「世なおしは、食なおし。」をコンセプトに掲げ、2013年7月に創刊した『東北食べる通信』。人の命をつなぐ“食”について、どんな想いを込め、それをどんなクリエイティブで表現し伝えているのか、編集長の高橋博之さんにお話を伺いました。
『食べる通信』とは?
2013年に『東北食べる通信』として創刊した、食のつくり手と生産の裏側にフォーカスした情報誌と、彼らが収穫した食べものがセットで定期的に届く“食べもの付き情報誌”です。創刊から約2年半の間に全国で31誌(エリア)にまで拡大し、全国各地で“食の未来”へのムーブメントを起こし始めています。
都会暮らしから故郷へ戻り県議会議員へ。地方の課題解決に奔走の日々
私は岩手県の花巻市出身で、18歳で東京の大学に進学するために上京しました。学生時代は、大都会で何か成し遂げてみたい、そんな想いを抱いて過ごしていました。楽しくて充実した学生生活でしたが、いざ就職となると、当時は超氷河期。新聞記者を志望していましたが、100社以上受けてそのすべてに落ちました。新聞記者以外にやりたい仕事が見つからなくて、卒業後はフリーターに。気が付けば20代も終わりに近づいていました。
上京してきて、都会で過ごしているうちに、自分自身の気持ちに変化が起きてきました。それは“何だか物足りないな”と感じることが多くなってきたことです。都会はとにかく便利で、さほど苦労することなく欲しいものは何でも手に入る。そんな生活にどっぷり浸かってしまって“生きている実感”が自分の中から徐々に失われていくように感じていました。
29歳になり、もっと“生きる”ことに対するリアリティが欲しいと思い、東京を離れることを決意。都会に憧れて18歳で意気揚々と上京し、それなりに充実した日々を送ってきた東京でしたが、ついに自分自身が求める“答え”を得ることはできなかった、と実感。今度は故郷の役に立つことをしたいと思い、岩手県議会の議員になろうと思い立ったのです。我ながらずいぶん極端な決断だなとは思いましたが(笑)、当時の岩手県はいろいろと問題を抱えていた頃で、その課題解決のために、自分が矢面に立って活動したいという思いが強まっていました。そして故郷に戻り、県議を2期務めましたが、その間に東日本大震災が起きたのです。
故郷の課題から見えてきた“社会の課題”。そこにアプローチする『食べる通信』を立ち上げ
震災を目の当たりにし、自ら先頭に立って故郷の立て直しを図りたいと考え、その年の岩手県知事選に立候補しました。しかし、あえなく落選。知事にはなれなかったけれど、かといってまた県議員に戻って活動する気持ちにもなれず、政治から身を引くことにしました。そして次に着目したのは、農業や漁業といった一次産業です。地方に広がる豊かな自然。これにもっと目を向けて、資源として価値を高め、収益化していくことが大事なんじゃないかと。地方から都会に出てくる人々はみな一様に「地元には仕事が無い」という。でも、ご存じのとおり一次産業は人手が足りていないですよね。そこではすぐに仕事ができるけど、関心が無い。一方で、都会の人はバーチャルな消費世界の中でしか生きていないから、「生きている実感が湧かない」という。どういうことが双方で起きているかというと、皆、毎日口にする食べ物の“表側”しか見ていないから、そういう発想になるんじゃないかと気づいたんです。「生きること」は食べ物を摂取することから始まる。その食べ物は生き物を殺して得る。そういう食べ物の“裏側”をきちんと知ってもらうことで、一次産業の真の価値を見出してもらい、生きているという感覚を取り戻して欲しいと考えるようになりました。そのためには、生産者と消費者が食べ物の裏側で、日常的につながればいいんじゃないかと思い、『東北食べる通信』を立ち上げたのです。
食の裏側を知ることで生まれる“理解”と“感謝”という味付け
『食べる通信』は、情報誌とそこで特集したつくり手(生産者)からの生産物をセットにして読者にお届けしています。情報誌と一緒に送る生産物のストーリーをきちんと伝えることで理解してもらい、その上で食材を料理して食べていただくというのがこの媒体の狙い。すると読者は考えながら味わうようになるんです。生産物の育ての親の想いに触れることで、甘い・辛い・しょっぱい・苦い、の4通りの味だけでなく、“理解”と“感謝”というどんなシェフでも味付けできないものを味わえる。このように、単に食材を消費するのではなく、食材一つひとつが持つ“価値”を消費してもらえるように、この産業の在り方を変えていきたいと思います。
「食べる人」と「つくる人」の関係性をデザイン
生産物の裏側のストーリーを、読者にきちんと理解して関心を持ってもらうためには、クリエイティブの力が大いに必要だと感じています。丹念な取材で得た生産者の想い。それをデザイナーと共有しながら誌面を作り上げていきます。デザインの質は特に重視していますね。ビジュアルが良くないと読者に見向きされないですから。私が手掛けている『東北食べる通信』のデザイナーは、企画の段階から関わっています。会議に参加して意見交換しながら、この媒体の世界観を熟知したうえでデザインしてもらっている。お願いしたわけではないんですが、自ら進んで毎回参加してくれるんですね。その点がすごくありがたい。やや職人気質な面を持っていて、たまに意見がぶつかることもあるんですが、出来上がったものを見るといつも、「やっぱり彼にお願いして良かったな」としみじみ感じます。そして彼自身も、この媒体に関わり、生産者や読者の声に直接触れる機会が出来たことで、これまでにない充実感を味わえているようなんです。
『東北食べる通信』を創刊して2年半がたちますが、1年目にはグッドデザイン賞で2位(グッドデザイン金賞)をいただきました。ファイナリストにはソニー、無印良品といった大手企業が名を連ねる中で、うちのような団体が選ばれたというのは、大変光栄なことです。評価されたのは、食べる人と作る人との関係性をデザインし、新しい価値を社会に打ち出した点。特集した生産者と読者がこの媒体を通じてつながりを持てて、やりがいや生きる実感を見出して幸せになる。そのためにクリエイティビティを発揮することに対して、食べる通信に関わるメンバーは皆、大変な面ももちろんありますが、達成感は得ていると思います。
多彩なバックグラウンドを持つ編集長たちによる、個性あふれる情報誌
各地域の編集長の顔ぶれは実に多様です。東京で働いていたけれど故郷の魅力に気づいて『食べる通信』を創刊したいと始めた人や、震災を経験して価値観が変わり、被災地に移住して創刊した人、生産者自らが編集長をやっている通信や、子育てと両立しているワーキングマザー、高校生が編集長を務める通信もあります。消費者の意識改革をしたいと思い、始めた媒体ですが、このように消費者自身が編集長となって情報を発信している。これは社会が変わるのも早くなるぞと、密かに期待をしているところです。ただ、当の編集長たちは悩みながらも前進しているという感じですね。「なかなか想いが伝わらない」と…。そんな時、私は「あきらめるな、私たちは先駆者なのだから」と言い、励ましています。調べたところ、現時点でうちのような冊子と食べ物をセットにした情報誌は世界のどこにもありません。すでに今伝わっていたら世の中に先を越されていることになってしまう。どうしたら、今よりも先の世界を読者に見せていけるのか。私たちは常に挑戦者という意識を持って、『食べる通信』を広げていきたいと考えています。
媒体情報
『東北食べる通信』
http://taberu.me/