世界の映像制作の現場で使われる、高機能なデジタル合成ソフト「NUKE」。
日本での第一人者である山口幸治さんは、なんと28歳で映像業界に飛び込み、30歳を過ぎてから全くつてのないオーストラリアに単身渡豪!ハリウッド映画制作でVFX コンポジターとして活躍されました。現在は日本を拠点に、映画『東京喰種トーキョーグール』『銀魂』『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』などの大作からCMやテレビドラマまで幅広い実写合成の現場に関わっています。

住まいである熊本と東京を行き来しながら、フリーランスとして活動し、実写合成には欠かせないソフト「NUKE」の普及と後進の育成に力を入れる山口さん。
そんな山口さんに、「NUKE」の意義や重要性、またVFXコンポジターという業種の可能性などについて、クリーク・アンド・リバー社ゲーム事業部エージェントの佐藤浩平が伺いました。

VFXコンポジター 山口 幸治(やまぐち・こうじ)
28歳で映像世界に飛びこみ、独学で映像技術をマスター。テレビ業界を中心に合成や編集部門の経験を重ねたのち、さらなる可能性を求め、33歳で渡豪。
シドニーのFOX Studio内「Animal Logic」に所属しデジタル・コンポジターとしてオーストラリア/ヨーロッパ向けのCMやハリウッド映画制作に携わる。
2009年に帰国。NHKを経て、現在はコンポジット・スーパーバイザーとして、株式会社ポリゴン・ピクチュアズをはじめ数多くのプロダクションと契約。同時に国内外での多岐に渡る活躍を視野に入れ活動を続けている。
・主な参加作品(映画)
「TRON:Uprising」/Disney XD 「BRAVE HEARTS 海猿」/フジテレビジョン、東宝 「宇宙兄弟」/東宝映画、東宝 「Knowing (邦題:ノウイング)」(2009)/Summit Entertainment、東宝東和 「Where the wild things are(邦題:かいじゅうたちのいるところ)」(2009)/Warner Bros. Pictures、ワーナーブラザーズ
【Webサイト】http://kojivfx.com/

 

日本の現場は海外に10年以上遅れを取っている

佐藤 山口さんは今、熊本と東京を行き来しながらフリーランスのVFXコンポジターとして活動されていますね。

山口 5年前から熊本に住んでいます。仕事があるたびに東京へ出張している生活です。
日本の方々にもっとNUKEを知ってもらいたくて、セミナーの講師を営業をかねてやっていたり、現場では若手が手掛ける作品のクオリティ管理をしたりしています。

佐藤 Lynda.comのNUKEチュートリアルビデオに出演されているのを拝見しました。どんな経緯で関わられたんですか?

山口 海外版を見て、「日本語版を作りたい」と思い立ち、直接アメリカのLynda.comにアプローチして僕が企画したんですよ。OKをいただいたのは熊本地震があってからのこと。電気が通ってないので、Wi-Fiが繋がる所まで移動してSkypeミーティングしたりと、思い入れがありますね。当時NUKEは日本に一切ありませんでしたから、かなり噛み砕いて丁寧に教えています。

僕から言わせると、今の日本の現場は10年以上進歩がない。学校でツールの使い方を学び、就職すると会社のやり方を身につけていきますが、それは会社のやり方であって本物の知識じゃないと思っていて。僕は、「こうすればもっとグラフィックが綺麗になる、クオリティが上がる」というような基礎知識を皆が共有して、日本全体のクリエイティブのレベルが上がるといいなと思っています。

28歳で独学で業界に飛び込み、30歳過ぎで単身渡豪。海外流のポスプロを一から叩き込まれる

佐藤 山口さんは 28歳でこの業界に入られたとのことですが、どんな経緯でこの業界に入られたんですか?

山口 高校卒業後に工場に就職し、その後は転職を繰り返していました。しばらくして、コンピュータグラフィックが登場して興味を持ち始めたんです。それで3Dソフトを扱える会社に就職して。そのうちに「東京には憧れる作品が多いな」と感じることが増え、28歳で上京してCGデザイナーになったんです。かなり遅いスタートですよね。

佐藤 正直、この業界での転職は30歳がギリギリかなと思っていました。30歳で新しい事にチャレンジするのはかなりハードルが高い。でも山口さんはそこからさらにキャリアチェンジされますよね?

