経済産業省が「デザイン経営宣言」の資料を公表するなど、この流れは従来の「デザイン」という範疇を越え更に重要性を増してきています。
そんな中、この分野で実際に興味深い成果を数多くあげている株式会社kenmaの代表・ビジネスデザイナーである今井さんに、実例を元に思考法やプロセス、成果まで具体的に解説していただきます。
はじめまして。デザイン会社kenma代表の今井裕平です。
デザイン会社といっても少し変わっていて、プロダクトや空間のデザインだけでなく、事業そのものをデザインの対象としています。
違う言い方をすると、ビジネスコンサルタントが、戦略だけでなくブランドやプロダクト、サービス、タッチポイントのデザインまで担う、と表現した方がピンとくる方も多いかもしれません。
(巷では「ビジネスデザイン」「デザインコンサルティング」と呼ばれたりしています。)
時には、広告・広報や販路・顧客開拓の支援を担うこともあり、「数字で成果を語れる」ことが、一般的なデザイン会社とは異なるわたしたちの強みです。
このコラムでは、わたしたちが日々取り組んでいるビジネスデザインのプロジェクトを紹介したいと思います。
本題に移る前に、国内のビジネスデザインのトレンドについて触れさせてください。
2018年5月に、経産省特許庁から15年振りのデザイン政策「デザイン経営宣言」が発表されました。
詳しくはレポートをご覧いただくとして、超ざっくり要約すると、「競争力を高めるために経営にデザインを活用しよう」という内容です。
更には同宣言で提言していた政策の1つである「高度デザイン人材の育成」のための研究会が、同年11月に経産省によって発足されました。
”デザイン(D)のスキルと、ビジネス(B)、テクノロジー(T)のスキルが結合した「高度デザイン人材」の具体像”の類型化が検討が進められています。
現在5つの類型が仮設定され、「ビジネスデザイン」も類型のひとつに挙げられています。
私の周りからも、「ビジネス・経営視点でデザインして欲しい」「つくるだけでなく、事業の立上げも含めてサポートして欲しい」といった相談を受けることが増えており、今後もそのような依頼がより一層増えるのではと考えています。
ここまでお読みいただいて少し興味湧いてきたぞ!という方は、ぜひ続きをご覧ください。
依頼内容は「最後にもうひとチャレンジしたい」
少し前置きが長くなりましたが本題です。
kenmaを法人化したての頃、知人から親友の店舗経営の相談に乗ってあげて欲しい、との依頼がありました。
早速、話を聞いてみることにしました。
依頼主は、羽田空港国際線にあるギフトショップ 「KIRI JAPAN DESIGN STORE」(当時の名称は「Design Japan Culture Store」)の店長さんです。
数年前からお店の責任者を努めているが、売上が下がってきており、このままでは半年後にはたたむ必要がある、といった切羽詰まった内容でした。
ショップのコンセプトも販売している商品も中途半端なまま手を付けられずにいたので、「このままでは悔いが残る」「どうせならできることをやりきって、終わりにしたい」とのことでした。
もともとこのショップは、羽田空港国際線ターミナルが開業した2010年にオープン。
当初はメディアへの露出も多く、空港を利用しない人も多数訪れ、「置けば売れる」状態だったそうです。
しかし、ターミナルビルへの来訪者が減少すると共に売上が低迷し、その時点ではピーク時の3分の1まで落ち込んでいました。
現状の顧客分類をヒントに新たなターゲットを設定
まずはどのような顧客が買いに来るのかを聞いてみることにしました。
店長の分析によると、帰国前にお土産を買う「外国人旅行者」と土日にショッピングセンターの様に利用する「ファミリー」の2つに大別できるようです。
前者には外国人しか買わないような小物が売れ、後者には飛行機のおもちゃやTシャツ等が子供向けに売れているとのこと。
どちらに狙いを定めるべきか、品揃えをどうするかが、直近の悩みのようでした。
店長から聞いた2つの顧客層をヒントに、下記のような顧客分類を考えてみました。
縦軸は、旅行者 or 非旅行者、横軸は、日本人 or 外国人です。
左上に「外国人旅行者」、右下に「ファミリー」が該当しますが、発見があったのは右上の「日本人旅行者」です。
海外にお土産を持っていく「日本人旅行者」をターゲットにしたギフトショップができないかと考えました。
空港での待ち時間に利用できる、日本を誇れる気の利いたお土産が揃っているショップには、海外出張の多いビジネスパーソンを中心にニーズがあるのではないかという仮説を立てました。
店長が語ってくれた想いに「日本の伝統工芸品や優れたデザインプロダクトを販売したい」というものがあったのですが、それとも合致し、店長の想いに応えることができることも魅力でした。
思いつきを戦略に据えるためのクイックリサーチ
なかなか筋の良さそうな仮説が立てられたので、直ぐに検証してみることにしました。
実施したのは、店長やスタッフに数日間、来店者数や購入者数、売上高をセグメント別に数えてもらう、という超アナログな定量リサーチです。
現状、どの程度「日本人旅行者」が来店しているのか、買っているかを把握したいと考えました。
