――2017年に誕生した、音楽原作キャラクターラッププロジェクト“ヒプノシスマイク”。待望の映画が、ラップバトルの勝敗が観客の投票で決まる、日本初のインタラクティブ劇場作品としてついに完成した。完成披露プレミア試写会は、待ち焦がれたファンと、その指に光る推しディビジョンカラーのリングライトで埋め尽くされ、上映開始とともに歓声が沸き起こった。「早く観客のみなさんの生の声や反応が知りたい!」。映画化を牽引したポリゴン・ピクチュアズ プロデューサーの中岡亮も期待と興奮の中にいた。「これまで自分がやってきたことは意味がないわけじゃない。どんな経験だってプラスになるんだと思いました」。すべてが挑戦、そしてそのすべてが楽しかったと語る。――

辻本監督にお願いした一番の決め手はフィーリングでした

2020年に、ヒプノシスマイク(ヒプマイ)を手がけるキングレコードさんから映画化のお話をいただきました。しかも、「ディビジョン・ラップバトルを映画館で、それも観客を巻き込んだマルチエンディングでやれませんか?」と。「へー、そんなことできるんですか?」と、最初はそんな感じで(笑)。だから、どうすれば実現するのかというところから一緒に話し合いをさせていただくような形で動き始めました。まず自分の大きな仕事のひとつは、監督選びでした。

辻本貴則監督のことは、「面白い監督がいる」といろいろなところから評判を聞いていましたし、仲のいいクリエイターからも「紹介したい」と言ってもらっていたりして、個人的にずっと気になっていました。今後、本作以外の作品でご一緒させていただくこともあるかもしれないと、けっこうフラットな感じでお会いさせていただいたのですが、一番の決め手は、そのときのフィーリングでした。それに辻本監督は、「ウルトラマン」という強力なIP(知的財産)を手がけられているので、作品の特性や事情を踏まえてうまく調整を図ってプロジェクトを成立させてこられた実績もある。ヒプマイは多くのファンに支えられている作品だし、ファンのための映画という部分もあるので、「監督色に好きなように染めてください」と作家性全開で進められないところもあって、そういったバランス感覚にも長けている。辻本監督なら、波長やノリも含めて同じ目線で取り組んでいただけるなと感じました。ご本人がどう思われているかはわからないですが(笑)、僕としては最後まで二人三脚でやり切ることができた。本当に辻本監督にお願いしてよかったと思っています。

オープニングの「ヒプノシスマイク -Division Battle Anthem- +」は大きな見どころのひとつ

登場するヒプマイのキャラクター21人は全員が主人公、みんなに熱烈なファンがついていて、だれひとりとして脇役はいないわけです。そこに辻本監督はとてもこだわっていました。一般的なアニメでは話しているキャラクター以外は無理に動かさないことも多いんですが、例えばイケブクロ・ディビジョン「Buster Bros!!!(バスター ブロス)」のメンバーである山田 一郎、二郎、三郎の三兄弟にしても、一郎が話していても、二郎を見ている人もいれば、三郎に注目している人もいるわけです。だから、セリフはなくてもちゃんとリアクションしていたり、実写映画さながら、そこにいる全員が基本的に動いているという。そういった辻本監督の気配りの効いた演出が現場を本当に引き上げてくれましたし、結果的に作品を辻本監督色にうまく染めていただいたと感じています。

本作はセルルック3DCGアニメーションで、実際にヒプマイの舞台公演に出演されている方にパフォーマンスしてもらって、それをキャプチャーしたものをベースにつくっている部分もあるのですが、最初に流れる「ヒプノシスマイク -Division Battle Anthem +(ディビジョンバトル アンセムプラス)」(以下、「Anthem +」)は、すべて手付けのアニメーションでゼロからアニメーターが芝居をつけています。人気アーティストによる新曲は本作の大きな魅力ですが、楽曲ができあがってくるのを待たないといけないということもあり、僕らが最初に着手できたパートが、冒頭の「Anthem +」のシーンでした。オープニングであそこまでキャラクターの表情や動き、髪の揺れにいたる細部までつくりこめたことで、辻本監督は手応えを感じたと思うし、個人的には作品の入り口であの「Anthem +」が観られただけでも大満足で、演出的にも素晴らしい仕上がりになっていると思います。「Anthem +」の前に約10分ドラマのシーンがあって、なるべくコンパクトにまとめたつもりですが、もどかしく感じる人もいるかもしれない。でもとにかく「Anthem +」にたどり着いてもらえさえすれば、「あとはもう観て!」って感じで、そこからは一気にラストまで観客のみなさんを引き込める。「気がついたら終わってた!」ぐらいの興奮と一体感を味わっていただけるはずです。オープニング楽曲の「Anthem +」は、このクオリティを目指さなきゃいけないんだという映画全体の指標になったし、大きな見どころのひとつだと思います。

