Artificial Intelligence技術(以下AI)がものすごい勢いて進化している。AIについてはNHKでも特集番組があったり、Googleのコンピュータ囲碁プログラムである「アルファ碁」が韓国のプロ囲碁棋士に勝利したりするなどにより、それなりに理解は進んでいると思われる(※1)

今回はこのAIが進化することで実現する自動運転車の行く末と、自動運転車による新しいユーザー経験(UX)について概観したい。合わせて、AIが支援するUXデザインについても触れることにする。

ポイントは次の3点である。

  • AIの可能性
  • 自動運転の展望
  • AIが支援するUXデザインについて

AIの可能性

今なぜAIに注目するかというと、AIの一つの可能性がUXデザインの目的と合致するからである。AIもUXデザインも、目指すのは「人々が良い人生を送る」ことだ。それを支援するのがAIでありUXデザインである。つまり両者の存在意義は、すべての人が良い人生を送れるかどうかにかかっている、という点で同じである。その意味で、両者の相乗効果は期待できる。

人が良い人生を送るためには幸福になることが欠かせない、そのためには新たなユーザー経験で良い感情、つまり幸福感を感じてもらうことが効果的である。それが無くしてはAIもUXも発展しないし、将来も存在し続けられないであろう。

「良い感情」にあるかどうかを知るには、AIのアフェクティブ・コンピューティング技術(感情を分析する技術)が役に立つ(※2)

アフェクティブ・コンピューティング技術は、声の調子(ボリューム、ピッチ、スピード)をパターン化して解析し感情をクラスタリングする。この解析は血圧や心拍数、脳波、声紋など生理現象を基にするウソ発見器の技術とは異なり、声の共振データのみを直接使用する。これに合わせて、人のライフログやウェブの閲覧履歴から嗜好を読み取り(これにはAIのディープラーニング技術が役に立つ)掛け合わせれば、“今何を欲しているか”が分かるであろう。

アフェクティブ・コンピューティング技術は、自動運転車にも欠かせない。遅く行きたいか早く行きたいか、幹線道路を避けたいか積極的に利用したいかなど、その時々の感情や欲求を走行条件に反映したいからだ。そういった感情や欲求に合わせて、最適なユーザー経験を提供するような仕組みの提供という意味で、UXデザインにも役に立つのだ。

ではまず、自動運転車からみていこう。

自動運転車の展望

米国の自動運転タクシーの商用サービス「Waymo」で開花した自動運転技術レベル4だが、2025年には日本でも実用化が期待されている(※3)。レベル4は、走行ルートなどを限定しない高度自動運転技術レベルだ。自由走行で重要なのはAIを活用した自律的な自動運転技術である。レベル4の自動運転車が実用化される世の中では、基礎となるディープラーニング(深層学習)技術だけではなく、感情理解をつかさどるAIのアフェクティブ・コンピューティング技術の利用がポイントとなるであろう(※4)

会話や感情の分析のみならず、ウェブカメラやウェアラブルセンサーなどの着用、はたまたこれらがビックデータ上で統合することで、目的地の設定すら必要無くなるようになると思われる。

少なくとも、早朝に決めたスケジュール通りに行動するならば、「目的地の自動設定」のハードルはそう高くない。そうなると「運転者」という概念が完全に無くなる(レベル3でも既に運転者はいないわけだが)。つまり「ドライバー」ではなく、単なる「移動者」であり、 車は移動のために居る空間。つまりカフェとか書斎とかDEN(オフィスにある”こもれる小空間”)に近い存在であり、”もう一つのサードプレイス”である(カフェを仕事のサードプレイスと呼んで久しい)。 既にあるサードプレイスと区別するために「フォースプレイス」と言おう。

このフォースプレイスに向けたサービスは未知のものでありアイディアの宝庫だ。ただ逆説的に考えれば、アフェクティブ・コンピューティング技術などAIの周辺技術との連携は必要不可欠であろう。UXデザインもAI技術の理解なくしては成り立たない。

AIが支援するUXデザイン

アフェクティブ・コンピューティング技術のもう一つの応用がユーザー調査や商品企画だ。

ユーザー調査には多くのウェブカメラが使用されるであろう。高度なサーベイランス社会では(※5)、固定カメラだけではなくドローンカメラやロボットなどが撮る映像と連携して、さらに小型のウェアラブルカメラも活用することで、ユーザーに同行しなくても行動観察することが可能となるであろう。そして行動分析にはディープラーニング技術を利用する。行動分析と感情分析から得たデータはユーザーを理解する上でとても役に立つ。

