特徴的な外観だけは、目にしたことがあるかもしれない。東京都三鷹市にある集合住宅『三鷹天命反転住宅』を訪れた。
予約をすれば誰でも見学することができるので、いろんな人がやってくる。
クリエイターはもちろん、美術愛好家もいれば、人文系の学者やAIの研究者もいる。かと思えば、なんの建物かわからず来る人も来るし、おじいちゃんや子どもと一緒に家族連れで訪れたりもする。
また、海外からは建築やグラフィックに関わる人達や哲学者が見学に来ることが多い。この日も、イスラエルで建築を学ぶ学生2人が見学に訪れていた。
さまざまなジャンルの人達を惹きつけるこの場所には、いったい何があるのだろう。緊張しながら足を踏み入れると、その裸足の裏で、手の平で、肩の重みで、視界の圧迫感で……身体全体でめいっぱい刺激を浴び、呆然としてしまう体感が待っていた。
歩いて、踏んで、触って、のぼって……体験してほしい
外観からは、カラフルな丸や四角の部屋が配置されているのがわかる。建物は全部で9戸あり、うち7戸は賃貸で、2戸は見学用に公開されている。
支配人の松田剛佳さんについて部屋の中に入ると、視界に何色もの色が飛び込んできた。
黄色、緑、オレンジ、ピンク、黄緑、紫……。建物全体で14色が使われているが、配色は部屋によって違うらしい。中央にキッチンがあり、奥にはハンモックがぶら下がっている。床はざらざらとしたコンクリートで、踏むと、土踏まずにフィットするようにでこぼことしている。
キッチンを取り囲むように、和室や、公園の遊具のような部屋。透明なカプセル型のシャワールームの脇を抜け、裏側にまわると、扉で仕切られていないトイレがあった。
踏んだり、のぼったり、目を閉じて触ったり、寝転がったり……自由に部屋を見ていると、しばらくして松田さんが口を開いた。
「部屋に色が何色あると思いますか?」
「なぜこれはこの大きさなのかわかります?」
「あの場所からこっちを見ると変な感覚になるはず。なぜでしょう?」
違和感はあるのに、理由がうまく答えられない……。戸惑っていると「一度に目に入る色は6色以上です」「この場所とあの場所は天井の高さが違うんですよ」と教えてくれる。そして理由を丁寧に説明してくれ、ひとつひとつの色や形に意図があるのだとわかるのだが……松田さんはこうも言う。
「口で説明するだけでは、この建物を知ってもらうことはできません。言葉でなく身体で体験をしてもらうために、見学会は少なくとも1時間半かけてご案内しています」
時間をかけ、身体で体験する不思議な住宅。そして『天命反転住宅』という奇妙な名前。いったいこの建物はどんな思いで、どんな目的でつくられ、どんな影響を与えているのだろう。
松田さんに詳しくお話を伺った。
怒る見学者、感動して泣く見学者
――天命反転住宅はまさに体感する家でした。これをつくった荒川修作さん、マドリン・ギンズさんとはどういう人なのでしょう。
松田 荒川修作は1936年愛知県名古屋市生まれ、マドリン・ギンズは1941年ニューヨーク生まれです。荒川は幼少期より死に対する畏怖が非常に強かったといいます。世代的には子供時代に戦争体験があり、死ぬということが本当に悲しくて、人が死ぬのを止めたい、という意識が強くある方。だから最初はお医者さんになろうと思ったそうです。でも医者でもどうしても治せない命はある。じゃあどうしようと考えて彼が出会ったのがアートだったんですね。
なぜなら、アーティストとは、世の中にない新しい価値や概念をつくる人のことです。荒川もギンズも死なないためにはどうしたらいいかを追求するなかで『天命反転』という価値観にたどり着きました。彼らは本気で「これが新しい希望なんだ」と言っていたんです。(※2人は『死なないために』という書籍を共著している)
――死なないために、との願いが“天命反転”に繋がるんですね。
松田 そうですね。ただ私が仕事を始めた頃は『天命反転=死なないために』という言葉を宗教的なものとごちゃまぜに捉えられることもありました。死なないために、と言われても、ピンときていない反応は多かったです。
ただ3.11後に変わったなあと思います。「死なないために」と言うと「大事ですよね」と返ってくるようになりました。言葉どおりシンプルに受け止めてくれる方が増えたんです。ああ、多くの方にとって生きることが大事な時代なんだなと感じましたね。最近はまた薄れている気はしますけれど。