リサーチの結果は、想像を遥かに超えるものでした。
来店者数や購入者数、売上高において、「日本人旅行者」は顧客として存在することを数字で確認することができました。
店長もここまでとは思っておらず、この結果にはとても驚いていました。
この結果を踏まえ、「日本人旅行者」をターゲットに、「海外に持参したくなる日本製ギフト」のセレクトショップとして、リニューアルを進めることになりました。
商品を半分以上入れ替え、V字回復達成
店長とわたしたちで、新たに仕入れるべき商品をリストアップしました。
何度も議論を重ねた結果、半分以上の商品を入れ替えるという結論に至りました。
この決断こそが、今回の成功の一番のポイントだったと思っています。
商品以外にも課題は山積みでした。
そのひとつは、人通りが少ない最上階にお店があったため、入店者数をいかに増やすかです。
施策のひとつとして、店外からも目立つ什器を作成することにしました。
といっても予算は限られているので、わたしたちのお手製です。
店長の想いに応えるためにできることは何でもやろうと決めていたので、什器以外にもPOPやチラシを進んで制作しました。
余談ですが、売れ筋になりそうな商品については、ビジュアルを作成し特大サイズのPOPを作成しました。
このビジュアルが功を奏して、ある商品は日本一の販売数を誇っています。
これらの積み重ねの結果、無事V字回復を果たし、売上の昨対比は150%を記録しました。
メインフロアへの移転、フルリニューアルにより売上300%超
店長とスタッフの直向きな努力により、その後も売上は順調に伸びていました。
そして、リニューアルから2年後には、空港施設よりメインフロアへの移転のオファーがきました。
迷う必要のないくらいの好条件のオファーで、店長と二人で騒ぎまくったのも今となっては良い思い出です。
これを機にこれまでは断念していたリブランディングに踏み切ることになりました。
ショップのロゴや名称から内装デザイン、販促ツールまで全てのタッチポイントがリニューアルの対象です。
内装デザインのリニューアルで最も重視したのは、商品に関連する情報の伝達です。
購入の際に商品の情報は必要不可欠ですが、商品説明はスタッフに依存する傾向にあります。
そのため、POPは驚くほど小さく、機能していないことに気づきました。
確かに、POPが大きいと煩雑な印象になり、ショップの雰囲気を壊してしまうことになります。
この現状を踏まえ、屏風のような壁面をデザインし、商品と情報をセットで示すことができる構成を計画しました。
POPである程度の情報を提供することができているので、スタッフの対応時間は非常に効率化されました。
スタッフが声をかけられる回数は減少するかと予想していたのですが、むしろ増加し、対応すればするほど商品が売れるという好循環が生まれました。メインフロア移転し人通りも増えたことで、売上は更に倍増し、わたしたちがこのプロジェクトに携わってから、300%以上売上が伸びたことになります。
満を持してオリジナルプロダクトブランド始動
最後に、ショップの最新状況をお伝えします。
セレクトショップが抱える一般的な課題として、ネットで検索すればある程度のモノは買えてしまう中で、「わざわざ足を運んでもらう理由」をいかにデザインするかを考える必要があります。
手っ取り早いのは、「ここでしか買えない商品」を企画することで、これまでもカスタマイズや別注等で成果を上げてきましたが、いつか必ずと思いを巡らせていたのはオリジナルプロダクトです。
店長が構想してから約2年半、わたしたちもブランディングを中心にサポートし、ようやく販売をスタートすることができました。
具体的にな商品は、「nanaroku(七六)」という蕎麦猪口(そばちょこ)シリーズです。
蕎麦猪口の飲み口の直径は2寸5分(約76mm)という日本の伝統的なサイズであることが、「nanaroku」の由来です。
このブランドの一番の売りは、日本各地の工芸技術や素材の中から好きな蕎麦猪口を選んで、贈ることができるという点です。価格も2,000円から20,000円まで幅があり、TPOに合わせてギフトにすることができます。
発売直後から月間販売個数数百個を記録し、早くも大ヒット商品としてショップの成長に貢献しています。
以上が、羽田空港国際線の「KIRI JAPAN DESIGN STORE」のビジネスデザイン事例です。
右脳と左脳を駆使したビジネスデザイナー的アプローチを紹介することができればと思い、この事例を取り上げました。
ターミナルビルのギフトショップの再生事例の概要となります。
- 現状の顧客層からターゲットの仮説を立てる[右脳]
- 定量リサーチにより検証する[左脳]
- 検証結果により、選択と集中(≒戦略)を定義[左脳]
- 実行に必要な武器をデザイン[右脳]
- 成果を数字で管理[左脳]
文字で表現するとこのような内容になりますが、実際にはもっと小さいレベルで「ロジカルな思考」と「クリエイティブな思考」をかなりの頻度で行ったり来たりしています。
このような「成果を数字で語る」ことができるプロジェクトは、まだまだたくさんありますので、機会があればまたご紹介させていただきます!