新しい商品の企画において作成したペルソナは、その人の嗜好スタイルや価値観やライフスタイルを基にAI処理することで、求める商品の条件や傾向などが導き出され、デザイン仕様(デザインに盛り込むべき内容)として自動提示されるであろう。

また既存のサービスタッチポイントや製品を組み合わせることも可能だ。例えば事前に、Gマーク受賞例や各種のデザインガイドライン、デザインパターンなどをAIコンピュータに記憶させておく。商品デザインを行う段階でAIコンピュータに回答を求めれば、何点かのデザイン案が自動生成されるようになるであろう。

既存分野の商品だけでなく、新たに作るべき商品をも予測し、デザインに示唆を与えるだろう。こうなると、もはや「自動デザイン」に近い。全ての商品を自動でデザインできるようになるとは思えないが、かなりの範囲を自動デザインに置き換えられるという点で、近未来のデザイン職のあり方は議論されるべきである。

AIコンピュータを活用したデザイン(以下、AIデザイン)が導入される対象は、大量生産される商品ではなく、ユーザー一人ひとりにパーソナライズするようなものとなるであろう。なぜなら、3Dプリンタなど一品生産するツールとの親和性が高いからだ。

施策としては、サービス自体の細分化と連携を前提とした仕組み、例えば、共通のサービスプラットフォームや汎用的なサービスインタフェースなどを持つ必要がある。HTML5が共通プラットフォームとしてふさわしいか否かは別の議論としよう。製品(モノ)においても、サービスに組み込みやすい半完成品とか、アクションカメラであるGoPro製品のような、部品的なものが適合しやすい。

このような役割の変化に関する議論は、「AIの進化によって無くなる仕事と新たに生み出される仕事」という話題の中にみることができる。医療でも、診断そのものはAIの方が正確でバラツキが無いと言われている。医者の仕事は、その診断の結果を患者や家族と共有して治療方針を決める部分だけになると言われる。このような変化がデザインにもあり得るだろう。

デザイナーの役割

なんともデザイナー不要のようで、暗たんたる気持ちである。もしかしたらプロダクトデザイナー(製品のデザイナーという意味でありインダストリアルデザイナーの事ではない)はほぼ不要になってしまうかもしれない。AIデザインが複数案を出力し、人のデザイナーは処理中にデータを補正したり、最終案を選択したり、その結果をステークホルダーに説明する、という範囲になるのではないか。

だが、UXデザインについては、デザイナーの役割がより重要となる。それは、UXデザインが“人の経験”という計算できない情報を扱うからである。

注目すべきは、新たな仕事としてあげられている「ノスタルジスト」という職業である(※6)。ノスタルジストは、ノスタルジーを語る、あるいは相談に乗ったりコンサルしたりする職業であり、今で言えば小説家や一部のセラピストなどが該当する。UX分野に置き換えてみれば、ノスタルジックなストーリーテリングを行う役割が新たに発生するであろう。そういう意味で、AIを取り入れながらUXデザイナーの役割も変化していかざるを得ない。 AIとUXデザインの関係は、今後も注力するに値するテーマである。

本コラム筆者が単著の『UXデザインのための発想法』を、11月1日に近代科学社より発刊しました。「発想」に関する手法、ファシリテーション、プロセス、ツールなど、幅広くまとめています。特に各章には「UXデザインのための○○○」と、UXデザインに役立つ視点で執筆した節も設けておりあります。どうぞご一読ください。
https://www.kindaikagaku.co.jp/engineering/kd0603.htm

参考情報

(※1)「人間ってナンだ?超AI入門」(Eテレ 毎週木曜 午後10時,2018) 「天使か悪魔か 人工知能 ~NHKスペシャル~ ディープラーニングと2045年問題」(NHK総合、2018)
(※2)「感情を理解する『アフェクティブ・コンピューティング』」(https://future-tech-association.org/2018/08/22/mutuki_affective_computing/
(※3)「自動運転レベル4の基礎知識と進捗まとめ」(https://jidounten-lab.com/y_5928
(※4)「人の感情理解を助けるテクノロジーが、一人ひとりのウェルビーイングにつながる」(https://www.nttdata.com/jp/ja/data-insight/2019/080701/
(※5) ロンドンでは現在でも一日に300回以上撮影される。「ハイテク+微笑=ソフトな監視社会」(https://www.google.com/amp/s/www.sankei.com/column/amp/170307/clm1703070006-a.html
中国では監視社会化している。「凄まじい進化!中国の顔認識監視カメラ網」(https://rp.kddi-research.jp/blog/srf/2018/04/16/camera-2/
(※6)「ノスタルジスト」(https://hideyuki-matsubara.postach.io/post/nosutaruzisuto