アニメーション制作会社で『ドラえもん』などの演出を手掛けた後、フリーのアニメーション作家となった原 恵一さん。映画『クレヨンしんちゃん』シリーズや『カラフル』など、大人も楽しめるアニメーションの作り手として、各方面から高い評価を受けています。最新作『百日紅 ~Miss HOKUSAI~』の公開に際し、原さんにお話を伺いました。
■ ただ子どもが楽しめれば良いというアニメーションでは物足りない
小さい頃から絵を描くことが好きで、高校卒業後は、東京デザイナー学院に進みました。そこを選んだきっかけは、専門学校のガイド本を見ていた時に“アニメーション”という言葉が目に留まったからです。東京デザイナー学院にはアニメーション科が設けられていて、専門的に学べることに魅力を感じて、進学を決めました。
でも、当時は日本でのアニメーションの制作数も少なく、就職先も見つかりませんでした。そんな中、転機になったのは東京ムービーという会社の見学ツアーに参加したことでしたね。東京ムービーの作っているアニメーションが好きで、『ルパン三世』シリーズの監督の方に「どうしたら東京ムービーに入れますか?」と直談判しました。
そしたら、その監督もフリーで携わっていて「君を入れてあげる力はないけれど、演出をやりたいなら、絵コンテを書いてきたら見てあげるよ」と言われて『ルパン三世』の台本を渡されました。後日見せに行ったら「本当に書いてくるとは思わなかった」と言われましたが(笑)そこで熱意が伝わったのか、その監督に紹介してもらって、テレビCMやPR映画を制作する会社に入ることができました。
その会社では制作として一年半くらい働きました。CM制作はクリエイティブな世界ではありますが、最終的なジャッジを行うのはクライアントです。そうすると、だんだん仕事への意欲がなくなってきてしまって(笑)社長にもその気持ちが伝わっていたようで、ある日社長から「君、やっぱりアニメーションがやりたいんじゃないのか?良かったらアニメーションのシンエイ動画に知り合いがいるから紹介してやるよ」と声をかけてもらって、それでシンエイ動画に入社しました。
当時のシンエイ動画は『ドラえもん』をメインで制作している会社でした。藤子不二雄作品を多数手がけていて、最初に配属されたのも『怪物くん』の班で、そこで制作進行の仕事を始めました。小さい頃から願っていた「絵を描く仕事」の現場でしたが、藤子・F・不二雄先生が本当に好きだったので、シンエイ動画で制作している『ドラえもん』に、あまり味を感じないな、という不満があったんですよ(笑)ただ、当時『ドラえもん』は毎日O.A.があったので、そうするとクオリティーはそんなに上げられないですよね。そのような、入ってみて初めて分かる事情もありましたが、その後、『ドラえもん』の演出助手を経て演出になり、それがアニメーションの仕事としては原点ですね。
それから『クレヨンしんちゃん』の映画など、多くの作品に携わる中で、ただ子どもが楽しめれば良いというアニメーションでは物足りなく感じて、毎回、自分の趣味などをテイストとして取り入れるようになっていきました。
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■ Production I.G石川さんとの話が、企画のきっかけに
自分の好きなものを取り入れて作品にする、という意味では、今回の『百日紅 ~Miss HOKUSAI~』も正にそうで、前々から原作者の杉浦日向子さんの作品をアニメ化したいと思っていました。
杉浦さんの作品の魅力は、まずは演出力の凄さです。演出力に感嘆すると共に、嫉妬もしていました。杉浦さんは僕の1つ上でほぼ同世代なので、その人に、なんでこんな作品が書けるんだろうと。「百日紅」は杉浦さんが20代後半の頃に書いているんです。同年代の人がこんなに凄い作品を書くことに、毎回、打ちのめされると同時に悔しいなぁと思っていました。
杉浦さんの作品には本当に魅力的なものが多くて、古くから付き合いのあるProduction I.Gの石川さんに、一緒に仕事をできないかと思って話に行った時に「例えばこんな作品ができたら僕は嬉しいんだけど…」と杉浦さんの別の作品を提案したことがありました。
