日ごとにさまざまなシーンで活用されることが増えているAI(人工知能)。デジタル広告業界においても、AIを使った事業が拡大しています。
中でも業界大手のサイバーエージェントでは2016年に「AI Lab」を設立しマーケティング全般に関わる幅広いAI技術の研究開発を進め、2019年には「AI事業本部」を設立、AIによるクリエイティブ制作支援や、効果予測をはじめとする新規事業の開発が進んでいます。
今回は、そのAI事業本部でAIクリエイティブを統括する毛利真崇さんと、「AI Lab」リサーチサイエンティストの山口光太さんにご登場いただきました。
「AIをどのように使って広告制作をしているのか」、「今後クリエイターに求められるものは何か」など、Web業界のクリエイターが知っておいて損はないAI×クリエイティブの最新トピックを伺います。
株式会社サイバーエージェントAI事業本部 AI Lab研究員。コンピュータビジョン、機械学習を用いたWebメディアの分析研究に従事。現在はオンライン広告クリエイティブについて研究を進めている。2014年から2017年まで東北大学大学院情報科学研究科助教。2014年米国ニューヨーク州Stony Brook大学にてコンピュータ科学のPh.D.取得。在学中Google Inc.エンジニアインターン、Johns Hopkins大学にて自然言語処理ワークショップ参加など研究活動に従事。2008年東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。
毛利 真崇(もうり・まさたか:写真右)
株式会社サイバーエージェントAI事業本部AIクリエイティブDiv統括。2005年サイバーエージェント入社。広告代理事業の営業に従事した後、セントラルアカウントデザイン室を立ち上げ、広告プロダクトのアルゴリズム解析および運用設計、自動化ツールのプロダクトマネージャーを担当。2017年にAIクリエイティブセンターを立ち上げ、AIや3DCGを活用した広告クリエイティブの自動生成の研究を行っている。
効果の高いデジタル広告を作るために、AIを使って予測する
――お二人のキャリアについて教えてください。
毛利さん(以下、敬称略) 私は2005年に新卒でサイバーエージェントに入社し、インターネット広告代理事業でアカウントプランナーとして金融・出版・人材など多くの企業を担当してきました。
その後、統括としてサイバーエージェント全体の広告クオリティを上げる専門組織を立上げ、広告運用のオペレーション設計テクノロジー化と、AIを活用して広告クリエイティブの効果を爆発的に上げるようなサービスの開発を担当しています。
山口さん(以下、敬称略) 私は2017年入社で、当初からリサーチサイエンティストとしてAIを使ったWebメディアの分析研究をしています。サイバーエージェント入社前は大学で教員をやっておりました。
当時は画像認識の技術を専門に研究し、前職では大学院で博士課程を取るためにアメリカに5年半ほどいました。AIと言っても画像認識以外の領域もあり、自然言語も含めて研究しつつ、その間にもインターンでGoogleに行ったりしていましたね。
――お2人はお仕事でどのように連携されているのでしょうか?
毛利 以下の2つがあります。
- 現場開発の視点で、研究者へ技術の相談(クライアントの効果最大化、社内デザイナーの業務サポート)
- 研究者からの技術提案をもとに、新機能の発案やブラッシュアップ
普段からよく情報を共有・議論をしたり、今後の計画についても一緒に打ち合わせをしているため、とても距離が近いと思います。ちょっとした会話からも新しい技術について話題になるのでお互いに気づきも多いですし、一緒に事業をスケールさせる技術チャレンジをしています。
――現在取り組まれているAIを使った広告配信について、具体的にどのようなことをされているのでしょうか。
毛利 私たちがやりたいことは「効果の高いデジタル広告の制作」です。
その中で広告の「制作」と「効果の予測」は分けて考えています。
デジタル広告の特徴は、制作・配信するだけではなく、その後の効果が明確に把握できること。
どれだけ表示がされて(IMP)、どれだけクリック(CTR)されて、さらにはそこからどれだけ商品やサービスの購入に繋がったか(CVR)、が全てクリエイティブ単位でわかります。
「効果予測」に関しては、AIの画像認識機能を使って広告の効果を予測するという「効果予測エンジン」として、お客様に提供し始めています。
山口をはじめとしたAI研究者に、バナー・静止画・動画・テキスト等、フォーマットごとに研究を重ねてもらうことで効果予測エンジンの精度を上げています。
――広告クリエイティブの効果分析・制作フローについて詳しく教えていただいてもよろしいでしょうか?
