デザイナーのキャリアの一つとして、インハウスデザイナーがあります。その業務領域や働き方は所属企業によって様々ですが、今回はマーケティング・リサーチのリーディングカンパニーである株式会社マクロミルの事例を、実際にインハウスで働く方々に寄稿していただきます。Creative Design Groupのマネージャー・大石さんに続く第2回目は広報室にて複数のWebサイト管理を担当されている、田代正和さんです。
管理系部門(非事業部門)系のデザイナーとして積んできたキャリアと業務の課題解決について以下のような方に向けてお伝えします。
- インハウスデザイナー(非事業部門)に必要なスキルを知りたい
- インハウスデザイナー(非事業部門)の業務例を知りたい
非事業部門におけるインハウスデザイナー
一口に「インハウスデザイナー」と言ってもその担当業務は、企業によって様々だと思います。最近ある記事に「事業会社で必要なクリエイティブは外注より内製した方が良い!」という内容が書かれていました。
進行管理の負担が少なく、締め切り日に余裕がもてることやノウハウ蓄積が可能であることが内製にメリットがある理由のようでした。多くのクリエイターが活用するAdobe社のツール、主要なフォントベンダーのサービスが売り切り型からサブスクリプション契約に移行して久しいですが、コスト面のデメリットが少なくなり、ようやくその効果が表れ始めたのでしょうか?
インハウスデザイナーとは「クリエイティブの領域で自社の事業に貢献する人」でしょうか。自社製品をデザインするプロダクトデザインやパッケージデザイン、サービスのUI・UX、キャラクター、販促ツールなど、その役割は多岐に渡ります。
そんな中で私は自社のプロダクトやサービスに関わるデザイナーではなく、いわゆる管理系部門(非事業部門)系のデザイナーとしてキャリアを積んできました。部門で言うと入社当時は「広報室」になります。
2004年に自社サイトの管理者として入社した際の初仕事は、会社設立5周年での代表から投資家へのビデオメッセージの撮影・企業サイトでの公開でした。
撮影したビデオ(当時はDVテープ!)をPCに取り込み、Adobe Premiereで編集・加工・エンコード、新規ページをコーディングしてサーバーにアップロードして公開しました。今ではポピュラーかもしれませんが、当時Webサイトの管理者がビデオ編集までやることは珍しい仕事だったと思います。それまでのちょっとした経験と好奇心から手を挙げてやらせてもらったことを思い出します。
以下では、私が携わった非事業部門でのデザイナーの仕事について、当時を振り返りながらご紹介します。
広報
入社して約10年間のメイン業務は自社Webサイトの管理でした。
HTMLやCSS、Flashも含めたAdobe系のツールの習得など、Webデザイナーとしてのスキルアップだけでなく、アップデートや新たにリリースする自社サービスへの理解や広報スタッフとしてのビジネススキルの習得など、入社した20代後半の私は、できるだけスキルの幅を広げようともがいていました。
広報室では、複数に渡る自社サイトの管理業務以外にも、前述した映像撮影、制作の仕事が意外に多く、今も続く全社イベントでのスタッフ出演のオープニングムービーや表彰制度での受賞者発表ムービーなど、エンタテインメント性の高いものでイベント自体のクオリティアップに一役買っていると思います。
その他、先日表彰していただいた社内報の企画・デザイン、社内イントラサイト構築・運用など、サイト運営を担当するデザイナーの枠に収まることなく、自分の力を発揮する場があると思います。
ただ、当時は試行錯誤の連続だったので、夜遅くまでの作業が続き、平日はプライベートな時間がほぼありませんでした。と言っても、とても充実していたので暗い過去というわけではありません。この他、社内報のページデザイン、イントラサイトの立ち上げ、社内イベント用の映像制作、クライアントに配布するノベルティ制作など、今までのキャリアではあまり携わらなかった仕事を担当するようにしていました。
人事
入社して数年経たずして、人事チームから「採用サイトをリニューアルしたい」と依頼を受けました。採用担当のスタッフと打ち合わせを繰り返し、サイトのイメージを詰めていきました。
そこで行き着いたひとつの答えが「会社のブランドは従業員自身」でした。
写真が大事になるので、フリーランスカメラマンに撮影を依頼しました。
フルサイズの高価な一眼レフや照明機材を使用して撮影されたデータはクオリティが高く、感動しました。その一方であることを思いつきました。
「この機材、会社で購入してもらって自分で撮影できないかな…」と。
当時、一眼レフカメラは各メーカから続々と安価なモデルが登場して、ユーザー数も一気に増えていった時代だったと思います。また、照明機材などもヘビーデューティなプロ用の高価な機材ではなくても、海外製で費用対効果の高い商品がAmazonでも買えるようになった頃でした。
