無料でプレイできる「フリーゲーム」。大手ゲームメーカーが制作する作品とは異なるニッチなテーマも多く、その中でも「フリーゲーム」の枠を越えて愛されている作品があります。
例えば、ゲーム実況から人気に火がついた『青鬼』シリーズ。リメイク版『青鬼オンライン』は2019年2月に200万ダウンロードを達成しました。
このようなフリーゲーム人気の中で、両手脚を失った少女の復讐劇を描いた『被虐のノエル』は「シナリオ」「イラスト」だけでなく、「サウンド」までも一人のゲームクリエイターが一から創作。RPG用制作ソフト「RPGツクール」(※)での制作にも関わらず、アクション要素をふんだんに盛り込んでおり、これまでにない革命的な要素を持つゲームです。
そんな『被虐のノエル』が誕生した背景をクリエイターのカナヲさんに伺いました。
ゲームマガジンで連載中の、フリーゲーム『被虐のノエル』作者。3年に渡る連載で、ゲームシナリオ・2Dグラフィックデザイン・作曲などを手がけ、個人でゲーム制作を行ってきた新進気鋭のクリエイター。代表作は『被虐のノエル』の他に、『虚白ノ夢』『心霊写真使い涙歌 七人ミサキの呪い』など。
※RPGツクールとは:「簡単にゲームを作りたい」ユーザーの思いをかなえるために生まれた、簡単にオリジナルRPGが制作できるソフト(https://tkool.jp/mv/about/index.html)
個人でゲームを作って生きていく
――そもそもカナヲさんは、『被虐のノエル』の前に、『虚白ノ夢』(2015)という作品で話題になっていますね。
自分の中でも、転機になった作品ですね。この作品は第5回「ニコニコ自作ゲームフェス」への応募作です。大賞は逃しましたが、4部門を受賞し、そこからイラストレーターの野崎つばたさんにイラストを担当いただいたノベル『虚白ノ夢』(KADOKAWA / エンターブレイン)も2016年に出版されました。
当時は大学卒業前で、就活の時期でした。この経験がきっかけになり「企業の中に入らずに、自分でゲームを制作する道」を選ぶことにしました。
――個人で活躍するインディーゲームのクリエイターを目指す道ですね。
2016年当時は、少しインディーゲームが盛り上がってくるような流れもあったんですよ。それにゲーム業界への興味はあったものの、就職活動の戦略として、そこを目指すのは現実的ではないと思っていたのもあります。
結局ゲームとは関係のない業界に就職して、その道を探っていたときに、自作ゲームフェスを主催したスタッフが立ち上げた「ゲームマガジン編集部」に声がけされました。そして、まずは一作ライトノベルのゲーム化をしたあとに、『被虐のノエル』で本格的に連載を始めていくことになりました。
『被虐のノエル』がフリーゲームの“革命”である理由
――その『被虐のノエル』も、連載3年目で遂に10話目に到達しました。プレーヤーの反応はいかがですか。
おかげさまで、ファンの人からは大きな反応を頂いています。
彼ら/彼女らの楽しみ方としては……これは僕が勝手に使っている「用語」なのですが、「少女漫画」的文脈と「少年漫画」的文脈があると思っています。
ある時期から、RPGツクールで制作された探索ゲームでは、「トラウマの克服」のような精神的変化やキャラクターの関係性をじっくり描くような作品が増えているんです。女性ファンも多く、この流れを僕は「少女漫画」的文脈と呼んでいます。でも、僕は少年漫画で育った人間でもあるし、もっと戦闘を楽しむような、「少年漫画」的文脈を少しでも持ち込みたかったんですよ。
――自分のやりたいことと、RPGツクール製ゲームのファンの好みの違いを感じていたということですか?
もちろん、「少女漫画」的文脈も、楽しく遊んできたんですよ。ただ、戦闘を中心に据えたような、男の子が好きな展開もやりたかった。だから、人気という点では不安だったけれども、第一話に少しだけ盛り込んでみました。そうしたら、意外にもプレーヤーの反応が良かったんです!
この反応に手ごたえを感じて、章が進むごとに戦闘場面を増やしていったら、第五話の辺りで、もはやバトル漫画のような展開になってしまいました(笑)。ところが、この五話で、連載の中盤にもかかわらず劇的にプレーヤーの数が増えたんです。しかも、「少女漫画」的文脈にしか興味がないと思っていた既存のファンからも反応が大きくなってしまって。
――意外な反応ですね。
僕も、驚きました(笑)。まさに「少年漫画」的文脈がプレーヤーに認められて驚くと同時に、新しいジャンルを開拓できたようで嬉しかったですね。最近のフリーゲーム事情を知らない人には分かりにくい話かもしれないですが……長く「少年漫画」的な文脈の作品がフリーゲームではなかなか陽の目を見なかった中で、これを「革命」だと呼んでくれる人もいて、凄く嬉しく思っています。
制作で苦労している点
――ゲームを「連載」していく中で、やはり他にも構想の変化は出てきましたか。
制作当初は今以上に謎解きが多い作品を考えていました。
当初は幻想的な『ICO』のような空間の中で、体のパーツが足りていない少女とそれを背後からサポートする騎士の二人組がいて、彼らがアクションをクリアすると主人公の体のパーツが増えて活動範囲や物語が広がっていく……みたいなゲームを構想していたんです。Steamのインディーゲームにありそうな感じですね(笑)。
――なぜ、それをやめたんですか?
