『一度死んでみた』。「親子の絆」や「失って気づくもの」というシリアスなテーマを、テンポのいい会話とじわじわと効いてくる笑いでコミカルに表現した今作。実は、今をときめくCMディレクターとCMプランナーのタッグによって映画化が実現しました。

今回は、本作が映画初監督のKDDI/au「三太郎」シリーズCMディレクター・浜崎慎治さんと、脚本を担当した、SoftBank「白戸家」シリーズCMプランナー・澤本嘉光さんが対談。

広告業界と映画業界を横断するお二人に、異なる業界で活躍できるクリエイターに必要なスキル・キャリアの歩み方ついてお話していただきました。

浜崎 慎治(はまさき・しんじ:写真・左)
CMディレクター。KDDI/au「三太郎」、日野自動車の「ヒノノニトン」、家庭教師のトライ「ハイジ」など数多くの有名CMを手がける。映画『一度死んでみた』で映画初監督。


澤本 嘉光(さわもと・よしみつ:写真・右)
CMプランナー。SoftBank「白戸家」、東京ガス「ガス・パッ・チョ!」、家庭教師のトライ「ハイジ」などの多くのCMを手がける。CMプランナーのほか、映画脚本、執筆活動、ラジオパーソナリティなどマルチに活躍。映画『一度死んでみた』では脚本を担当。

ディレクターならできるという、根拠のない自信があった


浜崎さん(以下、敬称略) 僕は東北新社のグループ会社、株式会社ニッテンアルティで2年間PM(プロダクションマネージャー)を経験して退職しました。

PMとして2年間学んだことを活かして、友達と撮った映画をコンテストに出していたら失業手当がなくなって(笑)。その後、広告コンテンツを幅広く制作している株式会社TYOに入社したんです。

そのなかでもCMに魅力を感じてディレクターへの道に進み、CMの仕事をする中で澤本さんにお会いできることになりました。

――PMはプロデューサーを目指す方が多いと聞きます。ディレクターになられたのはどうしてですか。

浜崎 自分の性格からして予算やスケジュールの管理より、ディレクターのような職人側の仕事が好きなんだと思います。「ディレクターなら自分でもできるんじゃないか」っていう根拠のない自信がなぜかあったんです。

――澤本さんは映画脚本だけでなく、ラジオパーソナリティや小説の執筆もされています。広告業界を越えて活躍されるようになった経緯を教えてください。

澤本さん(以下、敬称略) 面白さに納得できるCMを作り、世間に評価されるようになったらそれを見て「あ、この人は小説が書ける」「映画の脚本が書ける」と思ってくれた人がオファーをしてくださった。見てる人は見てるんだなあと思いました。自分から手をあげたわけじゃないんです。

CMも映画も、ベースは言葉


――CM制作のスキルは、小説や映画でも活きているのでしょうか?

澤本 僕はCMのスキルを映画に持ち込んでいるんだと思います。

たとえば、CMには大きくわけて3つの制約があります。

  • 1.予算
  • 2.起用タレント
  • 3.決まったメッセージを伝える

この3つの制約を守りながら見る人が楽しめる、作った自分も満足できる映像をつくることがCM制作の課題です。

実は映画制作の課題も同じなんです。

浜崎 一緒ですね。

澤本 なので、CM・映画で制作や企画に対する考え方はあまり変わりません。自分にとってはCMの拡大解釈が映画になっているのかもしれません。

――澤本さんは電通に入社して一年目でコピーライターを経験されています。コピーライターのスキルは映像制作に活きていますか?

