――世界は多くの作品で満ちている。それを生み出すあまたのつくり手たち。そのなかで、独自のエレルギーを放つ人たちがいる。ある人は世界的な評価を得、ある人は新たな挑戦に向かい、またある人は心血注いだ作品を、いままさに世に放とうとしている。なぜつくることをあきらめなかったのか、現場に立ち続けるには何か必要なのか、どうすれば一歩でも次のステージに進むことができるのか。CREATIVE VILLAGEでは、最前線を走るトップクリエイターたちに作品、つくり手としての原点、そしてこれからを問う。――

最新作『#マンホール』で、初のシチュエーション・スリラーに挑んだ、映画監督・熊切和嘉。「この時代に映画をやるってことは、本当に好きじゃないと持たない。続けている人は映画が好きっていう、その思いだけだと思います。いま落ち込んでいても、いずれ上がることもあるし、また下がることもある。それはしょうがない。僕は映画が好きで、映画をやっていくって決めちゃってるし、中学生の頃から映画しかやってない。映画以外なんにもできない」

映画に生き、映画に生かされてきた監督・熊切和嘉が切り開く映画と自身の未来。

熊切和嘉(くまきり・かずよし)
1974年北海道帯広市生まれ。小学生の頃から映画好きで、中学時代にはビデオカメラで映像制作を始める。高校卒業後、大阪芸術大学芸術学部映像学科に進む。卒業制作『鬼畜大宴会』(97)がぴあフィルムフェスティバル準グランプリを受賞、異例のヒットを記録し、第48回ベルリン国際映画祭パノラマ部門ほか10か国以上の国際映画祭に招待され、第28回イタリア・タオルミナ国際映画祭グランプリに輝き注目を集める。さらに、函館生まれの作家・佐藤泰志の小説を原作につくられた、2010年12月公開の『海炭市叙景』は、失われつつある地方都市とそこで生きる人びとの哀しみと美しさをたたえた函館市民発の映画として国内外で高い評価と反響を得る。また『私の男』(14)はモスクワ国際映画祭最優秀作品賞と最優秀男優賞の二冠を達成した。主な監督作品に、『空の穴』(01)、『アンテナ』(04)、『青春☆金属バット』(06)、『フリージア』(07)、『ノン子36歳(家事手伝い)』(08)、『夏の終り』(13)、『ディアス ポリス -DIRTY YELLOW BOYS-』(16)、『武曲 MUKOKU』(17)ほか多数。本作、『#マンホール』は、第73回ベルリン国際映画祭ベルリナーレ・スペシャル部門に正式招待された。

中島くんじゃなければ撮り切れなかったかもしれない

2021年に、よく一緒にやっているプロデューサーの星野秀樹さん(熊切監督作品『武曲MUKOKU』(17)、『夏の終わり』(13)、『海炭市叙景』(10)、ラインプロデューサーとして『ノン子36歳(家事手伝い)』(08)ほか)から、ちょっと読んでもらえませんかとプロットを渡されたのがはじまりでした。最初は、これまで撮ってきた作風とだいぶ違ったのでちょっと戸惑いはありました。でも何度か読んでいるうちに、SNSが駆使され、現代的でいまの社会を風刺しているところもあり、限定された空間で描かれている話にも関わらずとても物語に広がりを感じる、これは映画として面白いものになると思い、やりましょう!ということになりました。正直に言うと、さすがに『ソウ』(04)は観ていましたけど、シチュエーション・スリラーってそんなに観ていたわけではなかったんです。でも今回最初に、脚本の岡田道尚さんが『[リミット]』(10)みたいな作品をやりたいというところから企画が始まったと聞いて慌てて観たら、すごかった。あんな大変なことよくやるなって(笑)。こんなに足かせの多いジャンルで、オリジナル脚本で、日本発の新たなジャンル映画に挑戦するなんて、とても難しいけれど、でも逆にやりがいがあるなと思いました。

