感性思考デザインとは(※1)、商品開発(※2)の中で感性をうまく働かせて共感を得る商品の概念を作りだす(企画・設計する)一連の活動である。前回までは感性思考デザインとその役割について述べてきた。

今回は、感性をデザイン(本コラムでは、デザインを「企画・設計」の意味で用いている)に注入するための方法と、その際必要となるスキルやノウハウについて解説する。

そもそも感性は誰にでもあるものだが、経験や知識に依存するところが大きいので、年齢や経験とともに豊かさが増していく。このあたりが生理特性に影響を受ける「感覚」とは違うところである。

豊かであるかどうか、あるいは意識できているかどうかのあり様は人それぞれであるが、企画・設計に注入するステージには、おおむね次のようなものだ。

  1. 真にユーザーに役立つ機能を知る(ステージ1)
  2. 感性を働かせて商品のコンセプトを構想・企画する(ステージ2)
  3. 感性を練り上げ再現する(いわゆるビジュアルな意味でのデザイン、ステージ3)
  4. 感性を伝える(ステージ4)

以降、各ステージ毎に、スキルやノウハウの要点を概説していく。

ユーザー調査のジレンマ

良く「ユーザーの声を良く聞け」とか「ユーザー要求を聞き出す」などと言うが、ユーザー調査をする際は、ユーザーの言葉を鵜呑みにはできないことに留意すべきである。つまりユーザー調査にはジレンマがあるのだ。

ユーザーは自分の欲求を正確に言語化できる訳ではないし、プライドもある。また、認知心理学でいうところの「確証バイアス」なども大きく影響する。つまり様々なフィルターがあるのだ。その上での“ユーザーの言葉”である。これを忘れてはいけない。

つまり、真のユーザー調査とは、ユーザーが気づいていない「裏の欲求」を知ることなのだ。聞いても出てこないので、観察し読み取るしかない。勿論聞き出し方(インタビュー法)もあるが、かなりの経験や慣れを要するので、初めからインタビューにこだわるとミスリード(※3)し失敗する。

ではどうしたら良いか・それは、ユーザーの行動をつぶさに観察し、感性を働かせて「真の欲求」をつかむことである。

ユーザーに役立つ機能を知る

観察は、マクロとミクロの両方の視点から行う。マクロな視点とはつまり、俯瞰して物事の様子を観る、ということである。ユーザーは様々な価値観や周辺とのかかわりの下に行動する。

例えば、会社帰りに料理スクールへ通う人が選ぶ教室は、会社のそば、乗り換えのターミナル駅近辺、地元の最寄駅のそばなど色々あり、教え方も様々である。ついでに買い物もしたいとか、時間的な都合とか、単に料理を習うというだけが理由ではないのである。つまり、ユーザーの行動は、ユーザーの価値観や興味を踏まえて観察する必要がある。

印刷・製本サービスの例である。印刷工程から製本工程へ印刷物を受け渡す際には「印刷仕様書」という簡単なメモを添付して所定の棚へ入れることになっているが、よく見ると印刷仕様書以外に手書きしたカードをクリップ留めしてあった。印刷物の種類とか、特殊な製本の仕方などを色分けしたりコメントで注意したりしている。特記事項は印刷仕様書では伝えにくい、というのがその理由である。これなど、ユーザーの行動だけを観ていると見過ごしやすい事例である。このようなところに「真にユーザーに役立つ機能」が隠されている。

商品コンセプトを企画構想する

このステージで特に重要なのは、アイディア発想である。皆さんの組織でも「アイディア出し会議」が頻繁に行われているだろう。このような発想ワークは、まさに感性を最大限に働かせることが求められる。

1つには、適切な発想法を用いることである。「自由に発想しましょう」というのは簡単だが、良いアイディアはまず出てこない。良いアイディアどころか、アイディアそのものを出しにくいであろう。

このような場合は、強制発想法である


マンダラート法


クリエイティブ・マトリックス法


エクスカーション法


などを用い、15分程度の短いアイディア出しと5分の休憩を繰り返し、発想ワークを行うのだ。できれば、いつものオフィスではなく場所を変えると良い。緑の多い公園のそばにある会議室とか都心の繁華街の中にある会議室などで行えば、気分転換できて良いであろう(※4)

これらは、米国スタンフォード大学のティナ・シーリング(Tina Seelig)氏によるブレインストーミングのルールや、米国IDEO社によるブレインストーミングの7つのルールを、実践知に変換したものである(※4)。

感性を具体化する

感性を具体化する方法は、外観色や形状であればプロダクトデザイナーの、視覚的な効果であればビジュアルデザイナーの専門知に任せるに越したことがないとの思い込みがあるが、そうとも限らない。これら専門領域のデザイナーはその専門分野における美的感性には優れているが、“新しい商品の新しいコンセプト”を正しく理解しているとは限らない。デザイナーにも思い込みはある。

そこで、その商品をユーザーの経験(User eXperience。以降UX)に置き換えてモノやコトを包括的に定義できるUXデザイナー(※5)が「ビジュアルデザイン仕様」として提示することで、”新しい商品の新しいコンセプト”の急所を“複数の専門分野のデザイナー”に的確に伝えることができる。このような新しい感性をビジュアルデザインの仕様に変換して伝える能力を、ここでは「感性可視化力」と呼ぶことにする。