毛利 現時点では、制作から効果分析までを一貫してAIだけで行うのではなく、デザイナーが制作した広告クリエイティブを効果予測エンジンで分析して、科学的に良いと証明されている広告クリエイティブのみを広告主様へご提供するという、デザイナーとAIが一緒に制作をするというフローです。
AIによってクリエイティブ毎の広告効果を予測し、クリエイターがAIを活用しながら広告クリエイティブを作り上げるという、まったく新しい制作プロセスにチャレンジしています。
もちろん、AIによる自動生成技術はチャレンジもしていますが、未だテスト段階です。こちらも完成すれば、より制作フローが大きくアップデートされると思っています。
AIとデザイナーがつくるクリエイティブを分けるのではなく『「効果予測エンジンと一緒につくる」協力体制がある広告のつくりかた』を、スタンダードにしたいと思っています。
――効果予測エンジンの精度は現在、どれくらいなのでしょうか。
毛利 広告効果予測の精度指標を社内で作っています。予測をかけた広告と、かけなかった広告で、効果が約3倍も差がついています。今後はAI(効果予測エンジン)の精度をさらに向上させるよう計画をしています。
――効果予測エンジンの制作にあたり、大変だった点はありますか?
山口 AIが効果予測するためには過去データが要なので、発足当初のデータが少ない状態で効果を予測することが大変でした。
毛利 現在では多数のデータを蓄積して、精度を向上させ続けています。
山口 今後は、デジタル広告の画像だけではなく、動画の細かい動きにまで対応し、効果予測の確率を上げていきたいと考えています。
ツールとしてAIを使いこなすことでアイデアが広がる
――お話を伺っていると、AI(効果予測エンジン)がクリエイターの代わりに何でもやってくれそうです。
毛利 そんなことはないです(笑)。さきほどの「効果予測」「制作」のフローに当てはめると現在のAIでは制作フロー全体を担えるものではないので、作り手としてクリエイターが必要です。私の捉え方としてAIによる効果予測エンジンは「Photoshop」のイメージなんです。
―― Photoshop?
Photoshopが出来る前は写真を合成するのに現像と修正が必要で、工数がかかりました。でもPhotoshopによって写真の合成が簡単になり、クリエイティブの作り方が一変しましたよね。
それと同じようにAIもデザイナーをはじめとしたクリエイターと共存することでクリエイティブの作り方ごと大きく変え、高い成果を出せると考えています。
――なるほど、Photoshopがクリエイターの可能性を広げたように、AI(効果予測エンジン)によって新しく生まれるクリエイティブもあると。
毛利 そうですね。例えば「効果を出さなきゃいけない」というプレッシャーの中で「本当は新しいトーンでクリエイティブを制作したいけど、ちょっと冒険しづらいな」と悩んでいる、クリエイターがいたとします。
例えば、AI(効果予測エンジン)で高い効果が予測されると、「AIが高い効果を予測しているからチャレンジしてみよう…!」とクリエイターも自分の挑戦に前向きになれますよね。
今までは過去事例の分析を行い、なぜこのクリエイティブになったのか、を説明する必要があったのですが、AIの効果予測が説明の代わりになるため、クリエイターはAIと向き合い続けることで、効果の高いクリエイティブ制作に集中できます。
よりクリエイターが、自分のアイデアを試しやすくなっていきます。一方で、広告クリエイティブを作った瞬間に効果が予測できるので、それを「配信する前に改善できてよかった」と思うか「自分の思い通りにならず辛い」と思うかでAI時代のクリエイターの働き方は変わってくるのですが…(笑)。
――自分の予測した効果が得られなかった際にその現実の受け入れ方によってクリエイターの働き方が変化すると。
山口 この課題も広告クリエイティブを編集したときになぜ予測結果が変わったのかを説明できるAI(効果予測エンジン)を作ることで、緩和できるかもしれません。
――効果予測の精度が上がるほど、クリエイターは「作りたい」ではなく「作らなくてはいけない」気持ちから制作をスタートする機会が増える可能性がありますよね。
山口 クリック数など、特定の指標に対して効果を上げたいと思ったときには、AI(効果予測エンジン)はその効果を最大化するために分析を行います。
もし、「AIが最大化したい効果」と「クリエイターが最大化したい効果」がずれていた場合は、クリエイターが予期していないクリエイティブのかたちに進んでいく可能性はありますね。
――それでもAIの予測に反してクリエイターが新しいものを生み出すことで、AIにとっては新たな分析対象になりますよね。
山口 そうですね、クリエイターがAI(効果予測エンジン)の予測と異なるクリエイティブを生み出すことでAIも考え方を変えるかもしれないですね。
過去のデータのパターンが多いほど、色んなことに対応できるようになるというのが、現在のAIの基本なので。
一方でデータを溜めるほど、より良い「効果」を出せるようにはなりますが、それは過去の経験に基づいた予測でしかありません。つまり、新規性のあるクリエイティブは生まれづらいですね。
――では将来的にもAIが絶対できないことはありますか?
