2013年に設立した園子温監督率いるシオンプロダクションの第一回作品『ひそひそ星』は、園監督が20代の時に記したオリジナルの物語が構想25年を経て結実したモノクロームのSF作品です。園監督の伴侶である女優・神楽坂恵を主人公に、アンドロイドの鈴木洋子“マシンナンバー722”が昭和風の宇宙船レンタルナンバーZに乗り込み、いくつもの寂しい星に降り立っては滅びゆく絶滅種=人間たちに、大切な思い出の品を届けるというストーリー。“3.11”の傷跡が残る福島県をロケ地に、独特のポエジーに満ちた映画世界が展開します。
そのメガホンを握る監督は、もちろん園子温。常に時代や世間を挑発して、凝り固まった常識に疑問符を投げつける鬼才が、自身のプロダクションの第一回作品で描く世界は、自身を有名にした性や暴力といったセンセーショナルな題材モチーフではなく、元来の、詩人としての側面が発露したものでした。「自分のプロダクションの第一作目にしては実験的すぎるけれども(笑)、逆にいろいろと今しかないような気がするんです」と本音を語る世界の鬼才が、映画『ひそひそ星』をリリースすることで、己と世の中に問うものとは? そして未来の映像クリエイターを目指す若者たちへのアドバイスとは…!?
■ 大島渚監督の一言がなければ、映画監督という仕事をしていなかったと思う
僕は当初、映画だけじゃなく、漫画とか演劇とか小説とか可能な限りいろいろなことをやっていて、たまたま自主映画が「ぴあ」でほめられたってだけなんですよ。だからその映画が入選した時ですら、映画は何かの片手間、あるいはほかの仕事をしながらやれる範囲でやるものという意識でした。だから映画監督になろう、みたいな気持ちはなかったですね。そもそも食い扶持を探す手段として、どの表現もやっていなかった。それは僕が詩人で始まったからかもしれないけれど、それで食っている谷川俊太郎以外の詩人は皆、サラリーマンをしているとか何かほかに仕事があったので、だから当たり前のように映画の仕事も普通に何かをしながら、表現のいち手段として続けて行こうかなあ程度の感覚でした。
25歳の時にぴあフィルムフェスティバルのスカラシップを獲って、その後『自転車吐息』(90)という映画を撮って、その時も映画監督だけで生きることはきつかったけれど、大島渚監督に「25歳にもなってまだ迷っている奴は、何やっても失敗する!」と言われまして(笑)。そういう叱咤激励があり、大島さんの言うことなので映画監督に絞るか、みたいな思いになりました。やっぱり、迷っていると確かにカッコ悪いところもあるじゃないですか。その時の大島さんの後押しがなければ、今みたいな映画監督にはなっていなかったかもしれないです。
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■ いまだに映画や映画界っていうものに正直、なじめていない感覚はある
と言っても、次に『部屋 THE ROOM』(93)という映画を撮った後、映画をちょっと手放して、「東京ガガガ」っていうパフォーマンス集団を作って詩を叫び、映画と関係ない生活を送り始めるんです。集中していないというか、そういうことがたまにあったので、いまだに映画や映画界っていうものに正直、なじめていない感覚はあります。だから、映画監督の友だちが一人もいない(笑)。まあ、最近は紀里谷和明監督と岩井俊二監督たちと無駄に飲みに行く機会が増え、最初は本当に嫌で嫌で、あり得ないと思っていたけれど、友だちになっちゃいましたね(笑)。意外とくだらない話も延々にできるメンツなので、いいですよ。
今話しているここは自分のアトリエですが、よく飲み会も開いている場所なんです。ミュージシャンやファッションデザイナーと飲み会することが多くて、そういう人と話していると面白いです。芸術家とか。正直で。たとえば映画界の知り合いで飲み会をしていても、福島の話題で盛り上がることはない。映画をやっている人の中には、どこか関心事がかたよっているというか、世間的ではないことがあるんですよ。僕らが思っている当たり前のようなことを当たり前のように語り合いたいから、他の世界の人たちはすごくいいです。
