ここ数年、ゲーム業界で需要が高まっている“テクニカルアーティスト”(通称TA)という職種をご存知ですか? 業務の効率化を図るために技術検証やツール開発をしたり、新しい表現に挑戦するためにワークフローやデータを整理したりする、いわば“縁の下の力持ち”的な役割を担う人です。
スマイルテクノロジーユナイテッドの高橋涼さんは、学生時代からゲームプログラマーとしてキャリアをスタートし、今までの知識やスキルで業界に貢献したいという思いで起業しました。現在では様々な企業のゲーム開発においてテクニカルアーティストの人材を提供したり、育成にも力を入れています。
今回はクリーク·アンド·リバー社のゲーム事業部エージェント佐藤浩平が、テクニカルアーティストが担う業務がどんなものなのか、そして業界から求められているニーズや課題、業界における将来性などについて、高橋さんに伺いました。
1976年新潟生まれ。1994年よりコンピューターグラフィックスを学び始め、CG製作会社・ゲーム開発会社において各種アプリケーションのプラグイン開発、CG製作、及びテクニカルサポート等の業務に携わる。
株式会社デジタルメディアラボ(1996〜)、株式会社バンダイナムコゲームス(2000〜)、株式会社ドワンゴ(2012〜)を経て2013年に独立。
2005年、Alias MayaMasters受賞。2009年、CEDECにて「バンダイナムコゲームスにおけるアセット管理・コンテントパイプラインに関する取り組み」講演。2015年、CEDECにて「Technical Artist Bootcamp 2015 vol.2 Pythonを中心としたチーム開発−個の力を組織の力に」講演。2016年、CEDECにて「Technical Artist Bootcamp 2016 vol.2 続・Pythonを中心としたチーム開発」講演。同年ダイキン工業株式会社にて「Pythonを中心としたチーム開発(実践編)」講演。
業界で注目を集める“テクニカルアーティスト”とは?
佐藤 高橋さんご自身もテクニカルアーティストとしてご活躍されているこのポジションは、年々その重要性が高まってきていますが、どんな実務を行う職種なのでしょうか?
高橋 端的に言うと、デザイナーとエンジニアの橋渡し役で、主に業務の効率化を図るためのツールを開発・導入したり、ワークフローを構築したりなどの役割を担います。
また、タイプによっても実務にやや違いがあって、元々アーティストだった人がテクニカルアーティストになるというケースもあれば、私のようにプログラマーのほうからTAになる人もいるんですね。アーティストからTAになる方というのはMayaとかのツールやフレームワークの知識に長けていて、現場で必要となるリスク検証を少人数で短期間で行うという仕事をされる方が多いです。
一方でプログラムを得意とするタイプの方は、技術検証のほか、プログラミングでツール開発ができるので、それによって既存のアプリケーションでは実現できない表現や手法を可能にするという役割がある。大きくはその2つと言えると思います。
佐藤 会社やプロジェクトによっても求められる業務範疇が微妙に変わることもありますよね。
高橋 そうですね。弊社の場合でお話しすると、うちのTAはもうちょっと幅広く業務を担っていて、3Dアニメーションのセットアップを行うリガーもおります。キャラクターを動かす時に、直感的に腕をふるとか足を動かすとかをできるようにデータを整理する、TAのなかでも専門性の高い仕事です。
共通して言えるのは、TAという人たちは特に柔軟性が求められる仕事だということですね。
佐藤 高橋さんご自身はどういう経緯でテクニカルアーティストになられたんですか?
高橋 映画を見るのが好きで、「ターミネーター」とか「バック・トゥ・ザ・フューチャー」などCGが使われた作品をよく好んで見てました。そのうち漠然と映画に関わる仕事がしたいと思うようになり、CGに興味を抱くようになって、専門学校に入りました。ひたすらプログラミングをしていましたね。
佐藤 卒業後はどんな会社に就職されたんですか?
