根強い人気を誇る三部けいの人気コミック「僕だけがいない街」が、アニメ化、実写映画化に続き、動画配信サービスNetflixのオリジナルドラマとして3度目の映像化。メガホンをとったのは、『SHINOBI』(’05)や『L-エル-』(’16)、『ブルーハーツが聴こえる』(’17)の下山天監督です。
企業理念として作家性を第一に重んじる“クリエイティブ・ファースト”を唱えるNetflixですが、実際に本作を撮り終えた下山監督は、既存の映画やドラマ制作の現場との違いに相当驚いたそうです。下山監督にインタビューし、初参戦したNetflix作品の制作秘話や監督としてのルーツについてお話を伺いました。
1966年3月6日、青森県生まれ。高校時代から自主映画を撮り始め、1984年、松竹シナリオ研究所に入所。松竹大船撮影所、フィルムリンク・インターナショナルを経てフリーとなり、1989年、久保田利伸『Be Wanabee』でMV監督デビューし、その後、数多くのアーティストのMVやライブビデオを監督。
パリコレが舞台のセミドキュメント作品『CUTE』(’97)で劇映画デビューし、翌年の『イノセントワールド』(’98)で注目される。主な監督作に『弟切草』(’00)、『マッスルヒート』(’02)、『SHINOBI』(’05)、『キカイダー REBOOT』(’14)、『L -エル-』(’16)、『ブルーハーツが聴こえる』(’17)などがある。
きっかけは『スター・ウォーズ』と『ブレードランナー』の映像体験
映画が好きになったきっかけの作品を1本挙げるとすれば、小学校5年生の時に観た『スター・ウォーズ』1作目でしょうね。それまではずっと我々の世代はテレビっ子でしたので、かなり衝撃的な体験でした。僕が観たのは、地元・青森の古い映画館でしたが、そこで未知の扉が開いた感じです。
中学生になってかなり映画にハマり、高校の時に8mmを撮り始めました。仲間を集めて稚拙な自主映画を撮ってはつないでいくという小さな作業でしたが、それがとにかく楽しくて。真剣に映画監督になりたいと思ったのは、高校2年の時に『ブレードランナー』を観てからです。2017年はちょうど、『ブレードランナー2049』や『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』が公開され、時を越えてオリジナルキャストが登場してたので、実に感慨深いです。
そうやって高校時代に自主映画をちょこちょこやっていたので、受験どころじゃなくなりました(苦笑)。みんなが進学する中、僕ひとりだけ映画から抜け出せなくなり、高校3年の途中で上京。19歳で撮影所に潜り込んでずるずるとこの道に入ってしまった感じです。
Netflixでの作品作りは衝撃の連続だった
今回初めてNetflixで撮らせていただきましたが、日本のテレビ局や映画会社との作業とはまったく異質で、とにかく衝撃だらけでした。技術的な面でいえば全編を4KRAWデータで撮影、5.1ch、他は企業秘密ですが撮影や仕上げ方法の規定はかなり細かったです。
日本のテレビドラマはオンエアしたら通常そのシーズンで一旦終わるし、映画も一定期間の公開だけで、それぞれ1年経ったらその後にDVD化されたりネットで配信されます。でも、Netflixは常にあり続ける番組という考え方です。だから、映像を最新のハイクオリティー映像のまま向こう10年間、常に色褪せない状態で配信したいということでした。
撮影前にNetflix側からは「連続ドラマだが、長い映画だと思って取り組んでほしい」、「毎週ではなく一気に視聴するユーザーを基本に考えて、劇中の音楽はテーマ曲を何度も使ったりしないで、常に新曲に更新してほしい」、「とにかく1話が大事で、1話で離れた観客は二度と戻ってこない代わりに、1話を観て面白かった人は3話までは見てくれる。そしてその時点で面白かったら最後まで観てくれる」など、いろいろな助言を受けました。
日本のドラマの場合、視聴率が悪いと途中の回から新しいお客さんの誘導をかけたり、丁寧に今までのあら筋をつけたりするんですが、Netflixはそうではなく、あくまで最初から継続視聴してくださるユーザーを満足させる作りにしたいとのことでした。
また、通常の日本のドラマと決定的に違うのは、脚本を最終話まで作ってから撮るということです。日本の場合は、まず1、2話の撮影が始まり、あとから追っかけで続きの脚本を書いていくパターンがほとんどです。それは短所と長所の両方があり、視聴率やお客さんのリアクションに左右され、脚本を変えていくので、初期設定からかなり変わることの方が多いかもしれません。
編集も撮影が全部終わってから始めましたし、<長い映画>なので実際に12話分、全部つながってからじゃないと先方はチェックしてくれません。そこも日本のドラマと比べるとかなり異質なやり方でした。
