2019年のiOS版のリリース以降、様々なプラットフォームにサービスを広げながら、今なお根強い人気を集めているソーシャルアドベンチャーゲーム『Sky 星を紡ぐ子どもたち』。
『fLOw』『Flowery』などがゲーム作品でありながらニューヨーク近代美術館(MoMA)やスミソニアン美術館に展示されるなど、アート方面からの評価も高いアメリカのゲーム会社・thatgamecompanyが手掛けたこの作品は、テキストの代わりにアート表現を使った巧みなストーリーテリングや美麗な世界観、そして様々なプレイヤーとの交流によって、他の作品ではなかなか味わうことのできない、不思議な余韻をプレイヤーに与えてくれている。
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そんな『Sky 星を紡ぐ子どもたち』の世界は、どんなふうに形づくられていったのだろうか。今年9月の「TOKYO GAME SHOW 2022」で発表された「日本ゲーム大賞2022」で「優秀賞」を受賞したタイミングで来日した作品のアートディレクター、セシル・キムさんに、『Sky』のアートディレクションにおける工夫や、thatgamecompanyが目指すゲーム/アートの魅力を聞いた。
「つねに新しいものに挑戦すべき」と考えてきた
――「日本ゲーム大賞2022」の「優秀賞」受賞おめでとうございます。2019年のiOS版リリースから現在までの『Sky』の広がりについてはどんなふうに感じていますか?
ローンチ当初は、これからSkyの世界にどのような要素を追加していくべきか、どのように世界を広げていくべきか、100%明確なイメージをしていたわけではありませんでした。最初はチームの規模も小さく、アップデートといってもいくつかの小さなアイテムやキャラクターを追加する程度でした。ただ、私たちがそこで気づいたのは、「物語なしにアイテムやキャラクターを追加することはできない」ということでした。また、アートチームには才能豊かなメンバーが揃っていたので、つねに新しいものに挑戦すべきだとも考えました。そこで徐々に、バージョンアップする際に「いかにストーリーを絡めながらコンテンツを追加するか」を考えるようになりました。
――なるほど。サービス開始以降も学びがゲームに反映されていったのですね。
はい。その後、年4回ある大型イベント「季節」のアップデートなどを続けていく中で、チームにはさらに才能豊かなメンバーが加わってくれて。彼らは、素晴らしい開発スキル/アートスキルを持っているだけでなく、『Sky』やTGC作品を既にプレイしてくれていたファンでもあって、『Sky』にさらに新しい発想をもたらしてくれました。今リリースされている季節の大型イベントでは、新しいアイテムやキャラクターだけでなく、新しいストーリーやエリア、新しいゲームプレイの要素まで加わるようになっています。そういった意味で、私たちにとってはまるで「3ヵ月ごとにひとつの小さなゲームをつくっている」ような感覚です。私個人としては、年4回以上の大型アップデートを行ないたいとも思っているのですが、クオリティの高い体験をしていただくためには、それだけ時間も必要です。そこで、どうしても今は、季節ごとにみなさんに新しいものをお届けできるのが精いっぱいという状況です。
アートディレクションで意識しているのは「想像の余白を作る」こと
――『Sky』はテキストで説明する場面がほとんどない作品ですよね。その分、物語表現においてもアートチームが担う役割は大きいと思います。制作時は、どんなことを意識しているのですか?
