注目企業の中の人によるコラム
デザイナーのキャリアの一つとして、インハウスデザイナーがあります。その業務領域や働き方は所属企業によって様々ですが、今回はマーケティング・リサーチのリーディングカンパニーである株式会社マクロミルの事例を、実際にインハウスで働く方々に寄稿していただきます。初回はCreative Design Groupのマネージャー・大石さんによるコラムです。

株式会社マクロミルは、広報組織のなかにインハウスデザイナーが複数人所属するクリエイティブチームがあり、日々の広報業務にデザイナーが密接に関与しています。
よほど大きな企業であれば別かもしれませんが、広報部門にデザインチームがある体制は珍しいと思います。その内情やメリット・デメリットが分かるような実例記事や情報が少なく、あまり認知もされていないように思います。しかし私は、これからの時代、広報こそ、もっとデザインを活用していくべきだと思っています。

はじめにお断りしておくと、私自身はデザイナーではありません。PR会社や事業会社の広報担当として15年のキャリアを歩んできた広報パーソンです。現在はデザイナーが所属するチームのマネジャーを兼務し、マネジメントとディレクター業務を行っています。

この記事では、主に以下の方々に向けて、広報組織におけるインハウスデザイナーの仕事についてイメージが沸くようお伝えします。

  • 事業会社の広報部門で働くことに興味のあるデザイナー
  • 自社のデザインレベルに課題を感じている広報担当者

広報におけるインハウスデザイナーの仕事とは?

マクロミルの広報部門は、コミュニケーション・デザイン本部という名称で、15名弱の組織です。デザイナーが所属しているのはこの本部内のクリエイティブ・デザイングループというところで、ここ数年は3~4名のデザイナーが所属して以下のような業務を担当してきました。

コーポレートブランディング

  • CI/VIマネジメント(ブランドガイドラインや企業ロゴの作成・管理、会社案内のデザイン)
  • Mission Vision Valueの浸透(Vision Book、ポスター、動画、各種グッズなどのクリエイティブ作成)
  • 採用支援(パンフレットなど各種採用ツールのデザイン、採用サイトの制作)

インターナルコミュニケーション

  • 紙社内報の誌面デザイン、写真撮影
  • ウェブ社内報のページデザインや記事コンテンツの画像加工
  • 全社イベント用のスライドデザインや動画制作

ウェブサイトの運用

  • グループ各社含む企業サイトの運営・管理、KPI管理
  • リニューアル時のデザインディレクション
  • ウェブ社内報(イントラ)の制作

※商品企画やセールスマーケティング領域のデザインは他部門の別のデザイナーが対応しています。今回の記事では広報部門にスコープを当ててお伝えします。

広報にインハウスデザイナーがいることのメリット

インハウスデザイナーとして働くことのメリットとデメリットについては各所で語られているので詳述はしませんが、一般的にはこのようなことが言われています。

メリット

  • クライアントワークでないので柔軟な働き方が可能。勤務時間もコントロールしやすい
  • アウトプットしたあとの活用や効果が見えやすく、やりがいにつながる
  • 安定的な成長が見込める

デメリット

  • デザイン会社のように量をこなすことでのスキル成長が見込みにくい
  • デザイナーの少ない環境ゆえ相互学習メリットを得にくい
  • それゆえ自己学習、自己研鑽の意識を高く持つ必要がある

マクロミルでも概ねこのとおりのことが当てはまると思います。
ここでは、こうしたデザイナーの立場からのメリットとデメリットではなく、インハウスデザイナーの採用を検討される広報担当者、あるいは経営の立場からして、インハウスデザイナーを組織に置くことのメリットについて考えてみたいと思います。

1.広報業務のスピードと質の向上

社内報や各種パンフレットのデザイン、撮影など、広報業務においてもデザインやクリエイティブが絡む業務はたくさんあります。これをすべてアウトソーシングする場合、毎回の受発注手続き、オリエンテーション、提案、トーン&マナーの調整などのやりとりなどが発生し、社内で対応するよりも多くの時間を要します。外注先の状況にも左右されるため、納期も読みづらいことがあります。
しかしデザイナーが社内にいれば、トーン&マナーを理解しているので前提の説明や調整も省略できますし、いつでも直接会話しながら意思疎通を行うことができ、圧倒的にスムーズです。これによってディレクター側(広報担当者)のデザイン調整に掛かるリソースは圧縮されつつも、安定したデザインクオリティを担保することができるため、広報担当者は戦略立案や企画・編集、あるいは外部とのコミュニケーション業務に集中して取り組みやすくなります。
結果、広報が手掛けるコンテンツのレベルが、デザインも中身も相乗的に向上していくことが見込めます。

社員のデザインリテラシー向上

ちょっとしたデザインワークが必要となるシーンは、広報部門にも、広報部門以外にもたくさんあると思います。しかし多くの場合、細かなデザイン業務をいちいち外注する予算も手間も掛けられず、「本当はリニューアルしたいけど現状維持で」「デザイナーに頼らずにできる範囲のことだけやろう」といった判断になりがちです。このようなとき、社内に気軽に相談できるデザインチームがあれば、ひとまず相談してみるというアクションが起きやすく、結果として広報部門はもちろん、あらゆる部門のデザインレベルが少しずつ上がっていきます。
そして、それが前例となり標準となっていくことで、社員のデザインに対する意識やリテラシーは経年的に高まっていくことが期待できると思います。

