――「正しいことよりも親切なことを選ぶ」というセリフが胸を打つ世界的大ヒット作「ワンダー 君は太陽」(18)のもうひとつの物語を描く映画「ホワイトバード はじまりのワンダー」。
撮影当時15歳だった、主人公のひとりを演じたオーランド・シュワートは、撮影に集中するために現場にスマートフォンを持ち込まなかったという。監督のマーク・フォースターは語る。「撮影現場はものすごい人数でカオス状態なのですが、コロナ禍でしたので、本作は最小限の人数で、とても静かな環境での撮影でした。限られた人数で集中してつくりあげたことが、静粛で強い、作品のエネルギーとして現れているのかもしれません」。人として生きていくために大事なものは何なのか。観たものひとりひとりに問い、訴える、“本当の勇気とやさしさ”の物語。――

人のやさしさをテーマにした作品をつくりたかった

小説『ワンダー』の作者であるR・J・パラシオさんと、その映画化「ワンダー 君は太陽」(18)を手がけたプロデューサー陣にはもともと続編の構想があったそうです。2020年に、脚本を書いたので読んでくれないかと連絡をもらい、それからプロデューサー陣と話し合いを重ね、ドラフトを2回書き直してキャスティング作業を進めていきました。「ホワイトバード」の映画化への参加を決めたのは、ずっと人のやさしさをテーマにした作品をつくりたいと思っていたことと、本当に美しい物語、ラブストーリーだと感じたからです。それともうひとつ、現代においていじめは大きな社会問題になっています。前作「ワンダー 君は太陽」で、主人公のオギーをいじめたことで退学処分になり、自分の居場所を見失ってしまった少年・ジュリアンが祖母のサラと話し合うことで変わっていく。その祖母・サラも少女時代にクラスメイトのジュリアンのやさしさによって救われ、大切な気づきを得た。孤独や困難にさいなまれた人間が、人のやさしさによって自信や希望を取り戻し、堂々と前を向いて生きていけるようになる。いろいろな経験を通して人が変わっていく様を、特に若い世代に伝えたいと思いました。そういう人生の「光と影」が題材になっていることも、私が「ホワイトバード」に惹かれた点だと思います。

撮影は、21年初頭にチェコ共和国のプラハで行いました。雪がたくさんあって、自然の中で撮っていたので凍えるほど寒かった。特に少女時代のサラが級友のジュリアンと下水道の中を歩いて逃げるシーンは本当に大変でした。役者さんたちは心身共にきちんと準備をしてくれていたのですが、1日中水に浸かっての撮影でしたので、さすがに厳しかったようです。現場で特に大切にしていたのは光。森の中でのシーンは自然光での撮影です。チェコのクルーは笑いながら、「冬なんだから太陽なんか出るわけないでしょ」って言っていたのですが、毎回奇跡のように晴れて、理想の撮影ができました。ユダヤ人であるサラがホロコーストから逃れ隠れて暮らす納屋の内部はセットです。緻密に計算された照明で、暗い納屋の中で、わずかに灯るろうそく、屋根から差し込む月光など、サラに許された納屋という限られた世界をプラン通りに表現することができました。

きっかけは、映画「地獄の黙示録」だった

私は西ドイツに生まれ、5、6歳の頃にスイスに移り育ちました。12歳のとき映画館で、フランシス・フォード・コッポラ監督の映画「地獄の黙示録」(80)を観て、こういう夢のような世界に関われたらいいなと漠然と憧れを持つようになり、14、5歳の頃には明確に映画をつくりたいと思うようになりました。実は、マルタ島で映画の撮影準備をしているときに「コッポラ監督が滞在しているから一緒にランチどう?」って連絡をもらったんです。コッポラ監督ご本人に会って「地獄の黙示録」を観てすごくインスパイアされたって話をして、とても楽しい時間を過ごしました。食事が終わって外に出たら、観光で来ていた韓国人の年配のご婦人が、「すみません、写真撮ってもらっていいですか?」とコッポラ監督に話しかけてきて、コッポラ監督は快く応じたんです。そしたら、「違う! そうじゃない! こう撮ってください!」ってご婦人にいろいろ指示されて、コッポラ監督が「わかりました」って素直に従って(笑)。ご婦人はコッポラ監督を知らなかったようで、まさか世界的に偉大な監督だなんて思ってもなかったんでしょうけど、そんなとても愉快なエピソードもありました。