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■ 撮りたくもない映画を撮ることは、大切な何かを失うことと同じ
いまだに映画雑誌とか手に取ると毛が逆立つというか、まるで異物を見ているような感覚になるんですよ。実際そのインタビューでも、「異界に入ったような気になる」と言いました(笑)。僕は今の日本映画界で言うとアウトサイダーで、そう言うと聞こえがいいけれど、ただの窓際の人ですよ。「ヘンなことをやっとるわい」な、人。でも別にそれでいいというか、日本映画界で目指すところがないんですよね。
日本アカデミー賞を獲りたいとか、巨額を投じた超大作をやりたいとか、そういうものは全然夢にもあこがれにもないんです。だから、海外に目が行くきっかけにもなるわけです。いま今回の映画『ひそひそ星』の展覧会を7月の中旬までやっていますが、そういうことにばっかり力が入っちゃう。
僕はもう、自分が撮りたくないものは撮りたくないですね。そういうことやると、バカになると思うんですよね。一本撮るたびに脳の何かが破壊されて、大切なものを失っていく気がするんです。いろいろな意味でダメになる気もします。お金になる映画を撮りながら、自分で撮りたい映画も追求すればいいと言いますが、ワイロを受け取ることと同じで、1回でもやれば、もう何かを失うんですよ。それは、少しずつ死ぬことと同じ。いま、めちゃくちゃおもしろい映画が撮りたい。当たり前ですが(笑)、そういう気分になっています。
■ 日本映画界は、製作費がアジアで一番低い国。いずれ何かが“つかめなくなる”
『ひそひそ星』は自主映画でモノクロです。このように作品は地味だけれど、面白い題材を今後も撮り続けたいですね。もともと福島の風景の映画を撮りたかったけれど、『希望の国』の後、どうしていいかわからなかったんです。で、自分のプロダクションを立ち上げて、その第一作目という時に、これがあるという話になって。でも、第一作目にしては実験的すぎるけれども(笑)、逆にいろいろと今しかないんですよね。お金になるようなエンタメ映画を撮るアイデアもあったけれど、これで良かったです。本当に良かった。ロケ地など、次に行った時になかったりするんですよ。まさかのきれいな更地になってしまっていて、何もないんです。そういう意味でもメモリアルというか、記録のためにも撮っておいてよかったと思います。今後もシオンプロダクションだけでなく、低予算だと思いますが、ほかの映画会社でもこういう映画を撮ってみたい。それとiPhoneだけを使って製作費1万円で長編映画を撮るとか、そういうことをやってみることも画期的だと思います。
映像の世界を目指す若者に言いたいことは、「日本を出なさい」ですね。これは野球だ、サッカーだのスポーツと一緒で、「日本で」ということに囚われないほうがいいと思うから。最初は間違いなく日本で土台を作るということでいいと思いますが、腕を磨いたら、どこか海外で勝負することを今の日本の人たちは覚えたほうがいい。ほかの国は普通にやっていることで、日本を脱却することを覚えないと、日本映画自体が閉塞していく気がしますよ。製作費がアジアで一番低い国になったので、そういう中でこじんまりとやっていると、何かそのうち“つかめなくなる”ような気がします。これでいい、と自分に言い聞かせてやっていると、もっと製作費が下がるおそれがある。スタッフの待遇も含め、皆が苦しまずに活気ある業界に戻すために「海外に出よ」と言いたいですね。
■作品情報
『ひそひそ星』
5月14日(土)、新宿シネマカリテ他にて、全国ロードショー!
大島新監督ドキュメンタリー映画『園子温という生きもの』と同時期ロードショー
監督・脚本・プロデュース:園子温/プロデューサー:鈴木剛、園いづみ/企画・制作:シオンプロダクション
出演:神楽坂恵、遠藤賢司、池田優斗、森康子
福島県双葉郡浪江町の皆様、福島県双葉郡富岡町の皆様、福島県南相馬市の皆様
配給:日活