分野を超えて集結した才能がつくり上げたラップバトルシーン

本作は、CtrlMovie(コントロールムービー)というインタラクティブ映画アプリを用いているのですが、映画化に着手した当初は、そういったアプリやシステムがあるかどうかもわからない状態でした。だから、観客によるマルチエンディング映画という企画が成立するか確証がない状態でした。でも制作という面で考えると、21人全員主役ですから、どのキャラクターも絶対に手を抜けない。しかも極めて高いクオリティが求められるので、システムの問題とは別に、早々に3DCGキャラクターモデルの制作に入りました。映像的にもチャレンジしたところはたくさんあります。ラップバトル後の勝者パフォーマンスに関しては、本当のライブっぽさを突き詰めていく中で、ステージの背景にはゲームでよく使われているUnreal Engine(アンリアル エンジン)を使いました。実際にライブで照明の演出を手掛けている照明デザイナーさんに、「本当のライブだと照明にかけられる予算には上限がありますが、今回はCG空間ですから、照明機材予算は青天井です。好きなところに好きなだけライトやレーザービームを置いていいですよ」って、各楽曲に対して照明プランを出してもらいました。

ライブ会場の背景セットにキャラクターを配置し、モーションキャプチャーのデータを流し込んだものをまずは3D空間上に用意しました。そこで、ライブの映像ディレクターの方に、「このステージならどこにカメラ置きます?」って聞いて、「すごく遠くから長玉で」とかアイデアをいただき、いろいろなサイズで10数カメで撮りました。なので、「First Stage(1回戦)」では実はコンテを切っていないんです。その後は、配置した10数カメで撮ったムービーをラフに書き出して、スイッチングみたいな感じでカッティングして映像をつくり、アニメーションをブラッシュアップしていった。本物のライブ感をとにかく出したくて、CGアニメ分野外のライブのプロフェッショナルな方々に関わっていただき、さまざまな才能を集結してチャレンジした結果が本作です。僕らとしては技術的にも新しい取り組みでしたし、いろんなピースをバラバラにつくって、最後ガーンって繋いだ感じなので、実際に映像があがってくるまでは不安もありましたし、エラーもいっぱい出たり、想像してないことが山ほど起こりました。でも苦しんだぶんだけこれまでにはない映像になっているはずですし、結果、間違ってなかったと感じています。

「マジで!」がたくさんあった制作現場。「でも、とても楽しい4年間でした」

シーンやラウンドによって、ラッブバトルの画(え)づくりも変えています。先ほどお話ししたように、すべて手付けの3DCGアニメーションで制作したオープニングの「Anthem +」、リアルタイムエンジンによるライブ感からイメージ空間に飛ぶ「First Stage(1回戦)」、「Second Stage(2回戦)」は楽曲ありきのミュージックビデオ仕立てで、「Final Stage(決勝戦)」はこのステージのために用意した演出に乗せてラッブバトルが繰り広げられます。辻本監督とMV等で活躍されている方々にも参加していただき、すべてアプローチの違う演出にしています。一度、辻本監督と一緒に「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle- 3DCG LIVE “HYPED-UP 01」(22)を幕張メッセで見せていただいて、、あの熱気と空気感に負けない音楽映画に、しかもヒプマイ初心者のみなさんにも楽しんでもらえるよう、映像的にも最大限の工夫や仕掛けに挑戦したつもりです。自分以上に現場はおそらく、「マジで! こんなことやる!?」みたいなことがたくさんあったと思いますが、いい経験になったはずですし、僕にとっても本当に大きな財産になりました。最終的には2024年10月ごろまで現場は動いていました。いま考えると、大変というより、とても楽しい4年間でした。

いろんな魅力を詰め合わせた幕の内弁当みたいな作品

もともと僕は映画が好きで、大阪芸術大学に進んで、CMや企業用VPを制作する会社で4年ほど勤めたのち、ポリゴン・ピクチュアズに入りました。昼間に撮影して夜に編集みたいな実写の現場が大変で、「撮影がないのがいいな。CG、撮影ないじゃん!」って(笑)。それでポリゴン・ピクチュアズに入社しました。僕はどんな案件でも楽しめるタイプなので、それこそセルルックじゃなくても、ピングーや、ツムツム、ポケモンなども手がけていますし、スタイルやIPに関係なく、「こうしたら面白いよね」みたいなことを考えるのが楽しい。ヒプマイも携わるようになってから、魅力や面白みをどんどん発見していった感じです。

それに、映画やテレビシリーズばかりやってきたわけでもなく、短い作品も含めていろいろなものを手がけてきたので、「だったら、これはこうしちゃえばいいじゃん」って、比較的自由な発想で向き合えた。ヒプマイ初の映画化といった大きな作品に携われる機会なんてなかなかないという中で、あまりいろいろなことに縛られず思ったことができて、それを観たみなさんが喜んでくださるなんて本当に幸せなことです。いろんなルックもアプローチもできる、表現の幅がすごく広くて、CGって面白いよねっていうのが自分の根底にあって、その中でいろんな魅力を詰め合わせた、とても豪華な幕の内弁当みたいな作品になった。本当によかったなと思っています。

ヒプマイを超えるものが見つからない!

