日本各地には、さまざまな生き方・働き方があります。

それらを独自の手法で伝え続ける求人サイト、日本仕事百貨。
2008年に立ち上げられ、現在までに2000本以上の求人記事を掲載してきました。

情報の羅列になりがちな求人記事を「働く人の素直な“思い”が伝わる」記事にする、日本仕事百貨のライティング・編集にはどのような過程があるのでしょうか。

2018年から編集長を務める中川晃輔さんに、これまでのキャリアや記事づくりの方法を伺いました。

中川晃輔(なかがわ・こうすけ)
千葉県柏市出身。慶應義塾大学 環境情報学部卒。在学中のインターンを経て2015年に株式会社シゴトヒト入社。求人サイト「日本仕事百貨」の編集者として、全国の企業や自治体を取材し、紹介している。2018年5月より同サイト編集長。

さまざまな価値観に触れたい―そのために選んだ「日本仕事百貨」

——中川さんはインターンを経て、株式会社シゴトヒトにご入社されています。インターンに応募したきっかけを教えてください。

ぼくは当時、就職活動をしていませんでした。それで、同じく将来に悩んでいた友人と「これからどうしていこうかね?」と話していたときに、日本仕事百貨を教えてもらい、興味をもったことがきっかけでした。

——どのような観点で興味を持ったのでしょうか。

人に会ってさまざまな価値観に触れられることへの興味だったと思います。

学生時代に出会える社会人の数は多くないですが、日本仕事百貨では求人記事を制作する中で多くの人とその価値観に出会い、自分の世界を広げられる。そこに魅力を感じました。

学生時代、認知科学を学んでいたことも関係していると思います。

人は、複雑性の高い生き物。その「行動」や「感情」は簡単に公式化できるものではありません。

たとえば誰かに対して「こう言えば、こう動いてくれるだろう」と仮説を考えていたとしても、現実では仮説の通りにならないことが多くありますよね。

「自分」という人間についても同じことが言えて、「こうしたらうまくいく」という法則があるわけじゃない。

だったらまずは色々な人の価値観に触れてボキャブラリーを増やしながら、自分なりの価値観をつくっていくしかないなと。

読者がその“場”に立つところから。対面で会ったかのように

——日本仕事百貨は働くひとのストーリーが丁寧に書かれている求人記事が印象的です。求人記事を制作する際のポイントを教えてください。

記事を読んだ方に「取材者と横並びで、歩いているような感覚」をもってもらいたい。

―言葉選びや記事の構成一つひとつにおいて、この意識は大切にしていますね。

原稿を書く際は「3者の視点」を常に意識しています。

  • 取材者
  • 求人へ応募する読み手
  • 取材先企業・団体

そして、この3者の視点を織り交ぜて記事を書くんです。

読者が、僕ら(取材者)と並んで歩いているような感覚を持ってもらうには、視点が「動く」ことも大切だと考えていて。

——視点が動く…?

「日本仕事百貨の記事って、取材場所にたどり着くまでのアプローチをしつこいくらい、丁寧に書くよね」と、知り合いのライターさんから言われたことがあります。

実際に記事を読む環境を想定すると、たとえば電車の中で、スマートフォンの画面を指でなぞるだけ。横並びで歩くように読んでもらうには、どうしてもハードルがあるわけです。

だからこそ、取材相手の方とはじめてお会いした瞬間の反応などの情景から書き始めます。

たとえば東京からだと、その会社にたどり着くまでどれくらいの時間がかかるのかとか、最寄り駅からの風景はこんな風に広がっていて…とか。

そうすることで「きちんと読者と足並みを揃える」ことができます。

そして、視点が動いていくプロセスを丁寧に描写することによって、記事の世界観に一緒に入り込んでいけるのではないかと考えています。

——求人記事を読むことで取材の場にいるかのような体験ができるのですね。

▲日本仕事百貨「島のパン屋さんときわベーカリーの想いをつなぐ」より引用。取材場所に到着するまでの過程を文章・写真で描写する

編集者・ライターの対面コミュニケーションが読者との距離を縮める

——編集部では、どのような体制・手順で記事を制作しているのでしょうか。

日本仕事百貨では、全員がライター、全員が編集者と考え、どちらの役割も担えるようにしています。取材日程の調整から取材・撮影・執筆までを、一人が一貫して行います。

原稿を書き上げたら、ペアのスタッフが内容を確認します。いわゆる校正作業です。

その際には、誤字脱字の赤入れはもちろん、読者として気になること、感じることを逃さず「ここはどういうニュアンスなんだろう」「この部分は、ちゃんと事実確認をしよう」とコメントに残しておく。

その後、ライターと編集者が対面でコミュニケーションを取りながら、最終原稿に落とし込んでいきます。

——顔を合わせてしっかりとコミュニケーションをとり、記事を完成させていくのですね。

そうですね。毎週水曜日にはオフィスに集まり編集会議を行なっています。

全国各地に取材へ行くことが多い編集部ですが、水曜日の編集会議は原則取材を入れないで、対面でコミュニケーションする時間をしっかりとる。それくらい、大切にしています。

