株式会社ディー・エヌ・エー(以下DeNA)の第5回目は、デザイナーの松岡苑子(まつおか・そのこ)さんです。入社2年目に、大規模イベント「日比谷音楽祭」プロジェクトの専用アプリ制作に上流工程から参画しました。音楽祭というリアルな場を通してユーザーにどのようなDelightを提供できたのでしょうか。
「日比谷音楽祭」は、音楽プロデューサーの亀田誠治さんが実行委員長となって、『フリーで誰もが参加できる、ボーダレスな音楽祭』をコンセプトに開催されました。「日比谷音楽祭」のデザインを担当されていた有限会社nendoとDeNAが次世代の「モノづくり」をすることを目的に業務提携する話が進められていたこともあり、協働プロジェクト第一弾として公式アプリの開発をDeNAが担当することになりました。私はデザイナーとしてアプリの企画からUI/UXまで担当させていただきました。ステークホルダーが多く限られた時間の中で、デザイナーが上流から入ることで貢献できたこと、プロジェクトを通して学んだことをお話します。
アプリをイベントに参加するお客様にとって欠かせないものにする
「日比谷音楽祭」プロジェクトは、発起人であり実行委員長の亀田さん、デザインオフィスのnendo、イベント会社のTHE FOREST、公園協会によって、1年以上前から企画が進められていました。その中で、音楽の裾野をひろげたい・都会の公園でのんびり過ごし魅力に気づいてもらいたいという想いから、公式「おさんぽアプリ」を制作することが決定。アプリ開発のノウハウがあるDeNAにオファーがありました。
私は以前からnendoさんのファンであることを社内で公言していたのですが、それを上長が覚えていてプロジェクトにアサインされました。
キックオフから納期までは約6カ月間。最初の2カ月間は、PdM含む社内メンバーで週数回のミーティングをしながら、2週間に1度はnendoさんやTHE FORESTさんともミーティングを行い彼らが実現したい世界観を聞きながら企画を立てていきました。
お話をいただいた当初は、スタンプラリーのように会場である日比谷公園内に隠されている楽器の音を集めると曲が完成するという企画でした。しかし、これまで数多くのアプリを制作してきた経験から、DeNAとしてはスタンプラリーだけではアプリをダウンロードする動機として弱いと感じました。そこで、お客様が音楽祭に参加するために欠かせないチケット抽選の機能の追加や当日ライブ感をもってイベントを楽しんでもらうために会場内の状況をプッシュ通知を通してお知らせすることなどを提案しました。
ステークホルダーが作りたい世界観を話し合う段階から参加したことで、そこで出たアイデアをすぐ形にして見せることも出来ましたし、機能として採用するかの議論も行えたので企画上流から入っていて良かったと強く思いました。
主催者の想いを叶え、お客様のDelightに繋げる
『フリーで誰もが参加できる、ボーダレスな音楽祭』というコンセプトにもある通り亀田さんをはじめとする実行委員会の方々には
「お目当てのアーティストのライブしか参加出来ないイベントにはしたくない」
「AさんのファンにもBさんのよさを知ってほしい」
「日比谷公園という場所を楽しんでもらいたい」
といった想いがありました。
普段は通らないようなところまで公園内を歩いてもらうことで新しい音楽やアーティストとの出会いを生み出すきっかけを作るスタンプラリーは主催者の想いがつまった企画でした。その想いをアプリという形にしてお客様に届けられて嬉しかったです。
また、DeNAが提案したチケット抽選機能は、事前と当日の2回の抽選を行えるようにしました。事前抽選で当選したもののどうしても当日来ることができなくなってしまったという方を想定して、当日引き替えがされなかったチケットの数をリアルタイムで確認し、アプリ限定の当日抽選の当選数に回せる仕様にしたことで紙のチケットではできない柔軟な対応ができました。これは「より多くの人に楽しんでもらいたい」という主催者側の想いを叶えられただけでなく、転売防止などの課題解決にも繋がり、お客様にとってもチケットを手に入れられる機会が増え、多方面でのDelightに繋げることが出来ました。
チケット抽選機能はUIにもこだわりました。
当初、公演内容→注意事項のチェック→枚数選択を行うと自動で確認画面へ遷移する案(画像1)がミーティング中に出ました。
この案に対して、私は公演内容→枚数選択→注意事項チェック→決定をした後に手動で確認画面へ遷移するほうがいいと提案しました。(画像2)
なぜなら、思考(=枚数選択)と行動(=決定ボタンを押す)が切り離され、かつ行動(ボタン)は同じ位置に固定されているほうがお客様が操作しやすいからです。
また、画像2案では、ファーストビューで枚数選択のラジオボタンがあることを確認でき「この画面ではチケット抽選をすることができる」ことがわかります。
