――「プロデューサーとして求める人材は、まず一番に諦めない人です」。映画「キングダム」シリーズを世に送り出したプロデューサーの松橋真三は、まさにそういう人である。大ヒットコミックの実写化を願ってからのこの10年間は絶対に諦めない日々だった。ひたむきに作品に向かうキャストとスタッフ、皆で追いかけてきた夢がひとつの形となり、関わったすべての人間の、作品を愛する尊い思いが観客を包む。シリーズ第4作「キングダム 大将軍の帰還」は途方もない力を持った映画史に刻まれる感動大作だ。――

「アベンジャーズ」と戦うつもりでつくっています

映画「キングダム」を企画した当初から、本作「大将軍の帰還」に至るまでをしっかり描くというのが目標でしたので、まずはそれが達成できたということで感慨深いです。原作権のご相談を始めたのは2014、15年頃でした。原作者の原泰久先生は最初、映画を1本つくるなら当然、本作の王騎の物語(コミックス『キングダム』16巻)までをやるのだろうと思っていたそうです。マンガ連載が始まって一番人気を集めたエピソードでしたから。でも私は、王都奪還編(コミックス5巻半ばまで)だけを描きますとお伝えしました。まずそこで原先生は驚かれたらしい。実写化するなら王都奪還編だけでも十分映画になりますし、どう考えても本作の王騎の物語に至るまでを描くなら映画4、5本は必要だから、そこまでやり切れるよう頑張りたいとお話ししました。そのためにはとにかく、まず第1作のヒットが大条件でした。だから「ヒットしなければ。ヒットさせたい」とずっと言っていましたし、執拗に数字にこだわったのも、すべては続編につなげ本作を実現させるためでした。

映画「キングダム」シリーズを成功させるために、日本映画としては破格の製作費を集めました。第1作もすごかったのですが、第2作以降はもっとグレードがアップしています。「キングダム」のような作品の実写化にはどうしても莫大な製作費がかかるので、そこで頓挫する人たちも大勢いると思います。でも、資金が調達できないとか、ビジネス的なリスクが大きくて出資を受けられないなんて話になってしまっては、映画「キングダム」をやる意味がないと思っていました。私の目標は、世界に通用する、ハリウッドにも負けないようなエンターテインメント作品をつくることで、「キングダム」シリーズはマーベルの「アベンジャーズ」と戦うつもりでつくっています。きちんと日本で可能な限りの製作費を集めハイクオリティのものをつくって世界で勝負する。「キングダム」が、「これだけの製作費をかければこのぐらいのクオリティーのものができます」という証明になっていたらうれしく思います。

日本映画の火を消すわけにはいかない

映画「キングダム」は本作「大将軍の帰還」で4作目となりますが、これまで一番大変だったのは、やはりコロナ禍だと思います。2019年4月に公開された第1作のヒットで念願だったシリーズ化が決まり、すぐに夏から中国で続編のロケハンを進めていたのですが、2020年1月にメインスタッフで行ったのが、中国での最後のロケハンになりました。帰国してしばらくしてダイヤモンド・プリンセス号の集団感染がおこり、どんどん状況が怪しくなり、4月撮影開始の予定が、緊急事態宣言によりクランクインできなくなってしまいました。先に日本で撮って夏過ぎには中国に渡って撮影するはずでしたが、中国に行ける目処もまったく立たず、ちょっと先送りにして様子を見ようということになったのですが、準備にも相当のお金がかかっていて、もう王宮のセットなどはほぼ完成というとこまできていました。中止したほうがいいという意見もありましたが、当時は映画業界全体が本当に暗くて、いろんな作品が撮影中止になり、会社をたたむ人も出てきたし、映画に関わる人たちの生活も立ち行かなくなってきて、先の見えない不安でいっぱいでした。

その頃は「キングダム」はどうする? NHKの大河ドラマどうするの?と、この2作品の動向が日本の映像業界の指標のようになっていました。もし「キングダム」が制作をやめてしまったら、日本映画の火を消してしまう、ここは我々こそが踏ん張るときではないかと皆と話し合って、6月から撮影を決行しました。ハリウッドから取り寄せたコロナガイドラインを参考にしたり、新たに用意してもらったコロナ保険にも加入して、万全の対策をとって撮影をスタートしました。大変な覚悟をもって挑んだ「キングダム」続編の撮影でしたが、我々にとって本当に幸運だったのは、中国での最後のロケハンのときに、本作「大将軍の帰還」のクライマックスに至るまでの撮影場所を全部決めていたことでした。それで、必要なカットを中国の現地スタッフに撮ってもらい、3Dスキャンデータにして日本で撮影したものと合成するという手法をとりました。本作まで絶対につくるんだという強い思いで続編の準備を進めていたことが功を奏しました。

大沢たかおさんにはとんでもなくビッグな提案をしたかった

私にとって、王騎役の大沢たかおさんとの出会いはとても大きなものでした。映画の仕事を志してから山あり谷ありでしたが、ずっと心がけてきたのは「人との出会いを大切にする」ということです。大沢さんとの出会いは2000年頃、まだ私がWOWOWに所属していたときです。ドラマW「俺は鰯-IWASHI-」(03)という日本と台湾を舞台にしたミステリーサスペンスのドラマで、国籍不明の殺し屋の役をお願いしました。圧倒的なオーラと役に対して真摯に挑んでくださる姿に大変感動し、今後も一緒にお仕事をしたいと思い、次の企画も相談していました。しかし残念ながら原作権の問題で進められず、しかも今後は映画をやめてドラマ制作にシフトするというWOWOWの体制変更もあって、もともと映画がやりたかった私は独立を決めました。