当初から脚本の打ち合わせには僕も参加し、岡田さんとプロデューサーとみんなでどんどんアイデアを出し合い仕上げていきました。SNSに関しては助監督をはじめ演出部のみんながかなり頑張ってくれました。しかも出てくるSNSのコメントが面白い。あれは岡田さんのうまさです。ただ、実は僕はSNSをまったくやってなくて。もちろんTwitterというものは知っていますし、見たことはありますけど、やり方は全然わからない。映画を観た僕の友達は「なんであいつが?」って不思議に思っているはずです(笑)。プロットの段階から、主役は中島裕翔くんと決まっていました。僕はあまりテレビを観ないし、アイドルについてもほとんど知らないのですが、行定勲さんの『ピンクとグレー』(16)は観ていました。だから中島くんにはいい印象を抱いていましたし、この映画なら、ある種、彼のアイドル性を逆手に取ってより効果的に描けるものがあると思いました。

高さ約4〜5メートルのマンホールのセット内にて。熊切監督が撮影前日にコンテを制作する順切りスタイルで進んだ

中島くんじゃなければ撮り切れなかったんじゃないかと思うほど、撮影は過酷でした。特にマンホールが泡であふれる場面。いろいろ実験しながら実際に泡をつくって撮影したのですが、セットの外まで大量に泡があふれ出ちゃったり。何度も撮り直して、中島くんはリアルに泡に埋もれていましたし、本当に大変だったと思います。でも文句ひとつ言わず彼はやり切ってくれました。いわゆる人間ドラマを撮る以上にジャンル映画には計算が必要で、いい芝居を撮るだけじゃない、フレームの中でどのくらいのサイズで映れば人は恐怖を感じるとか、背景にどういった感じで入り込めば観る人の視線を誘導できるかとか、そういうことを予測して撮っていくような感じがあって、それがとても面白かったです。

一番こだわったのは観る人をいかに飽きさせないかというところです。マンホールの中で、中島くんがスマホを打っているという単調な場面も、編集や音楽の付け方などさまざまな工夫で、躍動感ある仕上がりになっていると思います。尺も僕はどうしても長くなってしまうのですが、ギリギリまで詰めて今回はなんとか99分におさめました。『#マンホール』は暗闇の中で進んでいく映画なので、ぜひ映画館で観てほしいです。ちょっと穴を覗き込んだだけのつもりが、引きずり込まれ完全にハマってしまった、そんな感覚を映画館の暗がりの中で体感してください。濃厚な99分になっていると思います。

細部まで設計されたマンホールセット。下部は、壁面を外すことができ、全6方向からカメラが狙える

高校生になってからは完全に自主映画製作にハマってしまった

6つ上の兄が映画好きで、母親もけっこう好きだったりして、自然とテレビで映画を観るようになっていました。実家が配管屋なのですが、映画の招待券をくれるお客さんがいて、小学校5年生の頃からはひとりで映画館に通っていました。ジャッキー・チェンも大好きでしたし、シルベスター・スタローンの映画なんかもよく観ていました。当時僕はマンガを描いていたのですが、ハリウッドや香港映画の影響をもろに受け、ロサンゼルスの刑事が主人公だったり、男臭い話ばかりでした。実はそんなにマンガに思い入れはなくて、完全に頭の中は映画でいっぱいで、映画を撮りたいんだけど、術がないのでマンガで表現していた感じでした。中学校2年生ぐらいのときに、テレビでジョン・ウー監督の『男たちの挽歌』(87)を観て本当に感動しました。ちょうどその頃、親戚のおじさんのビデオカメラを借りて映像を撮り始めました。カットをつないでいくと別ものになるというのがすごく面白くて。当時は編集のやり方もわからなかったので、ワンカット撮っては巻き戻して一時停止してそこからつながりを撮るといったやり方で、3時間ぐらいかけてやっと3分ぐらいの映像にして、あとで改めて観ると、あーこうなるのかと。本当に楽しくて、ずっとやっていました。