山口 CGを作っていたのですが、なかなか上手くできないんです。でも合成をやってみたら「これだ!」とピンと来て。自分の思い描いたことがサクサクできるような実感があったんです。それでCGデザイナーを辞めてポストプロダクションに入りました。すでに30歳を過ぎていましたね。

ポストプロダクションを転々としつつCMに使うCG合成をしました。当時手掛けた作品には、ペプシコーラのキャラクター「ペプシマン」のCM(1996年)があります。
CM制作には映像監督が付くんですが、監督が「こういう感じで作ってほしい」と持ってくる参考映像のほとんどが海外製なんです。僕は、誰かの作品の真似で仕事をするのは嫌でした。このままでは10年先のキャリアビジョンが描けない、と危機感を抱き、「じゃあもう海外に行ってしまおう!」とオーストラリアに行くことにしたんです。

佐藤 その決断力がすごい!実際にオーストラリアに行ってみてどうでした?

山口 クオリティは全然違いました。やり方もセンスも日本とまったく違うので、何をやっているのかついていけないほどでしたね。それまで日本でやってきたことが全く役に立たなくて、つたない英語で質問しながらなんとか勉強しているうち、3年目ぐらいになってようやく仕事をいただけるようになったんです。そこからはコミュニティに入って実績を積み上げていって、「彼、使えるよ」と口コミで僕の評判も広がっていって、そのあとはいろいろと仕事を紹介してもらえるようになりましたね。

佐藤 山口さんて業界に飛び込んだエピソードといい、本当にパワフルですね!

海外との“合成に対する考え方”の違いが、クオリティに差を生む

佐藤 ではNUKEと出会われたのはオーストラリアなんですね。いつ頃ですか?

山口 2007年、シドニーのWebスタジオに所属した頃です。当時のNUKEはとにかく使いにくくて仕方なかった。この10年でずいぶん進化して、今ではすごいツールになりましたけどね。

佐藤 いろんな作品に携わられていますが、思入れ深い作品はありますか?

山口 そうですね……最近手掛けたもので大変だったのはNTTdocomoさんの25周年のCMで、安室奈美恵さんが渋谷のスクランブル交差点で踊っているムービーかな。裏側の話をちょっとすると、スクランブル交差点の画像を作って合成しているんですが、その製作はシドニーの制作会社で行ったんです。制作の責任者として僕に白羽の矢が当たり、シドニーに飛んで製作しました。

佐藤 まるで逆輸入状態ですね(笑)。そんなお話を聞くとやはり実写と言えばNUKE、というイメージがますます強まりますね。
僕はゲーム業界のキャリアコンサルタントとしてさまざまな現場やクリエイターを見ていますが、ゲーム業界ではNUKEは“とっつきにくい”という印象をもつ人が多くて。なので現場では圧倒的にアフターエフェクト(AE)が使われています。

山口 CGの見た目を格好良くすることができるので、モーショングラフィック系はAEでいいと思います。けれどNUKEが合成に適しているのは、合成というものが計算式で成り立っているからなんです。NUKEは色の深度も32ビット高く、数値で合わせていくので、実写合成という要素の多い作業に向いています。ただNUKEが日本に浸透していないのは、日本の合成における考え方が10年以上遅れていることにあると思います。

佐藤 作り方、ではなく、考え方ですか?

山口 そうです。日本の場合はどちらかというとソフトの基礎を理解することより、操作方法を覚えることに注力しています。しかしそれでは応用がききませんし、クオリティも上がりません。例えばPhotoshopでもそうですが、合成モードを切り替えて見た目で判断して作業しているんじゃないでしょうか。けれど計算式を理解していれば、たとえバージョンが変わってもどうすればリアルになるかがわかるし、自分で応用してクオリティを上げていくことができます。