ファンのみなさんに深く刺さる仕組みはこれ以上にないほど完璧にできていると思いますが、「ヒプノシスマイクってよくわかんないけど、面白そうなことやってるから観てみよう」といった興味本位からの方にも観てもらいたい。ヒプマイファンの友だちに誘われてなんてきっかけでも、「観客参加型インタラクティブ映画って何?」ってところから入ってもらってもいい。とにかく一度劇場で、映画「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-」を経験していただいきたい。、一度観たらたぶん、もう1回行こうかなってなるはずです。

観客の選択で物語が進んでいくというインタラクティブ映画を可能にしたCtrlMovieは、ヒプマイの可能性を大きく広げてくれました。いろんな方に、「このシステムはほかの作品でも使えますよね」って言われるんですが、個人的には意外とピンと来てなくて。なぜかと言うと、ヒプマイがこのシステムにはまりすぎているんですよ。オーディエンスの声が勝ち負けを大きく左右するラップバトル、主役の設定が明確でない、どのキャラクターにもファンが均等についているとか、いろんな複合的な要素で、ヒプマイ以外に合うものってあるのかな?って。本作が実績となって、インタラクティブ映画の可能性が広がればいいなとは思いますけど、つくっているあいだもいろいろ考えたんですが、ヒプマイと同等か、それ以上の組み合わせなんてない。絶対的な主役、明確なルートがあるものってそれ以外はおまけ、全部サブルートなんですよね。ヒプマイのようなIPってなかなかなくて、システムのポテンシャルはあるけれど、制作実績とノウハウを持っていながら、「何なら行けるのかな?」と悩ましくて。いろいろな人に、「何か思いついたら教えて」って言ってるんです(笑)。

中岡亮(なかおか・りょう)1982年東京生まれ。大阪芸術大学卒業後、CM、企業用VP等の制作会社をへて、2011年に株式会社ポリゴン・ピクチュアズに入社。プロデューサーとして手がけた主な作品は、「ツムツム ショートアニメーション」「ピングー in ザ・シティ」「Levius -レビウス」ほか。
映画「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-」
H歴。人の精神に干渉する特殊なマイク「ヒプノシスマイク」の登場で戦争は根絶された。女性党首率いる “言の葉党”が政権を握り、言葉の力が武器に取って代わった世界で、男たちはラップで優劣を決するようになる。そしてH歴3年、“言の葉党”が拠点を置く中王区で主宰する「ディビジョン・ラップバトル」で、イケブクロ・ディビジョン、ヨコハマ・ディビジョン、シブヤ・ディビジョン、シンジュク・ディビジョン、ナゴヤ・ディビジョン、オオサカ・ディビジョンの6ディビジョンを代表するMCグループによる、国の未来をかけた最後のラップバトルが始まる。——— 本作は、日本劇場映画初となる観客参加型インタラクティブ映画。スクリーン上で繰り広げられるラップバトルの勝敗は、映画館内の観客の投票によって決まる。観客は映画観賞中に5回のリアルタイム投票に参加することができ、その投票結果により変化する展開数は全部で48パターン、エンディングは7通り。上映時間100~106分に対し、総制作時間は240分に及んだ。書き下ろされた新曲は16曲。KICK THE CAN CREW、Zeebra、Creepy Nuts、SALU、HAN-KUN、HOME MADE 家族、山嵐など名だたるアーティストが参加した。
イケブクロ・ディビジョン Buster Bros!!!
山田 一郎:木村昴、山田 二郎:石谷春貴、山田 三郎:天﨑滉平
ヨコハマ・ディビジョン MAD TRIGGERCREW
碧棺 左馬刻:浅沼晋太郎、入間 銃兎:駒田航、毒島 メイソン 理鶯:神尾晋一郎
シブヤ・ディビジョン Fling Posse
飴村 乱数:白井悠介、夢野 幻太郎:斉藤壮馬、有栖川 帝統:野津山幸宏

シンジュク・ディビジョン 麻天狼
神宮寺 寂雷:速水奨、伊弉冉 一二三:木島隆一、観音坂 独歩:伊東健人
オオサカ・ディビジョン どついたれ本舗
白膠木 簓:岩崎諒太、躑躅森 盧笙:河西健吾、天谷奴 零:黒田崇矢

ナゴヤ・ディビジョン Bad Ass Temple
波羅夷 空却:葉山翔太、四十物 十四:榊原優希、天国 獄:竹内栄治

チュウオウ・ディビジョン 言の葉党
東方天 乙統女:小林ゆう、勘解由小路 無花果:たかはし智秋、碧棺 合歓:山本希望

スタッフ)
原作・音楽プロデュース:EVIL LINE RECORDS
キャラクター設定原案・世界観設定:EVIL LINE RECORDS・百瀬祐一郎
監督:辻本貴則
脚本:百瀬祐一郎
キャラクターデザイン:Kazui
アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ
配給:TOHO NEXT
製作:ヒプノシスマイク -Division Rap Battle- Movie 製作委員会
Ⓒヒプノシスマイク -Division Rap Battle- Movie
大ヒット上映中

※「辻」はいってんしんにょう