コロナ禍で人に会うのが以前より気軽ではなくなったけれど、体温を感じられるデザインには誰かの日常をより素敵にする力がある―――。
そう思えたのは緊急事態宣言下で実行した様々なデザイン企画がきっかけだったと、オイシックス・ラ・大地株式会社 髙橋凪沙さんは言います。
会員制の食品ECを運営する同社でデザイナーとして働いてきた髙橋さん。
在宅中に子育てしながら家事を頑張るお客さまの「手荒れ」が増えていると気づき、ビンゴゲームをしながら子どものお手伝いを促す『お手伝いBINGO』というデザイン企画をいち早く発信しました。
企画・リリースを経てみえてきた、デザイナーの役割やデザインの可能性についてお話を伺います。
オイシックス・ラ・大地 サービス進化室 デザインセクション所属のデザイナー。
筑波大学芸術専門学群卒業後、デザイン制作会社を経て2019年にオイシックス・ラ・大地に入社。主にOisix ECのプライベートブランドの商品パッケージデザインを担当している。
コロナ禍の家庭に寄り添う『お手伝いBINGO』
──まずは、企画の経緯を教えて頂けますか。
緊急事態宣言が出た4月、「おうちでお花見」という企画で『桜モビール』というアイテムをつくったことがありました。
デザイナーや企画部が一緒になってアイデアを出して、お客さまへプレゼントしたらすごく反響がありました。
それで「そうか。こんな風に他にもデザインのアイデアで、お客さまに喜んでいただくことができるんじゃないか」と思ったんです。
普段は主にパッケージのデザインをしていて、企画を立てる機会は多くありませんでした。自分から企画を立てたいというタイプでもなかったですし。
でも今回は「世の中になにができるだろう?」といろいろな案を探してみて、社長とのミーティングのなかでHope Soapというものを知ったんです。
──Hope Soap、石鹸のなかにおもちゃが入っていて、手を洗うことでおもちゃが出てくるWHOのアイデアですよね。
そうです。南アフリカでは感染症の発生率が70%も減ったそうです。 このHope Soapみたいに「楽しく、さらに正しい行動を促せるきっかけになるもの」ができたらいいなと考えるようになりました。
社長にも「そこまでできるといいよね」と言っていただいたのですが、たくさん考えてもなかなかいいアイデアが浮かばなくって……。
そこで、いろいろな人に意見を聞いてみようと、Slackの社内雑談チャットに「お手すきの時にでもアイデアいただけませんか?」と投げかけてみました。
たくさんのアイデアを頂くことができ、その中に「手荒れに困っているので、寝る時用手袋がほしい」というママさんデザイナーのコメントがあったんです。
──そこで「手荒れをデザインで解決する」という企画コンセプトが生まれたのですね。
いたるところにアルコール除菌が置かれるようになって、「たしかに、手荒れで困っているな」と自分ごとにしやすい悩みでした。
社内にはアルコール除菌と合わせてハンドクリームも置かれていたのですが、実際に困っている人がいるからハンドクリームがあるんだなと思って。
もっといろいろな人に聞いてみたくなって、Twitterで「手荒れ」についてアンケートをとってみました。その結果、82%の方から「気になる」と回答がありました。
お皿洗いがダントツで気になる場面でしたね。おうち時間が増えたので、食事を作る回数が増えたというのもあるようでした。
重要視したのはスピード感──少しでもはやくユーザーに届けたい
──実際にどうやって「手荒れ」を解決するかはどのように決定されたのですか。
そこは、かなり悩みました。
当時はコロナの影響もあり、社内はお客さまに商品を届けることでいっぱいいっぱいでした。手袋を送ってあげることができないので、「ご家庭のなかでできることで何か…」と考えた時に「家族みんながお皿洗いのお手伝いをやってくれるようになったら負担が減るんじゃないかな」というアイデアが浮かんだんです。
あみだくじとか、シールとか、いろんなアイデアが出たものを、お子さんがいる社員に相談してまわり、最終的にビンゴに決めました。
──企画から実行までがすごく速かったそうですね。
スピード感が大事でしたね。「手荒れが困る」という声が届いた時点で、すでにお困りごとは顕在化しています。できるだけ早く、このコロナ禍でできる事をやらなきゃいけないなという気持ちがあったので、すぐにビンゴをつくり始めました。
ふだんはお客さまの声を大事にしながらデザインしていきますが、『お手伝いBINGO』に関しては発案から1週間くらいでサイトと動画を公開しました。
自分自身もテレワーク中だったので、作ったものをSlackチャットに投げて、反応をいただいたらすぐに反映して……とスピード感を意識していました。
今振り返るともっと丁寧にできることはあったのですが、なによりも早く届けることを優先したんです。
──ビンゴのデザインではどんなことを意識されましたか?