特に意識しているのは「ミニマルであること」ですね。それによって、プレイヤーのみなさんに想像していただける余白をつくることを心がけています。たとえば、『Sky』の中には精霊の記憶を集めていくクエストがありますが、この精霊の記憶のひとつひとつは、静止した半透明のポーズにしか過ぎません。ただ、それぞれのポーズをつくるために、私たちは非常に長い脚本や物語を準備して、その物語をポーズだけでいかに伝えるかを入念に準備しています。そうすることで、「みなさんに物語を自由に想像してもらいたい」と思っているんです。もちろん、精霊だけでなく、「季節」がはじまるときのイントロやエンディング、究極のアイテムまでもが、ゲーム内のストーリーを物語るためにデザインされています。
――静止しているポーズから物語を伝えるのは、すごく難しいのではないでしょうか。
もちろん、難しい挑戦です。ですが、私たちが思っていた以上に、そこから物語や感情を読み取ろうとしてくれる方々がたくさんいることを知ることができました。そんな方々がいる限り、「手は抜けないな」と思っています。
――『Sky』では他のプレイヤーと繋がる「コミュニティ」の機能も重視されているように感じます。この辺りも、アートティレクションで工夫していることがあれば教えてください。
ゲーム内で感じられる最も大切なコミュニティの要素は、やはり「プレイヤー同士の交流」だと思うのですが、それがアートにおいて端的に現れているのは、ゲーム内でのアニメーション(キャラクターの動作など)ですね。人との交流は当然、人との出会いからはじまりますが、『Sky』では見知らぬプレイヤーが自分のもとに近づいてきて、エモートを送ることで交流がはじまります。
――初対面のプレイヤー同士は、急にはチャットができない仕様になっていますよね。
はい。そのため、交流する際に他のプレイヤーが最初に目にするのは、キャラクターたちのアニメーションなんです。そこでアニメーション表現においては、他のユーザーの存在をつねに意識しています。また、『Sky』ではオンラインで他のプレイヤーとともにゲームを進める瞬間がありますから、他のプレイヤーとの交流を阻害するような、無駄な要素は極力省いています。
――具体的に、どのような省き方をしているのでしょうか?
たとえば、チャットウィンドウやメニュー画面のUIは装飾をそぎ落としてシンプルにすることで、作品の内容やインタラクションにより意識が向くようにしています。また、カメラワークについても、映画的に見せるというよりは、それぞれのキャラクターたちの行動に意識を向けるようなカメラコントロールを行なっています。何かが飛びぬけて大事なのではなく、ビジュアルという意味でのアートだけではなくて、音楽なども含むすべての要素が組み合わさって効果をもたらすよう心がけています。
「『Sky』らしさ」をチーム全体で文書化する
――チームの規模感が大きくなる中で、工夫をしたことはありますか?
初期の頃から、アートチームの中で共有している『Sky』のルールやガイドラインはあったのですが、最初は小規模なチームだったので、口頭で何となく確認しあう程度のものでした。しかし、チームが大きくなっていく中で、それを文書化していくことが重要になりました。中でも重要なのは、「何が『Sky』らしいか」を明確にすることです。それによって、「何が『Sky』らしくないのか」についても、様々なチームと共有できるようになるんです。そうした「『Sky』らしさ」は、作品全体のカラーパレットから小さな岩の形にまで及んでいます。
――みんなで共通の世界観を認識する、というのは大事なことではありつつ、大変難しいようにも思います。
そうですね。ひとつ例を出しましょう。たとえば、3Dモデラーがゲーム内で実装する家具を製作したとします。その家具を単体で見たときに素晴らしい出来だったとしても、そこにいくつか『Sky』らしくない要素がある場合は、『Sky』らしいものに変えていきます。そのときに、たとえば小さな模様やパターンを付け加えるのか、少し形を崩していくのかということを首尾一貫して判断できるように、我々が考える「『Sky』らしさ」をドキュメント化しているんです。
――『Sky』はバトル要素などがないにもかかわらず、飽きずにずっと長く遊べる作品です。この辺りについても、工夫したことがあれば教えてください。
やはり「フレンド」の存在が大きいと思います。『Sky』のコミュニティがどんどん大きくなっていく中で、ゲーム内でのフレンドとの交流は、プレイヤーにとってより大きな役割を占めるようになりました。そして今では、ローンチ当初と比べても、『Sky』という作品が友達や家族との交流が起きる大事な場所、もしくはテーマパークや公園のようになってきていると感じています。ですから、アートの面でも、その経験や体験をサポートすることにより意識を向けるようになりました。たとえば、美しい夕焼けや、一緒に遊べるアイテムや、生息している生き物たちとの交流など――。ゲームに加える要素は、他のプレイヤーたちと過ごす経験が印象的になるものにしています。
『Sky』には戦闘や競争といった要素がありませんが、これは私たちが意図的に行なっていることです。『Sky』の中で面白く感じてもらえるのは、おそらく、新しいマップや新しい要素を探索したり、フレンドと一緒に新しいものを発見したりすることだと思います。そして私たちは、「Sky」でのプレイヤー同士の交流は、平和なものであってほしいと思っているんです。これはまさに、今の時代の私たちに必要なことではないでしょうか。やはり、友達や家族と座って、ただ一緒に美しい景色を眺めること以上に素敵なことはないですからね。
『Sky』の世界観が確立されていくまでの歩みを描いたアートブック
――最近では、みなさんが監修されている『Sky』のアートブックや、アニメーション作品の制作がアナウンスされていますが、それぞれどんなものになりそうですか?