――しかし、荒川さんは絵画を描いていたのに、なぜ建築を構想されたんでしょう……
松田 ひとつは、死なないために、天命反転を模索するなかで人間の身体と向き合った時に、住宅との結びつきが考えられました。なぜかというと、住宅の中心には人間がいます。逆の表現をすると、住宅は人間の延長なんです。
また、これは僕の考えですけれど、建築って案内をしていて一番面白い!絵画やアートについて強い価値観を持っている人はそれなりのトレーニングをしてきた人達ですが、建築……とくに住宅については、誰もが自分の価値観を持っています。
「自分の家は2階以上じゃなきゃ絶対嫌」とか「駅近はゆずれない」とこだわりがある。なので、この天命反転住宅をご案内していると、人によってはものすごく嫌がるんですよ。なかには「こんなの絶対に認めない!」と怒る人もまれにいます。反対に、涙を流さんばかりに感動する人もいます。たぶん住宅というものが、人それぞれ絶対に曲げられないポイントがあるほど身近なんでしょう。
――なるほど。住宅は人間の延長、と考えると、家に違和感があったら息苦しいのは当然ですね。やっぱり住宅は、なにかしら人間に大きな影響を与えるほど身近なものなんでしょう。
松田 だからかはわかりませんが、ここには様々なジャンルの方が集まっていらっしゃるんです。今まで実際に住んでいた人には、学者や、小説家や、ベンチャー起業を立ち上げた方もいます。
これはすべてのクリエイターや作品に言えると思いますが、この場所は、常識の幅を広げる役割がすごく大きい。「なんであんなの造ったんだろう?」「あんなものができるなら、こんなこともやっちゃえ」と刺激とやる気を受けるのでしょう。実際にそれぞれの分野で実際に結果を生み出していかれることに、こちらも驚いています。
三鷹天命反転住宅のこれから
――松田さんはそもそもなぜここのスタッフになったんですか?
松田 実は僕、もともと建築も美術もまったく関係ない仕事をしていたんです。でも20代前半のある時、たまたま岐阜にある荒川+ギンズが作った『養老天命反転地』に行って、とても感動しました。私にとって誰かの作品に触れて震えるという体験は初めてでした。それで荒川+ギンズのファンになったんです。
当時、荒川+ギンズにはWebサイトがなかったんですよ。それなら僕がつくろうと、2002年にニューヨークに住む荒川+ギンズにドキドキしながら連絡しました。そうしたら荒川が電話に出て「君みたいな気持ちはとってもありがたいけど、これから長い人生があるから、君なりに頑張りなさい。応援してるから」って丁寧に断ってくれました。でも僕は往生際が悪かったので(笑)
ここまできたら勝負だと「いや、僕、作ります」と食い下がって、東京に出来ることになっていたこの事務所を紹介してもらいました。
荒川の対談インタビューの中で「君達が立ち上がるんだ」という言葉を読んで「僕も立ち上がるんだ!」と思ったままここまできましたね。周りの人達には「あいつは急になにを始めたんだ!?」とびっくりされました。でも、そうやって行動することで三鷹天命反転住宅に関わることができ、現在のよう住宅をたくさんの方に体験していただけるようになりました。
――天命反転住宅について、今後の展望は?
松田 新しい街を作ることです。荒川とギンズはずっと「天命反転の街を作りたい」と言っていました。天命反転住宅は9部屋ですが、いずれは50軒や100軒の住宅が集まる街を作りたいと、モデルを描いているんです。
このイラスト全体が街の構想で、中心が岐阜の養老天命反転地、うちひとつが三鷹です。未来を想定した『MUSEUM OF LIVING BODIES』と言うんです。
彼らが最初に考えたのは、これからの美術館では絵を飾ることはもう古い。新しい美術館は人が住んでそこに居る生活を見たり体験するものだ、と。つまり、住んでいる人の身体も作品であり街そのものが美術館なんです。
この三鷹もそうですよ。いろんな人が住んで、刺激を受け、別の価値を生み出しています。それを大きな規模にしていこうという構想です。
荒川もギンズもすでに亡くなってはいますが「僕達がやっていることは新しいサイエンスだ。」と言っていました。科学は誰でも再現可能なものなので、次の世代に残された者がそれを証明しなければいけない。そのために街を作ろうというのは大きなテーマではあります。
――実現しそうですか?
