感性というのは、感じたことから何かを連想して、自分の言葉やイメージとして意識することであるから(※1)、やはり豊富な経験と、経験によって蓄えられた「良い記憶」が必要となる。
良い記憶と生の情報
「良い記憶」は、好奇心や興味を持って知らないことに挑戦していることで蓄えられる。好奇心や興味がなければただ経験しただけ、ということになってしまう。単に人から聞いた話(いわゆる二次情報)では、面白いかもしれないが記憶に残りにくいし、「良い記憶」にもなりにくい。やはり、自身の経験を通じて得る”生の情報(一次情報)”が、あるかないかが重要である。
日本体育大学が行なっている「集団行動」(※2)や、駒ケ岳山頂から富士山を見た時などは、とても感動する。感動は「生の情報」であり、感覚受容器を刺激し脳が活性化する。これにより、感受性が強くなり感性が豊かになる。
乗馬をすると、”馬の耳の間から見る風景”という新たな視点を経験できる。同時に、馬の温もりや体の動きを感じることができる。これらは座学では決して得られない「生の情報」である。
良い記憶を整理する
良い記憶は印象が深いため、長期記憶に蓄えられる可能性が高くなる。そして、折をみて、「そういえばあの時の○○○は楽しかったな」というように記憶がよみがえる。似たような事象があった時、あるいは友人との語らいの中で、ある言葉(キーワード)がトリガーとなり、過去の記憶が蘇る。再現されたその記憶は、記憶をそのまま思い出すというより、目の前の事象と重なり、新たな連想を生むことがある。これは感性的な発想であり、このような発想を意識的に求めることが、感性思考デザインである。
良い記憶は、まとめる作業を行うことで、忘れないようにしたり、他へ流用したりしやすくすることができる。その手順は次のようなものである。
記憶の整理のしかた
- 作文を書く:かしこまらずに日記風な散文でよい
- 作文を単語(単文)で表現する:ネーミングするつもりで内容が分かるように表現する
- 備忘録に記録する:これは日記でも単なるノートでもよいので、とにかく記録することが大事である
作文は、後で読み返した時に、当時の情景が浮かぶように、できるだけリアルに書く。5W1H(いつ・どこで・誰と誰が・なぜ・何を・どうした)に気をつけながら書くと良いであろう。
単語(単文)化は、印象ワードとして活用しやすくするためのものである。単文の作り方で参考になるものが二つある。一つは、Yahooニューストップの記事のトピックス欄である。ここは13文字という文字数の目安があるそうである(※3)。もう一つは、忘れないための要約術として20文字でタイトルをつけると良いという説だ(※4)。これは「進化思考」という論文の中にも書かれている(※5)。これらを参考にし、たとえば「大学時代の仲間5人で行ったサイパン旅行」とか、「初月給で買ったDVD」いう程度で良いであろう。たった10〜20文字だが、この単文を読んだだけで、当時の楽しさがありありと浮かぶ。
実は、この作文〜単語(単文)化の作業を行うことで、長期記憶化を促し、良い記憶を“資産”とすることができる。すぐ使えなくても、近い将来の発想ワークや企画のアイディア検討などで使用できるであろう。全く異なるキーワードをあえて組み合わせて、新たなアイディアを生み出す、という発想法もあるのだ(後述するエクスカーションを参照のこと)。
感性を養うには
感性は、意識的に強化できる。理屈や先入観なしに良い絵画を観たり、良い生の演奏を聴いたりするのが良いであろう。演劇などは最高だとも言える。ようは、良い絵を観たり良い音楽を聴いたりした時に、なんだかよく分からないものを受け止めようとする、そのこと自体が重要である。分かる分からないが問題なのではなく、どう感じるか、自分の心の印象に注意を向けてみる。つまり心に受け止めようとする努力が重要である。その繰り返しによって、新たな気づき(感性的な発見)がある。
冒頭で、感性には「豊かな”良い記憶”」が必要であると述べたが、これは「豊かな良い経験」によってつちかわれるものである。相対的には、年齢に比例して豊かになると言える。と言っても、年齢はあくまでも相対的なものであり、絶対的ではない。意識的に”良い経験”を重ねれば、確実に感性は豊かになる。この場合の”良い経験”とは次の様なものである。つまり、感性を豊かにするには、このような活動が良いとされている(※6)。
感性を豊かにするには
感性を豊かにするためには次のような経験が有効である。
- 質の高い芸術(演劇・美術・オペラ・歌舞伎など)を鑑賞する
- 優れた人工物(特に建築など空間的なもの)に触れる
- 大規模公園、水族館、動物園など、普段行かない場所を訪れる
- 大自然の中でスポーツやレジャーを楽しむ、etc
ここで述べているのは、休日の使い方がいかに大事であるか、ということに他ならない。ワークライフ・バランスが大事であるということは、感性を養うということについても言えるのだ。たまには仕事を忘れて感動を経験してはいかがだろう。
発想法を活用する
発想法のうち、強制発想法は好むと好まざるにかかわらず感性を刺激し発想を促すものである。強制発想法にもいくつかあるのだが、ここでは「エクスカーション法」を取り上げ、どのように感想を引き出すのか、手順を見ていこう。
まず「エクスカーション法」について簡単に説明する。エクスカーション(Excursion)とは、”旅行の主要経路から外れる”ことを意味する。つまり主題からの「連想」というかたちで連想記憶を刺激しするものである。エクスカーションには、「動物」「職業」「場所」の3つの種類があるとされている。たとえば「新しい傘」をテーマとした場合に、サルという動物の生態である「サルは木に登る」「サルは毛づくろいする」などから連想し、「木登りに使える傘」とか「毛がフサフサした傘」のようにアイディアを発散するのだ。エクスカーションは、やり方によっては脳を柔軟にし、発想に活気を与えることができる。アイディア数を確保したい時には有効な手法である(※7)。
