オンラインと併用しながら動いていました。
――声優陣の皆さんも、魅力的にキャラクターに命を吹き込んでいましたね。キャスティングには、どのようなこだわりがあったのでしょうか。
王道のエンターテインメントとして広くあまねく伝えるために、大きな方針として、「主演のナランバヤルとサーヤは俳優さんで行きたい」と決めていました。作品の特性と役の適性を最優先に世界観を構築しながら、その中で最善の役者さんに演じていただきたいと。渡邉こと乃監督、清水音響監督と我々で意見を出し合って決めていきましたね。主演の賀来賢人さん、浜辺美波さんに関しては、いちばん最初のアフレコの日、第一声をドキドキしながら聴きましたが、「あ、賀来さんはナランバヤルだ」という説得力がすごかったんです。ガッツポーズをみんなでするくらい素晴らしかった。浜辺さんも「サーラって、こんな声をしているんだな」というハマり方で。そこは本当にお2人助けていただいたというか、みんなで幸せな気持ちになったアフレコ現場でした。
©岩本ナオ/小学館 ©2023「金の国 水の国」製作委員会
――素敵なエピソードをありがとうございます。また、音楽も素晴らしいですね。
音楽は、「世界観にどう添わせるか」というところを最優先で考えたほうが良いと思いました。「どの劇版作家さんにお願いするのか」という話になったときに、色々な方の音源を聴いたり、過去作を見た中で、私は、Evan Callさんが一番良いと思ったんです。この映画が持つ、マルチカルチュラル、今風で言うと多様性であり、色んな文化がせめぎ合う中で、世界の素晴らしさを伝えていく物語であるということを鑑みたときに、「どういう音楽が相応しいんだろう?」と考えたんですね。それで、Evan Callさんの経歴を見たときに、まず日本人ではないということ。バークリー音楽院という素晴らしい名門のフィルムスコアを卒業されて、ハリウッドで音楽家を目指す選択も当然あったはずなのに。あえて日本に移住されて、キャリアを始めたというユニークさ。それはEvanさんの持つ個性ですし、彼の作り出す音楽にも出ていると感じたんですね。彼の経歴とバックグラウンドを見たときに、「あ、この人おもしろいな」と。こういうマルチカルチュラルなバックグラウンドを持つ人に音楽を作っていただくと、すごく良いマリアージュとなって、作品に味わいと深みをもたらしてくれるんじゃないかなという予感がありました。作品を拝聴して、この方は音楽の幅という意味でも、すごく多彩な引き出しを持ってらっしゃるし、Evan call さんが、いちばん良いと思ったんですね。その上で、監督や音響監督と意見交換をする中で、最終的にEvanさんがいいですね!ということになって。「鎌倉殿の13人」の前に決めておりました!(笑)
※ Evan Callさんは大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の劇伴も担当している。
――Evan Callさんはアニメ好きでいらっしゃいますから、とても良いコラボレーションですよね。
最初から制作にすごくコミットしてくださりました。2つの異なる国の世界観を、どう作っていくかをすごく考えてくれていて。別の楽器を使って紡ぎながら、全体としてはオーケストラのフィルムスコアとしての厚みのある壮大な音楽を作っていただきましたし。本当に受けていただいてよかったなと思いました。
――音楽の使い所も素晴らしく、さらにストーリーを盛り上あげていますよね。
そう言っていただけると本当にありがたいです。ボーカル入りの歌を3曲入れたんですけど、実は当初、ボーカルものを入れる予定はなかったんです。コロナ禍の影響で、最初に想定していた公開のタイミングからどんどん後ろにずれていく中で、世の中の気持ちも変わっていっていることを意識しないといけないという話をみんなでしていました。2つの国の対立や違いを軸にしながら壮大な音楽を作っている間に、現実にウクライナで戦争が起きてしまいました。そんな中で、映画を届けていくという時に、「国と国との対立」も大事だけど、もう少しキャラクターたちの感情に寄り添ったアングルから音楽を作ったらどうだろうと検討しまして、例えばそこにボーカルが入っていたら、より観客が入りやすくなるのではないかと。別の角度から心のひだに寄り添うような仕掛けになるんじゃないかなと思ったんですね。
監督とEvanさんと「伝えるべきメッセージはこういうことだよね」「こんな言葉を大事にしていきたいね」ってお話をする中で、出来上がってきたのが「Brand New World」「優しい予感」「Love Birds」の3曲です。この3曲は劇中歌として、作品の世界観そのままを表せるようにしたかったのですが、そんな時にふと琴音さんの存在を知りまして、歌声を聴いて「この人しかいないんじゃないかな」と思ったんです。何百人も候補がいらっしゃる中で、ある程度、音楽チームと絞らせていただいた方を、監督、音響監督やEvanさんと、みんなで決めました。私の推しはあえて言わなかったのですが、満場一致で琴音さんに決まり、本当に素晴らしい楽曲になったと思います。
「1%の幸せ」のために、映画プロデューサーを続けています
――谷生さんにとって本作が、『竜とそばかすの姫』に続く、劇場プロデュース2作目となります。映画をプロデュースする難しさと楽しさはどんなところにありますか?
