著書やSNSで積極的にデザインノウハウを発信し、クリエイターコミュニティを運営するなど、多彩な活躍が注目されているデザイナーの前田高志さん。2021年に上梓した『勝てるデザイン』は、自身の詳細な経歴や、現場ですぐに役立つ知識と技術が惜しげもなく公開されて話題となりました。2024年7月、この続編となる『愛されるデザイン』が刊行。デザインはもちろん、ビジネスから日常生活まで役立てられる内容となった中身の紹介、さらに前田さんの生き方まで、じっくりとお話しいただきました。

前田 高志氏
クリエイティブディレクター/ デザイナー

株式会社NASU 代表取締役
クリエイターコミュニティ「マエデ(前田デザイン室)」室長
大阪芸術大学デザイン学科卒業後、任天堂株式会社へ入社。約15年間、広告販促用のグラフィックデザインに携わったのち、2016年に独立。株式会社NASUを設立。「デザインで成す」を掲げ、企業のデザイン経営に注力。クリエイターコミュニティ「前田デザイン室」主宰。2021年3月にビジネス書『勝てるデザイン』を幻冬舎から出版。『愛されるデザイン』(2024年7月)はその続編にあたる。その他の著書に、デザイン書『鬼フィードバック デザインのチカラは“ダメ出し”で育つ』(2021年9月、MdN)、株式会社NASUを著者とするデザイン書『デザイナーが最初の3年で身につけるチカラ』(2024年4月、ソシム)がある。「遊び心」のあるデザインが強み。

デザイナーの思考方法を幅広い層に届ける

——7月18日に発刊される『愛されるデザイン』。どんな本なのか、ご紹介ください。

デザイナーの思考方法を、デザインに携わる人だけでなく幅広い層の方に届ける本です。僕が代表を務めるデザイン会社・株式会社NASUやクリエイターコミュニティ「マエデ(前田デザイン室)」が実際に手がけたデザインワーク事例を豊富に紹介しています。

——2021年に出された『勝てるデザイン』の続編として、より深化したところはどんなところでしょう。

『勝てるデザイン』も、幅広い層に届けたいと考えて「勝てる」という強い言葉を使いました。ビジネスパーソンにはささりやすい表現だったのではないかと思います。「愛される」とした今回は、さらに日常生活にも応用してもらえることを意識しています。

——『愛されるデザイン』。意外性のあるタイトルです。

ある方に「前田さんは子供っぽいと言っているけれど、そのレベルじゃないね。赤ちゃんみたいだね」と言われたことがあります。親が無条件に愛してくれて不満があったら泣いて助けてもらえる赤ちゃんのように「弱音を吐いたら助けてくれる人が周りにいる。社会を信頼して身を任せている」ということらしいです。『愛されるデザイン』というのはそんな僕のパーソナリティにぴったりだと感じて、案が出た時に「これだ」と思いました。

「どうしても心が動いてしまう状態」を作るワークフローとは?

——今回の執筆で特に力を入れたところはどんなところでしょうか。

この『愛されるデザイン』は「ワークフロー本」とも考えています。僕は「毎回いいものを作ること」をプロの条件と考えていて、そのためにはワークフローを記録・検証して言語化し、質にバラツキのある不安定な状態をなくしていくことが大切です。事例紹介では、どのように仕事が進んでいくのかイメージできるように意識しています。前作『勝てるデザイン』を上梓してから3年が経ち、さまざまな方と仕事をする機会に恵まれました。会社の従業員も増えました。僕のやり方を言語化して伝える必要性が増したわけです。読んだ人が再現性を持てるように、ワークフローを言語化した点も前作からの深化だといえるでしょう。

——制作の「現場監督」であるクリエイティブディレクターの役割について書かれたところは興味深かったです。クリエイティブディレクションを「どうしても心が動いてしまう状態にすること」としているそうですが、理由を教えてください。

