――「映像にするなら絶対に本物の桜を撮りたいと考えていました」。劇場長編作品2作目となる映画「朽ちないサクラ」を手がけた監督・原廣利は、正義が交錯し人を狂わせていくさまを息もつかせぬ緊張感で描き切る。原作をベースに徹底的に練り上げられたストーリー、深く掘り下げられた人物像、役者陣の静かで気迫に満ちた演技。これからの日本映画を担う強者たちによって生み出された傑作ミステリーは、「それでも前に進むしかない」と己の正義を貫いた末の覚悟を突きつける。芽吹き、そして満開に咲き誇る桜の巡りとともに。――

桜を追い求めての撮影でした

2021年末に、ドラマ「RISKY」(毎日放送/21)でご一緒したプロデューサーの遠藤里紗さんから、柚月裕子さんの小説『朽ちないサクラ』を渡され、監督の名前を出して原作権を取りに行っていいですかと相談されました。小説を拝見し「もちろんいいです」とお答えして、そのあとすぐに原作権が取れたと連絡いただき、そんなうまくいくんだ!って(笑)、驚きとともに興奮しました。僕の長編デビュー作となる映画「帰ってきた あぶない刑事」(5月24日公開)が決まったのも同じ時期でした。劇場作品の監督をやれる、しかも2本続けてなんて、人生にこんなチャンスない!と喜びでいっぱいでした。そこから脚本家の山田能龍さんと我人祥太さんに入っていただき脚本づくりを進めていきました。撮影は、桜の時期を狙いたいという僕たっての希望で、愛知県蒲郡市を中心に23年3、4月で行いました。以前、ドラマ「ウツボラ」(WOWOW/23)を蒲郡で撮影し、偶然桜の咲いていた時期でそれを活かして撮ったこともあって、僕の中には蒲郡イコール桜のイメージが強烈にありました。本作では「ウツボラ」とは違う新しい桜を撮りたくて、探し求めて隣の岡崎市の桜にたどり着きました。ずっと桜を追っての撮影でした。

キャスティングについては、主人公の泉は杉咲花さんにお願いしたいというのが僕と遠藤プロデューサーの当初から一致した考えでした。原作権もそうですが、遠藤プロデューサーのいいところは、「ちょっと無理じゃないですか?」ってことも「ダメ元で言ってみます!」と果敢に攻めていくところで(笑)。そしたら杉咲さんが興味をもってくれて、「いまという時代だからこそ、この作品をやる意味があると思うんです」と言ってくださった。本当にありがたかったです。

登場人物たちのバックグラウンドを描く

映画化にあたっては、それぞれの人物像もより深く描きたいと思いました。特に、安田顕さん演じる泉の上司の富樫。富樫の過去は原作ではあえて隠されているように感じました。同じく坂東巳之助さん演じる辺見もです。巳之助さんは表情とたたずまいで見事に辺見という人間を表現してくれました。辺見つながりで、おみくじが重要な手がかりとして登場するのですが、これは脚本の我人さんのアイデアによる映画オリジナルのエピソードです。脚本家、プロデューサー陣と話し合いを重ね、原作の裏にある登場人物たちのバックグラウンドを描き人物像を深掘りすることで、彼ら彼女らそれぞれが、なぜそんなことをしたのか、どうしてそういう思いに至ったのか、おのおのにとっての正義とそのぶつかり合いをリアルに感じられる物語にしたいと考えました。

スタッフは基本的に僕が指名させていただくのですが、美術の我妻弘之さんと音楽の森優太さんは宮川宗生プロデューサーからの紹介でした。我妻さんはいろいろな作品でお名前を拝見していて、ぜひご一緒したいと思っていました。森さんはNHKの朝ドラ「虎に翼」も手がけられていて、僕とほぼ同世代でセンスがとても合う方でした。ホン(脚本)の打ち合わせの段階で、どういう音楽がいいのかと相談していて、オフライン編集に入る前にほしいですと言ったら、ほぼすべてのシーンのデモ音楽をちゃんと上げてきてくれた。本当に信頼できる方でした。ほかにも、撮影の橋本篤志さんはじめ、技術も心もあるスタッフのみなさんと出会えたことが作品に大きな力をくれました。約1か月におよぶ地方ロケも、これが本当に楽しくって、大変だったり、苦労した記憶ってないんですよね。ものすごくシリアスな作品ですが現場は真反対で、明るく和気あいあいでした。

とんでもないことになってる。すげぇな……。

僕は基本的に現場では、役者さんに自由に好きにやっていただきたいという思いが強い。なぜなら、演じるご本人が一番その役のことを考えてくれているはずですから。それに対しちょっと違うかもと思ったときは少し話したりしますが、絶対にこうしてくださいとガチガチに演出をつけることはしません。そのぶん、僕はテイクを重ねることが多い。アフレコでもそうです。いい芝居だからいろんなアングルで撮りたいし、僕の中でここは絶対に見せたいという思いがあるときは、皆さんの大変さをひしひし感じながらも、もう1回やらせてほしいと粘らせてもらいます。撮影で印象的なシーンはたくさんありますが、ラストの杉咲さんと安田さんが対峙するシーンは圧巻でした。