まず、パッと見た印象が楽しそうだということ。
「これがあるからお手伝いしなきゃいけない」という気持ちにならないように、できるだけカラフルにしたり、わざと線をガタつかせて手描き感を出したりしました。
色も、ピンクやブルーといくつか用意したほか、自分で中身をアレンジできるものも作りました。
ビンゴが揃ったらゴールですが、こちらで報酬を指定するのは楽しさから離れてしまうと思ったので、それは決めませんでした。ご家庭によって「お菓子をあげましょう」とか「お小遣いアップします」とそれぞれ設定して楽しんでくださったみたいです。
──『お手伝いBINGO』をリリースしてみていかがでしたか?
企画そのものに対して「子どもだけじゃなくてお母さんのことも守ろうというのが嬉しい」という声が多かったです。「消毒で手荒れしていることに気づいたし、子どもに手のマッサージをしてもらって気持ちいいし可愛いし嬉しかった」と言っていただきました。
私も「世の中のお母さんたちが癒されてほしい」という発想だったので、嬉しかったですね。
また、私も気づきがありました。デザインって情報を伝えるためのツールみたいなイメージがあったんですけど、今回デザインとアイデアでお客さまを楽しませるという企画ができて、デザインって正しいことに繋げられたり楽しいアイデアを伝えられたりすることができるんだと改めて実感しました。
デザインができること、“価値のある体験をつくる”
──オイシックス・ラ・大地のデザイナーとして、デザインの魅力や役割をどうとらえていますか?
もともとオイシックス・ラ・大地に入社したのも、お客さまの反応が見たかったからなんです。
前職はインハウスではなくデザイン会社だったので、最終的にお客さまの声を自分で聞く機会がほとんどなくて、悔しい思いをしていました。
Oisix ECは会員制ということもあり、お客さまとの関係をすごく大事にしています。
お客さまに直接ヒアリングをしたり、アンケートをとったりする機会がとても多い。
商品を売るとなると、どうしても訴求することを考えてしまってちょっと冷たい一方通行感があると思うんです。でもオイシックス・ラ・大地でデザインをするようになって、もちろん数字も見るけれど、お客さま一人ひとりを見ることで、デザインからお客さまとの繋がりを作っていくことができると感じています。
たとえば、お正月のおせちをつくる時に、社長は「何万台、何億円を売るという感覚で販売するのではなく、日本人にとってすごく大事なおせちを、ひとつの家庭に一台送る。それを何千回、何万回やると考えなさい」と毎年言われます。
私がふだん商品のパッケージデザインをする時は、商品を買ってから届いて開けてパッケージを捨てるまでの一連の作業を自分でやってみて、そこで考えられるお客さまのセリフを全部書きだしてみます。具体的にお客さまがどう行動してどう感じるかをイメージすると、体温のあるデザインができるんじゃないかなと思っています。
そうすると会社を身近に感じていただけるし、デザイナーとしてもお客さまが実際に喜んだり楽しんでくださるお声がひしひしと伝わるので、やりがいがありますね。
──お客さまのセリフを具体的にイメージすることで、どんなデザインのアイデアが生まれてきますか?
そうですね、たとえば「商品が届いた時には見えないけど、開けたら見えるところに何かメッセージがあったら面白いな」とか。
ほかにも牛乳パックに描いてある牛のイラストをクリスマス時期にサンタさんの格好にして、「それはOisixサンタのいたずら」という物語をInstagramに投稿したり…。
オイシックス・ラ・大地には「お客さまを裏切れ」という行動規範があるんです。裏切るというのは、サプライズを仕掛けるということですね。お客さまがちょっと「うふっ」としてくれたらいいなと探りながらデザインしています。
──高橋さんが考える、デザインやデザイナーの役割とはなんでしょうか?
そうですね……デザイナーは、商品の魅力をそのまま説明するのではなく、体験することで実感する仕組みをデザインしてるんだと思います。
『お手伝いBINGO』であれば「お手伝いしようよ」と声をかけるだけじゃなく、楽しみながら無理なく課題を解決できる仕掛けを作るとか、そういうことができるのがデザインの力なのかな。
大事なのは実際にお客さまにどういう体験をして欲しいか、お客さまにどう思って欲しいか……一方通行ではない価値のある体験を作ること。デザインならそれができるということを、今回『お手伝いBINGO』を作るなかであらためて強く感じました。
──本日はありがとうございました。
インタビュー・テキスト:河野 桃子/撮影:SYN.PRODUCT/企画・編集:澤田 萌里(CREATIVE VILLAGE編集部)