企業全体のブランド力の向上

マクロミルでは、上記のような環境を意識的につくってきたことで、商品・サービスそのものはもちろん、セールスパーソンが作る提案書やプレゼン資料、販促チラシなどのひとつひとつ、人事やIRが作る資料など外部向けのあらゆる接点におけるデザインレベルが飛躍的に向上してきました。
たとえ社内向けであっても妥協せずにデザインクオリティを担保し続けてきた結果、外向けか内向けかに関わらずあらゆる制作物においてブランドガイドラインを意識したり、デザインクオリティを気に掛ける社員が増えてきました。おかげで、あまり必要なさそうな社内プロジェクト用のロゴなどもたくさん作りましたが(笑)。
長い目で見たときに、これが企業やブランドの価値につながっていくことは言うまでもありません。

広報がデザインリテラシーを高めるべき理由

社内外とのコミュニケーションと企業ブランディングを司る広報パーソンは、自身のデザインリテラシー(デザインディレクション能力)を重要スキルと認識すべきだと思います。
例えば、デジタルネイティブなミレニアル世代は、大手企業が取り組むグローバルで進歩的なマーケティング、SNSやアプリなどのウェブサービスを通して良質なデザインに日常的に触れて育った世代です。InstagramなどビジュアルセンスがものをいうSNSに自ら撮影した写真や動画を投稿している彼らは、クリエイティブに対する感度がそもそも高い。

昨今では、このような世代が消費者としても、また、働き手としても主力層となりつつあります。彼らの感度とほど遠いクリエイティブ感覚で広報活動を行うというのは、例えて言うならば、人事の新卒採用担当者が自身の過去のブラックな働き方を武勇伝のように学生相手に吹聴しているようなもの。それくらい受け手に“ズレている”という感覚を与えかねないことかもしれません。これが企業ブランディングにおいて望ましい状態でないことは明らかです。

広報×デザイナーで取り組んできた成果

マクロミルの広報が実際にデザイナーとともに取り組んできた施策の成果について具体的にご紹介します。

1.既成概念に囚われない社内報づくり

マクロミルの社内報『ミルコミ』は2016年にリニューアルし、これまでのスタイルを刷新しました。リニューアルの方向性は広報担当(編集・ライティングを担当)とデザイナーが一緒になって徹底的に議論しました。これまでの社内報の常識を一度取っ払って考えるべく、あえて他社の社内報などは参考とせず、市販の雑誌をベンチマークに据えて、社員が買ってでも読みたいと思う雑誌を作るつもりでコンセプトを決めていきました(もちろん、実際に売っているわけではありません)。

リニューアル後、 『ミルコミ』の社員満足度は70%台から90%台に大きく上昇しました。並行して取り組んできたウェブ社内報(イントラ)『NOW』の閲覧状況も飛躍的に高まり、今では社員ひとりあたりが1日に2~3回訪問し10ページ以上閲覧しているという非常にアクティブな状況を維持することができています。

社内報『ミルコミ』 社員のファッション特集(撮影も誌面デザインもすべて内製)
ウェブ社内報(イントラ)『NOW』のトップページ

2.Mission Vision Valuesの浸透

2016年に海外を含むグループ全体であらたに策定したMission Vision Valuesを社内に浸透させ続けていくことは広報チームの重要なミッションのひとつです。
そのために様々なことに取り組み、デザイナーとともに多くのクリエイティブもつくりました。

Vision Book(日英韓の3か国語版を作成)/Valuesポスター
Values浸透グッズ

これらの制作物を使いながら、さまざまなコミュニケーション施策や仕組みづくりを推進してきた結果、MissionとVisionの理解率は策定後3年間で7割台から9割近くに上昇しました。行動指針であるValuseは理解率で9割に達するとともに、行動率(理解して行動にまで移せている)も4割から5割に上昇しており、デザイナーとともに取り組んできたことの成果が今では経営にも認識されています。

最後に

広報としてここ数年で感じているトレンドは、「インターナルコミュニケーション」の重要性の高まりです。社員のエンゲージメント強化は多くの企業が課題として抱えており、これまで数十社の広報や人事の方々と情報交換を行ってきたなかで、重要課題として挙げる人が年々増えているように思います。マクロミルでも、「組織の実行力を高める」ことを目的に、インターナルコミュニケーションに非常に力を入れて取り組んできました。

その多くはインハウスデザイナーの存在なしには実現できなかったと思うものばかりです。このように経営課題とも直結するような重要なテーマに、社内のさまざまなステークホルダーと連携しながら行うインハウスデザイナーの仕事は、非常にエキサイティングなものだと思います。

第2回以降では、弊社で実際にインハウスデザイナーとして働いている3名のデザイナーが実務を通じて経験してきたことをご紹介する予定です。



マクロミルは、マーケティング・リサーチのリーディング・カンパニーとして世界19カ国に40以上の拠点を展開しています。グループ全体の従業員数は2,463名(2019年6月時点)。

企業サイト:
https://www.macromill.com/