松田 簡単ではないですね。建築には大きなお金が動きますから。それでも、三鷹天命反転ができてから10年以上経って、「あんな建物があってもいいんだね」「住むのも楽しそう!」と親しんでくださる方も増えました。受け入れて知ってもらうには体験が必要なので、まずは来ていただけるように見学会をおこなっています。その後に宿泊を希望される方も多いですよ。とくにクリエイターには、この場所からヒントをもらって自分の表現活動をしようという方もいます。
――次の世代のクリエイターに繋がっていますね!
松田 荒川+ギンズは、若い人たちに強い希望を持っていたと思います。「僕たちができることは、君たちにもできるんだよ。僕たちは特別じゃないんだ」としきりに言っていた。「だから、君たちもどんどんいろんなことをやってほしい。やるのであれば、このぐらいのことをやらなきゃダメ」と、どんどん作品を生み出してきました。同時に「なんで21世紀に絵なんて描いているんだ?」とも言っていました。「あえてこの多彩な表現ができる時代に平面の作品をつくるなら、なぜ、誰に、どうやって伝えるかを考えなきゃダメだよ」と。
ものづくり、って本当に大変だと思います。荒川+ギンズと同世代のクリエイター達は新しい時代を作ってきました。ただ、先人はすごいけれど「いや、俺がもっとこんなことをやってやる!」という意気込みで本気で頑張れば、21世紀にはもっとすごい人が出てくるんじゃないかという期待がありますし、これからそういう現場にたくさん立ち会うことができれば私たちも嬉しいです。
住む人が“続けていく”住宅
見学会は事前予約で参加できるが、さらに4日間からのショートステイをすることもできる。こんなカードが渡される。
32枚のカードになにが書かれているかというと、それは建築する身体になるための使用法だ。短いものをいくつか紹介しよう。
【使用法その5】
2〜3歳の子どもでもあり、100歳の老人でもあるという者として、この住戸に入ってみましょう。
【使用法その18】
すべての部屋を、死なないための方法を学びたがっている、親しくしている親戚のように、あるいは親友のように扱いましょう。
【使用法その30】
すべてのぶらさげ家具を、自分の動きの延長として扱いましょう。
この使用法に従うと、まるで目が見えず耳も聞こえなかったヘレン・ケラーのように、身体のいろんな感覚を使って住宅を体感することになる。ちなみにこの建物の正式名称は『三鷹天命反転住宅~In Memory of Helen Keller~』。そう、ヘレン・ケラーの名前が入っているのだ。
使用法の最後には、“つづく”の文字が入っている。
松田 これは荒川+ギンズからの一番大事なメッセージなんです。“つづく”というのは、この住宅は完成していない、ということ。住宅には、その人の身体に合った使い方があります。だから住宅の使用法の続きはそれぞれ自分たちで見つけて作っていってほしいのです。
訪れた人はここで過ごすことで刺激を受け、それぞれの続きを作っていく。実際にここに住み、本を出した人、会社を立ち上げた人、映画をつくった人、研究者として成果を出した人などさまざまな人がいる。クリエイター達が惹かれ、刺激を受け、今この時も新しい時代を創り続けているきっかけとなる場所なのだ。
インタビュー・テキスト:河野 桃子/企画・撮影:ヒロヤス・カイ/編集:CREATIVE VILLAGE編集部
Reversible Destiny Lofts Mitaka – In Memory of Helen Keller, created in 2005 by Arakawa and Madeline Gins, © 2005 Estate of Madeline Gins.
三鷹天命反転住宅について
- 住所:東京都三鷹市大沢2-2-8
- アクセス:JR中央線「武蔵境」駅下車、南口よりバスもしくはタクシー