高橋 ゲーム会社に入りました。当時はプレイステーションとかセガサターンなどで2Dから3Dのゲームが展開されるようになってきた過渡期で。入ると、3DCGのプログラミング知識のある自分は重宝されましたね。仕事をするのがすごく楽しかった。
しかし、1年たった頃、給料が支払われなくなってしまい、退職を余儀なくされました。
それで次に映像制作会社に転職してツールプログラマーとして4年間携わったのち、ナムコ(現・バンダイナムコ)に転職しました。
佐藤 本来目指していた映像業界に行かれた後、またゲーム業界に戻られたんですね。
高橋 やっぱりゲーム業界のほうが自分には合ってるのかなと、4年間でいろいろ考えて辞めました。
ナムコにはトータル12年おりまして、ここで働いて影響を受けたことが、のちに起業するきっかけになりました。ナムコは業界の中でも割と先駆的で、私自身も新しもの好きということもあり、うまが合いましたね。
ツールプログラマーの経験を活かしTAとしてポジションを築いたナムコ時代
佐藤 ナムコ時代のどんな経験が、テクニカルアーティストとして、また起業もして活躍される今の高橋さんにつながっているんでしょう?
高橋 仕事の過程でいろんな課題点を見出した、その積み重ねを経て今日に至る、という感じです。
ツールプログラマーとして入社しましたが、当時はまだ少数でした。
1プロジェクトあたり1~2名程度でしたが、その後、社内に集結させて部署化するという新たな取り組みができました。私は自分のチームを持ち、これまでプロジェクトごとに開発していたツールを社内共通のものにすべく、開発に奮闘しました。
佐藤 なるほど。プロジェクトごとにツールを開発していると、結局は各担当でないとわからない、と属人化されてしまって、効率が悪いですよね。
高橋 でも実際に取り掛かってみると、ソフトウェアがどんどん複雑になっていく(笑)。
さらにそれを複数のチームで開発していくので、チーム運営の難しさを実感しましたね。
一人ひとりのスキルがまちまちにならないように、プログラミング言語を統一してレベルの底上げと統一を図らないといけないな…とか、いろいろと試行錯誤しました。
そこで着目したのがPythonで、今はPythonを利用していかに円滑にプロジェクトを進行するかということに注力しています。
プロジェクトや会社規模にとどまらず、世界規模での共通ツールの開発を目指して起業へ
佐藤 Pythonを活用することで、具体的にどんな改善を図れるのかについては、4月に弊社にて開催される勉強会で詳しく披露していただく予定で、どんなイノベーティブな話がきけるのかなと思うとすごく楽しみです。
それにしても、ナムコさんで手掛けられてきたことって当時としてはかなり先端をいっていますよね?
高橋 そうですね。CG映像の制作もなかば研究開発しているようなところがあって。そういう社風のもとで、新しもの好きな自分としては、いろいろと経験させてもらいましたね。最初は自分が一緒に仕事をするメンバー2~3人が幸せになればそれでいい、ただゲーム開発プロジェクトが上手く回ればいいと思っていました。
その後、会社が開発ツールを共有化することで全体の開発効率、クオリティ向上を目指すという方針を掲げ、体制が作られた。で、一生懸命社内の共通ツールを作るんですけど、それも結局、これから使用する人に教えないと使えないものだったりするんですね。ゲーム開発がどんどんアジアなどの海外にシフトされていく中で、開発に取り掛かる前に学習期間が必要となると、時間もコストももったいない。
もっと万人に開かれたツールにすれば、さらに効率よく仕事ができるんじゃないか、例えばUnrealEngineのような世界共通のものを作ったらいいんじゃないかと考え始めたんですね。
これからはナムコ時代に培った経験を、外に向けて発信していきたい。ゲーム開発に携わるあらゆる人を“笑顔”にしていきたい。そういう想いで「スマイルテクノロジーユナイテッド」という会社を立ち上げました。
佐藤 なるほど。プロジェクトや企業規模にとどまらず、グローバルに視野を広げていらっしゃるんですね。たしかに、開発は今やどんどんアジア諸国等に流れていっていますからね。あらゆる人がプロジェクトですぐにパフォーマンスを発揮できたほうが、断然コスト削減につながりますよね。
高橋 そうですね。今後どんどんゲーム開発において国内のスタジオで行う業務が初期のプロトタイプ作りだけになっていくという気がしてるんですよ。そうすると国内でゲーム開発する人は全員TAみたいな状況になる時代が来るかもしれないし、デザイナーという職種はなくなる可能性すらあるんじゃないかなという危機感も感じています。
佐藤 海外のほうが開発にスピード感ありますし、AIが台頭してきたら本当にそういう時代が来そうですね。
高橋 来ますよ。だから興味あるなしに関係なく、危機感を持ってそういった学習をしないといけなくなるかもしれませんよ。
現場では“神”と崇められる!?縁の下の力持ち
佐藤 例えば今プログラマーとかデザイナーで仕事をしていてちょっと迷いを感じている人とか、TAにキャリアシフトをするのもありかもしれないですね。
高橋 そうですね。あとは物事をきちんと丁寧に分解できる人は向いていると思います。問題となった原因をきちんと把握して解決策を自分で考えないといけないので。
佐藤 じゃあ、ぜひとも4月開催の勉強会は多くの方に関心をもって参加いただきたいですよね!