子供の頃は親の方針で家にテレビがなくて、15、6歳の頃に「とにかくテレビとビデオを買ってください」と親に頼み込んで、それまでは映画館に行くしかなかったのですが、ようやく家でも映画を観られるようになりました。その後、映画監督になるためにニューヨーク大学の映画学科に進みました。僕の家族は医者ばっかりで自分だけ医学部を出ていないので、「映画なんてつくって、こいつ遊んでばかりいる」と思われていたと思います。一応両親は応援してくれてはいましたが、「大丈夫なのかな?」と内心思っていたそうです。だから、残念ながら父は亡くなってしまっていたのですが、映画監督として私の名が世に出たとき母は驚いたみたいです。いまでは、ちゃんとした仕事を持って食べていけているんだと安心してくれているようです。

映画「チョコレート」は大きな転機だった

フィルムスクールに通っていた3年間で、なかには未完成のものもあるのですが、短編作品を12、3本つくりました。照明も、ストーリーテリング術も、映画制作に関わるいろいろなことを学びたくて、ものすごく集中してやっていました。当時は映画をつくる難しさや大変さを知らないっていうか、無知だったんでしょうね。だから、医学部に行って医者になるのと同じように、フィルムスクールを出れば映画監督になれるんだと単純に考えていました。でも、卒業してみたら違うじゃん!って。資金集めから作品の売り込みまで、すべて自分でもう一度勉強し直して、いまに至るという感じです。そういうことは学校で教えてくれないんですよ。だから自分で勉強するしかないし、そうしなければ、いくら才能があってもダメなんです。現に、学生の頃2、3人、才能のある人はいましたけど、結局成功してませんから。大変でしたけど、映画監督をあきらめるという選択肢は、私にはありませんでした。フィルムスクールに進んだからには映画監督になるしかないと強く思っていました。

監督と脚本を手がけた、映画「Everything Put Together」が2000年のサンダンス映画祭で評価され、それを観て声をかけてくれたのが、「チョコレート(原題:Monster’s Ball)」(01)の制作スタッフでした。主演のハル・ベリーがアカデミー主演女優賞などを受賞しましたし、「チョコレート」を手がけたことが自分にとっては大きな転機になりました。若い人たちに何かアドバイスがあるとしたら、いかに自分の描きたいストーリーを、きちんと伝える力をつけるかだと思います。自分の時代は5万ドル集めてビデオカメラで映画をつくりましたけど、いまはiPhoneでも撮れますからね。どれだけストーリーテリングできるかというところが肝になるのかなと思います。多くのスタッフと一緒に映画をつくっていますが、私が重視しているのは、まず彼ら彼女らが関わってきた過去の作品、それと本人の性格です。エゴの強い人、うぬぼれている人はきらいです。そういった感性とキャラクターをとても大事にしています。

自分の作品において「希望」は大きなテーマです

これまでいろいろな映画を手がけてきましたが、私がいつも思うのは「現場でスタッフの皆さんと映画をつくることがすごく好きだ」ということです。もちろん努力なしではできないことですが、もしかしたら自分には神様からいただいた恵みのようなものがあって、それでここまで来られているのかなと思うことがあります。そういう何かを与えてもらったのであれば、その恩恵を皆さんと共有しお返ししなければいけないという気持ちがあります。「ホワイトバード」ではホロコーストが重要なテーマです。私はドイツで生まれてスイスで育ちましたが、ホロコーストについての教育はずっと受けていて、忘れることはありませんし、自分たちドイツ人が背負ってる大きな荷物だと感じています。願わくば映画「ホワイトバード」が、過去に私たちの先祖が犯したことに対する癒しになればと思っています。

