日本のみならず、各国で絶大な人気を誇るスマートフォン向けRPG『Fate/Grand Order』。今回はFGO PROJECTクリエイティブプロデューサーを務める塩川洋介さんにお話しを伺いました。塩川さんは気鋭のゲームクリエイターである傍ら、各地で講演を行い、大学の客員教授でもいらっしゃいます。ものづくりとクリエイター育成に懸ける思いを語っていただきました。

塩川 洋介(しおかわ・ようすけ)
2000年にスクウェア入社。2009年にSQUARE ENIX, INC.(北米)へ出向。スクウェア・エニックス・ホールディングス、Tokyo RPG Factoryを経て、2016年より現職。ゲームデザイナーやディレクターとして『KINGDOM HEARTS』『KINGDOM HEARTS II』『DISSIDIA FINAL FANTASY』『MURDERED 魂の呼ぶ声』『いけにえと雪のセツナ』『Fate/Grand Order』『Fate/Grand Order VR feat.マシュ・キリエライト』『Fate/Grand Order Arcade』『Fate/Grand Order Gutentag Omen』『Fate/Grand Order Gutentag Omen Adios』などのタイトルに携わる。監訳書に『「レベルアップ」のゲームデザイン』『「タッチパネル」のゲームデザイン』『おもしろいゲームシナリオの作り方』がある。2018年4月、大阪成蹊大学 芸術学部の客員教授に就任。

学生時代、将来を決めたひとこと

――ゲーム業界との最初の接点はどこだったのでしょうか。

高校卒業後、私は専門学校でシナリオライティングを勉強していたのですが、カリキュラムの一環としてゲームの企画書を作ろうという授業があったんですね。その授業がすごく楽しくて、それまでは、ただ漠然と「物語を創る仕事がしたい」という気持ちだけがあって、ゲームは子供の頃に少し遊んでいたものの、当時は映画やテレビドラマに夢中でした。でも、ゲーム作りに物語は必要不可欠なものだと知って、非常に感動を覚えたというのがきっかけでゲーム業界を目指そうと決めました。

――当時のことは覚えていますか。

もちろんです。たった数ページの企画書を作るのに、こんな細かいところまで考えを巡らせなくてはならないんだと驚きましたし、すごく好奇心を刺激されました。

特に心に残っているのが当時の先生が仰った、「船の帆を調整するロープひとつとっても色々な結び方があって、それぞれにちゃんと意味がある。ゲームもそういう風に作られているんだよ」という言葉です。

つまり、ゲーム開発という長い航海に出るなら、ロープの結び目に至るまで考え抜かなくてはいけない、と。この教えは今も大事にしています。

――実際にゲーム制作に携わったのはいつでしょうか。

在学中にあるゲーム会社から声を掛けていただいて、インターンのような形でゲーム制作を手伝うようになりました。と言っても、何もかもが初めてで、当時の私が出来ることはほとんどなかったんですけどね(笑)。

だからもう、見よう見まねで必死に仕事を覚えました。シナリオスクリプトはもちろん、仕様書、絵コンテからカメラ演出の調整、社外向けの企画書まで、先輩に叱られながらとにかくガムシャラに挑戦しました。

何をやっていいのかわからなかったから、かえって何でもやってやるという気持ちになれたというか。デバッグ作業もやりましたし、グラフィックデータも編集していました。あの時に、ゲーム作りの基礎の基礎を叩き込まれた気がします。

――現場に揉まれながら経験を積んでいったと。

そうですね。大変だったけど、若い内に様々な現場作業を知ることができたのは良かったと思います。ただ、シナリオを作る仕事を求めてゲーム業界に来たのはいいけど、まだアシスタントだったのでシナリオを任せてもらえるようなチャンスはなかなか巡ってこなくて。その間は別のアルバイトでゲームシナリオ制作の仕事をひっそりやっていました。

作り手の実力が問われる市場に

――塩川さんにとって大きな転機となったのが『Fate/Grand Order』だったと思いますが、現在のゲームアプリ市場をどのように見ていらっしゃいますか。

ここ数年で有力なタイトルが随分増えましたし、求められるクオリティもどんどん高くなってきています。市場での競争も激しさを増す一方ですが、この状況を私はむしろ大きなチャンスだと思っています。

良質なゲームがひしめき合っている状況というのは、言い換えれば生半可なクリエイティブでは歯が立たない厳しい世界であり、企業もクリエイターも“本物”だけが生き残っていける市場だとも言えます。質で勝負できる市場だからこそ、私たちディライトワークスにも十分勝機がある。だからこれはチャンスなんです。

――作り手の実力が問われるようになった。

そうです。インディータイトルも、数年前まではプラットフォーマーに目を掛けてもらえ、フィーチャーしてもらえるだけである程度注目をあびてヒットするというような状況もありました。

