――世界は多くの作品で満ちている。それを生み出すあまたのつくり手たち。そのなかで、独自のエネルギーを放つ人たちがいる。なぜつくることをあきらめなかったのか、現場に立ち続けるには何が必要なのか、どうすれば一歩でも次のステージに進むことができるのか。CREATIVE VILLAGEでは、最前線を走るトップクリエイターたちに作品、つくり手としての原点、そしてこれからを問う。――
マンガ「ジョジョの奇妙な冒険」のスピンオフを映像化したドラマ「岸辺露伴は動かない」。圧倒的な支持を得たドラマ版のスタッフが再集結し、初の映画化が実現した。監督・渡辺一貴は評価すらも飲み込んで、チーム一丸となり自分たちの作品づくりに邁進してきた。挑んだのは「記憶」を巡る旅。次に向かうための、すべてのものが有する深い悠久の物語だ。
ルーヴルでの撮影は圧倒されっぱなしでした
2020年に一期が放送された、ドラマ「岸辺露伴は動かない」の撮影時に、露伴役の高橋一生さんやスタッフと、『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(09年にフランス・ルーヴル美術館のバンド・デシネプロジェクトのために描き下ろされた、荒木飛呂彦初のフルカラー読切マンガ)を映画でやれたらいいね、なんて話をしていました。夢でも希望でもない、本当に冗談のような感じでです。それが一期の放送後に実際に映画化の話をいただき、21年の春ぐらいから企画が動き始めました。荒木先生の原作はルーヴル美術館の企画のために描かれているので、文脈もそれまでの「岸辺露伴」シリーズとは違っていましたし、オールカラーですので、画の情報とインパクトがこれまで以上に強烈で。荒木先生が自由にイマジネーションを膨らませて描かれたように感じましたし、物語というよりは詩を読んでいるようなイメージでした。それを2時間弱の映画にするためにいろいろな肉づけをしたり、前後の脈絡に一貫性を持たせたりという作業が必要でした。そこが脚本の小林靖子さんと一番議論してつくりあげていったところかもしれません。僕の中では、ドラマと映画の違いはまったくありません。使っている機材も、スタッフもすべて同じですし、テレビドラマシリーズを見て面白いと思ってくださった方の後押しで実現した映画だと感じていますので、そういう意味でも変えちゃいけないと考えていました。ずっと生身で、アナログ表現でどれだけできるかということを追求してきましたし、CGに頼りすぎないという制作チームで一貫して共有している方向性も継続しています。
映画のクライマックスのひとつに「Z-13」というルーヴルの地下にあるとされる倉庫の中での場面があります。そこをどう構築するかが、僕の大きな宿題でした。「ルーヴルの奥底にある地下室」という無機質の暗がりの中での約20分ものシーンを、どれだけエンターテイメントとして飽きさせずに観せられるか。黒といってもいろいろな黒があって、特に映画館のスクリーンではより黒のグラデーションを表現できますので、黒をつくり込むといった意味では映画だからこそできたこともあると思います。ルーヴルでの撮影は圧倒されっぱなしでした。下見のときは開館時間中だったのでほかのお客さんもたくさんいたのですが、実際の撮影は閉館後でしたので人がだれもいないわけです。そうすると、絵の力や存在感がものすごく強く出てきて、いろいろな人の想いと歴史が込められた作品が何百何千とある、美術館自体のすさまじい重量感や圧迫感に押しつぶされそうでした。いま考えると「本当に撮ったのかな」と思うほど、ルーヴルでの撮影は不思議な体験でした。
露伴が一生さんにしか見えなくなった
小学生の頃からマンガはよく読んでいましたし、岸辺露伴も登場する「ジョジョの奇妙な冒険」は、週刊少年ジャンプで連載が始まったときからリアルタイムで追いかけていました。一生さんとは、僕がチーフ演出を務めた2017年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」で1年間ご一緒させていただいたのですが、大河の撮影が終わって少し時間ができたときに、「ジョジョ」やそのスピンオフ「岸辺露伴は動かない」を読んでいたら、露伴が一生さんにしか見えなくなって(笑)。そのときは映像化なんて思ってもなかったのですが、結果的にそれが遠因となって、その後ドラマ化の企画書を出しました。