ある日、「仮に、僕の編集が締め切りに遅れたらどうなります?」と聞いたら、「配信日をずらしていくだけです。とにかくクオリティーを下げないでほしいから、締め切り合わせの作業は絶対にしないでほしい」と言われ、びっくりしました。
原作の完全映像化への挑戦
今回3度目の映像化にあたり、目標に掲げていたのは“完全映像化”でした。映画やアニメは原作コミックが完結する前に映像化されていたけど、今回はすでに連載が終了した後だったので、自分のクリエイティブ云々よりも、原作の世界観を最も重視しました。
こだわったのは空気感で、子供時代の舞台となった三部けい先生の出身地でもある苫小牧の冬の世界観、特に寒さなどの温度感を頑張って表現しようと思いました。実際に冬の苫小牧を訪れ、その土地の表情が物語のベースになっていると確信したので、プロデューサーに話して、北海道のシーンはすべて苫小牧で撮らせてもらうようにお願いしました。
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また、原作ファンの皆さんを満足させたいという意味で、原作で肝となる水没シーンや吊橋の炎上シーンなどは絶対に実現しなければと提案しました。これが成立しないかぎり、僕はこの作品を映像化する意味がないとまで思っていたので。
これまで僕は何本か原作ものを映画化してきましたが、どうしても尺に合わせて原作を割愛してしまう部分や、力技的になってしまう感じがぬぐえないとも感じていて。その結果、原作ファンから批判を受けたりもしましたが、それは映画の尺では致し方ないとも思っていました。
でも、Netflixの場合は器の自由度があるので、6時間だろうが8時間だろうが自由に尺を決められるという利点があります。また、『火花』は成長譚なので、何度か監督が変わってもそれはそれで面白く観られたのですが、今回の場合はタイムリープもので、1話からすでに12話の伏線が始まるし、各話にもいろんな伏線が入るので、僕が1人で監督をすることにしました。国内の連ドラではあまりないケースだけど、作品と制作現場にとってはすごく良かったと思います。
全部脚本があるおかげで、北海道で12話分のロケをまとめて撮れますし、スタッフ・キャストと12話分の情報をすべて共有することもできます。ひとつのチームで最後まで走り切れるから現場のモチベーションも違ったと思います。
クリエイターを目指す人へのアドバイス。
やりたいことを実現させるにはどうすればいいか。本作の劇中の台詞「言葉に出せば本当になる気がする」ということだと僕は思っています。
周りにいる人に、自分の夢ややりたいことを常に語っていると、いつか誰かが拾ってくれるんです。僕の映画デビューもそうでした。
僕自身は助監督の経験がありますが、当時、僕らの世代は“新人類”と呼ばれ、たいして使えない助監督のくせに文句ばかり言っていたんです(苦笑)。30年前の日本映画斜陽時代で、まだ現場に活動屋のうるさい先輩たちが沢山いました。先輩方の説教も昔の現場も好きで楽しかったけど、僕自身は仕事もできないくせに、酒を飲んでは色々自分の撮りたい作品の話をしていたんです。
でも、その時一緒に仕事をしていた若いアシスタントプロデューサーの若い方が、それから6~7年後にプロデューサーになられて、「あの時に言っていた企画をやろうよ」と声をかけてくれたんです。残念ながらその企画は形にならず、別の企画にはなってしまったけど、そこから監督デビューができました。
だからまったく経験がなかったり、プロの仕事をしていなくても、誰かと話をすることはとても大事だと思っています。それが形になるのは5年後なのか10年後なのかわからないけど、そういう機会は突然来たりするので。でも、何も発信していないと、何も始まらない。それが僕たちの仕事だと思っています。
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インタビュー・テキスト:山崎 伸子/撮影:伊藤 尚/編集:CREATIVE VILLAGE編集部
作品情報
『僕だけがいない街』はNetflixにて全世界190カ国以上で配信中
物語
藤沼悟(古川雄輝)は、時おり何か悪い出来事が起こるとタイムリープし、原因が取り除かれるまでその時間が繰り返されるというリバイバル現象に見舞われていた。ある日、悟の母親(黒谷友香)が何者かに殺害され、悟に殺人の疑いがかけられる。悟はその事件の原因が、当時小学5年の時に起きた連続児童殺人事件に関係していると確信し、犯人を突き止めるために、18年前まで時を遡る。
原作:「僕だけがいない街」(三部けい/KADOKAWA/角川コミックス・エース刊)
監督:下山天
出演:古川雄輝 優希美青 白洲 迅 内川蓮生 柿原りんか 矢野聖人 江口のりこ
眞島秀和 戸次重幸 黒谷友香ほか