現場でモニターを観ながら、「これはとんでもないことになってる。すげぇな……」って気づいたら笑ってました。嬉しすぎると僕は笑ってしまうんです。あまりに素晴らしくて、カットをかけたくなかった。ずっと見ていたかった。20ページぐらいあるシーンなのですが、実は杉咲さんからは「長回しでやらせてほしい」と言われていました。ただ撮影場所の都合でどうしても一度切らないといけなくて、申し訳ないとお伝えしたのですが、杉咲さんはお芝居を止めたくない、通しでやりたいと。そんな杉咲さんの気持ちを汲んでか安田さんが、「はじめに1回だけ引き画(え)でいいから、ラフな感じで通してやってみませんか」と提案してくれて、一度だけ通しでテストしたんです。それで芝居の流れや方向を現場の全員が共有でき、その後はスムーズに進みました。映像化ならではの説得力を出すための挑戦も試みていますし、息詰まる、見応えのあるシーンになっていると思います。

仲間たちは、僕の「好き」を絶対に笑わなかった

子供の頃から夢はプロ野球選手になることで、高校時代まで野球漬けでした。本気でプロ野球選手を目指していたのですが、実力不足で挫折しました。改めてこれからの進路を考えたときに、初めて映画監督である父のことを思いました。それで日本大学藝術学部映画学科に進んだのですが、入学したら周りは映画マニアみたいな人たちばかりで全然ついていけませんでした。それまで野球のことしか頭になかったので、のめり込んで映画を観たことがなかったんです。

僕は監督コースだったのですが、1年生から4年生まで参加して飲み会をやるんです。そこにシネフィルの先輩たちが大勢いて、好きな映画を聞かれて、「世界の中心で、愛をさけぶ」(04)と言ったら笑われました。「洋画なら何だ?」って聞くので、「ショーシャンクの空に」(95)って答えました。本当は「ターミネーター2」(91)でしたが、だれもが知っている作品を言ったらまたバカにされそうだったので、ちょっとカッコつけて言いました。そしたら、お前そんなんで映画監督にはなれねぇよって。じゃあ、先輩は何の映画が好きなんですか?って聞き返したらスタンリー・キューブリックって言われて、キューブリックって何ですか?って(笑)。キューブリックも知らない奴なんか絶対に監督になれねぇ!ってすごくバカにされました。周りがそんな人たちばかりだったから、僕にとって、いま所属している、藤井道人監督はじめBABEL LABELの初期メンンバーと出会えたことは本当に大きかった。彼らは、僕が「世界の中心で、愛をさけぶ」が好きっだと言っても絶対に笑わなかった。「あれいいよね!」って共感してくれる人たちでした。

ただ好きだからやっている

藤井監督はひとつ上の先輩でした。大学時代は、藤井監督が映画を撮るときは僕が手伝い、僕が撮るときは藤井監督が手伝いに来てくれるといった感じで、卒業後もCMのメイキングなどで得たお金をつぎ込んで短編をつくったり、大学時代の仲間とはずっと一緒に映像制作を続けていました。僕は2011年から正式にBABEL LABELに参加し、ドラマ「日本ボロ宿紀行」(19)では共同監督と全話撮影も手がけました。最初、藤井監督から話が来て、僕はセカンド監督に就いたのですが、予算や撮影日数の都合で、藤井監督から「お前、カメラできるじゃん。撮ってくれない?」って言われて、「全然いいですよ!」って、ちょっと自主映画みたいなノリで始まったんです。連続ものの撮影は初めてでしたが、面白そうだなと思って現場に入ったら、まぁ過酷で(笑)。でも主演の深川麻衣さんと高橋和也さんが本当に素敵な人柄で、どれだけ撮影が大変でもイヤな顔ひとつせず本当に楽しんでやってくれた。それでスタッフの士気も上がり、大変なことも楽しみながら、みんなで最後までやり切れました。いま観ても独特の雰囲気と面白さがあって大好きな作品ですし、ある意味、僕の原点のような作品です。

「よくここまで頑張ったね」「努力したんですね」って言われることがあるのですが、頑張ったことも努力した覚えもありません。ただ好きだからやっているだけなんです。大学時代からの仲間はみんなそうだと思います。でも、ものづくりに対する執着心はだれよりも強いと自負しています。やるからには絶対に面白いものにしたい。何度もテイクを重ねるのも、編集にこだわるのも、すべて僕のものづくりに対する執念です。