表現することについて

感性思考デザインに基づいて生み出された”新しい商品の新しいコンセプト”は、キーワードや短い文章で表現する。その方が、以後にかかわることになる大勢の関係者に、大事なことを端的かつスピーディーに伝達できる。感性思考デザインには、そのようなコピーライティングの能力も必要である。例えば、Yahooニュース記事の一行13文字というが参考になる(※6)。コンセプトを13文字で語れれば、誰でも覚えやすく、伝達しやすいものとなるであろう。

あるいは、20文字で要約する、という方法もある(※7)。これは何か記憶したいものがある場合に、まずA4一枚に要約し、それをさらに20文字に圧縮すると忘れない、ということである。新しい経験価値を”要約するもの“とすれば、20文字一文でそれを表現し伝えることに応用できるのである。

優れた感性は一般化できる。例えば、桜の花の満開と入学式をかけて人生の門出とする意味づけ、国内産とか産地表示などで生産者と消費者を結びつけつつ安心を訴求する意味づけ、などなど。このように一般化していくためには、単に”新しい商品の新しいコンセプト”というだけでなく、コンテンツ・マーケティングと連動することが効果的である(※8)

以下に、いくつか、感性思考としての表現手法を述べるので、参考にして欲しい。

寓話性を利用する

寓話性とは、何かにかこつけて、それとなくある意を暗示することである。絵画には、多くの寓話性を見いだすことができる。例えば、フェルメールの絵で言えば、次のようなものだ。

  • 馬に乗る女性 > 節制を暗示する
  • 楽器や楽譜 > 恋愛を暗示する

寓意は感性への挑戦である。寓意が興味深いからと言ってむやみに使用すると、意味不明なものとなる。誤解されるリスクもある。しかし、興味深い所には魅力もあるので、新しいコンセプトの表現においては一考に値する。

比喩(メタファー)を使う

比喩には明喩と暗喩がある。明喩が例えば、「彼は鬼のような男だ」というように、比喩であることを外形的に示す言葉である「のような」を使用するのに対して、暗喩では「のような」を用いず、単に「彼は鬼だ」と表現する。

「のような」という言葉が説明的に聞こえるのに対して、暗喩はより断定的であり、直接的である。これにより、発信者の感性をより強く感じるのである。感性思考デザインとしては、思い切って暗喩で表現した方がキャッチーなものとなる。

No pain, no gain

元々は「Rabbin Ben Hei says, “According to me, the pain is the gain.”」というユダヤ教の聖典に由来しているが、後に米国女優のジェーン・フォンダ(Jane Fonda)氏がエアロビクスのビデオの中で何度も使用して有名になった 「No pain, no gain.」がある。「まかぬ種は生えない(労なくして益なし)」ということわざである。別の表現として “No gains without pains.” とも言う。

どちらも意味は同じだが、前者の”No pain, no gain.” の方がシンプルで韻も踏んでおり、非常に感性が刺激される。こういう感性思考的な言葉は、タワーレコードの “No music, no life.”(音楽なくして生きる値なし) などのように、派生を生みつつ伝播する。感性思考にはこのような力がある。

感性を養う

さて、ここまで感性思考デザインのスキルやノウハウについて述べてきたが、
基盤である「感性」そのものは常に養い高めなければならない。その上で、他の人・組織と違う感性を描くようにする。何度も例に出して恐縮だが、モダンデザイン全盛の時代においてあえて古典で攻めるとか、皆が右へ行く時に左へ行くようなことである。

感性を養い育てる方法としては、優れた絵画や建築物を観るとか、大自然の中に身を置くなど、普段とは違う良い経験をすることに尽きる。このあたりについては別の回で詳しく述べるので、ご期待ください。

参考情報

(※1) 本コラムでは、「Design」の訳を「意匠」ではなく「企画・設計」としている。
(※2) 「商品」とは、モノである製品(やシステム)と、コトであるサービスの両方を指している。製品もシステムもサービスも「機能が商品化されたもの」であり、ユーザーはその商品を購入したり利用したりする対価として、料金を支払うのである。
(※3) ミスリードには2つの意味がある。まずは導き方を間違える「Mislead」。次に読み取り方を間違える「Misread」。多くは両方のミスが重なることで誤解が生じる。
(※4) 『実践UXデザイン —現場感覚を磨く知識と知恵—』(著:松原幸行、近代科学社、2018)の第1章1-11節を参照。
(※5) ここでは便宜的に「UXデザイナー」と言うが、職域を狭めるべきではないという考えに基づくと単に「デザイナー」と称すべきである。デザイナーがUXも考え外観も考えるという姿が望ましい。
(※6) 「webサイト・スマホアプリの文字数について考えてみる」(http://www.az-c.com/blog/archives/3172
(※7) 「学んだ内容を忘れない、たった20文字の要約術」(https://diamond.jp/articles/-/197731
(※8) 「コンテンツマーケティングとは何か?」(https://contentmarketinglab.jp/content-marketing/what.html

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