通常、クリエイティブディレクターは、プロジェクトの方向性を決めて全体のクオリティ管理を行います。しかし僕はそれ以上の役割があると考えています。デザインとは「何らかの変化を起こすこと」だと考えているからです。ものを作って完成すると、そこで満足してしまいがちです。もちろんものを作り上げることはそれだけで価値のあることではありますが、そこから何をどう変化させたのかが大切なのです。

たとえば、ずいぶん前の話になりますが、ペプシコーラと『スター・ウォーズ』シリーズがタイアップして、ペットボトルのおまけに登場キャラクターのフィギュアが乗ったオリジナルのキャップがついたことがありました。このときにはキャラクターをコンプリートしたくて、ペプシをたくさん飲んでしまいましたね。クリエイティブディレクターは、このように「心が動いて人々の行動を変える」「広告を見た人を突き動かす」ことを目指していかなくてはなりません。

——ワークフロー本という点では、前田さんが使っている「本質ブレないシート」「やりぬくシート」を特典としてダウンロードできるのですね。

はい。プロジェクトをブレずに遂行していくためのツールです。本の中ではどのように使っているのかも解説しています。

デザイナー人口が増えるAI時代は、人間こそができる思考力を磨け

——前田さんは、前作でも他の著書でも思考を大切にとおっしゃっていますね。

そうですね。今作では特に「ブレない思考の背骨」と「やりぬくための体幹」がキーワードです。その2つについては後で説明しますが、まずは「思考する」ことについてお話しします。生成AIの実用化が進み、ちょっとしたロゴデザインならデザイナーでなくても作れる時代となりました。考えてものを作れることがこれまで以上に必要になります。

——AIの進化で、デザイナーの仕事がなくなるのではないかと不安になっている人も多いようです。

何となくデザインしている人は危ないでしょう。だから思考が大切になってきます。技術の進化によって職業の垣根が低くなることは、今はじまったことではありません。たとえば、僕が就職するタイミングが5年早かったら、デザイナーにはなれていなかったのではないかと思います。MacやAdobeのデザインツール、モリサワのフォントがあり、DTPでデザインワークが完結できたからデザイナーとして仕事ができました。不器用ですから「切って貼って版下を製作して」という作業が必要だったらデザイナーはできなかったと思います。それと同じように、これからは生成AIの進化、普及でデザイナー人口が増える時代です。僕は細かい作業をAIにやってもらえることは歓迎だと思っています。デザインする思考、良いものを選ぶ目、デザインの使い方などは、人間でなくてはできないところであり、その点は磨いていくべき資質です。

思考の背骨を軸に、ブレずにやりぬく体幹でゴールまで

——しっかり思考することは前提として、AIを必要以上に怖がることはないのですね。そのために重要なのが「ブレない思考の背骨」と「やりぬくための体幹」ということでしょうか。

そうですね。僕のデザインは遊び心があるとよく言われますが、それができるのは、軸があってやりぬくことがベースにあるからです。プロジェクトの目的、クライアントのブランド戦略や受け継いできたDNAから外れないように考え抜いた「プレない思考の背骨」があってこそ、遊びを取り入れることができます。
でも、プロジェクトをゴールに向かって進めていると、どうしてもブレるものなんです。ちょっと気になったことや、いいアイディアがジャマをして、もともとの目的とは違う方向に流れてしまうことはよくあることです。

——いいアイディアもときにはジャマになるのですか。

面白いアイディアでも、そのプロジェクトに適さないことはよくあります。僕はクリエイティブディレクターとして、「これは何のため?」「誰に何を伝えるもの?」など、メンバーには同じことを問いかけ続けて、ブレずにゴールを目指します。そして「やりぬくための体幹」で完成度を磨いて高めて完走するわけです。本の中では、背骨と体幹を鍛えるためのワークも掲載しています。読者の皆さんのそれぞれの場で活用してもらえたら嬉しいです。

