2018年に経済産業省と特許庁が発表した「『デザイン経営』宣言」以降、様々な場所で耳にする機会が増えている「デザイン人材」。デザイナーが職能として持つ問題発見能力や問題解決能力を応用し、様々な事業課題を解決したり価値の創出につなげられる人材のことで、今後求められる人物像として注目されています。
中でも約220名(2022年10月時点)が在籍するデザイン会社・株式会社コンセントでは、「技術マトリクス」という独自の技術習得指標を作成することで、デザイン人材の育成を推進する環境を整えています。
株式会社コンセントの取締役で、デザインマネージャー/サービスデザイナーの大﨑優さんに、技術マトリクス制定のいきさつや、デザイン人材のキャリアをサポートすることへの思いについて聞きました。
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。2004年株式会社アレフ・ゼロ(現株式会社コンセント)に入社し、2015年より株式会社コンセント取締役を務める。企業や行政を対象にデザイン経営支援、事業開発支援、ブランディング支援などを行う。2012年にサービスデザイン事業部を立ち上げ、デザイン人材の育成にも携わる。特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)評議委員。社会人のための“未来の学校体験”「Xデザイン学校(X DESIGN ACADEMY)」アドバイザー・講師(2017年度〜)。コンセント Design Leadershipメンバー。
デザインの対象が拡大し、育成の仕組みも変化させる必要があった
――昨今「デザイン人材」という言葉を聞くようになりました。大﨑さんは、昨今デザイン人材が世の中に求められるようになった背景をどう考えておられますか?
近年、いろいろな業態の境目があいまいになってきていることは大きいと思います。
たとえばメーカーの方であれば、これまではものづくりに力を注ぐことこそが至上命題でしたが、現在はデジタルなサービスや、もともとの事業の意味を拡大する産業やイノベーションを生み出すことも求められるようになってきました。
そうした中で、「無形の概念に対して、何らかの形を与えながら答えを導くこと」は、私たちデザイナーが得意としてきたことのひとつです。
あくまで私の視点では、そうした意味でデザイン人材が求められるようになっていると感じています。
――様々な領域を横断する時代だからこそ、柔軟な発想を持った人材が求められているのですね。そうなると育成/評価の仕方も、従来の方法では上手くいかないかもしれません。
弊社の場合も、その課題にぶつかったことが「技術マトリクス」の作成に繋がりました。
株式会社コンセントは2011年、株式会社アレフ・ゼロと株式会社コンセント(旧)が合併して現在の形になりました。
エディトリアル(紙媒体のデザインワーク)の仕事が中心だったアレフ・ゼロでは、いわゆる徒弟制に近い形で新人教育を行っており、師匠と弟子のような関係性でアートディレクターがデザイナーを指導していました。一方、Webの仕事が中心だった旧コンセントはより流動的な育成方法を取っており、異なる2つの育成への考え方を統合する必要がありました。
紙のデザインを行っていた人材がWebデザインを始める際のリスキリング(再教育)も現場任せになっていましたし、加えて当時は「サービスデザイン」という言葉が出はじめた頃でした。デザインする対象が「体験」や「戦略」のような無形のものにまで広がり、デザイナーの仕事の範囲が拡大すればするほど、ロジカルシンキングといった社会人基礎スキルの必要性も見えてきました。こうした状況においてまだ若いデザイナーを育成するための基準になるものがなく、急ぎその仕組みを整える必要があると感じていました。
たどり着いた「技術マトリクス」とは
――経済産業省と特許庁が発表した「『デザイン経営』宣言」が2018年ですから、みなさんはその随分前から、デザイン人材の育成に向けて動いてらっしゃったのですね。具体的にどのようにデザイン人材育成の仕組みを整えていかれましたか?
