フリーランスの助監督として山崎 貴監督、中村 義洋監督ら数多くの作品に携わり、08年の『キズモモ。』(脚本も担当)で長編映画監督デビュー。12年には麻生 久美子と大泉 洋が競演したホームコメディ『グッモーエビアン!』がスマッシュヒットとなりました。その山本監督の最新作は、猫好きの、猫好きによる、猫好きのための人気コミックス『猫なんかよんでもこない。』の映画化。自身も猫と共に生活する山本監督に、本作の撮影のことや、監督という仕事について思うことなど、お話を伺いました。

■ フリーの助監督としてのスタート

IMG_3494映画監督というと、映画学校を卒業して…という人も多いかもしれませんが、僕の場合は少し違います。総合大学の経済学部経済学科を卒業して、在学中もずっとバンド活動をしていました。自分は音楽で食べていくと思っているくらい、適当な学生だったのですが(笑)、売れずに苦労している先輩も知っていたし、ネクタイを締めないで就ける楽しそうな職業ないかなぁと、緩い就職活動をしていました。

その中で見に行ったテレビ制作会社の現場で、「監督をやりたいの?それともプロデューサーをやりたいの?」と聞かれたんです。どちらもよく分からないから(笑)監督は偉いのかなと思って「監督志望です」と答えたら、現場の助監督を手伝うように言われて、バイト感覚で行ったのがテレビドラマの撮影でした。それが現場経験の1本目になりましたね。
すると、そのテレビ制作会社の演出部チームに関わる助監督は、フリーが8割方の状況で、自分もフリーでやっていこうと、その会社には就職しなかったら、1本目のテレビドラマが終わるや否やフリーになってしまったという…(笑)スタートはそんな感じでした。

ただ、ずっと続けていたバンド活動は後の『グッモーエビアン!』にも活かされています。パンクバンドのギタリストだった母親が登場する『グッモーエビアン!』の劇中エピソードは、原作もありますが、ほぼ自分の実体験だったり、自分自身が見て来たものだったり…。今回の『猫なんかよんでもこない。』もそうですが、自分で脚本を書いて映像化する時には、自分の体験と繋がっていて、自分の中から出てくるものでないと、なかなか作れないですね。

 

■ 毎日がスケジュールと違う撮影! そのライブ感を楽しむ

『猫なんかよんでもこない。』は、シリーズ累計発行部数30万部を突破した人気実話コミックスの映画化です。1巻が出た頃、プロデューサーから「猫好きでしたよね?こんな漫画があるんですけど」と手渡されたところが始まりでした。

そこから林民夫さん(『白ゆき姫殺人事件』など)と共に脚本を作り、撮影を始めるのですが、毎日スケジュールと違うものを撮っていましたね。

(C)2015杉作・実業之日本社/「猫なんかよんでもこない。」製作委員会
(C)2015杉作・実業之日本社/
「猫なんかよんでもこない。」製作委員会

大前提として猫に合わせないといけません。猫の自然な表情、動きを引き出すためには、猫たちに、その場所に慣れてもらわないといけないので、役者陣が一番大変だったと思います。
現場では“猫がどんな動きをしようが、何をしようが芝居は続ける”というルールを作っていました。スケジュール上では、今日はこのシーンを撮ると決まっていても、猫がそのコンディションになっていなければ別のシーンになるものだと思っていて欲しいというのは伝えていましたね。子猫が寝てしまったら寝ているシーンしか撮れないし、お腹が空いて走り回ったら、動き回るシーンしか撮れない状況に、いかに臨機応変に対応できるか、そこにスタッフ全員のプロ意識が働くように仕向けていた感じです。

(C)2015杉作・実業之日本社/「猫なんかよんでもこない。」製作委員会
(C)2015杉作・実業之日本社/
「猫なんかよんでもこない。」製作委員会

それは、通常の映画の撮影ルールとしてはあり得ないことなんです。あっちのシーンを撮って、次にこっちのシーンを撮って、また半年前のシーンで…と進行するのはスタッフにとってすさまじく大変な作業なので。
でも、猫に合わせることを諦めて、人間に猫を合わせようとした時点でこの映画は負けだということを常にスタッフ、キャストに伝え続けました。本当にスケジュールと違うものを毎日撮っている感じで…でも、それがライブ感として凄まじく楽しかったです。これまでの20何年間でも経験したことがないくらいの、書いてあるスケジュールと撮るものが全く違う2週間ちょっとの撮影期間でした。