企画の立ち上げ時に僕が直接オファーしたのは、まず一生さん。あとは人物デザイン監修・衣裳デザインの柘植伊佐夫さんです。そのおふたりにお願いし受けていただいてからは、プロデューサーの土橋(圭介)と一緒に進めていきました。基本的にほかのスタッフィングについては制作会社のプロデューサーさんにお願いしましたので、実はスタッフ全員、ドラマ「岸辺露伴は動かない」で初めてご一緒させていただいた人たちばかりでした。僕と柘植さんだけ少し上ですが、スタッフは30代中心で若く、機動力がありますし、僕の要望に対していろんなアイデアを出して食らいついてきてくれる。とても頼もしいみなさんです。
とにかく大切にしているのはアナログ精神です。もちろんCGの力を借りることもありますし、CGの力は素晴らしいと思っています。でも僕は体温を感じる、肌触りのある表現をしたいと常々考えています。自分が子供の頃好きだった特撮ものは表現がつたないところもありましたが、そんなことは関係なく楽しめた面白さがあって、いまでもそこは同じだと思っています。だから自分たちで表現できるところは最大限手作業でやる、それが現場の楽しみでもあります。ドラマの第1期を撮影しているときは視聴者の反応がわからないので、むろん正解なんてないのですが、これでいいのかと模索しながら進んでいました。もちろん本当に楽しんでつくっていましたし、面白いものを撮っている感触はありました。でもそれを視聴者のみなさんが受け入れてくれるのかどうかがまったくわからず、恐くもありました。根強い原作ファンの方がたくさんいる作品ですので、そういうみなさんに媚びるわけではありませんが、やはりそっぽを向かれてしまってはつまらない。それが本当に嬉しいことにいいリアクションをいただき、ただこれは一生さんとずっと話していることなのですが、「落ち着いて、落ち着いて」と(笑)。浮かれることなくしっかり自分たちの作品づくりをしようと、毎シーズン言い合いながらやっています。
現場でつくりあげていく
僕は静岡県富士市に生まれ育ちました。先ほどもお話ししたようにマンガは好きでしたし、小さな頃からテレビっ子でした。中学生になってからは深夜にテレビで流れている映画もよく観ていました。大学に入学するために上京したのですが、東京に来て一番嬉しかったのは映画館がたくさんあることで、ほとんど大学には行かず映画ばかり観て暮らすような生活を送っていました。ミニシアター系もとても好きでしたし、当時は邦画、洋画問わず手当たり次第観ていました。ゴダールをはじめとするヌーヴェルヴァーグ作品や、鈴木清順さんの映画にも初めて触れましたし強く記憶に残っています。
大学卒業後は、映画というよりはフィクションの映像作品をつくりたいという思いが強く、テレビ局を希望しNHKに入局しました。当初からドラマのディレクター志望でしたが、最初は志望に関係なく地方局に配属され約3年から5年さまざまな番組を担当するんです。僕は岡山局でニュース取材をしたり、ドキュメンタリーをつくったり、のど自慢をやったりいろいろな現場を経験し、その後東京に戻りドラマの部署に就きました。チーフ演出の役割が多くなったのは名古屋局にいた2007,8年頃からです。若い頃から助監督として大河ドラマに入っていましたけど、自分が演出としてひとり立ちできるイメージはまったくありませんでした。「こんなすごいこと僕にはできない」とずっと先輩の背中を見て思っていましたので、ひとつひとつの作品を一生懸命やってきて、本当にいつの間にかここまできたという感じでした。
名古屋局時代に「リミット -刑事の現場2-」(09)という森山未來さんと武田鉄矢さんのふたりがバディを組む刑事ドラマをチーフで演出しました。ソリッドで人間の心をえぐる、非常に攻めた遊川和彦さんの脚本でした。その作品で、場の雰囲気を殺さない、芝居を止めない、段取り通りでなくその場でひらめいたことをやってみるといった、「岸辺露伴は動かない」にもつながる僕の演出の土壌ができたような気がします。それから東京に戻り、大河ドラマ「龍馬伝」(10)でチーフ演出の大友啓史さんとやらせていただいて、改めて芝居を現場でつくりあげていくやり方が自分には合っていると思いました。大友さんとはそれまでにも連続ドラマ小説「ちゅらさん」(01)などでご一緒していましたが、大友さんは僕の思っていることをさらに大胆にやってらっしゃった。このやり方でいいのだと確信できたことは、演出する上で僕のひとつの支えになっていると思います。