その時に石川さんがProduction I.Gで「百日紅」の企画を動かしたことがあったけれど、実現には至らなかったという話をされていました。後日、今度は石川さんから連絡があり、会いに行ったら単刀直入に「原さん、百日紅をやらないか?」と言われたのが、今回の『百日紅 ~Miss HOKUSAI~』の始まりでした。
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■ 「百日紅」の良さを伝えるために、杉浦さんの“いい道具”になる
今回、『攻殻機動隊』などで知られるProduction I.Gとの初タッグで『百日紅 ~Miss HOKUSAI~』を制作して、プロデューサーによるスタッフィングの素晴らしさを実感しました。優秀なアニメーターをたくさん集めてくれたので、画作りに関してあまり苦労はなかったです。
一番大きい問題は、僕が杉浦さんの「百日紅」を好き過ぎて、自分の書いている絵コンテが「百日紅」の良さを伝えきれていないような気分になって、大きなプレッシャーを感じたことです。
その状態から、手応えに変わったのは、制作の後半になってからでした。ラストのあたりは、憑き物が落ちたように手がどんどん動く状態になりました。
制作中、通して心に留めていたことは、とにかく杉浦さんの「百日紅」の良さを、読んだことがない人にもきちんと伝わるようにしなくては、ということです。僕は監督という肩書ですが、今回に関しては杉浦さんの“いい道具”になるという意識が芽生えていました。終わってみて、杉浦さんの良さを伝えるための“いい道具”になれたんじゃないかなぁと思っています。
■ “見ている人の心をざわつかせる”背景動画
今回、特にこだわったシーンの一つが、主人公のお栄が妹の元へ走っていく場面です。家の中から玄関まで走っていくお栄を追うために、背景動画という手法を使っています。
背景動画は、今では時代遅れの手法とも言えます。今だと3Dでカメラワークを作って、手書きのキャラクターを合成する方法が主流です。敢えて昔ながらの背景動画、一人の人間が全部背景もキャラクターも手書きで動かす手法を採った理由は、見ている人に「大変なことが起こっている」と感じさせることができるからです。背景動画の方が見ている人の心をざわつかせることができると思いました。
一人の人間が描くしかないので、あのワンカットだけで何か月もかかる大変な作業ですが、それでもあのカットは背景動画で作りたいと思いましたね。
その他にも、冒険だったのは、葛飾北斎の描いた波を動かすシーンです。北斎は海外での認知度も高い絵師で、偉大な芸術家の一人として認識している海外の人も多いので、北斎の描いた波がアニメーションで動くというのは、海外の人にも喜ばれるんじゃないかと思いながら作りました。
その確信があったので、今回、海外配給が決定したことに関してもあまり不安はなく、どんな反応があるのか楽しみにしています。
■ 苦手なものやダメな部分も、自分の武器に変える
これからアニメーションの制作などに携わりたいというクリエイターに対しては、今、なりたい自分になれていないことを、人のせいにしてはいけないと思います。そこのリスクは自分で背負わなくてはいけないと。あとは、自分のダメな部分は実は自分の武器だと思います。人間、結局、苦手なものやダメな部分は直らないんですよ、一生(笑)僕らみたいな仕事では、実はそれがその人の個性になるので、それは忘れないで欲しいなぁと。そこで無理してダメな自分を直そうとか、あまり思いすぎない方が良いと思います。だからこそ、多様な作品が生まれることにも繋がりますし。自分のダメな部分を受け入れて、それをどうやったら自分の長所、個性として出せるかを考えた方がいいと思いますね。
■作品情報
『百日紅 ~Miss HOKUSAI~』
5月9日(土)全国ロードショー
監督:原 恵一(『映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』、『河童のクゥと夏休み』、『カラフル』)
原作:杉浦日向子「百日紅」
出演:杏、松重豊、濱田岳、高良健吾、美保純、清水詩音、麻生久美子、筒井道隆、立川談春、入野自由、矢島晶子、藤原啓治
制作:Production I.G
配給:東京テアトル