人との交流がかぎ
セミナーの懇親会などで初対面の人と話す機会も多い。人との交流は多くのヒントを与えてくれる。特に異なる業種や分野に属する人は、価値観や問題意識も異なり、大変参考になる。謙虚に傾聴することで、新たな気づきや発見を得られる場合が少なくない。
異なる業種や分野の人とコミュニケーションするためには、“教えてもらう”という謙虚な気持ちが大事であり、話題を継続するための忍耐力とか、質問する力も大事になってくる。なによりも、相手への尊敬が必要不可欠であると言える。筆者はこれらをまとめて「越境力」とよんでいる(※8)。越境力は、自分に無い感性に触れる機会でもあり、触れることで自分の感性に新たな要素も加わると言える。出会いは大事である。
感性をアイディア出しに生かす
アイディア出しなどの発想ワークでは、どこかで見た聞いたアイディア、つまり既視感を排除しなければならない。既視感があると新しいアイディアとは言えないであろう。何かを負荷して、あるいは変換して、いわゆる「新しさ」を与えないと、発想ワークは成功したとは言えないのだ。前述の「エクスカーション法」で、他からヒントを得るのも良いであろう。元々アイディアは全くの無から生み出すのではないからだ。
もし、「他と違う個性」を持ちたいのであれば、人とは違うことをする勇気が必要になってくる。皆が現代的な良さを目指している時はあえてクラシカルな切り口を探すとか(※9)、皆が左に行く時は右に向かってみるとか、意図して方向性を変える際には感性に応じてその”新たな方向性”をセッティングしてみる。
強制発想法の一つに「クロスビー法」というものがある。これは、感動をキーワード化して取り入れる仕組みを持った発想法である。感動語を組み合わせることで、嬉しい・楽しい発想を導くわけだ。
「クロスビー法」では、多数の感動体験のエピソード(散文)をあらかじめ用意しておく。これを基に単語や単文化する。この単語や単文を言い換えたり掛け合わせたりしながら、発想を繰り返していくのである。そのステップは次のとおりである。
クロスビー法(XB法)の手順
- 感動体験のエピソードを集める
- エピソードを単語、もしくは単文化する
- 言葉の言い換えや掛け合わせを行う
- アイディアを展開する
1は、参加者に「一人3件」などと作文を書いてもらえば良いであろう。
3は、「価値観」「対象」「体験」の3つの切り口において、それぞれ3つ拡張し、あるいは言い換えてみる。例えば、「偶然出会う」という体験については、「ターミナルで出会う」「旅先で出会う」というふうに具体的に言い換える。また、「価値観」「対象」「体験」をそれぞれ掛け合わせるのである(※10)。
「クロスビー法」は,感動語をダイレクトに扱うことから,豊かで素敵な経験を生み出しやすいと言える。
いかがであっただろうか。感性を豊かにし、その豊かな感性に基づいたアイディア出しを通じたデザインは、感性豊かなイノベーターの心に、必ずや響くであろう。その感性が一般化できれば、一つのブームとなって世の中に伝播していくはずである。それを信じて感性を磨き続けていただければ幸いである。
参考情報
(※1)『実践UXデザイン』(松原幸行、近代科学社、2018年)より。(https://www.amazon.co.jp/実践UXデザイン-松原-幸行/dp/4764905698/ref=pd_ecc_rvi_2)
(※2)「日本体育大学 集団行動 最新演技」
(https://www.youtube.com/watch?v=Ba8IH6EfGqU&t=682s)
(※3)「1日4000本の記事と向き合う「Yahoo!ニュース トピックス編集部」のすべて」
(https://news.yahoo.co.jp/newshack/newshack/how_to_yahoonews.html)
(※4)「学んだ内容を忘れない、たった20文字の要約術」
(https://diamond.jp/articles/-/197731)
(※5) 『生物の進化のように発想する「進化思考」DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文』(ダイヤモンド社、2019年)
(https://www.amazon.co.jp/生物の進化のように発想する「進化思考」-DIAMOND-ハーバード・ビジネス・レビュー論文-太刀川-英輔-ebook/dp/B07NKCTPW2)
(※6)『実践UXデザイン』(松原幸行、近代科学社、2018年)より。(https://www.amazon.co.jp/実践UXデザイン-松原-幸行/dp/4764905698/ref=pd_ecc_rvi_2)
(※7)「エクスカーション――ノート1つで100個以上のアイディアを出す方法」
(http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0804/09/news013.html)
(※8)『実践UXデザイン』(松原幸行、近代科学社、2018年)P83参照。(https://www.amazon.co.jp/実践UXデザイン-松原-幸行/dp/4764905698/ref=pd_ecc_rvi_2)
(※9) 横浜美術大学でのIKKO氏の特別講演会より(2017年)。
(※10)「XB法(クロスビー法)に関する情報まとめ【更新版】」 (https://uxxinspiration.com/2014/08/xb-method/)
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