澤本 コピーライターのスキルがCMに活きて、さらにCMのスキルは映画に活きています。

僕はCM制作に携わりたくて電通に入ったのですが、当時のCMの概念は「面白映像」だったんです。でも、仕事を始めてみたら、CMは面白映像である前に「メッセージを伝える手段」でした。面白映像だけではメッセージは十分に伝わらないと気がつきました。

しかし、コピーライターの仕事をしていると、概念を言語化できるようになり「商品で伝えるべきはこれだ!」っていうメッセージが「見える」んです。

そして、そのテーマを映像化したものがCMです。コピーライティングとCMの延長線上にあるコンテンツが映画だと思っています。

映像であるCMも映画も、根底にある要素は実はテキスト・キャッチコピーなんだと思います。だから、コピーライターのスキルは映画業界でもクリエイターとして活躍する上で要になったと思います。

――浜崎さんは映画『一度死んでみた』が初監督作品になります。CMディレクターと映画監督のスキルで違いや共通点はありましたか?

浜崎  CMと映画で最も異なるのは尺。15秒、30秒のCMで面白い内容が90分の映画になると面白さに欠けてしまう場合があります。

CMディレクターとしてキャリアを積んできた自分が映画監督を務めるにあたって、コンテンツの性質の違いをどう理解し、この課題をどのように払拭するかというのが課題でした。

でもCMと映画の尺の違いという課題は、CMと同じようにシーンごとのテーマを決めてテンポ感を調整することで解決できました。今回の場合、CMの仕事でもご一緒した澤本さんだったので、テンポ感の調整はやりやすかったです。

澤本さんとは過去の仕事を通じて共通認識ができあがっている気がします。脚本を読むだけで澤本さんが映画『一度死んでみた』で伝えたいことが分かりました。

CMクリエイターのタッグによって実現した、新しい映画表現

――澤本さんとの「共通認識」について詳しく聞かせていただけますか?

浜崎 澤本さんとは、家庭教師のトライの「ハイジ」シリーズや初期のSoftBank「白戸家」シリーズでずいぶん前からご一緒にさせていただいています。

澤本さんって、SFっぽい世界が好きじゃないですか。SoftBank「白戸家」シリーズでも「犬がお父さん」という設定とか、『一度死んでみた』でも「“2日間だけ死んじゃう薬”」とか。そういうトリッキーな設定の上でちょっとクスッとくる台詞のやりとりがあるところは、一貫しているなと思いますね。

澤本 進化していない…のかな(笑)

浜崎 いやいや。澤本さんの作家性が一貫していることに納得しているんですよ。CMのコンテや脚本は誰が考えたか見当がつかない場合が多い。でも、澤本さんの企画コンテを見ると独特な台詞回しでわかるんですよね。

澤本 実は、浜崎さんが監督だった場合を想定してCMや映画のコンテを書いているんです。

『一度死んでみた』を例にすれば「行くぞ!ネコタヌキ!」「ニャー!」のように、文字でだけ見るとふざけたようにも見える広瀬すずさんと吉沢亮さんの台詞は浜崎さんでなかったら削られてしまったと思います。浜崎さんが監督だから、台詞を書いている意図まで汲み取って演出してくれました。

浜崎 そうそう。ジャブのように大筋に関係のない台詞を入れてくる。それに対して「多分こういうことかな」、と台詞の意図を考えて演出していくと、二人でジャブを打ち合ったシーンが後から印象に残ったりするんですよね。

このように澤本さんと作るCMの延長で『一度死んでみた』をつくれた。結果的にCMの手法を用いた映画づくりは映画業界にとって新しいものになったんじゃないかな。

澤本 CMクリエイターが映画を制作すると、肩肘張って大作を作ろうと意気込んで、小難しい作品になってしまう場合があると思われてます。

でも浜崎さんの場合はこのようなCMクリエイターが陥りがちな欠点がありませんでした。

この人はCMでも映画でも「どうしたら多くの人に楽しんでもらえるのか」を一番に考えて「多くの人に楽しんでもらう作品」を目標にしているからだからだと思います。

CMクリエイターならではの「共感性」を大切にして演出してくれたと思います。

「若返りの薬」の登場は、「パラサイト」のような現実を生む

――CMと映画の共通要素「伝えたいメッセージ」について聞かせてください。映画『一度死んでみた』で伝えたかったメッセージとは何でしょうか?