2017年に10項目の行動指針を発表し、同時に評価制度の見直しに着手しました。
評価の見直しにあたっては「何のために評価をするのか」というおおもとの部分から再考し、「評価をするのは、企業と人が成長するためだ」という結論に辿り着きました。メンバーがある種評価されようと頑張ることで、「企業」だけでなく、「その人自身」の成長にも繋がるものを目指すことが、私たちの人材評価だと位置づけたのです。
そのため、評価制度でも企業の利益だけでなく、個人としてのやりたいことも重要視しています。
技術マトリクスはこの中で生まれてきたアイデアで、翌2018年に初公開しました。
――「技術マトリクス」についてもう少し詳しく教えてください。
先ほどお話したように「成長するための評価制度」ですから、各メンバーが現在のスキルセットと今後目指すことができる方向性を把握する基準になるものが必要でした。
そこで「技術マトリクス」というデザイン人材のためのスキルマップを開発し、32個の技術項目とそれぞれに対する5段階の水準を示しました。レベル3になったら一人前という基準で、目標としてさらに高いレベルを用意しています。職種ごとに必要な技術項目も定義しています。
当時は「どんな技術を身に付ければいいのか」という混乱がありましたし、紙とWebの領域が分かれていたことで身に付けるべき技術の重要度などが現場の裁量で決まっていた部分もありました。それをある程度、属人性に依らないものとして定義することが目標でした。
――作成にあたり、特に大切にしていたことはありますか?
作成過程で「これが32項目です」と私が独断で決定するのではなく、ボトムアップ的な形で現場からの声を反映させることは特に大切にしていました。それぞれの指標は、現場からあがってきた意見を事業部・職種を横断して集めた4~5名で精査し決定しています。
私たちの業界は変化のスピードが速いこともあり、技術マトリクスは毎年改訂を加えています。だいたい、全体の15~20%ほどは内容が変わります。マトリクスの中で需要が高くなった項目については、もともとの項目を2つに分けて、より詳細な新しい項目を用意することもあります。
また、デザイナーが持つ技術には様々なものがあり、習得の難易度もそれぞれに異なります。
その前提に立ち「それぞれの技術を同列に捉えない」と決めたこともポイントの一つだと思います。そもそも難易度が違うので、それぞれの技術同士は比較対象にはなりません。
――あくまで違うものは違うままで置いておく、ということですね。
はい。そして何より大切なのは、技術マトリクスは、「決して技術を査定するためのものではない」ということです。単純に成長の段階を定義しているだけで、給与とは別のものである、と明示しました。技術の高い人が偉いのではなく、「みんなで育成し合うこと」に重きを置いています。
最初のうちは社内でも理解してくれている人がそこまでいなかったのですが、今ではほとんどの人が理解してくれていると思います。
デザイン人材のサステナビリティをなくさないために
――技術マトリクスに対する社内からの評判はいかがですか?
特に若手の社員が「明確な方針をもらえることで、自分のやりたいことに対しても努力しやすくなった」と言ってくれたことが印象的でした。
私自身がエディトリアルデザイナーとしてキャリアをはじめたので実感として思うのですが、デザインの場合、つくったものがどう評価されるのかがわかりづらい側面があると思います。だからこそ能力を評価する側/される側それぞれに難しい部分がある。ですから、ある程度の基準が用意されていることは、心理的に安心感を与えてくれます。もちろん人によって様々なケースがありますので、技術マトリクスの基準が完全に正しいものとは限りませんが、少なくとも議論を進めたり考えたりするためのきっかけにはなると思います。
また、技術マトリクスは採用や育成、経営戦略にも使うようになりました。その背景から企業の様々な取り組みを連携しやすくなったという声ももらいました。
たとえば採用活動で「こういう人を採用したい」というとき、技術マトリクスを介すことで「こういう技術をもった、このレベル感の人を採用したい」とより明確になります。また社内の人材育成においても、「この技術のレベルを3から4に上げるには、どんな研修があればいいだろう」という議論が自然と生まれています。
組織全体で大きな変化を目指す際の指標としても機能するということは、作成してみて初めてわかったことでした。
――まさに、企業と人の成長を支えるツールになってきているのですね!
