イラスト自動生成AI「Midjourney」が生み出した作画のクオリティが巷で話題になっています。AIながら作画のクオリティが驚くほど高く、イラストレーター界隈ではまるでペリーの黒船来航のような衝撃を受けている方もいるでしょう。AIによる自動イラスト作成ツールは以前にもあったものの、簡易的な絵の作成しかできず、補助的なツールの域を出ることはありませんでした。
しかし「Midjourney」を筆頭に、AIによって生み出されるイラストのクオリティは年々高まっています。そのため、危機感を覚えているイラストレーターも多いでしょう。AIに負けない個性や世界観を表現するにはどんな工夫が必要になるのでしょうか。4年以上のキャリアがあるイラストレーターに向けてイラスト業界の今後の展望を紹介します。
イラストレーターの個性と描写力は役割によって使い分けが必要
自身の作品をたくさん世に生み出したいイラストレーターであれば、見ただけで自身の世界観が分かる個性あるイラストが描けるのが理想と言えます。しかし、アニメーターやアシスタント業務、コミカライズのイラストレーターなどの場合は描写力がより求められます。個性を出すのではなく、求められるイラストを表現できる力が必要なケースもあるでしょう。イラストレーターとしての個性と描写力を役割によって使い分けることが重要です。
イラストレーターの個性が必要とされる仕事
イラストの仕事は「個性」が求められるものと「個性がない」ことが求められるものに分かれます。イラストレーターの個性が必要とされるのは、個人または自分自身が中心となり「商品の価値につながる」作品の場合です。たとえば、本の表紙やポスターなどの広告に使われる作品には個性を押し出すことが求められます。「イラストレーターが描き下ろした作品」であることに価値があるからです。また、NFTアートやイラスト集を販売する場合も「お気に入りのイラストレーターの作品」であることに価値があり、買うファンがいるためです。
個性が必要とされる仕事の場合、「絵が上手い・下手」はあまり問われません。たとえば、「しりあがり寿」さんは絵画的な上手さや描写力がずば抜けているわけではありません。しかし、ご自身の個性を見事に価値へと変換できています。まさに個性を仕事につなげているイラストレーター・漫画家の代表例と言えるでしょう。「個人に価値がある」「自分の名前でイラストを描く」といった仕事の場合は、個性が必要とされます。
イラストレーターの個性が必要とされない仕事
一方でイラストレーターの個性が必要とされない仕事もあります。それはアニメーターやアシスタント業務など、チームで行う仕事の場合です。たとえば、アシスタントであれば決められた絵柄に合わせてイラストを量産しなければいけません。もし1人だけ個性的な絵柄で描いてしまえば、その担当パートだけ浮いた絵柄になります。結果、リテイクによって時間をロスしてしまい、チーム全体の業務を遅延させるでしょう。
チームでの仕事の場合、求められるのは個性よりも描写力や技術力です。顧客が求めるイメージに合わせ、ディレクターの指示の下でチームとしてイラストを量産することが求められています。実際に、漫画家よりアシスタントの方が画力を必要とされるというケースも珍しくありません。
業務内容や与えられた役割によって求められるものが異なります。イラストレーターとしてより大成するためには、ケースに合わせて「個性」「描写力」を上手く使い分ける器用さが求められるでしょう。
イラスト自動生成AIの登場による本当の危機とは?
イラスト業界でもデジタル化は顕著になっています。作業の効率化や生産性の向上などのメリットがある一方で、危機感を覚えているイラストレーターも少なくありません。「Midjourney」のようなイラスト自動生成AIが登場したことで、イラストレーターの職がなくなると不安視した方もいるでしょう。ただ、イラストレーターにとっての本当の危機は「イラストが簡単に作れるもの」という誤った認識が世間に広がることにあります。AIの登場で業界ではどんな変化が起きているのでしょうか。
イラスト自動生成AI「Midjourney」とは
「Midjourney(ミッドジャーニー)」とは、キーワードを入力することでそれに合った画像を自動生成してくれるサービスです。たとえば、「ハワイの夕焼け」というキーワードを与えれば、それに合った情緒的な風景画を1分程度で生成してくれます。絵を描かない人にとっては素晴らしい・面白いツールと言えるでしょう。
昨今のイラスト業界では、色塗りや背景の3D化といった「作業的な部分」はデジタル化がかなり進んできています。そのため、デジタルツールそのものへの偏見を持つイラストレーターはそれほどいないでしょう。しかし、「Midjourney」はこれまでのツールとは性質が全く異なります。「Midjourney」は従来のデジタルツールのように作業的な部分を補うツールではなく、人間だからできていた「作家性ある絵」を簡単に制作できるツールなのです。画風が「Midjourney」と似ている方は特に危機感を抱いたかもしれません。
「Midjourney」登場による問題の本質とは