ところが、今では世界中に目の肥えたユーザーがいて、プラットフォーマーにおされているだけでは通用しない、本物しか戦えない市場へと変わってきました。インディーゲームの中にも小規模開発とは思えないくらい高品質なゲームがたくさんあるんですよね。

どの市場でも行き着くさきは、何よりもまず“面白いゲーム”であることが大事で、そうでなければ個人も企業も土俵に立つことすらできない、それがゲーム市場のサイクルの常だと思いますし、現在の日本のスマートフォンマーケットなんだと思います。成熟市場は決して楽な環境ではありませんが、だからこそ私たちも“本物”であるために一層努力できるし、実力のあるクリエイターと一緒にゲームを創ることで、成長や育成にも繋がります。

――定番や勝ちパターンがもう通用しなくなってきているのですね。

だからこそクリエイターの腕の見せ所だと思います。チャレンジあるのみです。

――今年4月にはFGO PROJECTクリエイティブプロデューサーに就任されました。これも大きな挑戦だったのではないでしょうか。

FGO PROJECTにはこれまでいくつかの節目がありました。最初の節目は2016年12月の第1部完結。次が2017年年末の第1.5部全4篇の物語「Epic of Remnant」の完結。そして、第2部「Cosmos in the Lostbelt」が今年4月に配信を開始し、プロジェクトは新しいフェーズに突入しました。

そして、始まりがあれば、いつか終わりがきます。では、第2部をどのような終わり方で完結させるべきか。第1部と第1.5部はそれまでの延長線上にありましたが、第2部は今までとは少し違う景色を皆さんにお届けしたいと思ったんです。そのためにはもっと多様で中長期的な取り組みが必要だと考え、クリエイティブディレクターからクリエイティブプロデューサーへ自らのポジションを変更することを提案しました。

――5月の就任説明会では「ゲーム外を制する者が、ゲームを制す」というキーワードを挙げていらっしゃいましたね。

ゲーム市場の成熟によって“本物”だけが生き残る時代になったと言いましたが、それは良いゲームを作っていれば大丈夫という意味ではないんです。長期的な運営、例えばこれから数年先を視野に入れるなら、ゲームはジャンルやハード、デジタルとリアル、そういったあらゆる垣根を越えていかなくてはいけない。それが、ゲームというエンターテインメントが生存し続けるための戦略だと考えています。

ゲームを色々な分野へ越境させて、もっと多様で多軸的な面白さを提案していきたいんですね。

――確かに最近はマーチャンダイジング、VR、リアルイベントなどジャンル横断的な展開が注目されています。

グッズも精巧なキャラクターフィギュアから鉛筆まで幅広く展開していますが、そうした商品だけを作っていきたいのではなく、私は「マスター」になるきっかけを色々な形で表現したいと思っています。

「マスター」は英霊達に命令を下す立場の人で、プレイヤー自身でもあります。これまで『FGO』でユーザーが「マスター」になるという体験は基本的にはスマートフォンの中の出来事でした。もちろん、長大なストーリーと戦略的なバトルシステムは他のタイトルにも決して引けを取らないという自負はあります。

ですが、あえてスマートフォンから飛び出して、より豊かな「マスター」体験を楽しんでもらえるようにしたい。現在(取材当時)も都内のゲームセンターではアーケードゲームの『Fate/Grand Order Arcade』のロケテストを実施中ですが、キャラクターが3Dで躍動する姿はスマートフォンとはまた異なる「マスター」体験です。皆さんの「マスター」体験をバラエティ豊かなものにしていくことがクリエイティブプロデューサーとしてのミッションだと思っています。

こういった同一作品の横展開は認知向上とか顧客数拡大というようなマーケティング的な側面から見られがちですが、「FGO PROJECT」の根底には新たな「マスター」体験の創造、いわばマスター指数向上計画があります。新たな展開に向けて準備を進めていますので、ぜひ楽しみに待っていて下さい。

ディライトワークスに社内政治は無い

――塩川さんから見て、ディライトワークスはどのような会社ですか。

“面白いゲーム”を創るということへのこだわりとアイデンティティを持っている会社ですね。ディライトワークスは2014年設立です。ゲームアプリ市場が爆発的に成長した2012年以降、新規参入してきた会社は少なくありませんが、利益だけを目的にゲーム開発に参入した事業者は今では軒並み撤退してしまいました。

人気のタイトルでさえ順調に利益を生み出し続けるのは難しい業界ですから、ただ“稼ぐ”だけでは続かなかったのかもしれません。裏側でクリエイター一人一人の試行錯誤があるから、ゲームはアップデートし続けることができるのだと思います。

