『アルゴ』(2012)でアカデミー賞やゴールデン・グローブ賞などの映画賞に輝き、全米では“ポスト・イーストウッド”と呼び声の高いベン・アフレックの主演・監督作『夜に生きる』。本作の日本オリジナルのファンメイドポスターにコピーをつけたのが、日本でただ1人と言われている“映画惹句師(えいがじゃっくし)”の関根忠郎さんです。
“惹句”とはコピーのこと。『仁義なき戦い』シリーズや『極道の妻たち』シリーズなど数多くの映画の惹句を手がけてきた関根さんに、『夜に生きる』の魅力をはじめ、惹句のノーハウや面白さについて話をうかがいました。
“映画惹句師”は映画を持ち上げる仕事
僕は“映画惹句師”と言われていますが、自分ではそう名乗ったことがないんです。映画評論家さんがいつからか僕のことをそう言い出して、そこから広がっていった感じですね。
でも、“惹句”って読みづらいし、載ってない辞書もあるみたいです。人の心を惹くという意味ですが、車体を上げる時に使うジャックから来ているようで。日本語英語ではジャッキと言うんですが、英語ではジャックで、持ち上げるという意味。映画を持ち上げるというのが語源らしいですね。
僕は長い間、東映という配給本数の多い会社に勤めていて、時代劇の多い頃には週に2本のコピーを書いていたんです。その後、高倉健や菅原文太のヤクザ映画が多くなり、公開時期が長くなって少しは楽になりましたが。
その頃から映画のコピーライターのなり手がいなくて、結局40年近く、東映作品のコピーはほとんど私がやっていました。大変でしたよ。寝床に入り、夜中にはっと目が覚めると、白い紙に思いついたコピーを書いていく。そのくらいしないと間に合わないし、まさに戦争でした。まあ、1人だから締め切りギリギリになることがあっても仕方がないと言われましたが、とにかくやるしかなかったです。
いまはフリーですから、毎週のように書かなくていいし、映画も観られるし、最高ですよ。まあ、僕はコピーしか書けないから、惹句師というよりは“惹句バカ”です。でも、幸せな人生です。社員時代も上司は「関根しかコピーができないから」と、僕には絶対雑用をさせなかったんです。ありがたいことでした。
惹句のコツは人間社会を透視すること
1本の映画のコピーを考える時、その1本だけにとらわれないことが大事かと。人間社会を透視することが重要です。よく外国映画は「世界が泣いた!」「今世紀最大の傑作」とかつけますが、そういうものを僕は自分に禁じています。それよりも、劇中の人間ドラマを引き出すというのが僕の役目です。
たとえば時代劇の『柳生一族の陰謀』(1978)で「我(わし)につくも、敵にまわるも、心して決めい!」がそうです。 中村錦之介がすごい権力亡者の役をやっていたんですが、1週間内容を追求して考えたら、この異常な男に焦点を絞れば出てくるなと思い、自分で台詞を作ったわけです。
というのも自分のいるサラリーマン社会でもいろんな派閥は感じていたので、僕は何人か上司を観察していたんです。そうすると、権力構造を読み取れるので。僕はただモノを作ることだけをやってきましたが、出世だけを目当てに派閥争いをやっている人たちがいるんです。その身近な組織論を映画に引き寄せて、錦之介が言いそうなことを考えてみました。出来上がったものを上司に見せたら、みなさんが自分のことを言われていると思ってびっくりしていましたね(笑)。
僕はただ、仕事で会社と繋がっていただけなんです。もしも僕の仕事がダメなら左遷されるか、地方の劇場へ行かされたでしょうね。でも、自分の能力を維持していけば左遷されないんです。だから時代劇は現代社会に通じるものがあります。
一番のやりがいは良い映画との出会い
当時の映画は、だいたい公開の2、3日前にしか出来上がってこなかったけど、その前に新聞広告を売ったりポスターを作らないといけなくて。間に合わないから脚本を読んでやるんです。定年が60歳で、僕は55歳までずっとコピーを書いていましたが「もう勘弁してくれ」と思っていました。
そんな中で、一番やりがいを感じるのは、良い映画に出会えたときです。今回の『夜に生きる』も素晴らしくて、終わった後すぐ試写室にいた宣伝の方に絶賛しました。久しぶりにこういう裏社会を描く良い映画に出会えたなと。本当に良くできた映画で、観ている内にどんどん引き込まれていきました。
ベン・アフレックは製作、監督、脚本、主演をやっていますが、すごいと思います。元々彼は『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997)でマット・デイモンと2人で脚本賞を受賞していますし、やっぱり才能があるなあと。
原作2巻をまとめたらきっと5時間ものになっちゃうけど、上手く脚本にしています。取捨選択がちゃんとされているし、台詞も一言一句いいので、心から堪能できました。
人間を題材にするから人間を観察すること
コピーを書く場合、まずは自分の周囲でもいいから人間を観察することです。僕のコピーはだいたい人間を題材にしていますから。とにかく人間をよく見なさいということです。いわゆる通信機器の発達で、生活自体が平になってしまっているので、その危機感を感じてほしい。
今はパソコンでメールだけではなく動画まで送れるんでしょ?会社でも直接会話をしないでパソコンで会話をしているし。そうすると実社会のドラマがなくなってしまい、喜怒哀楽などが薄らいでいく気がしますね。
『夜に生きる』を観ると、みんなの感情が熱いじゃない。みんな自分のルールで生きようとしているし、その方が面白いんですよ。そもそも人間なんてそんなに完璧なものじゃない。もう少し人間の愚かさをぶつけたっていいと思います。
作品情報
『夜に生きる』
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【物語】
舞台は禁酒法時代のボストン。厳格な家庭に育ったジョー(ベン・アフレック)は、警察幹部である父に反発し、仲間たちと強盗を繰り返していた。街ではギャングの2大勢力が対立していたが、ジョーは自分が縛られる組織に入る気はなかった。ところがギャングのボスの愛人エマ(シエナ・ミラー)と恋に落ちたことで、自分の立ち位置が変わる。ジョーはギャング組織で生きることを決意するが、その後、手痛い報復を受けることになる。
原作:デニス・ルヘイン(ハヤカワ・ミステリ文庫刊)
監督・脚本・出演:ベン・アフレック(『アルゴ』『ザ・タウン』)
出演:エル・ファニング フレンダン・グリーソン クリス・メッシーナ シエナ・ミラーゾーイ・サルダナ クリス・クーパー
配給:ワーナー・ブラザース映画
公式サイト:
yoruni-ikiru.jp