それで、お詫びと独立のご報告をしたら、「いやいや、僕は会社と仕事していたわけじゃなくて、松橋さんと仕事しているんだから、独立したらまた一緒にやりましょうよ」と心温まることを言っていただいて。あれは胸を打ちました。その後もずっと第一線でご活躍されている大沢さんを拝見していて、とにかくとんでもなくビッグな役をご相談したいと思いながら、ようやくその機会を得たのが映画「キングダム」でした。もし大沢さんが王騎役を引き受けてくれなかったら、プランが大きく崩れることになっていたと思います。

若者たちに観てほしい

映画化が決まった当初、原先生が、「映画で描くのがまず王都奪還編までなら、王騎の登場はむしろ邪魔になりませんか」と仰ったことがありました。「いえ、邪魔ではないです」と。なぜなら、必ず王騎の物語までやるつもりでいますので、最初から王騎を出しましょうと。同じ話を大沢さんにもしました。大沢さんは見事に期待に応えてくれて、王騎の役づくりもそこまでやってくださいと言った覚えはないのですが(笑)、数カ月に渡って激しいトレーニングを積み重ねあの体格をつくってきてくださいました。しかも第1作は王騎の出番は決して多くはないのに、あそこまで仕上げて撮影に臨んでくれた。感動以外、何もありません

全編注目していただきたいですが、一番はクライマックスでしょうか。王騎ロスで観客の皆さんが暗い気持ちになってしまいそうで、脚本をつくっているときからずっと心配だったんです。やはり最後は思いっきりプラスの方向に転じたいと、ラストに、山﨑賢人さん演じる信と吉沢亮さん演じる嬴政(えいせい)に演説してもらうことにしました。これは原作にはないシーンです。信と嬴政は別々の場所にいながら、示し合わせたわけでもないのに同じような演説で兵を鼓舞する。実は原作に、信と王賁(おうほん)の似たようなエピソードがあって(コミック53巻《鄴(ぎょう)攻め編朱海平原の戦い》)、とても熱い場面で、そこからインスピレーションを得ました。

本作「大将軍の帰還」は継承の物語だと思っています。親の世代から子の世代に、戦い方、生き方までも含めすべてを引き継いでいくという。王騎からそれらを受け継いだ信と嬴政は、その思いを超える言葉で応えなければならない。それがクライマックスのふたりの演説です。本作の冒頭にはタイトルの「キングダム」しか出していません。ラストに登場する「大将軍の帰還」というサブタイトルで、観客の皆さんがそんなテーマを噛みしめてくださるとうれしいです。原作のあるものを映画にするには、そういったとっておきのサプライズをちゃんと用意することも大事だと思っています。ぜひ劇場で多くの方に観ていただきたいのですが、特に若者に観てほしいと思っています。お節介かもしれませんが、私はすごく若者たちに期待していて、「キングダム」には大切なメッセージをたくさん詰め込んでいます。王騎が信と嬴政に託したように、信じて託せば、若者たちは勝手に頑張ってくれるだろうと思っているんです。

松橋真三(まつはし・しんぞう)1969年青森県生まれ。早稲田大学卒業後、日本衛星放送(現WOWOW)に入社。営業部をへて99年映像事業部に異動。2000年に公開された映画「バトル・ロワイアル」(監督:深作欣二)でプロデューサーとして活動を開始する。05年に独立して映画「ただ、君を愛してる」(06)、「パラダイス・キス」(11)ほかヒット作品を手がける。18年に映像制作会社クレデウス設立。優れたプロデューサーに贈られる藤本賞・特別賞を17年に映画「銀魂」(監督:福田雄一)、19年に映画「キングダム」で受賞。大人気マンガ『キングダム』(著・原泰久/集英社)を監督・佐藤信介で実写化した、映画「キングダム」(19)、「キングダム2 遥かなる大地へ」(22)、「キングダム 運命の炎」(23)がすべて興行収入50億円を突破、大ヒットをおさめる。シリーズ最高傑作と謳われる「キングダム 大将軍の帰還」が2024年7月12日から公開中。近年の主な作品に、「沈黙の艦隊」シリーズ(監督:吉野耕平ほか/23、24)、「ゴールデンカムイ」シリーズ(監督:久保茂昭ほか/24)など。
映画「キングダム 大将軍の帰還」 
中国・春秋戦国時代。天下の大将軍になる夢を抱く少年・信(山﨑賢人)と、中華統一を目指す秦国の若き王・嬴政(吉沢亮)。秦と趙のすべてをかけた「馬陽の戦い」で敵将を討った信と飛信隊の前に趙国総大将・龐煖(吉川晃司)が現れる。秦国総大将・王騎(大沢たかお)と龐煖の因縁の地・馬陽で、忘れられない戦いが始まる。

原作:原泰久『キングダム』(集英社『週刊ヤングジャンプ』連載)
出演: 山﨑賢人、吉沢亮、橋本環奈、清野菜名、吉川晃司、小栗旬、大沢たかお
監督:佐藤信介
脚本:黒岩勉・原泰久、音楽:やまだ豊、主題歌:ONE OK ROCK「Delusion:All」
制作プロダクション:CREDEUS、配給:東宝、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
Ⓒ原泰久/集英社 Ⓒ2024映画「キングダム」製作委員会
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中

インタビュー・テキスト:永瀬由佳