正直に言ってしまいますと、映画プロデューサー業務の99%は苦しいですね。こんな苦しみしかないの?というくらい、苦しいです。何故なら、いろんな人の思惑や、利害や思いがあって、それをひたすら調整しないといけない仕事なので、本当に苦しいことが多いんです。だけど、残りの1%で本当に「素晴らしいな」と思える瞬間があって、そのためにやっているのかもしれないなと思いますね。
――それは、完成した作品を見た時でしょうか?
その瞬間もそうですし、あるいは役者さんの演技にアフレコで触れた瞬間だったり、音楽が出来上がってきて、初めて聴いた時の「ああ!こんなものが出来あがるんだ」という高揚感とか。『竜とそばかすの姫』は規模が大きい作品で、決めることが山ほどある中で、前に進んでいるのか、後ろにいっているのか、もう全くわからないような状態で(笑)。「とにかくこの作品は素晴らしいから、届けるんだ」という想いで作業を続けて、最後に音楽が繋がった時に、涙が流れました。監督が振り返って「ターニャ(谷生)が泣いてるね、OK」と言っていて。その時、「こんなに素晴らしいものをいち早く見られて、なんて幸せなんだろう…」と。『金の国 水の国』もアフレコの瞬間、音楽が出来上がった瞬間、完成した作品を観た瞬間、本当に幸せでした。
――幅広い世代に刺さる作品だと思います。特にどんな方に見ていただきたいですか?
今の時代、本当に色んな情報が溢れていて、どうやって自己肯定感を確立するのか、大事にしていくのかということが非常に難しいと思っているんですね。この作品は、賢いけれどうだつの上がらない生活をしている若者と、王女だけど、ほぼ王位継承権決はないような隅っこに追いやられている若者がひょんなことから奇跡的な出会いをして、一歩踏み出すことで世界を変えてしまうお話です。「世界って、誰でも変えられるかもしれない」と思えることが重要だと思っていて。背中をゆっくりと押してくれて自分を抱きしめて一歩だけでも前に行ってみようよ、という気持ちにさせてくれる映画になったと思っています。普段の生活でしんどさを感じていたり、迷っている人に見ていただいて、きっかけや気づき、勇気を届けられるような作品になればと願っています。
映画『金の国 水の国』は、2023年1月27日(金)全国ロードショー
【キャスト】賀来賢人 浜辺美波
戸田恵子 神谷浩史 茶風林 てらそままさき 銀河万丈
木村昴 丸山壮史 沢城みゆき
【原作】岩本ナオ「金の国 水の国」(小学館フラワーコミックスαスペシャル刊)
【テーマ曲(劇中歌)】
「優しい予感」「Brand New World」「Love Birds」 Vocal:琴音(ビクターエンタテインメント)
【スタッフ】監督:渡邉こと乃 脚本:坪田 文 音楽:Evan Call
アニメーションプロデューサー:服部優太 キャラクターデザイン:高橋瑞香 美術設定:矢内京子
美術監督:清水友幸 色彩設計:田中花奈実 撮影監督:尾形拓哉 3DCG監督:田中康隆、板井義隆 特殊効果ディレクター:谷口久美子
編集:木村佳史子 音楽プロデューサー:千陽崇之、鈴木優花 音響監督:清水洋史
アニメーションスーパーバイザー:増原光幸
プロデューサー:谷生俊美 アソシエイトプロデューサー:小布施顕介
【アニメーション制作】マッドハウス
【配給】ワーナー・ブラザース映画
【コピーライト】©岩本ナオ/小学館 ©2023「金の国 水の国」製作委員会
【映画公式サイト】http://kinnokuni-mizunokuni-movie.jp
【映画公式Twitter】https://twitter.com/kinmizu_movie
【ハッシュタグ】#金の国水の国 #最高純度のやさしさ
インタビュー・テキスト:中村梢/撮影:SYN.PRODUCT/企画・編集:向井美帆(CREATIVE VILLAGE編集部)