世界でも類をみないティアラデザイナーという肩書きで活躍する、紙谷太朗さん。花嫁の大切な想いを投影したオーダーメイドティアラが反響を呼び、これまで500組以上のティアラを手掛けてきました。ティアラブランド「TARO KAMITANI」を立ち上げてからは、映画やCM、雑誌、ブランドとのコラボレーションも話題に。
単なる造形としてのティアラを超越し、“女性たちが自分らしくあることとは何か”をティアラデザインで追求する紙谷さんの矜持に迫ります。
2008年、世界初のオーダーメイドのティアラデザイナーとしてデビュー。2010年には『ウェディング・モード』誌で、レディー・ガガ、ペネロペ・クルスらをイメージしたティアラを発表。ロンドンブーツ1号2号 田村淳、優木まおみ、村上萌らの結婚式のオーダーメイドティアラや、セーラームーン、伊勢丹 新宿店のオリジナルティアラを手掛ける。最近では、タレントの南明奈が挙式で着けたティアラのデザインを手掛けた。2019年、日本橋三越本店の『TARO KAMITANIティアラ展』で、イタリアのシューズブランド「セルジオ ロッシ」の〈sr1〉コレクションからインスピレーションを得て制作されたオリジナルティアラが世界初公開。まさに世界が注目しているティアラデザイナー。
【公式サイト】
https://www.tarokamitani.com
ティアラとの出会いが人生を変えた
――紙谷さんはアートディレクターとしてキャリアをスタートさせ、31歳の頃には、デザイン界のアカデミー賞「ニューヨークADC賞(Hybrid部門)」を最年少受賞されるなど、順風満帆なキャリアを歩まれていたわけですが、なぜティアラデザイナーに転身されようと思われたのですか?
きっかけは自分の結婚式で、妻のティアラをデザインしたことです。「彼女らしさ」を表現したかったことと、ティアラが似合う容貌だったので、自分でデザインしてプレゼントしたいなと思ったんです。なぜか思い立ったというか、本能というか(笑)。それが思いの外、自分に向いていると直感し、早い段階で妻に「これで食べていこうと思う」と伝えたのを覚えています。
――その後、ご自身のブランドを立ち上げるわけですが、オーダーメイドのティアラが一般には浸透していなかった状況のもとで、どのように展開していこうと思われましたか?
最初は僕たちの結婚式に参列してくれた友人のリクエストでティアラを作り始め、それを見たその友人の結婚式の参列者からオーダーを受けて…という感じで紹介・口コミなどでオーダーを受けるようになりました。
ある時、僕のティアラが日経の記者の方の目に留まり、取材させてほしいということで、メディアで紹介していただく機会もあるなどしてブランドの認知がさらに広まっていきました。
一般的にブライダルで身につけるティアラは、国内・海外のジュエリーブランドのものです。それらは素材やブランドの歴史や哲学を意識して作られたもの。それに対して僕が打ち出しているパーソナリティを織り交ぜたジュエリーはこれからの時代、市場に対して絶対的な価値があると確信していました。
先日、僕のティアラの展示会を東京の日本橋三越本店で開催したのですが、そこでティアラを身につけてくれた女性たちは「やっぱりこれじゃなきゃダメなんだ」と、僕のティアラ作りのスタンスにすぐに共感してもらえました。
SNSが普及し、個人が情報発信することが浸透して“自分らしさ”をより大切に考える人が増えてきた今、僕のティアラ作りのスタンスがより受け入れられやすい環境が整った、と実感しましたね。
女性の気持ちに寄り添い、ありのままの自分を受け入れることの大切さをティアラを通じて伝えていく
――市場も冷静に読まれていたとはさすがです。多くの女性の支持を受ける紙谷さんの「世界に一つしかないパーソナルなティアラ」とはどのようなものなのですか?
一言で言うと結婚されるお二人のストーリーをティアラで結晶化させていく、ということです。
本来、ティアラはストーリーありきなんです。歴史を紐解くと、ヨーロッパの皇族が領地に住む人々に、ティアラを通して権威を示すとともに、自分たちの物語や国の文化、精神性をあまねく伝えていました。つまりその人の身を美しく飾るアクセサリーというよりも、メッセージ性が高いアイテム。僕は、その流れを汲んで制作しているだけです。
ストーリーをどのようにデザインに落とし込んでいるのか、僕の結婚式で妻のためにデザインしたティアラを例にご紹介します。
ティアラ正面は蝶々をモチーフにしています。サイドは無限大のループを表す曲線づかいをしていて、そのまわりに小さな3匹の蝶々が舞っている様子をデザインしました。
3匹の蝶々は僕と妻と子供。式の当時、妻のお腹の中に子供がいたんです。それで3匹をあしらいました。
もう一つ例を挙げると、ヘッドジュエリーを作りました。
これはお客様が二人とも慶應義塾大学出身ということでモチーフの一つにペンを、そして互いに束縛しない自由を愛する二人だけれど、結ばれたことの必然性を羽の形に表して二つにし、それを重ねるとハートになるように作りました。
――ストーリーをデザインとして結晶化するとはそういうことなのですね!自分たちのストーリーが込められたティアラは一生ものですし、絆が一層深まりそうですね。
一方で、ブライダル以外のティアラ作りにもチャレンジされていると伺いましたが、本日お持ちいただいたイタリアのシューズブランド「セルジオ・ロッシ」の“インスピレーション・ティアラ”は際立つ個性を感じます。これはどのようなきっかけで手掛けられたのですか?