上司に相談してカメラ・レンズ、照明機材などを購入してもらい、購入した一眼レフカメラで毎年の採用サイトリニューアルの写真撮影を行いました。加えて、社内報やイントラサイトに掲載する社内の模様や社員の撮影にも活用しました。
一眼レフカメラ購入時のポイントは、僕たちが購入した一眼レフカメラはフルサイズセンサー搭載で、レンズはF2.8通しのズームレンズでした。つまり、プロが人物を撮影する際に必要最低限のスペックなのです。
撮影スキルではプロにはほぼ勝てないので、機材の質でその差を可能な限り埋める計画が功を奏したと思います。会社での機材購入に関しては、まずはコストよりも本質的な目的を踏まえて社内検討するとよいと思います。
IR
当社は、2017年に東証一部に再上場しました。その過程で担当部署(現在はIRチーム)からデザイン制作の依頼が来ました。時期は上場する数か月前です。秘密裡に進んでいたこの上場について、当時の担当者から「プロジェクトに加わってほしい」という要望がありました。東京証券取引所や証券会社に提出する書類に高品質なデザインを取り入れたいという一部役員の意向があったようです。
それまで経験したことのないジャンルの仕事に興味が惹かれ、二つ返事でプロジェクト参加を承諾しました。プレゼン時のスクリーン画面とA4サイズの紙出力の両方への対応が必要な資料だったためPowerPointを使うことになります。
しかし、Illustratorで作った方が配色やレイアウト・文字の扱いで格段にクオリティが上がることを説明し、最終工程でIllustratorからPDFに書き出してPowerPoint形式で保存するフローで進めることになりました。
資料を作る工程では、担当者の指示を聞きながら図表やレイアウトをつくる作業を、リアルタイムで行うという、スピードを要求されるシーンに遭遇しました。
その最中は「指示を受けて作業するだけのオペレーターにならないように」気を付けていました。ツール上の作業は、熟練度に応じて作業をかなりスピードアップできますが、制作物の中に自分のカラーが出ていなければ意味がないと思ったからです。
自分のカラーとは、配色やフォントの選定、レイアウトやジャンプ率、ホワイトスペースの使い方などデザインの要素として様々ありますが、何かしら皆さんコダワリがあるのではないでしょうか?与えられた作業時間の中で、見やすさを追求した成果物に愛着が生まれることは、デザイナーのみならずクリエイターであれば、きっと経験したことがあるのではないかと思います。
まとめ
いかがだったでしょうか?プロダクションや代理店、事業会社でのプロダクト・サービスの開発・販売事業部など、事業そのものを請け負う組織以外にも、デザイナー・クリエイターが活躍できるシーンはたくさんあると思いませんか?
そして、私は彼らよりも多種多様なクリエイティブに携わることができたと思っており、この仕事に携われることに幸福を感じています。
ただ注意したいのはこの仕事においても、アウトプットの質や作業スピードの追求だけでなく、依頼してくる担当者に対して自分のアウトプットを説明するためのコミュニケーション力が重要だということです。
簡単な例で言うと、「このフォントを選定したのは…」「配色の意図は…」など、極論小学生レベルでも理解できる言葉にして説明する必要があります。依頼する担当者の中には「格好良ければそれでいいよ」とデザインに対して深く考えてくれない人もいますし、組織としてそんな人がいて当然です。彼らの仕事はデザインではありません。
社外に発信するクリエイティブが、質の低いコミュニケーションの中で作られた場合、情報の受け手にはなかなか届かないものです。そんな企業の中で、自分が(唯一かどうかは別として)「デザインが語れる人」となっていることを想像してみてください。
この仕事は企業の中で重要なポジションだと思いませんか?そんなデザイナーが企業のクリエイティブ力を向上させるのです。「企業のクリエイティブ力が向上する」ということはつまり「社内外への情報の発信力が向上する」ことだと思います。
私は上述した業務以外にも色々なお仕事に携わってきましたが、現在はCIやVIのマネジメント、ブランドガイドライン策定などに携わっています。
会社を取り巻く環境やこのページをご覧の方々の志向は様々だと思いますが、一人の「インハウスデザイナー」として誰かの役に立っていることを実感しながら業務に携わることができています。
色々書きましたが、どの仕事も自部署で働きながら他部署の担当者との密なコミュニケーションによって成立し得ます。仕事は決して一人では成立しないということです。デザインに対するこだわりも必要ですが、ある期間でひとつの目標に向かって一緒に何かをやり遂げることを楽しむチームワークは、言わどのような業界でも必要でしょう。
マクロミルは、マーケティング・リサーチのリーディング・カンパニーとして世界19カ国に40以上の拠点を展開しています。グループ全体の従業員数は2,463名(2019年6月時点)。
企業サイト:
https://www.macromill.com/