「やらされている」では、次には行けない
僕がやりたいと思うものは「普通じゃないもの」、フィクションで日常を忘れて楽しめるようなものです。まさに「岸辺露伴は動かない」のような作品を一番大切にこだわっていきたいと思っています。岸辺露伴は「相手の心や記憶を本にして読める」という特殊能力を持っています。いわば「記憶をたどる能力」です。人の記憶という一番センシティブでアンタッチャブルな領域に踏み込んでいけるという危うさと、好奇心としてのぞいてしまうという人間の根源的な欲求を操れる、僕にはそこが岸辺露伴の一番の魅力です。思い起こせば、中学生の頃から「ジョジョの奇妙な冒険」を読みながら、こんな作品を映像でやれたらいいなと思っていました。まさか本当にできるとは想像すらしていませんでしたが。例えば、現場で一番下の立場で働いていらっしゃる方でも、自分がこの現場の主役だと思って仕事をする。そうするとモチベーションも上がる。
実際、なんでこんなことやっているんだろうと思うことばかりだと思います。僕も毎日そう思いながら電車に揺られて現場に行っていました。ですが、やらされていると思ってやっているだけでは次には行けないんです。心の持ちようで、ポジティブに仕事ができることもあるし、現場の主役にだってなれる。そういう気持ちで自分はこれまでやってきました。僕は50歳を過ぎてから中学生の頃に見ていた夢が実現した。今回の映画も、2、3年前に「やれるといいね」なんてみんなで雑談していたことが実現し、パリで、ルーヴル美術館で本当に撮影することができた。「モナ・リザ」の前で一生さんと飯豊まりえさんと3人で、「不思議だね、いま僕たち『モナ・リザ』の前で撮ってるよ」って(笑)。だからいろんなことをあきらめずにいてほしいと思います。どこに機会と出会いがあるかわからないわけです。
1969年静岡県生まれ。一橋大学卒業後、91年にNHK入局。数多くのドラマ作品を手がける。シリーズ累計発行部数1億2千万部を誇る荒木飛呂彦のコミック「ジョジョの奇妙な冒険」から生まれたスピンオフコミック『岸辺露伴は動かない』。相手を本にしてその記憶や想いを文字で読み、また指示を書き込み操ることのできる特集能力を持つマンガ家・岸辺露伴を描いた当作品の実写ドラマ化を果たし高い評価を得る。ドラマと同じ制作チームで挑んだ本作で劇場公開初監督を務める。主な演出ドラマに、「監査法人」(08)、「リミット-刑事の現場2-」(09)、「龍馬伝」(10)、「平清盛」(12)、「お葬式で会いましょう」(14)、「まれ」(15)、「おんな城主直虎」(17)、「浮世の画家」(19)、「70才、初めて産みますセブンティウイザン。」(20)、「雪国-SNOW COUNTRY-」(22)、「岸辺露伴は動かない」(20-22)など。
人気マンガ家・岸辺露伴(高橋一生)は、青年時代に淡い思いを抱いた女性・奈々瀬(木村文乃)からこの世で「もっとも黒い絵」の話を聞く。それはもっとも黒く、そしてこの世でもっとも邪悪な絵。ときは流れ、露伴は新作執筆の過程でその絵がパリのルーヴル美術館に所蔵されていると知る。担当編集の泉京香(飯豊まりえ)とルーヴル美術館を訪れた露伴は、「黒い絵」が引き起こす恐ろしい出来事に対峙することとなる。出演:高橋一生 飯豊まりえ / 長尾謙杜 安藤政信 美波 / 木村文乃
原作:荒木飛呂彦『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(集英社 ウルトラジャンプ愛蔵版コミックス 刊)
監督:渡辺一貴
脚本:小林靖子
音楽:菊地成孔/新音楽制作工房
人物デザイン監修・衣装デザイン:柘植伊佐夫
製作:『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』 製作委員会
制作プロダクション:アスミック・エース、NHK エンタープライズ、P.I.C.S配給:アスミック・エース
Ⓒ2023「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」製作委員会
ⒸLUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
5月26日(金)ロードショー
インタビュー・テキスト:永瀬由佳