イラストレーター界隈では元々、クライアントから「制作過程」が軽視されることに対して不満が蔓延していました。もちろん、絵を描かないクライアントはクリエイターの苦労や過程は分からず、「イラスト1枚すぐ、簡単に描けるだろう」という考えに至ってしまいやすい面は仕方ないかもしれません。そして、短納期・低予算で仕事を強いられるケースも多くありました。そうした事情から、「過程の大変さ」をSNS等で訴えるイラストレーターもたくさん存在します。
「Midjourney」の登場による危機とは、そうしたクライアントや世間の「誤解」を助長させる恐れがある点です。そもそも「制作過程」を軽視されがちだったことに加え、たった1分で描ける「Midjourney」が登場したことにより、「イラストは誰でも簡単に作れるもの」と誤った認識がさらに広がってしまうことが危惧されます。これは多くのイラストレーターたちにとって由々しき事態、今後の成り行きを注視すべきポイントと言えるでしょう。
2.5次元イラストレーターなど新境地開拓も
AIによってイラストレーターの仕事が奪われるのではなく、AIとクリエイターの叡智を掛け合わせた新しい個性や仕組みを作り出す発想がこれからはより重要になるでしょう。イラスト生成AIとイラストレーターが融合した「2.5次元イラストレーター」が話題になるなど、日々トレンドは進化しています。時代のニーズにあったイラストを提供することも選択肢の1つであり、多様性を受け入れる柔軟な思考が求められます。
イラストの形は多様性を見せ始めている
一昔前であれば手書きが当たり前でしたが、今ではペンタブやその他デジタルツールを使ってイラストを描くのが主流になりました。一方で手書きが新鮮だからとあえてアナログ手法にこだわり、それを個性とするイラストレーターもいます。このように以前と比べてイラストの世界はさらなる多様性を見せ始めています。
そんな中で話題になったのが「2.5次元イラストレーター」ユニット「AiHisとAiShe」です。彼らはAIが自動生成したイラストをもとに、リライトや描き足しを行って作品を作り上げていくという手法を採用しています。AIと距離を取るのではなく、むしろ融合することで新しいクリエイティブ作品を生み出す試みは、なかなか興味深いものがあります。
イラストレーターという職業に必要なものとは
イラストレーターを職業とする場合、クライアントから求められる本質的な部分には変わりがありません。企業がイラストレーターに発注する場合、そのほとんどは「芸術作品が欲しい」とは考えていません。完成したイラストを使って「自社商品を売りたい」「サービスの宣伝をしたい」と考えています。つまり、イラストレーターのゴールは、「個性的でキレイなイラストを描くこと」ではなく、「クライアントが求めている結果を出す」ことなのです。
イラストレーターには、クライアントがどんな結果を期待して依頼してきたのかをヒアリングし、それを形にする能力が求められます。具体的には求めている結果から逆算し、商品や客層の特徴、どのような媒体で使用するのかなどを細かくヒアリング・相談したうえでイラストの内容を決めるといった作業を、イラストレーターならば行う必要があるでしょう。これらはAIにはできない、人間だからできる取り組みです。
個性が求められる仕事を受注した場合は、ヒアリング能力に加え、クライアントが求めている「個性」を表現できているかの確認も必須となります。たとえば、個性を出すために発色にこだわった結果、バキバキの色使いで不快感が強まる作品ができてしまっては、採用はできないでしょう。さまざまな作品を見たり、既存のイラストを組み合わせたりして見る目を養い、作品を客観的にとらえ、「個性」がクライアントのニーズにかみ合っているかの確認を繰り返すことが重要です。
アナログ、デジタル、AIといったものはあくまでもツールや手法にすぎません。クライアントに支持され求められるイラストレーターになるならば、「人間にしかできないこと」を面倒くさがらずにやることが大切です。その土台となるコミュニケーション力や理解力・共感力を鍛え、ニーズに合ったイラストを制作しましょう。
イラストレーターは何に主軸を置くかが重要に
【イラスト 個性のまとめ】
- 個人なら個性・チームなら描写力が求められる
- AI登場で危惧されるのはイラスト制作の過程の軽視
- イラストの形は以前よりも多様性を見せ始めている
イラストレーターと言ってもいろいろなジャンルがあり、人それぞれで求められていることが異なります。イラストレーターはつい「個性」に目がいき、つい独りよがりな作品・表現になってしまうことも少なくありません。もちろん、イラストレーターにとって個性は大切ですが、「描写力」が求められているシーンかどうかの見極めが大事になるでしょう。
イラストレーターとして仕事をするのであれば、「求められている結果を出す」ことを意識しましょう。デジタルによる効率化、AI登場による不安などもあるかもしれません。しかし、結果を出せればクライアントから頼られて支持されるようになり、依頼も増えていきます。そのためにもまずは、個性や描写力だけでなく、コミュニケーション力や理解力・共感力を高めましょう。時代やクライアントのニーズに応えられるイラストレーターが求められています。