セルジオ・ロッシの〈sr1〉というコレクションからインスピレーションを受けてデザインしました。
「セルジオ・ロッシ」のパンプスは女性が憧れるアイテムの一つだと思います。そんな存在感が僕の中では、ティアラとイコールだったんです。
それに、ファッションブランドと一緒にメッセージを発信するのが面白そうだと思って。
それで僕から「コラボしませんか?」とアプローチしました。
――こちらはシャープでモダンなデザインですが、どんなブランドイメージで作られたのですか?
全体的なフォルムは、イタリアにあるセルジオ・ロッシの工場をイメージしたデザインなんです。
直線的でモダンな外観。イタリアの自由奔放な空気感の中で、ソリッドで哲学的なモノづくりをしているセルジオ・ロッシの原動力とかデザインの本質的な魅力をティアラで表現したかったんです。
セルジオ・ロッシのシューズには、機能性と美、ラグジュアリーとシンプルという異なる概念が融合しているところが好きで、そんなところもティアラに込めたいと思いました。
そこに、セルジオ・ロッシを愛用している、洗練された女性のスタイルイメージを重ね合わせて完成させました。
――ブライダルティアラとは対照的で、アーティストとして表現されたティアラなのですね。
紙谷さんのティアラには必ず女性が存在していますよね。ティアラは基本女性が身に付けるものなので当たり前ではありますが、紙谷さんはティアラの造形よりも身に付ける女性ありきで、かつその女性像も具体的にイメージして作られているのが印象深いです。
展覧会でセルジオ・ロッシのティアラをミス・グランド・ジャパンというコンテストのファイナリストの女性につけていただいたのですが、その時に彼女の表情がパッと輝いたんです。本人曰く、ティアラをつけた自分をみて、「自分が自分であることはとても素敵なことなんだ」と、肯定されたような気がしたと。それまではコンテストで他の女性と比べられることにコンプレックスを持っていたと言うんです。
あらかじめ、彼女の容貌だけでなく、インスタグラムも拝見したのですが、そんなコンプレックスを抱えているようには思えないような、凛とした素敵な人柄がにじみ出る投稿がたくさんアップされていました。なので僕は、「このティアラはきっと彼女にふさわしいはず」と思って選ばせていただき、身に付けてもらったところ、本番のコンテストの自信につながったと聞いて嬉しく思いました。
ちなみに彼女はその後、見事グランプリを受賞したということです。
僕はティアラを身に付けることによって、女性に、“もっともその人らしく”輝いてほしいという願いがあります。
例えば結婚式の花嫁さんて、ものすごく輝いていますよね。その輝きって、「私は愛されている」という至上の幸福感がその瞬間に全面に解き放たれているからだと思うんです。
それって“今存在している私”を肯定して受け入れていること。
その姿を見るのが、僕の幸せです。
――日常に忙殺されて自分らしさを失いがちな現代の女性に対して、ありのままの自分を取り戻してほしいという願いをティアラに込めていると。
以前、妻に「たいせつなこと」という絵本を贈ったことがあります。そこには、風は風だからいい、りんごはりんごであるということが大事で、それらはみんな、そのままで素敵に輝いて存在していると説いているのです。
人生の中で、時が経つにつれて価値観が変わることってよくあることだと思います。また、異なる価値観をもつ二人が家族になり暮らしていけば、変えざるを得ない部分もあるでしょう。でも自分らしさはそれに左右される必要はない。自分が“自分”であることにはなんの変わりもないんです。
その絵本を手にした時、僕がティアラデザイナーとして生きていくことは、この絵本の中に出てくる一節「あなたが、あなたで、あること」の大切さを伝えていくことが使命なんだと強く思えるようになって。
――紙谷さんにとってティアラとは、女性の外見を美しく魅せるためだけではない、女性一人ひとりの内面に眠る輝きを表出させるものなのですね。今後どのように活動していきたいとお考えですか?
究極の夢があって、それはチャペルを建てることです。
今のあなたが大事だと気づいてもらいたい。そのために、女性が自分の中に神を見出せるような、「自分」をリセットできる空間として、チャペルを作りたいんです。ある意味、教会で光を求めて祈る気持ちと、僕がティアラのデザインに込める気持ちは似ています。
ティアラとチャペルの光によって、女性たちの人生に一条の希望をつくること。それが僕のライフワークです。
インタビュー・テキスト: 末吉 陽子(YOSCA)/撮影:SYN.PRODUCT/編集:岩淵 留美子(CREATIVE VILLAGE編集部)