この仕事って縁の下の力持ち的な立場だと思うんですが、高橋さんご自身はどういうところにやりがいを見出していますか?
高橋 難しいですね。この仕事は自分がやりたいことより、求められることを提供してあげて、提供者が喜ぶ姿を見て達成感を得る、という点にやりがいを感じられたら、この仕事の面白さを実感できるのではないでしょうか。それと、新しい技術や情報に常にアンテナを立てておくことも大事です。
利用価値が高いと思ったらいち早く導入して、それで喜ばれると嬉しさも倍増しますね。
佐藤 現場からよく「ありがとう」と感謝されますよね?TAって“神”扱いされません?
高橋 されますね(笑)。でも弊社では決して奢ることのないように指導しています。そこで満足してしまっていては向上心もなくなってしまいますからね。
弊社にはこれまで開発部という部署でさまざまなサポートを提供してきましたが、今後、さらなる開発環境を目指して「情報システム部」を今期立ち上げたところなんです。
開発部は引き続きゲーム開発プロジェクトメンバーとしてツール開発やワークフロー整備に注力していくのですが、さらに広く開発環境の改善ということで情報システム部ではインフラのサポートもしていく予定です。弊社の情報システム部は社内外のサポートをしていく部門になります。
佐藤 インフラまでカバーするTAってなかなかないですよ。それでいて人手が足りないという。
高橋 そうです。うちでもずっとTA募集してますけど集まらなくて(笑)。でもうちだけに限らずどこの企業さんも募集かけてもなかなか来ないと嘆いてますね。
なので、今は社内で一からTAを育てていこうという取り組みを始めようと思っているところです。
そして、TAたちのスキルの底上げのために、学ぶ場だけでなくコミュニティを作って横のつながりを強化して、業界の活性化に役立ちたいなと思います。
佐藤 ますます業界に貢献していかれ、業界全体を盛り上げていきそうですね。本日はありがとうございました。
会社プロフィール
ますます大規模になっていくゲーム開発・映像制作は、更なる効率化が求められています。クリエイティブな業務の多くは単純な繰り返し作業になりがちです。本来クリエイターが達成すべき目標や成果は、創造性を最大限に発揮したものであるべきです。
データの整合性のための修正やチューニングのための単純作業など、ソフトウェア開発によって解決できる課題は各社様共通にお持ちではないでしょうか?ソフトウェアの開発を用いて正しく業務改善を行い、健全な創造活動を遂行するお手伝いをさせていただくことが私達の使命と考えています。
■ 社名 :スマイルテクノロジーユナイテッド株式会社
■ 所在地 :神奈川県横浜市西区平沼1丁目40−9 パークハイツ横浜 917号室
■ 設立 :2014年2月4日
■ 代表者 :代表取締役社長 高橋涼
■ 事業内容:コンピュータソフトウェアの企画・設計・開発及び販売、保守並びに顧客へのサポート業務
コンピュータソフトウェア開発に関する調査及びコンサルタント業務
ゲーム、映像、音楽等のコンテンツの企画・制作・販売
インターネット等のネットワークを利用したシステムの企画・設計・開発・運用・販売及び保守
■ URL:http://www.stu-inc.com/
インタビュー・テキスト:上野 真由香/撮影:SYN.product YUICHI TAJIMA