当たり前に考えることが常識を打ち壊す

——常識にとらわれない思考力の重要性も語られていますが、簡単ではないと思います。

確かに。でも、常識にとらわれないといっても、当たり前に考えて当たり前のことをする、普通のアイディアでいいんですよ。常識の問題点は、当たり前が隠されてしまうこと。慣習や常識によって当たり前に考えられなくなっているところを、フラットにしていく思考が大切です。先ほど例に挙げたペプシのペットボトルキャップもごく単純なアイディアですよね。「おまけがついていたら欲しい」という。でもそれまではなかったんです。常識や固定観念にとらわれて、誰も思いついていなかったのでしょう。

——なるほど。常識にとらわれないというのは、奇をてらうことではないのですね。しかし、いくつもの常識の壁がある中、当たり前の思考も相当難しいと思います。そのために心がけていることはあるのですか。

直接的な答えにはならないかもしれませんが、プロジェクトに夢を入れて大きくすることは心がけています。たとえば、これは『愛されるデザイン』の中でも最初に紹介したものですが、CHEERPHONE(チアホン)というスポーツ観戦などをより楽しめるリアルタイム音声配信サービスのロゴデザインプロジェクトがあります。ロゴ制作を依頼されたものですから、そこまで考える必要はなかったのですが、このプロジェクトに「どのスポーツ観戦会場でも、みんながチアホンを使っている状態を作る」という夢を入れ込みました。プロジェクト自体も、単なるロゴ制作ではなく「チアホンを爆発的に広げるプロジェクト」と再定義しました。チアホンの「認知拡大」では足りない、「認知大爆発」が目的と捉えたのです。認知大爆発は、実現するのは無理があるかもしれません。でもその夢を入れるからこそ、ロゴをただ作るのではなく、ロゴによってどんな状況を作りたいのか、目標が見えて前進する力になります。固定観念にとらわれていたら、この表現にはたどりつきません。夢をもってプロジェクトを大きくしているからこそ、「どうしても心が動いてしまう状態」を作ることもできます。どんなロゴが完成したのかは、ぜひ『愛されるデザイン』を読んで確かめてみてください。

目標を掲げれば行動が変わり、夢は叶う

——多少無理があってもプロジェクトに夢を入れることが、常識にとらわれない思考につながるのですね。

はい。でも夢は決して「夢物語」というわけでもないのですよ。僕の今までの人生を考えると、目標に掲げたことはだいたい叶ってきているんです。叶っていない目標は、本当に思っていないから。こうしたいと意思を持っていれば、叶えられるように行動が変わって目標に近づいていけます。もちろん病気や事故など不慮のできごとが起きる可能性は抜きにしてのことですけどね。

——前田さんの周囲を見ても、プロジェクトに夢を入れることで行動が変わると感じますか。

感じますよ。社員たちは、夢を入れることでプロジェクトに前向きになって「自分でやろう」という意識が出るようです。ただの仕事から人生のロマンになるのだと思います。そのようにプロジェクトに取り組んでいると、自分自身で生き方を見つけられるようになり人生が楽しくなるでしょうね。

愛される生き方には、嫌われることも必要

——生き方というワードが出たところで、前田さんの「愛される生き方」にもフォーカスしていきます。どんなことを実践されているのでしょうか。

本にも書きましたが、「愛される」というか「愛されにいく」んですね。多くの人は受け身で、愛されたいと思っても行動に移さない。僕が実践していることはいろいろ書いていますが、「怒るより拗ねる」という自分でもちょっと恥ずかしい例を紹介しましょう。僕は怒るのが苦手なのです。空気を壊したくなくて。会社でも、物事が進まないときには「誰もやらないなら、僕が自分でやります」と拗ねると、周りは動いてくれます。怒って圧で制しても、本音が隠れて結局いいものは作れないでしょう。萎縮させるのでなく本音でコミュニケーションがしたくて、すぐに弱音を吐いたり愚痴を言ったりしています。

——本音で接してくれるからこそ周りが動くのでしょうね。先ほども、赤ちゃんが泣いたら親が駆け寄ってくれるように、周りが助けてくれる人だというお話がありましたが、そうなれる秘訣はどこにありますか。