高校1年生の頃、北野武監督の『その男、凶暴につき』(89)とか、塚本晋也監督の『鉄男』(89)といった作品が一気に出てきて、そこから日本映画をよく観るようになりました。中学まではわりと成績もいいほうだったのですが、高校生になってからは完全に自主映画製作にハマってしまい、勉強をまったくしなくなりました。すっかり映画に取りつかれてしまって。それはいまもですが(笑)。僕は北海道の帯広で生まれ育ったのですが、映画の世界に進むなんてそんなことありえないといった環境で、親や兄からも、「絶対無理だからやめたほうがいい」と何度も説得されました。でもとにかく映画を撮っていたいという思いが強く、高校卒業後は大阪芸術大学に進みました。東京に姉がいたので、東京のほうが行きやすかったのですが、阪本順治監督の『どついたるねん』(89)が大好きで、大阪にすごくあこがれていて、一度住んでみたかったんです。大阪芸大を選んだ一番の決め手はそこでした。大学では授業の実習で一応監督をやったりはしていたんですけど、撮った作品がどれもまったくダメで、集団制作がうまくいかなくて、けっこうしんどかった。そのたまりたまった鬱憤をぶつけてつくったのが、卒業制作の『鬼畜大宴会』(98)です。『鬼畜大宴会』を撮ったメンバーに出会えたし、僕にとって大切な作品ですが、いま観ることができないです、恥ずかしくて。撮り直したいです。脚本からやり直したいです。

常に大変なほうに立ち返るようにしています

どっちがいいかって迷ったときは、大変なほうを選びます。僕にとっては、それが正解なんです。簡単なほうはたぶん逃げです。だからいつも、現場でも、僕は常に大変なほうに立ち返るようにしています。これまで撮った作品どれにも出会いも学びもありましたが、なかでも大きかったのは、『海炭市叙景』(10)です。それまでも自分なりに試行錯誤をしながらずっとやっていたのですが、どこかで何かやり切れないところがあったりもしていました。『海炭市叙景』は素直に映画を撮れた、自分が正しいと思うことをすべてやり遂げられた感じがありました。いまいくつか企画は動いていて、ジャンルものももっと撮っていきたいと思っているのですが、日常の延長に近い作品も撮っていきたいという思いは常にあります。それこそまさに『海炭市叙景』みたいな作品です。ただそれでは、はっきり言って食べてはいけない。ああいう作品は家賃を滞納しないと撮れない映画で(笑)。だから『海炭市叙景』は自分にとって本当にご褒美みたいな映画でした。やはり故郷の北海道というのが自分にはとても大きな存在です。両親のこともありますし、景色もどんどん変わっていってしまっている。だから5年に1本ぐらいは北海道で撮りたいなと思っています。

僕が映画の世界に進むことを反対していた兄でしたが、いまは僕の作品を観てくれて、ときどき感想を言ってくれます。『海炭市叙景』は一番褒めてくれました。その前に撮った、『ノン子36歳(家事手伝い)』は、「あんなにいい映画だったのに、最後になんでチェンソー出した!」って駄目出しされましたが(笑)。『#マンホール』は、とことん追い詰められ人間性がむき出しになり、それでも生き延びようとする図太い生命力を、善悪を超えた次元で描いた作品でもあります。兄が観てなんて言ってくれるか、楽しみです。

映画『#マンホール』は、TOHOシネマズ日比谷ほかで全国公開中。

映画『#マンホール』(ハッシュタグマンホール)
あらすじ:不動産会社に務める川村俊介(中島裕翔)は、営業成績No.1、社内の信頼も厚い“ハイスペック男”。社長令嬢との結婚も決まり前途洋々だった。結婚式前夜、同僚たちが企画したサプライズパーティーからほろ酔い気分で帰路につく川村だったが、目が覚めるとマンホールの中だった。足を負傷し、ハシゴは壊れ、穴から這い上がることができない。唯一の手段であるスマホを駆使し助けを求める川村。やがて驚愕の事実があらわになる。

『#マンホール』©2023 Gaga Corporation/J Storm Inc.

『#マンホール』©2023 Gaga Corporation/J Storm Inc.

『#マンホール』©2023 Gaga Corporation/J Storm Inc.

出演:中島裕翔、奈緒、永山絢斗
エグゼクティブ・プロデューサー:小竹里美
企画・プロデュース:松下 剛
プロデューサー:星野秀樹
アソシエイト・プロデューサー:熊谷 悠
原案・脚本:岡田道尚
音楽:渡邊琢磨
撮影:月永雄太
照明:秋山恵二郎
録音:吉田憲義
美術:安宅紀史
編集:今井大介
VFX スーパーバイザー:オダイッセイ
Ⓒ2023 Gaga Corporation/J Storm Inc.
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インタビュー・テキスト:永瀬由佳