アートブックに関しては、ただ美しいアートを集めたものではなく、『Sky』の世界観が確立されていくまでの変遷や歩みを紹介するものになっていて、「いかにして『Sky』の世界がつくられたのか」ということを感じ取っていただけるものになると思います。制作作業も私たちアートチーム自身で行なっているため、思ったよりも時間がかかってしまっていますが、すごく丁寧に作業を進めているので、楽しみに待っていていただけると嬉しいです。
――アニメーション作品についても、制作のきっかけなども含めて教えてください。
私たちは『Sky』のアートスタイルを意図的にミニマルに保つことで、プレイヤーの想像する余地を残しています。ただ、一方で、『Sky』という作品は、「人間らしさ」という価値観や考え方に関する私たちのメッセージを伝えたいと思って制作している作品でもあります。ですから、ゲーム以外でもそのメッセージを伝えることに挑戦したいと思ったんです。まったく違う物語を伝えるのではなく、別のアングルから作品の核になるメッセージを伝えることで、より広がりを持った表現ができたらいいな、と思っています。つまり、このアニメーションは、『Sky』を愛してくれている方々に向けられたものです。
※制作中のイメージのため、完成品とは異なる場合があります
これは私たちにとってすごくクリエイティブな挑戦になっていて、おそらく、アニメと聞いて一般的に想像するものとはだいぶ違ったものになるのかな、と思います。『Sky』には「自然」「家族」「人間らしさ」、そして「時には自らを犠牲にすること」など、様々なメッセージが込められていて、そのメッセージに基づいてストーリーやアートが制作されていますが、そのメッセージがよりストレートに伝わるものになるんじゃないかと思っています。
――セシル・キムさんは、TGCにかかわる以前から、様々な人気タイトルのアートディレクションを担当されてきた方です。そんなセシルさんが、TGCの作品に感じた魅力はどんなものだったんでしょう?
TGCのゲーム制作は、「タイムレスなもの」「クラシックなもの」「全年齢が楽しめるもの」という理念に基づいて行なわれています。私たちは時を超えて長く愛していただけるものをつくる精神を大切にしていて、その時々に何が流行っていたかはあまり気にしていません。TGCは「ゲーム」というものを、「アート」のフォームでつくろうとしています。そしてそれは、ただ美しいアートなのではなく、「人間らしさ」という大切な要素を伝えるために制作されているものです。素晴らしいゲームというのは、そこに核となる思想や哲学が必要だと思っています。そしてTGCがこれまでにつくってきたもの、今つくっているもの、そして『Sky』の後につくろうとしているものも、これまでにないスタイルに挑戦しながら、そのメッセージを伝えられるものです。それが、私がこのスタジオを好きな理由です。アーティストにとっては、もしかしたら最も素晴らしい職場のひとつかもしれません。
インタビュー・テキスト:杉山 仁/撮影:SYN.PRODUCT(Kan)/企画・編集:ヒロヤス・カイ/向井 美帆(CREATIVE VILLAGE編集部)