漫画、アニメが日本の文化として定着し、当たり前のように消費されるようになった現代において、世界的に見ても最大級である同人誌即売会が夏と冬に行われるという話は、いまや誰でも知っているかもしれません。

その同人誌を作る人たち、同人作家を支えているのが印刷会社。
同人作家が作ったものをかたちにするべく、印刷会社は様々な印刷技術を駆使し、印刷、製本を行っています。

今回は情報印刷株式会社の『みかんの樹事業部』で行われている印刷工場の見学会を取材し、工場の様子やなぜ見学会を行っているのかということについて追ってみました。

非常にゆるやかな感じで行われる見学会

工場見学といえば少々、物々しく思えてしまう人もいるかもしれませんが、情報印刷株式会社、みかんの樹事業部で行われる見学会は非常に和やか。
まずはお茶とお菓子を囲みながら、印刷機のことや印刷技術についての座学が行われます。
この間、いつでも質問できてしまうくらい和やかなムードで、今回の見学会でも参加者から度々、質問がありました。

今回の参加者は10年以上同人誌を作ってきたという人から、これから同人誌を始めてみたいと思っている人まで幅広い層の人たちが集まっていましたが、取材を受けていただいた代表取締役の山下氏曰く「印刷業界の関係者もお見えになりますよ」とのこと。

印刷機の説明を行う山下氏
▲見学会ではまず印刷技術の基本を座学で学ぶ。とてもゆるやかな雰囲気で気軽に質問することができる。
写真は情報印刷株式会社の代表取締役社長、山下氏。

座学を終えたあとは印刷機を見学

取材した当日は工場がお休みということもあり、機械が動いてはいませんでしたが、オンデマンド印刷、オフセット印刷で使われる印刷機を見学することができました。

情報印刷株式会社で使われているオンデマンド印刷機
▲こちらはオンデマンド印刷を行っている機械の前扉を開けたところ。私たちがいつも目にするコピー機の巨大バージョンといえばわかりやすいかもしれない。
情報印刷株式会社で使われているオフセット印刷機
▲こちらはオフセットを行う印刷機。手前から奥にかけてインクの入った塔があり、ここに紙を通していくことで印刷物ができあがる。
情報印刷株式会社で使われているコールドフォイル印刷機
▲日本国内でも数台しかないと言われるコールドフォイル印刷が可能な印刷機。コールドフォイルとは従来の熱や高い圧力を使わず、鮮やかな箔表現を行うことができる箔加工技術のことだ。

同人印刷を行っている印刷会社社長にインタビュー

今回の見学会で情報印刷株式会社、代表取締役社長の山下氏にお話を伺いました。

――まずみかんの樹事業部について教えて下さい。

山下 みかんの樹事業部は同人誌印刷、製本を行う事業部で、現在の専任スタッフは私を含め3名になります。

――なぜ『みかんの樹』という名前になったのでしょうか。

山下 みかんの樹事業部自体は12年ほど続いていますが、私が別の仕事をしていた頃に社長をしていた父と話す機会があって「同人誌の事業部をやってみようと思うんだけど、どういう名前がいいだろう」という相談を受けました。

私も同人のことについてはあまり知らなかったので、まず社員から名前を募って決めることになりました。
社内で生まれたアイデアの中から弊社の会長(当時は社長)が一番インパクトがあった名前として「みかんの樹」を採用しました。
見てくれた人に「なんでみかんの樹なの?」と思わせたいということもあって、この名前になったのではないかと思います(笑)

――同人の事業部は12年ほど続けられているということでしたが、その前は普通の印刷会社だったということでしょうか

山下 そうですね。今は41期に入ったところで、情報印刷会社株式会社としての歴史は40年以上ございます。
それではどういった会社だったかというと、モノクロのマニュアルやカタログ、そういったものを印刷するのに長けている商業印刷の会社だったんです。それを30年ほど続けてきました。

川崎市内で何回か場所は移っていますが、最初は小さなオフィスから会長が2人で始めた会社で、印刷機を入れたりすることによって、だんだんスペースも大きくなってきて今のかたちになりました。

コールドフォイル印刷機の前で説明する山下氏

――その中で同人誌を始めてみようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか

山下 それは会長が良く言えばフレキシブルな考えを持っていたことにあります。悪く言えば無茶苦茶ですけど(笑)
同人印刷を始める前は、8月と12月が比較的、暇な会社でした。
8月はお盆があるから。12月は年賀状をやらない会社だと忙しくない、というのが理由ですが、会長がいろいろ調べていたところ、コミックマーケットというイベントが8月と12月に行われるということを知りました。
そして同人誌を印刷するための設備はすべて弊社にあるので、これはできるぞ、と。