澤本 ひとつは、「一度死んでみなきゃ、気が付けないこともある」ということ。このメッセージを広瀬すずさん演じる七瀬と、堤真一さん演じる計の親子関係を通して伝えています。

ふたつめは、この先実現するかもしれない「若返りの薬」に対しての問いかけです。このような薬が出てくることによって、富める者が若返り、貧しい者が歳をとっていく。

「貧富の差が人生に影響を与える」というテーマはポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』(2019)でも取り上げられていましたよね。

何かで一流になれば、別の場所でも一流になれる

一度死んでみた
――お二人は広告世界から映画業界へ活躍の場を広げられてきました。業界を越えて活躍できるクリエイターに必要な思考法・スキルはありますか?

澤本 活動する中で「CMのプロをこんな世界に引っ張ってきたら何か起きるんじゃないか?」と僕を小説や映画業界に引き抜いてくれる人がいました。だから、最初から万能である必要はない。何か一つのプロになったらいいと思うんです。

『一度死んでみた』で言えば、ヒャダインさんはキャッチーな音楽を作るプロ。ももクロなどへの楽曲提供や、動画音楽のフィールドでキャリアを築いてきました。その活躍を見た人が映画音楽をやってもらったら新しいものができそうだと考え、相談した人がいたわけですよ。

――「人に負けない強み」を持つためのスキルの磨き方について教えてください。

澤本 僕は「自分の仕事をいかに面白くするか」だけ考えて仕事をしていました。だから、自分より面白い仕事をしている人がいたら負けたくないと思う。

浜崎うんうん。僕も「他のクリエイターに面白いことをされると悔しい」っていう気持ちはずっと持っている。あの人面白いなって人がいると、根拠のない自信で「もっと面白くしてやろう!」と思う。

澤本:それはすごく強いと思う。浜崎さんはね、CMでも映画でも「面白い!」と納得できるまで編集をやめないんですよ。

浜崎:諦めが悪いんです(笑)1%でも面白くするために努力する。だから完全に、努力型クリエイターかもしれない。

――最後にお二人から、広告業界を越えて活躍できるクリエイターを目指す若者に向けてメッセージをお願いします。

澤本 昨今、「テレビやCMには未来がない」という人もいます。でもコンテンツづくりは、CMでもTVでも映画でも一緒だと思っています。
だからまずは、広告業界でパフォーマンスの発揮を第一に考えて頑張ってほしいなと思います。
広告業界ってつらいイメージがあるかもしれないですが、面白いですよ。職人的な肉体労働でもあるし、クイズを解くような頭脳労働の部分もある、なかなか稀有な業界だと思います。怖がらないでぜひ来てください。

浜崎 僕は、テレビ業界のADに似た、PMという最も大変なポジションからスタートしました。でも、最も大変なポジションからクリエイターを始めたからこそ、業界全体を俯瞰することができました。

こんな経験をしたからこそ、外から見て辛そうだとか、嫌な噂を聞いて尻込みしているより、根拠のない自信を持って、好きだと思う道を突き進んでほしいですね。

インタビュー・テキスト:原田さつき/撮影:SYN.PRODUCT/編集:大沢 愛(CREATIVE VILLAGE編集部)

作品情報

一度死んでみた
■映画『一度死んでみた』(2020年3月20日公開)

キャスト・スタッフ

出演:広瀬すず 吉沢亮 堤真一
リリー・フランキー 小澤征悦 嶋田久作 木村多江 松田翔太
加藤諒 でんでん/柄本時生 前野朋哉 清水伸 西野七瀬
城田優 原日出子 真壁刀義 本間朋晃/野口聡一(JAXA宇宙飛行士)
佐藤健/池田エライザ 志尊淳/古田新太 大友康平 竹中直人 妻夫木聡
脚本:澤本嘉光
監督:浜崎慎治
音楽:ヒャダイン

公式HP・予告