ミュージックビデオ、CM、広告、雑誌のアートディレクションなど、様々なものづくりを続けてきた紀里谷和明さん。映画監督としても『CASSHERN』『GOEMON』を送り出し、3作目となる最新作『ラスト・ナイツ』ではハリウッドデビューを果たしています。「こうあるべきだ」という業界の仕組みと決別するため、クリエイターの為のSNS・FREEWORLDを主宰するなど、多様な試みも取り入れている紀里谷さんに、ご自身のことやクリエイティブにとって大切だと思うことなど、お話を伺いました。
■ 自由であることの尊さを学んだ、アメリカでの学生時代
アートやクリエイティブに興味を持ったきっかけは、15歳でアメリカに渡ったことです。それまでの生活では、アートは自分が生きている世界とずいぶんかけ離れていたし、アートに携わる職業に就くとは思ってもいませんでした。
でも、アメリカではミュージックビデオが盛んに作られていた時期で、いろいろな音楽に触れる機会もあり「こんなに面白いものがあるんだ」と感激しました。
バンドをやっている人も周りに多くいて、僕もできるかなと思って、そこから急激に音楽やアート、写真などに夢中になっていきました。
そしてマサチューセッツ州にあるケンブリッジスクールというアートに強い高校に入りました。そこは「NO」ということがない世界でした。何かをやりたいと言ったら応援してもらえるし、校則もないし、圧倒的な自由しかない。僕は、クリエイティブは自由であることが第一前提だと思っています。そのような環境で高校時代を過ごして、パーソンズ美術大学に進むことになるのですが、学校では映画も写真も勉強していません。徹底的に取り組んだのはデッサンですが、一番学んだのは“自由であることの尊さ”だと思います。
■ 「何を作るか」が一番重要
学生時代に夢中になった音楽を続けながら、Photoshopに出会った時は、「これなら自分のイメージしたものを作れる」という想いを抱きました。当時はデジタルフォトグラフィーという言葉もないような時代で、僕も最初は「Photoshopで下絵を描くくらいなら、写真を撮った方が早いんじゃないか」と思っていましたが、ものづくりの幅は多様に広がっていきました。
映像制作において、ハリウッドと日本、二つの制作環境を経験し、両者の違いについて聞かれることも多いのですが、その違いを論じるのではなく、「何を作るか」が一番重要なことだと思います。
それなのに、「今、業界がこういう仕組みだから映画は撮れない」「お金がないから映画が撮れない」と、仕組みにばかりこだわって実際の行動に出ない、という人もいますよね。でも、それはその人がやりたいこととは全く関係ない。そうやって業界のことばかり気にしていると、実際作り始めたとしても、自分が本当に作りたいものは作れないんじゃないかと思います。写真でも音楽でも映像でも、クライアントや利益、視聴率などばかり追いかけてしまうと、「なぜこの仕事をしようと思ったのか」「作りたいものがあったんじゃないか」ということに対して追求しなくなってしまう。だから、業界や既存の仕組みについては、考えない方が良いと思います。
それよりも「何を作りたいのか」が大切で、それを実現するためにクリエイティブに携わっているんですよね、そこを忘れてはいけないと思います。
■ 業界のシステムと決別するための、新たな仕組み作り
「何を作りたいのか」を見失って、本来なぜ写真を撮ろうと思ったのか、映画を撮ろうと思ったのか、ということを忘れてしまう人が増えてきている気がします。
クリエイティブでも芸術でもなく、一つの仕事にすぎない、という状態を継続していくと、自分の中の自由や柔軟性が削がれていってしまいます。そしてそれが当たり前のようになり、次の世代にも継承されていく。そのループから逃れられないと本当の意味で自由にはなれないし、自由でなければクリエイティブなことはできないのではないでしょうか。
と言うのも、芸術は、受け取ってくださる方々の想像を超えるものを提供しなければならないものだし、それは自由でなければ作れないと思うんです。なので、新たな仕組みを構築して、既存の業界やシステムを打破しようと試みています。
その仕組みの一つが、FREEWORLDというクリエイターの為のSNSです。FREEWORLDにはクリエイターが作品を寄せる場があり、作る人と、それを求める人が出会える場があります。
実際、三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBEの『Unfair World』のミュージックビデオでカメラマンを担当した方とは、FREEWORLDで出会いました。その方が、FREEWORLDに挙げてきた作品を見て、僕から声をかけて一緒に作ることになったんです。僕のように才能を探している人もたくさんいるので、挑戦しようとしている人たちは、見ている人がいることを信じて発信し続けて欲しいですね。発信しないと仕事にも繋がらないですから。
FREEWORLDは、まさに業界のシステムと決別したものができないかと模索した結果です。今作で、自ら映画の配給やプロデュースに携わっているのも、同じ考えからですね。
■ どれだけ自由になれるのか
最新作『ラスト・ナイツ』は精神の話であり、魂の話であり、目に見えない、触れられないものの話です。僕はそういうものを“感じる”ことが重要だと思っています。でも、なかなか今の社会や業界では歓迎されない。なぜなら、感じられない人たちが業界に増え、本来なら感じるべき作り手や観客すら、型にはめこんでジャンル分けしようとする。
人も作品も簡単に割り切れるものではないと思います。これはアクションなのかドラマなのか恋愛なのかではなくて、そこには自由があるはずなんです。子どもが画用紙に描いた絵に対してジャンル分けしないですよね。でも、それをやりがちなのが、今の業界のシステムです。子どもは描きたいものを描いただけなのにジャンル分けすることで、お金を生み出します。そうすると産業になって、親が「こういう絵を描かなきゃダメよ」と言い出して、それまで自由に描いていたのに、作る喜びが奪われていくんですよね。僕はそこは断固として闘いますよ。そういうものじゃないと思うんですよ、何かを作るって。
そして、受け取るお客さんの側にも、自分が見たことを自由に感じて欲しいです。
最近では、業界のために作っている人が増えている気がします。業界の理屈で作られたシステムが良しとするような作品は、誰にでもできるし、そういう作品が正しいと若者たちが信じ込んでしまって、闘おうともしないし、闘うべきということに気が付いてもいないのではないでしょうか。
クリエイティブに携わる人にとって知識や情報はどうでも良くて、大切なのはどれだけ自由になれるのか、自由に作っているのか、どんな新たなものを提供しようとしていて、何を破壊しようとしているのか、ということだと思います。それでしかないということを強く伝えたいですね。
■作品情報
『ラスト・ナイツ』
11月14日(土)TOHOシネマズ スカラ座 他 全国ロードショー
出演:クライヴ・オーウェン モーガン・フリーマン クリフ・カーティス
アクセル・ヘニー ペイマン・モアディ
アイェレット・ゾラー ショーレ・アグダシュルー 伊原剛志 アン・ソンギ
監督:紀里谷和明
米国配給:LIONSGATE
提供:DMM.com
配給:KIRIYA PICTURES/ギャガ
PG-12
■オフィシャルサイト
●CREATIVE VILLAGE編集部『ラスト・ナイツ』観賞メモ
極彩色の『GOEMON』の世界から一転、色調は抑えながらも、中世ヨーロッパを思わせる重厚な世界が目の前に広がります。最初は、その映像の美しさに引きこまれ、気付けばストーリーにどんどん惹きつけられていく。「主君への忠誠心」…文字で書くと、とても硬い印象になってしまうこの言葉が、こんなにも、すっと心の中に入って来ることに驚きつつ、ラストにじんわりと余韻の残る映画でした。