記事を書いたり読んだりする際に心がけているのは「その記事を通じてひとつ伝えるとしたら、何か?」と自問すること。その会社の根っこの部分にフォーカスします。

4000字の文章は、長いようで短くもあります。あれもこれもと詰め込むと、結局何も伝わらなくなってしまう。

これは取材においても言えることですが、この人たちの根っこにあるのはなんだろう?と問いを立て、地道に言語化していく作業が日本仕事百貨の記事には必要なんです。

一方で、何かを取り立てて感動的に書くことはしないように気をつけていて。見たもの、感じたことを、なるべくありのままに書きたいと思い続けています。これがなかなか、難しいんですけどね。

「働く人の思いが伝わる記事」のつくりかた~日本仕事百貨~
・取材者/求人へ応募する読み手/取材先企業・団体の視点を意識する
・取材先企業・団体の根っこにある思いを言語化する
・編集者とライターが対面でコミュニケーションをとって原稿をつくる

——記事づくりの方法は、これまでどのように共有されてきたのでしょうか。

日本仕事百貨の編集部には、いわゆる記事制作マニュアルはありません。

新入社員はまず、先輩社員と一緒に取材に同行します。そしてだんだんと執筆や取材の役割を譲っていき、独り立ちしていく。だいたい5〜6回くらいそれを繰り返しますね。

この「見て学ぶ」やり方は、職人さんの仕事に近いものがあるかもしれません。

固定のマニュアルをつくってしまうとそれに縛られる側面があると思っています。

なので自分が無意識に前提としていることや感覚的なことも含めて、定例ミーティングや普段の校正を通じてなるべく言語化して伝え合うようにしています。

「顔を合わせる」価値はなくならない。より良い人生の選択肢を届けるために

—対面のコミュニケーションを非常に大切にされていることが伝わってきますが、それはなぜなのでしょうか?

対面だと一番「通じやすい」んですよね。それはいいと思ったことを伝えるときも、気になる点をフィードバックするときも。

たとえばオンライン上で「今度旅行にいこうよ」という話になったとき。流れてしまうことが多いですよね。

でも顔を合わせたときに旅行の話で盛り上がって、行きたい場所をあれこれ妄想して「じゃあこの日ね!」と決めたらすぐにカレンダーに書き込む。

お互いに顔が見えて、かつコミュニケーションの時差がないから、熱量も冷めないし、スムーズに行動につながりやすいんだと思います。

顔を合わせることの価値は、弊社が運営するイベント「しごとバー」でも実感しています。

©︎日本仕事百貨
しごとバーとは?日本仕事百貨の拠点リトルトーキョー(東京・清澄白河)で定期開催されるトークイベント。「職人」「NPO」「デザイン」などさまざまな分野のゲストとともに、お酒を飲みながら「しごと」について考え、語り合う。
公式HP:https://shigoto100.com/event_cat/shigotobar

現代は、さまざまなものがオンラインで完結するようになっています。しかしやはり「実際に顔を合わせる」ことには、他のことでは代えがたい価値がある。

たとえテクノロジーが発展して、VRで感触まで表現できるようになったとしても、「ちょっと会って話そうか」という時間は、なくならないと思うんです。

——最後に、日本仕事百貨が読者に提供したい価値を言語化するとしたら、どのような言葉になりますか?

「世の中が大量の情報で溢れ、常にその波に晒されているような時代に少し立ちどまって考えられる“場”」であり続けたいですね。

なので、読んでくださっている方に対して「絶対にこの会社は良いからここにぜひ入ってください」と断定するのではなく、ほどよい距離感や温度感を保って、さまざまな求人をご紹介していきたいなと思います。

求人を読むだけでなく、しごとバーなどでいろいろな人と話したり、さまざまな仕事や価値観を知ったりすることで、その人がよりよく生きられる選択肢を見つけてもらえたらうれしいですね。

取材・ライティング:佐藤由佳/撮影:SYN.PRODUCT/編集:大沢愛(CREATIVE VILLAGE編集部)

企業プロフィール

 

 

いろいろな生き方・働き方を届けるために、編集・デザイン・場づくりなどに取り組む。自社のWebメディア「日本仕事百貨」や東京・清澄白河の運営スペース「リトルトーキョー」をはじめ、メディアやコミュニティスペース、コンテンツの開発、イベントの企画・運営などを行っている。

2020年は、地域に根ざしながら日本仕事百貨のコンテンツ制作に関わる「ローカルライター」の募集をはじめ、編集を軸にしたネットワークづくりや働くことの本質に立ち返るような、新しい企画をいくつか仕込み中。


■ 社名  :株式会社シゴトヒト
■ 所在地 :東京都江東区三好1-7-14リトルトーキョー
■ 設立  :2008年
■ 代表者 :代表取締役社長 ナカムラケンタ/中村健太
■ 事業内容:求人メディア運営、自社スペース運営、コンテンツ開発
■ URL:https://shigoto100.com/company