弊社代表の庄司がよく口にしているのは、「ディライトワークスは、クリエイターが最終的に集う場所でありたい」という理想像ですね。10年経っても、20年経っても、ディライトワークスは良いゲームを作り続ける会社として生きていたい。当たり前のようですが、とても大事なことだと思います。決して簡単ではありませんが。

――では、ディライトワークスのクリエイターはどのような方が多いのでしょう。

いかにも急成長したベンチャー企業のように見えるかもしれませんが、意外にも職人気質のクリエイターが多くいます。こだわりを持って、地道にやるのが好きというか。若い方はなかなか想像がつかないかもしれませんが、情熱がゲームを創る原動力となっていた、あの古き良き時代の雰囲気を受け継いでいるところがあります。

――わかるような気がします。「もっと面白いゲームを作ってやろう」という気持ちが先になって動ける感じですよね(笑)。

まさにそれです(笑)。大手のゲーム会社は何事も大規模で、そこにダイナミックさを感じこともできるとは思いますが、ものづくり以外の業務も案外多いんですよ。現場を長く経験したベテランクリエイターほど役職に就いて、人事評価とか社内調整とかやるようになって、ゲーム創りの現場からどんどん離れていってしまう。組織だから仕方がないとはいえ、本当にやりたいことではないことで自分の周囲が埋まっていくのは、やっぱり心から楽しいとは思えないと思うんですよね。

ディライトワークスで働く人も今や300人を超えるまで増え、マネジメント職の人もいます。しかし、クリエイター全員に期待することは「面白いゲームを創る」、ただその一点です。

何事もものづくりを起点にして考える会社ですから、クリエイターが自身の才能とスキルを最大限発揮できる環境が整っていますし、だからこそ、ディライトワークスに社内政治はありません。全ては実力勝負であり、政治で優位に立てることはないからです。

将来、ディライトワークスがどれほど大きな会社に成長しても、ここは決して揺るがないところだと思います。

クリエイター育成に力を入れる本当の理由

――ディライトワークスは個性的なオフィスも魅力のひとつです。

ありがとうございます。でも、オシャレなオフィスを作ろうとしたわけではなくて、クリエイターの働きやすさ、生産性の向上を考えた結果、こういうデザインになりました。設備も機材もハイスペックで高品質なものを用意するようにしています。それは、贅沢じゃなくて生産性への投資だと思うので。ここのボードゲームカフェもそうです。

じつは、このボードゲームカフェは休憩のための設備ではないんですよ。ボードゲームは将棋やチェスなどに通ずる遊びの原形でもあるということで、それを体験するための場としても設けられました。ディライトワークスは“面白いゲーム”創りにコミットしている会社ですから、ゲームへの愛情とリスペクトを表現する目的もあります。

社員の間でも好評で、仕事が終わった後に皆でテーブルを囲んでプレイしているのをよく目にします。今のところは社員専用の設備として運営していますが、ボードゲームをテーマにしたイベントを開いて、他社のゲームクリエイターとも交流を図ってもいます。ディライトワークスの“ゲーム愛”を発信できる場になればと思っています。

――塩川さんご自身も、イベントやセミナーで度々ご登壇されています。今年3月には大阪成蹊大学 芸術学部の客員教授にも就任されました。クリエイターの育成についてはどのようなお考えをお持ちですか。

私が人材育成に力を入れる理由のひとつは恩返しをしたいという思いからです。

専門学校で先生から良い気付きをいただいたからこそ、私はゲームクリエイターの道を選ぶことができました。同じように、学校での気付きや出会いをきっかけにゲームクリエイターを目指す人が一人でも増えてくれたらいいなと、心からそう願っています。

クリエイターの育成は業界全体の活性化にも繋がりますし、何よりも、私が子供の頃に楽しいゲームをたくさん創ってくださったゲームクリエイターの方々から渡されたバトンを、次の世代へきちんと手渡していくことが、私たちの使命だとも考えています。

それにもうひとつ、大きな理由があって、以前私は4年半ほどアメリカのゲームスタジオで働いていたことがあるのですが、アメリカのゲーム業界における教育体制は日本よりずっと進んでいて、非常に驚かされました。

多くの大学でゲーム研究者がいて、文献も資料もずらりと揃っている。ゲームクリエイターになるためのカリキュラムもしっかり組まれていて、企業と近隣の学校とも交流が盛んで、産学が連携することで生徒が幅広い知識を身につけられるようになっていました。若い才能を育てて花開かせるための環境がきちんと整備されているんです。