自分のつくる映画は、最後はやはり「希望」を感じられるものにしたい。過去の作品もそうだと思います。「チョコレート」でも、ラストでハル・ベリー演じる主人公の女性は愛する男性(ビリー・ボブ・ソーントン)が夫の死刑執行人だったと知り、許せない、殺したい、殺さなきゃいけない、どうしようと葛藤しながら夜空を見上げ、星の光にかすかな希望を感じる。トム・ハンクス主演の「オットーという男」(22)もそうですよね。人生に絶望し死を選ぼうとしていた男が隣人一家と触れ合うことで生きる希望を見出す。自分の作品において「希望」というのは、ひとつの大きなテーマです。まさに「ホワイドバード」もそうです。私にとってもホロコーストを考え受け入れるという意味での癒しをもたらしてくれましたし、絶対に忘れてはならない「人に対するやさしさ」とは何なのかをもう一度考える機会をくれました。「ホワイトバード」を撮影していた当時は大規模な国家間戦争はなかった。でもいまは、世界のいろんなところで戦争が起きています。だからこそ、本当に切実な問題として、映画を観ていただけるのではないかと考えています。私は人間を信じています。だから、話し合いで絶対に平和的に解決できるし、あらゆる壁を超えて人は共存できるはずだと思っているんです。

マーク・フォースター:1969年ドイツで生まれ、幼少期よりスイスで育つ。米ニューヨーク大学映画学科を卒業後ロサンゼルスに拠点を移し、1995年「Loungers」で長編監督デビューを果たす。映画「Everything Put Together」がサンダンス映画祭2000で評価され、映画「チョコレート」(01)で主演のハル・ベリーを黒人女優初のオスカーに導き世界的に知られるようになる。ジョニー・ディップとケイト・ウィンスレット共演の映画「ネバーランド」(05)はアカデミー賞作品賞ノミネートをはじめ多くの映画祭で高い評価を得た。ダニエル・クレイグがボンドを務める「007/慰めの報酬」(09)などハリウッドのスタジオ大作から独立系までさまざまな規模やジャンルで作品を手がける。監督のみならず、アーティスト主導のトランスメディアコンテンツ会社2Dux2の共同設立者兼共同CEOとして、ブラッド・ピット主演のゾンビ映画「ワールド・ウォーZ」(監督・製作総指揮/13)、テレビシリーズ「ハンド・オブ・ゴッド」(14-17)、「かごの中の瞳」(監督・製作・脚本/16)、「プーと大人になった僕」(18)などの作品がある。ほか主な監督作品に、映画「主人公は僕だった」(07)、「君のためなら千回でも」(08)、「オットーという男」(23)など。
映画「ホワイトバード はじまりのワンダー」
いじめによって退学処分になったジュリアン(ブライス・ガイザー)は、ニューヨークの高校に転校してからも心を閉ざしたままだった。そんな中、画家として活躍するジュリアンの祖母・サラ(ヘレン・ミレン)がパリから訪ねてくる。サラは孫のために秘密にしていた自身の少女時代を明かす。ときは1942年、ナチス占領下のフランスで、ユダヤ人である少女サラ(アリエラ・グレイザー)と両親に危険が近づいていた。学校に押し入りユダヤ人生徒を連行するナチスからサラを助けたのは、いじめられっ子のクラスメイト・ジュリアン(オーランド・シュワート)だった。両親の安否もわからずひとり残されたサラはジュリアンの家の納屋にかくまわれることになる。

原作:R・J・パラシオ
監督:マーク・フォースター
脚本:マーク・ボムバック、R・J・パラシオ
原題:White Bird、字幕翻訳:稲田嵯裕里
配給:キノフィルムズ
Ⓒ2024 Lions Gate Films Inc. and Participant Media, LLC. All Rights Reserved.
12月6日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

インタビュー・テキスト:永瀬由佳