日本のクリエイターに足りないもの

佐藤 山口さんは28歳からキャリアをスタートして、30歳を過ぎてからオーストラリアでいわばキャリアをリスタートさせていますよね。30代のクリエイターにもこれからNUKEを身につけ実写合成へと進む道もあると思いますか?
というのも、たとえば最近では、パチンコ業界が厳しくなってきています。パチンコのオーサリングに関わってきた30代の方などには、PhotoshopやAEを使えるけれど転職が難しいということもある。そういう方にはエフェクトへの転向やコンポジットをお勧めしたりしているのですが、現実は厳しくて……。

山口 実写合成への転向の可能性はあります。コンポジットは人材不足で困っていますし、だからこそ僕も育成に力を入れたい。すでにある知識は必要ないという気持ちで最初から取り組むと、良い方向にいく可能性はあります。僕も海外に行った時は、日本での知識はまったく役に立ちませんでしたから。

ですので何を目指すかにもよりますけれど、合成の方に進みたいのであれば、今までの知識は捨てて、気持ちを切り替えて臨んだほうがいい。もしパチンコ業界からの転職であれば、それまでの知識を活かせる事は、実写に関してはほぼないと思います。
というのも、実写は覚えないといけない事がたくさんあるんですよ。コンポジターという職業は、ただ合成するだけというわけにはいかないので、ビデオの知識もカメラの知識も必要です。ISOの感度、露出、F値、ホワイトバランス……。これくらいの絞りで撮影したらどんな光になるかなど、すべて数値化することで、クオリティの保たれた合成ができます。また、3D空間を合成することが多いので、3Dの知識も必要ですね。それがない若者は多いです。

佐藤 3D一つにしても、アメリカの学生と日本の学生では作品のテイストがまったく違いますよね。

山口 ええ。そもそも考え方が違うんですよ。たとえば塗り絵をすると、日本人は枠からはみ出ないように、塗り残しがないように、たとえ時間がかかっても綺麗に、最後まで丁寧に塗るような感じです。でも外国人は、はみ出ても構わないし、ササッと塗って最後までやらない。顔を塗るとしたら、あと唇で終わるというのに塗らなかったりする。つまり、彼らは丁寧に仕上げることに重きを置いていないんです。

海外で上司に教えてもらったのが、「コンポジターはスキルは50%でいい。あとの50%はコミュニケーションだ」と言われました。なぜこうしたか、ここをどういうふうにしたかと説明できること。細かくなくていいけれど、目的や意図を言葉にすることが大事です。日本人は、黙って「できました」と持ってくることが多くて、そうなるとこちらがすべて細かく指示しないといけなくなったりするんです。

佐藤 たしかに日本人は主体性をもって仕事をする意識がやや薄い傾向にあるのかも。苦手分野かもしれないですね。そもそも学校教育が違うんでしょうか?

山口 外国人は社会に出た段階で基礎的な知識は身についています。卒業したら、どの道に進むかは自分次第。基礎があるので応用もできるし、実力がある人はすぐに仕事ができます。重要なのは、“ツールの使い方ではない”ということを教えることだと考えています。

僕たちの仕事は対コンピューターと自分の戦いなので、人と話すのが苦手だったり、挨拶の時に目も合わせられない若者の気持ちもわかるんです。でもね、きちんとコミュニケーションを取ることで、そこから広がっていくスキルとか興味とかってあると思うんですよ。
それを僕は海外で身をもって体験しているからこそ言える。そうしていくと、だんだん自分の強みや個性を発揮したクリエイションができるようになっていくと思います。

佐藤 いわゆる固い“職人気質”のイメージが付きがちなクリエイターだからこそ、コミュニケーションを取った方がいいんですね。そうすることでいろいろな刺激を受けてスキルアップしていくべきだと。
山口さんがおっしゃるとものすごく納得します!

山口 実は、近いうちに会社を立ち上げようと思っているんですよ。若手を社員として雇って育成したいですね。10年以内に日本で活躍できるコンポジターを育てるのが目標です。

佐藤 それは素晴らしい!未来を担う若手の育成ってワクワクしますよね。
山口さんには7月に弊社で開催するNUKEのセミナー講師としてご登壇いただく予定で、どんな熱い講義になるのかと今からとても楽しみです!本日はどうもありがとうございました。

ライティング:河野 桃子/撮影:SYN.product


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