先を目指している人はものづくりを楽しんでいる

映画「朽ちないサクラ」のクランクアップは、杉咲さん演じる泉が、殺された親友の新聞記者・千佳の母親のもとを再び訪れるシーンでした。泉は、千佳の母親役の藤田朋子さんから、娘が殺されるまでの1週間何をしていたのか知りたいと言われ、手に入れた千佳の行動記録を渡しに行く。自分の軽はずみに発した言葉が千佳を死に追いやってしまった。自責の念にさいなまれる胸の内を千佳の母親に打ち明けます。現場での杉咲さんの姿が印象的で忘れられません。本番を待つあいだ、杉咲さんは千佳の行動記録をずっと何度も何度も読んでいました。僕は、償いきれない罪を負った泉と懸命に向き合う杉咲さんの様子を、声をかけることなく見守っていました。撮影は1発OKでした。素晴らしかったです。僕はモニターを観ながら胸が締め付けられて苦しくて、あのときは笑えませんでした。編集していても心臓がキューとなって、何回も胸が張り裂けそうになりました。本当に秀逸なシーンだと思います。

完成した映画を父も観てくれました。面白かった、ちゃんとエンターテインメント作品になっていると褒めてくれました。制作者として現状に満足できなかったり、伸び悩んでいる人へアドバイスがあるとしたら、僕だってかつてはそうでした。でもやっぱりつくることが好きだから辛くはなかったし、つくることが楽しいからこそ、もっと作品を良くしていこうとする。だからアイデアもどんどん浮かぶ。もっと先を目指している人はものづくりを楽しんでいる。大学の仲間たちをはじめいま僕の周りにいる人はそんな人たちばかりです。本作「朽ちないサクラ」もそうです。作品を良くしたいと思っている人は次々提案してくるんです。「これどうですか」「これはダメですか」って。それに対してたとえ僕が違う意見を言ったとしてもふてくされたりしないで、「じゃあ、もっとこうしたほうが面白いんじゃないかな」ってまた提案してくれて、ディスカッションが盛り上がる。そういう人が先に行けるんじゃないかなと思います。そして僕は、そういう人たちとものづくりをやっていきたい。次、生まれ変わって夢が叶うとしたらプロ野球選手か、映画監督かですか? そりゃ映画監督でしょ! もちろんですよ(笑)

原 廣利(はら・ひろと)1987年東京都生まれ。映画監督である原隆仁を父に持つ。2010年日本大学藝術学部映画学科監督コース卒業。在学中より、映画「新聞記者」(19)、「余命10年」(22)、「青春18×2 君へと続く道」(24)等を手がける藤井道人監督らとともに自主映画制作にのめり込む。大学卒業後は、広告制作会社をへて、11年7月より「BABEL LABEL」に加入。主な作品に、ドラマ「日本ボロ宿紀行」(19/テレビ東京)、「八月は夜のバッティングデンターで。」(21/テレビ東京)、「真夜中にハロー!」(22/テレビ東京)、連続ドラマW「ウツボラ」(23/WOWOW)ほか。24年5月24日に公開された長編初監督作品「帰ってきたあぶない刑事」が国内映画ランキング初登場1位に輝く。
映画「朽ちないサクラ」 
ストーカー被害の末に殺害された大学生。のちに警察署が女子大生からの被害届の受理を先延ばしにし、慰安旅行に行っていたことが地元新聞にスクープされる。県警広報広聴課の森口泉(杉咲花)は、親友の新聞記者・津村千佳が約束を破って記事にしたのではないかと責める。「疑いは絶対に晴らすから」そう言って立ち去った千佳は、1週間後に変死体で発見される。自責と後悔の念に突き動かされた泉は、上司の富樫俊幸(安田顕)らと共に真相解明に身を投じていく。
原作:柚月裕子「朽ちないサクラ」(徳間文庫)
出演:杉咲花、萩原利久、豊原功補、安田顕
監督:原廣利
脚本:我人祥太 山田能龍、音楽:森優太
エグゼクティブプロデューサー:後藤哲、
プロデューサー:遠藤里紗・宮川宗生、
撮影:橋本篤志、照明:打矢祐規、美術:我妻弘之、装飾:大和昌樹、録音:小松崎永行、スタイリスト:古舘謙介、スタイリスト(杉咲花):渡辺彩乃、ヘアメイク:田中美希、ヘアメイク(杉咲花):須田理恵、編集:鈴木翔・原廣利、リレコーディングミキサ:野村みき、サウンドエディター:大保達哉、助監督:逢坂元、制作担当:緒方裕士、宣伝プロデューサー:小嶋恵理
製作幹事:カルチュア・エンタテインメント、
配給:カルチュア・パブリッシャーズ、
制作プロダクション:ホリプロ
Ⓒ映画「朽ちないサクラ」製作委員会
2024年6月21日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

インタビュー・テキスト:永瀬由佳