 

■ 映画監督は「伝える」ことが仕事

(C)2015杉作・実業之日本社/「猫なんかよんでもこない。」製作委員会
(C)2015杉作・実業之日本社/「猫なんかよんでもこない。」製作委員会

『猫なんかよんでもこない。』の現場でもそうでしたが、映画監督というのは、スタッフやキャストに自分がこの作品をどうしてこのように描きたいのか、何が大切で、どうお客さんに届けたいのかということを、伝え続けなくてはいけない仕事なのだと思います。
自分が演じるわけでもないし、カメラを持つわけでも音楽を作るわけでもないので、この映画をこう届けたい、と「伝える」ことが映画監督の仕事の全てです。
そのためには、自分自身の芯、何でそう思うのか、何を良いと思うのかという自分の核を常に持っていないといけないと感じます。

(C)2015杉作・実業之日本社/「猫なんかよんでもこない。」製作委員会
(C)2015杉作・実業之日本社/
「猫なんかよんでもこない。」製作委員会

自分自身の核は、若い頃に形成された感覚があって…そこから引きずり出してこないと本物が出てこないような想いがあります。初めて人と死に別れた瞬間の想いや、中学生の頃に抱いた恋心や、自分の若い頃の影響などを織り交ぜてリアルなものを作っていくしかないように思います。テレビで見てかっこ良いと思ったものの真似事のような作り方では、スタッフも動かせないし、キャストも動かせないので、その先にいるお客さんまで届けられるはずはないと思っているので。これから映画監督になりたいという方には、自分のコアになる部分を明確に持って、こう描きたいということを伝えられるようにして欲しいですね。

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■ 舞台での新たなチャレンジ

2015年は、演劇集団UNCHANGED旗揚げ公演「In the sky with☆ダイアモンド」(9月30日~10月4日at劇場HOPE)の監督・脚本を手掛けたことで、これまでの映画制作とは違うアプローチも行いました。

IMG_3467音楽で例えるなら、レコーディングとライブの違いのようなものですね。映画はレコーディングに近くて、お金があれば1年、2年かけてゆっくりアルバムを作る中でやり直しもできます。それに対して舞台は、演者や照明の皆と時間をかけて稽古して積み上げていくことはできるんですが、ステージに立つと目の前のお客さんに伝えるという行為のみです。まさに生き物として、その場でお届けすることになるので、毎ステージ、伝わるニュアンスも違って、映画とはまた違う面白さを感じましたね。

そもそも舞台に挑戦してみたいと思ったのは、すごく自由に生々しいものをやってみたかったからです。
僕はオリジナルで映画を撮れている作家ではないので、どんな作品をやるにしても、何らかのアプローチ…今回だったら猫で、その中に自分らしさをどう出してくかという作り方なので。
そういう方法ではなく、自分の中から出て来たもの「これをやる」というものを出して、そのために必要な人を集めて、それを役者とだけ磨き上げていく、ということをやってみたかったんです。

映画の場合、お金を集めるのは僕ではないし、出資する人の想いも受けて、削られたり細められたりする自分をもう一度膨らませて、熱量を足していくのが撮影現場で、最終的に自分のものにするためのいろいろな方法があるんですが、舞台にはそこがなくて。今回は“最初から最後まで自分”という荒削りなものをやってすごく楽しかったんです。

でも、それは客観性を失うものなので、ある意味、危険でもあって。狭い世界を満足させていれば楽しいとなってしまえば、次に繋がっていかないので。やはり制約がたくさんある商業映画の中で勝負を挑まないといけないのと同じように、舞台でも小劇場の良さもありますが、今後も挑戦する機会があれば、さらにステップアップしていきたいと思っています。

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■作品情報

『猫なんかよんでもこない。』
1月30日(土)TOHOシネマズ新宿ほか全国公開

(C)2015杉作・実業之日本社/「猫なんかよんでもこない。」製作委員会
(C)2015杉作・実業之日本社/「猫なんかよんでもこない。」製作委員会

出演:風間俊介 つるの剛士 松岡茉優
監督・脚本:山本透  共同脚本:林民夫

■オフィシャルサイト

http://nekoyon-movie.com/