制作が進行するにつれて、自分がこれまで遊んできて、自分でも実現したいと考えていたような謎解きは「実現不可能」だと判断したんです。
というのも、「RPGツクール」は結局のところRPGゲームを制作するためのツールであって、「え、こんなことが?」という簡単に見える内容でさえ実装が大変なんです。ツールの特徴と構想の間にミスマッチがあったんですね。そこで構想を練り直して、自分が好きだった「ノベルゲーム」の要素を取り入れたりしながら、「探索アドベンチャーゲーム」へと方針転換しました。
ただ、当初の構想では少女が騎士と2人1組で解く場面もあって、その名残は大悪魔・カロンと主人公・ノエルのコンビが登場する『被虐のノエル』にも繋がっています。
ゲーム制作を始めた経緯
――ちなみに、カナヲさんがゲーム制作を始めたきっかけは何だったのですか?
幼少期からゲームが好きで、小学生の頃には「自分でゲームをつくりたい」と思っていたんですよ。RPGツクールのプレイステーション版などを触るようになったのですが……当時はゲームを完成させられなかったんです。
ただ、「自分でつくること」それ自体には、やりがいを感じていたんでしょうね。高校生や大学生になってからも、当時、流行だったサウンドノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』や弾幕系シューティングゲーム『東方Project』などに影響を受けたような作品を作っていて、ノベルゲーム制作用のフリーソフトなんかも使ってましたが、完成はしていないんです。
――となると、初めて完成させたゲームはなんですか?
『はじめての宿屋さん』という、RPGツクールで制作した、RPGと経営シミュレーションを合わせたフリーゲームです。内容については、「世界は救わないけど宿屋を経営するRPG」というキャッチコピーをつけたのですが……そんな感じのものです(笑)。
ただ、これが完成した理由が面白くて……実は個人制作ゲームのコンテスト「ニコニコ自作ゲームフェス」第1回目に応募するために完成させたんですよ。
――もしや今までの流れが一転、ゲームが完成した理由は……締切りだったのでしょうか?
まさに、そうです! なかなか個人で作っていると、締切がないんですが、期限がある中で作ったら、なんと初めて完成してしまった。クリエイターにとって締切りは重要だと痛感した出来事ですね(笑)。
その後は、半年に1度開催される「ニコニコ自作ゲームフェス」の締切りに合わせてゲームを完成させるようになりましたね。
――そこで登場したのが『虚白ノ夢』だったのですね。
あの作品には当時流行していた「RPGツクールで制作した探索ホラーゲーム」の要素を取り入れつつ、自分の強みであった「物語を楽しめるシナリオ展開」を加えてみました。「探索ホラーゲーム」に、自分が慣れ親しんできた「ノベルゲーム」を掛け合わせたイメージです。「ニコニコ自作ゲームフェス」でも、この部分を評価していただけました。
子どもの頃から未完成作ばかりでしたが、今思い返せば、その過程でフリーゲーム制作のスキルを自然と得ていたんですね。『被虐のノエル』にも、それはつながっています。
フリーゲーム制作からクリエイターを目指す、道
――フリーゲームのクリエイターとして、今後の活動方針はありますか?
もちろん、まずは連載中の『被虐のノエル』に今まで通り、取り組んでいきます。
一方で危機感もありますね。というのも、『被虐のノエル』は3年前に生まれたゲームであって、ゲームの形としては古いものになりつつあります。Vtuberとして動画配信をやったりしているのは、流行に触れていないと、価値観が古いままになってしまうと感じたのもあります。
最近ドラマCD発売記念のサイン会で、初めて直にファンと触れ合えたんですよ。そのときに、この危機感が一層高まりました。『被虐のノエル』のファンは、やっぱり若い人が多い。彼らが求めているゲームには、どのようなシナリオや体験が必要なのか、現状のスタイルに満足せずに、常に最新の情報にアンテナを張って考えていくべきだと思っています。
――フリーゲームのクリエイターからキャリアアップを目指したい方にメッセージをお願いします。
まず、フリーゲームクリエイターとして、しっかり人気を取る点で大事なのは、作品内で訴求する要素を増やさないこと。「あれもこれも」とやると、よくわからない作品ができあがります。『被虐のノエル』には色々な要素を入れていますが、やはりメインで注力すべきはアドベンチャーゲームとしての「シナリオ」の魅力なんですよ。
こういう絞ったり、大きくしすぎない発想は、ものづくりをする上で大事だと思います。僕は『被虐のノエル』のシナリオを作るときにも、できるだけ緻密に計算して、描写する場面を絞っています。
あと、「舞台設定を壮大にしない」ことも意識しています。『虚白ノ夢』を制作する過程で学んだのですが、舞台設定を小規模にすることでストーリーにもまとまりが生まれて手応えがありましたし、「ニコニコ自作ゲームフェス」で評価してもらえました。この経験から『被虐のノエル』では1章ずつ、ストーリーの規模を「少しずつ」広げることを意識しています。
そしてもう一つ大事なのは、未熟でもいいから作品を完成させて世に出すことですね。僕はそうすることで人生の時間が動き出しました。小さな一歩かもしれませんが、その一歩をクリエイターとして成長する機会につなげ続けてほしいですね。
インタビュー・テキスト:安田俊亮/撮影:SYN.PRODUCT/編集:大沢 愛(CREATIVE VILLAGE編集部)
被虐のノエルとは
概要
PC向け自作ゲームを連載形式で紹介するメディア「電ファミニコゲームマガジン」にて2016年から連載している伝奇アドベンチャーフリーゲーム。
プレイヤーの予想を裏切るストーリーは多くのファンを生み、フリーゲームながらシーズン10まで公開。2017年にKADOKAWAより発行された本作のコミックス・ノベルの発行部数は累計20万部を突破。10月31日にはノベル第4弾『被虐のノエル Movement4 – Look at me』が発売される。