公開後も改良を続けたことで、社内ではかなり活用が進んできましたね。
またクライアント企業に向けて独自の技術マトリクス策定をサポートすることも行っています。
中にはデザインに明るくない管理者の方がデザイナーを評価しなければいけない場合も存在しますので、そういった場合はデザイン経験がなくても評価しやすい指標を設けるなど、いくつかのポイントを意識して内容をカスタマイズしています。
――なるほど。デザイン人材の活躍に伴って、そうしたケースはさらに増えるかもしれませんね。
そうですね。それぞれの方がイメージするデザイン人材像があり、事業によっても理想のデザイン人材像は変わりますから、そういった部分を見極めてフィットさせていきます。
ただ同時に、個々の企業に過剰に適応させすぎないということも意識しています。社内外問わずコンセントがつくる技術マトリクスには、業界最適の視点を取り入れています。これは「今いる会社でしか通用しない人材にならないでほしい」=「どこに行っても活躍できる人材になってほしい」という思いからです。
――業界全体を盛り上げていくことが自分たちの財産にもなるという考え方なのですね。
はい。あらゆる企業で通用する基本原則をもたせなければ、デザイン人材としてのサステナビリティがなくなってしまうと思いますので。
社会全体から見れば、デザイン人材と呼ばれるメンバーが約220人在籍しているコンセントは珍しく、多くの企業ではそういった方が数名しかいない状態です。デザイナーは常にマイノリティか、独立の事業者であることが非常に多いのです。そうした方々の活躍の可能性をひらいていくことが、ひいては私たちの会社や業界のパワーとなり、財産となっていくと考えています。
――そこから何か新たなイノベーションが生まれるかもしれない、と。
その通りです。それが5年後の事業の種になっていることだってあると思います。
デザインをひらき、社会を変えていく
――デザイン人材が活躍することで、社会はどんなふうに変わっていくと思われますか?
「みんなが思っていることを形にできる」ことがデザインがもつ本質的な力だと思うのですが、デザイン人材の特徴はそれを「楽しめてしまう」ことだと思っています。そういった本来複雑なものをわかりやすく表現することを楽しめる人材が増えていけば、社会のあらゆるコミュニケーションにいい影響が生まれるのではないでしょうか。
私たちは「デザインでひらく、デザインをひらく」をミッションとしていますが、その根底にあるのは誰もがデザインを生かせるようになる「デザインの民主化」です。
デザイン能力は誰しもが少なからず持っているものだと思うのですが、実際デザイン人材と呼ばれる方は昨今需要に対して圧倒的に不足している状態が続いています。ですから私たちとしては、デザイナーではない方もデザインのノウハウを活用して仕事ができる状況になってくれたら嬉しいですし、技術マトリクスを一般の方に見ていただくことで、そこから何か触発されるようなことがあれば嬉しく思います。
――記事を読んでいる若いデザイン人材の方々にメッセージがあればお願いいたします。
よくキャリアについての相談を受けることがありますが、「自分がどうなりたいか」は大事ではあるものの、正直に言ってわからないしコントロールできるものでもないと思うんです。私自身のこれまでのキャリアを振り返ると、むしろそのときどきに面白く、なおかつ人に役立つことを突き詰めることが、今に繋がったような感覚があります。ですから、自分が何者であるかは点検しつつ、ネガティブにならずに目標を持って日々を送ることができれば、きっとみなさんそれぞれの成功の形にたどり着けるのではないでしょうか。
私が技術マトリクスを作る過程では、苦しい思いをしたこともありましたが「なるほど、Aの能力をもった人がBの能力を身に付ければ、こういう成長のしかたもできるな!」と発見する楽しみがありました。願わくば技術マトリクスを使う方にも、そういった発見をしながら自身のキャリアをデザインすることを楽しんでもらえたらと思います。
デザインがもつ意義と可能性を探求し続け、挑戦し、成長したい方へ
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