一方、日本では、「背中を見て学べ」「目で盗め」ということがよく言われます。例えばディレクターに就任した人が、必要な知識を得たいと思ってもそこに必要な教材がない。アメリカでのすごく前の研究論文が、最近になってようやく日本語に翻訳されたりもするくらいです。率直に言って、人材育成の観点において日本のゲーム業界が改善すべき点は少なくないと思っています。

――なるほど。学生と接する機会も多いと思いますが、何か気付いた点や気になっているところはありますか。

皆、すごく真面目で努力家です。ただ、カリキュラムがまだ行き届いていないせいか、ゲーム業界への職業観があやふやなところがあります。

よく質問で挙がるのが「プランナーになるにはどうすればいいですか」「何年くらいでディレクターになれますか」というような、特定の職種に就くためのノウハウに関する疑問です。でも、それは会社によって様々ですし、ゲームを作る仕事をしたいのであって、プランナーやディレクターという肩書きをもらうのが目的ではないはずなんですけどね。

それに、職業としてゲームクリエイターを選択するのですから、どういう働き方をしたいのか、どんなライフスタイルを築いていきたいか、という視点も持つべきだと思います。

日本のクリエイターは時には残業を重ねながら真面目にコツコツやっていますが、欧米のクリエイターはキッチリ定時で仕事を切り上げて、週末もしっかり休みながら、それでも世界中で最高評価がもらえるタイトルを次々に生み出している。正直、この違いに危機感を覚えました。

日本は、ゲームクリエイターとして必要な基礎的な知識や教養を得る環境が全然足りていないのだと思います。だから、スキルの習得にも時間がかかるし、生産性もなかなか上がらない。でも、それは学生の質ではなく、教育の質の違いによるものだと思うんです。これまで色々なところで講演する機会をいただいたり、ゲームデザインとゲームシナリオに関する初学者向けの洋書3冊の監訳を行いました。すべては若いクリエイターに学んでほしい知識を体系的に得られるようにという思いからです。

私のように、日本とアメリカの両方でディレクターを務めた人はきっとあまりいないと思います。だからこそ、最先端、最前線で培ってきた知見を伝え、広めていくことも、ゲーム創りと同じくらい重要なミッションだと考えています。

――塩川さんがゲームクリエイターに求めるマインド、スキルについて教えて下さい。

一番はいつも謙虚でいることです。ゲーム作りはチームワークですから、どんな相手にもリスペクトを示せるマインドが必要だと思います。

そして、もうひとつ、これは特に私がこだわっているところですが、何事にも挑戦していく姿勢です。仕事で何か課題があったとき、今自分が備えているスキルでどうにかしようと考えがちですが、それは挑戦の真逆へ走ってしまっている。そうではなくて、もっと未来志向で、去年の自分より今の自分、今の自分より来年の自分の方が成長していると、考えてみてはどうでしょうか。

何歳だろうと、どんなキャリアパスを経ていようと、挑み続ける限り、人は成長するものです。今自分に不足している点があったとしても、それを理由にあきらめてしまうなんて本当に勿体ない。未来に向けて今の自分に必要な力はなんだろう、どうすれば手に入れられるだろうと、自分で自分に期待してあげることが大切だと思います。

――では最後に、塩川さんとディライトワークスのこれから、展望をお聞かせ下さい。

ディライトワークスは『FGO』の企画・開発・運営会社として知られているかと思いますが、作品の世界観をゲームの外側へ押し広げていくような活動にも更に力を注いでいこうとしています。また、他のゲーム会社や周辺業界と手を取り合って、パブリッシャーとしてのポジションも強化していきたいと思っています。

行く先に宝物や楽園があるとは限りませんが、できるかぎり長く、遠くへ航海を続けていけるように考えていますので、私たちと一緒に“乗船”したいという人がいてくれたら、とても嬉しいです。

現在、社内の開発ラインには大小10本以上のタイトルが進行しています。その中には昨年10月に発表したオリジナルの新規プロジェクトも含まれています。

ファンの皆さんにきっと喜んでいただける展開を準備していますので、もうしばらく、楽しみに待っていてください。

インタビュー:原 孝則(Pick UPs!)/テキスト:神谷美恵(Pick UPs!)/撮影:SYN.product/編集:CREATIVE VILLAGE編集部

企業プロフィール


“ただ純粋に、面白いゲームを創ろう。”という企業理念のもと、ゲームの企画・開発・運営を行う同社がこれまでに手がけたタイトルは、「Fate/Grand Order」「Fate/Grand Order VR feat.マシュ・キリエライト」「Fate/Grand Order Arcade」などがあり、新規プロジェクトも進行している。
2014年創業、現在の従業員数は300名超。社内に社員向けのボードゲームカフェを設置するなど、クリエイターが“面白いゲーム”を創り続けるための環境・文化づくりに積極的に取り組む。