山口 前提として現在「AI」と言われているものは「機械学習」技術を使ったサービスです。
「機械学習」は「過去のデータに似ているものが将来も起こるだろう」という前提でデータや画像を分析・予測します。つまり、
過去の作例が無いような新しいデジタル広告の制作をするためにAIを活用することはとても難しいですね。
クリエイターがこれから担っていく役割は「過去例がないアイデアで効果を出す」だと思います。
毛利 そうですね、だからこそ「AIを使いこなせるクリエイター」が価値を持ってくると思います。
――クリエイターにとっては、今後いかにAIを使いこなせるかが活躍のカギにもなりそうですね。
毛利 多くの社内クリエイターにAIのプロダクトを使ってもらってきた中で分かったことは、新しい技術ができたときに、それをチャンスだと認識し、過去の制作フローにとらわれずに「新しい作りかたを創造できるクリエイターは市場価値が高い」ということです。
AI(効果予測エンジン)の使い方は人それぞれで、AIの使い方そのものを作ったり、新しい使い方を見つけることができるクリエイターが活躍していくのではないでしょうか。
山口 そうですね。AIは効果予測のためだけではなく、新しい表現技法のためのツールだとも考えられますから。
現在でもAIによる画像・音楽の自動生成技術は存在します。
しかし、この技術がクリエイティブ業界で未だ活用されない理由は、生まれるクリエイティブがデジタル広告をはじめとしたプロダクトに使えるような精度ではないからです。
しかし、毛利が言ったように今は未熟なAIの表現技法を吸収して、自分の表現技法として取り入れられる人は非常に強いですよね。自分にしかできない表現を確立することで他のデザイナーと差をつけられる。そして、さらに価値が高まるのではないかと思います。
AIを上手く利用して、より価値の高いアウトプットが出せる機会にしてほしい
――では最後に、現代のクリエイターにAI活用についてアドバイスをお願いします。
毛利 AIは決して敵対する存在ではなく、クリエイターの能力を拡張してくれるツールだと思っています。
クリエイターの皆さんも「自分の能力をどう上げるか」「そのためにAIをどのように活用するか」という前向きな捉え方でAIと付き合っていけると、市場価値の高いアウトプットが出せるようになると思います。
山口 今後、サイバーエージェントが研究・提供しているような「AIを活用した新機能」が導入されるパターンは増えていくと思います。
だからこそ「ワークフローの変化を理解して使いこなす」というスキルアップのための前向きな姿勢が大事なのではないでしょうか。
インタビュー・テキスト:上野真由香/撮影:SYN.PRODUCT/編集:大沢 愛(CREATIVE VILLAGE編集部)
企業情報
■社名:株式会社サイバーエージェント / CyberAgent, Inc.
■本社所在地:東京都渋谷区宇田川町40番1号 Abema Towers
■設立:1998年3月18日
■代表者:代表取締役社長 藤田 晋
■資本金:7,203百万円(2019年9月末現在)
■事業内容:メディア事業・インターネット広告事業・ゲーム事業・投資育成事業
■URL:https://www.cyberagent.co.jp/