小さいことのようですが、これはメインコンテンツがスタンプラリーの「ゲーム」であるこのアプリにおいて、この画面はチケット抽選の役割を持つ「機能」であると直感的に理解できるかどうかというのは重要なことだと考えました。
クリック数が少なくて済むのは画像1の案でしたが、実際に両方の画面を遷移できる形でつくり、上記のことを触りながら説明したことで理解が進み、本来の目的を達成するために私の案が採用されました。
ステークホルダーの橋渡しをデザインする
「日比谷音楽祭」プロジェクトでは、それぞれの領域のプロが集まり、それぞれの視点で意見を持つ中、ひとつの形にするということが大変でした。「おさんぽアプリ」内のスタンプラリー機能の制作でいうと、亀田さんとアーティストが楽器音を録音し、nendoさんがキャラクターのアニメーションをつくり、それをDeNAがアプリ上で合わせます
DeNAがジョインする前から、ウェブサイトやグラフィックの制作が進められ、デザインのトーンや素材の形式はすでに決まっていたので、アニメーションなどのデザイン素材をエンジニアが実装できる適切な形に変換する必要がありました。
nendoさんには、まずアプリの画面がどのように遷移して、アニメーションをどこで使うかを図表で説明しました。(画像3)
さらに、指定範囲内にキャラクターの動作が納まるようにアニメーションを作成してくださいと余白の大きさと余白を含めたキャラクターの比率を指定しました。(画像4)
キャラクターの余白が大きすぎると他のキャラクターと被ってしまい、タップする範囲が判定できなくなるからです。各キャラクターの縦横の比率と縮尺、それを画面上に配置するx,y座標を確定しないと実装が進められない・後から変更できないというのも理由です。
nendoさんとDeNAでは同じデザインの仕事でもやってきたことが違ったので、どこまでは齟齬がなく、どこからは説明が必要なのか判断するためにひとつひとつ確認し、理解を深めていきました。外部のデザイナーと仕事をするのは初めてでしたが、画像に落としてアウトプットイメージを共有することでnendoさんとエンジニアの橋渡しがうまくできたと思います。
イベント総合デザインに学ぶ、統一した世界観のつくり方
指定のカラーチャートに合わせて制作したアプリを、nendoさんにチェックしてもらう機会がありました。色調整のフィードバックを細かく丁寧にもらったのですが、当日会場を訪れてその意味を理解しました。会場内装飾やフードチケット、参加者リストバンドといった制作物とアプリのトーンが一致しており、アプリにも「日比谷音楽祭」の世界観が表現されていたんです。フィードバックの一つひとつは小さなものでしたが、世界観の構築やイベントをデザインするというのは、こういったことの積み重ねであることを勉強させていただきました。(画像5)
当日、幅広い年齢の方がアプリを開きながら楽しそうに公園内を散策されている姿を見ることが出来ましたし、Twitterでも日比谷公園ってこんなところもあるんだというコメントもいただきました。実行委員会の皆さんが達成したい世界観が完成されていて、そこに貢献できたことが嬉しいです。
つくり続ける理由
実は今回初めてアプリ制作に挑戦させてもらいました。技術と経験を持つ他職種の社内メンバーに助けてもらうことも多く、デザイナーとしてできることを返そうと意識してプロジェクトに入りました。ミーティングで出た意見やアイデアは、その場で画面を手描きして可視化することもそのひとつ。アプリの品質管理からは画面を見ながらテスト設計ができて助かったという声をもらいましたし、エンジニアからは実装を早く進めることが出来たとフィードバックをもらいました。
可視化して説明するために、ボツが前提のデザイン画面もたくさんつくりました。つくって、壊して、またつくる。前に進むためには、恐れずにつくったものを壊すこと、そしてつくり続けることが大切だとあらためて思いました。
DeNAでは事業以外のモノづくりの取り組みを進めています。今回は通信環境や時間の制約があって実現しませんでしたが、次にDeNAが日比谷音楽祭のようなプロジェクトに携わったときは、お客様が参加できるような仕組みを考えたり、AR/VRなどの技術を駆使したり、リアルとネットを繋ぐ挑戦をしたいです。
1999年創業。ゲームやエンターテインメント、Eコマース事業を始め、近年ではオートモーティブやヘルスケア事業、野球やバスケットボールといったスポーツビジネスまで幅広く展開する。
“インターネットやAIを活用し、永久ベンチャーとして世の中にデライトを届ける”を長期の経営指針として掲げる。
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