特にモノクロが強い会社ですが、もちろんカラーもできるし、製本だってできるじゃないかと。これをやらない手はない。ということで、始めることになりました。
そういった意味で、発想はとてもシンプルだったんじゃないかと思います。

――すぐにでも着手できたということですね

山下 でも実際には同人印刷はやったことがないので、できるわけがない、と最初は猛反対されました。
やり始めて、もちろんいろんな失敗も重ねましたし、その中で安定して仕事ができるようになっていったという感じです。
当時の私はまだこの会社におりませんでしたが、そういった経緯があったと聞いています。

――同人のことをよくわかっていないとなかなか難しいということですね

山下 今いるメンバーは全員同人のことを知っているとは思いますが、この事業を始めた当初はまったく知らない人ばかりでした。

だから、私としては弊社で働いてもらう人にはコミックマーケットというものを知ってもらいたいと思っています。
印刷の仕事だけしていたら、本当にただの印刷会社になってしまう。こういうイベントに納品しているんだよ、というのを定期的に社員に見せないとだんだんコミックマーケットという存在がわからなくなってしまいます。
だから休日出勤させてまで行かせる、という感じにしています。

ただ同人にどっぷり浸かるのかといえば、決してそうではなく普通の印刷の仕事も行っている会社です。だから、同人誌だけを追い求めるような人は弊社には向かないのかな、と思います。弊社で働いてもらう人にはバランス感覚は持っていてほしいというのはありますね。

工場見学を始めた経緯

――山下さんは途中からみかんの樹事業部に配属になったと伺いました

山下 私はもともとこの会社で働いていたわけではありませんでしたが、父の事業を次ぐ形で今の社長になりました。
印刷に関する経験がなかったので最初のうちは勉強のためにいろいろ回っていたのですが、そのうちみかんの樹事業部の部長になり、現在に至っています。

――そこで見学会をはじめられたわけですね

山下 もともと同人に詳しかったわけではなく、どういう経緯で弊社に発注していただけるのかわからなかったので、いろいろ模索した結果、お客さんに聞いたほうが早いということで見学会をはじめてみることにしました。
2012年の春に、声をかけやすい常連のユーザーさん中心に今回のような工場見学会をスタートさせたのが第一回になります。
やってみると皆さんから積極的に質問をいただくことも多かったので、これはもしかしたら常連さんだけでなく、一般の方や他社さんを使われている方、どんな方でも来ていただいてお茶会という形式でやったほうがいいのではないか、ということで7年半ほど続けております。

同人印刷ならではの発想が生まれることも

――同人印刷を行っていて一般の商業印刷と違う点など気づいたことはありますか

山下 印刷技術を使うという意味で、例えばコールドフォイルの技術は商業印刷で使い始めましたが、だからといって同人印刷に使わないという理由はありません。

コールドフォイル印刷で作られたカレンダーの一部
▲印刷物は機械に入れてボタンを押せばできあがるというものではなく、印刷技術を持った職人によって作り上げられる。
特にこのような細かな模様をコールドフォイルで印刷するというのは、かなり高度な技術を要するため、職人の存在は不可欠だ。

山下 数々の同人誌を見ていてわかったことですが、ある目線で見ると商業印刷のデザイナーよりも同人作家のほうが着想が柔らかいです。そのため商業印刷の人が考えつかないような使い方をされることがあります。
それもあってみかんの樹事業部は、新しいことをやるのに非常にやりやすい窓口として機能していると思いますね。

みかんの樹事業部工場見学会の看板

同人印刷を手掛ける印刷会社は同人作家の思いと印刷職人で動いている

最後に「同人誌印刷を利用している皆さんにお伝えしたいことはなんですか」と聞いたところ「締切は守ってくださいね(笑)」と、なかなか耳の痛いお返事が返ってきました。
同人誌の印刷はどういった会社でどういった人が仕事をしているのか、私たちにはなかなか見ることができない難しい世界のようにも思えましたが、このようにさまざまな人たちに向けて情報発信を行うことで、サービスの宣伝という観点だけではなく印刷会社側、それを利用する側にとって新しいアイデアを生むことができる場なのではないかと思いました。

インタビュー・テキスト・撮影:ヒロヤス・カイ/編集:CREATIVE VILLAGE編集部

みかんの樹 工場見学会について

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情報印刷株式会社『みかんの樹事業部 工場見学会』