男女問わずお母さん気質の人を呼んでいるのだと思います。「愛される」というと、万人に愛されるイメージがあるかもしれませんが、嫌われなければ愛されもしないんです。僕と関わりたくないと思う人はたくさんいると思います。長くて短い人生、つき合いたい人とつき合う方がいいでしょう。日本には1億人以上の人がいますが、その中で200人か300人くらい、僕のファンになってくれる人がいれば食べていける。そう考えています。SNSで積極的に発信して、僕とつき合いたい、ファンとして応援したいと思う人と深くつながれればいいなと思います。逆にこちらもそんなに多くは愛せないですから。愛されにいくなら嫌われることも覚悟です。

SNSを思考とアウトプットの筋トレに活用する

——SNSでかなりの頻度で発信し、著書でもご自身の経験を詳しく表に出していることが「愛されにいく」行動につながるのでしょうか。

自分をさらけ出していると、嫌だと思う人は離れていくし、いいなと思った人は来てくれます。あまり自分のことを語らずミステリアスな存在のまま有名になって愛されて成功したかった、なんてことも思いますよ。でも、僕のパーソナリティはそうではなかった。だから必ずしもさらけ出すことが、全ての人にとって愛されにいくことだとは限りません。その人なりのやり方も探しながらやっていくとよいでしょう。

——SNSは影響力を高めるものではないという意見も、なるほどと思いました。

SNSはアウトプットの訓練にとてもよいものなんです。「いいね」するだけなら簡単ですが、あえて自分で言葉を発していくようにすると相当の筋トレになります。人に何かを伝えるアウトプットの練習は、思考力訓練でもあります。SNSで発信しようと思えば、その度に思考を繰り返して考える量が増えるんです。思考やアウトプットの訓練に加え、発信内容から自分を客観的に見ることにも役立てられます。筋トレは、ちょっと負荷をかけるくらいが有効。ちょっとしんどいなと思うくらいに、やってみてもいいと思います。

——人の反応が気になってなかなかできないという人も多くいますが、どんな工夫をしたらよいでしょう。

僕ももともと内弁慶な性格で、会社員時代はそういうタイプでした。今でもメンタルがしんどい時は内弁慶に戻ってあまりしゃべらなくなったりしますよ。

——そうなんですか?

はい。だから反応が気になる気持ちはよくわかります。SNSは、やってみると意外と反応はないんですよ。誰も見ていないし、見ても一瞬で忘れます。逆に気にしてもらえたらラッキーと捉えるのがおすすめです。

「お茶の間にデザイン」悩むということばがなくなる世界

——今、前田さんの会社では「お茶の間にデザインを」というスローガンを掲げているそうですね。その意図を教えてください。

一家に一冊『家庭の医学』が置かれているように、デザインの面白さが全ての家庭に届けばいいなと考えています。全ての家庭に届くくらい愛されるデザイン。これも夢を入れ込んだ一例です。

——「お茶の間にデザインを」が実現した世界はどんな世界でしょう?

「悩む」以外のことばが生まれているといいなと思います。制作現場や仕事の場面に限らず、壁にぶち当たった時に選択肢を見つけられない人は多いと感じます。デザインの仕事は、目的に向かって選択肢をさまざまに増やして最適解を選び、変化を起こすものです。デザイナーの思考がお茶の間に浸透すれば、「悩む」のではなく「今こういう課題にぶつかっているから、こういう行動をしている」と言える人が増えるのではないかと考えています。選択肢を増やして行動して、自分の人生を生きる時間が増えるといいですね。

——お茶の間にデザイン、実現するのが楽しみです。最後に読者にメッセージをお願いします。

生成AIの発達などテクノロジーが進む中、「愛される」は今の時代に大事な要素です。ぜひこの『愛されるデザイン』を、デザインにもデザイン以外の仕事にも日常にも役立ててください。

インタビュー・テキスト:あんどう ちよ/撮影:SYN.PRODUCT/