クリーク・アンド・リバー社内に設けられている3DCG制作スタジオは全体で100名のクリエイターが在籍(※2018年時点。2023年8月現在では約230名のクリエイターが在籍)しており、コンシューマゲーム、ソーシャルゲームに限らず幅広くエフェクト、背景まで制作を行っています。
品質の裏支えとして、国内ではいまだに希少なテクニカルアーティスト(TA)が4名在籍(※2018年時点。2023年8月現在では約30名のTAが在籍)。一般的なゲームスタジオに比べるとかなり多いといえます。
TAは世間にはあまり知られていませんが、業界内ではその存在意義が認められており、コスト面や生産性、効率化といった点で非常に重要な役割を果たすと言われています。
今回は同社で働くTAの1人、山本智人さんに、TAによって開発現場にもたらされるメリットや、その存在によって期待されるゲーム業界の未来について伺いました。
獣医畜産系大学卒業後、某印刷会社営業職として4年間勤務、のちゲーム業界へ転向。グラフィックアーティストとして某ゲーム制作会社に3年間勤務し、2015年8月に同社に入社。
これまでに開発に携わったゲームは「ゼノブレイド2」「リンクスリングス」など。その他、スタジオのすべての案件をテクニカルサポートし、アーティストをバックアップ。
コストダウンとクオリティアップを叶える。TAの“魔法”で開発現場は劇的に変わる!
――山本さんがTAとしてキャリアをスタートしたのはいつからですか?
肩書きとして「テクニカルアーティスト」と名乗るようになったのはクリーク・アンド・リバー社に入社してからですね。前職のときからグラフィックアーティストとして、キャラクターモデリングや背景デザイン、UIデザインなど、グラフィックにまつわること全般を担当しつつ、同時に業務効率化のためのツールを独自に作ったりと、すでにTAのような役割も担っていました。もともと僕自身が理系の大学出身なので、アーティストでありながらMaya専用のスクリプト言語やPython、UnityのC#、Microsoft Visual Basicといったプログラミング言語も理解しています。
ただ当時は職種としてTAというものがあることを認識しておらず、たまたま読んだ書籍で初めてこの名前を知りました。そこで今後自分が目指すべきはTAだと、意識するようになり、当社ではこの肩書でキャリアをスタートしたんです。
――TAの仕事は人により担う部分がさまざまですが、山本さんはどのように捉えていますか?
確かに人によっても企業によってもいろいろな考え方があり、定義づけするのは難しいところです。例えばシェーダーを書けるアーティストや、キャラクターを動かすためのセットアップを担うリガーもTAと言ってよいのではないでしょうか。僕はTAの役割を割と広義に捉えていて、実際のデータや絵を作るだけでなく、開発においてより効率的な方法を提案したり、ツールを作ったりすることのできる、言わばプログラマーとアーティストの中間的な存在だと考えています。
――開発現場にTAがいると、どのようなメリットがあるのでしょうか?
一言で表すと、「コストダウン+クオリティアップ」だと思います。ゲーム開発においてクオリティを高めるためには「何回やり直しできるか」が重要。ラクに作れると、その分何度もチャレンジできて、より高いクオリティを実現できます。TAは開発現場に合わせて、例えば命名規則に従ったファイル名でファイルを自動生成するツールを作ったり、データのエラーを自動で検出するツールを作ったりと、作業をできる限り自動化し、アーティストがクリエイティブのために使える工数を創出します。
また、アーティストが行いたい絵作りについて技術的な提言・サポートを行ったりもします。グラフィックを想像通りにゲームへ実装するためには、プログラマーと同じように、プログラミングやゲームデータの仕様に関して深く理解する必要があります。しかし、それはアーティストにはなかなか難しいのが現実で、本来ほしい「ゲームの絵作り」のために無駄に時間がかかってしまいがちです。TAはその点で、アーティストとプログラマーの中間に立って橋渡しをするわけです。
本来のテクニカルアーティストの目的としては同じコストで制作のクオリティが上がるようアーティストをサポートすることですが、言い換えれば同じクオリティをローコストで実現することにつながる。クライアントのニーズに合わせていろいろな動き方をします。
TA独自の“秘伝のタレ”を社外にも解放。ゲーム業界のさらなる発展向上への貢献を目指す
――クリーク・アンド・リバー社のTAの特徴について教えてください。
当社には現在私を含めて4名(※2018年時点。2023年8月現在では約30名)のTAがいますが、これは国内のゲームスタジオで考えると多い方だと思います。おそらく他社だとアーティストが1週間かかっている作業を、当社ではTAが作ったツールを使って数分で処理している、なんてことも少なくないでしょう。
テクニカルアプローチができるアーティストは今後ますます必要になっていくと思います。そんな中、当社はいち早くその重要性に気付き、さらに採用に力を入れようとしています。
TAの重要性は業界内では認識されているものの、雇うところまでは踏み込めていないという企業がまだ大半、というのが現状です。しかし、早くこの課題に取り組まないと、将来ほぼ確実に生き残れない、と僕は危機感を持って見ています。
その理由は技術の進歩やトレンドの変化にあります。
少し前までのローポリでテクスチャーがほぼそのまま表示されていた時代から、その後2~3年経って、シェーダーがかなりゴリゴリにのった精密でリアルなグラフィックが、スマホにまで表示されるようになった。そして次世代、さらに新たなアプローチのグラフィックが登場することになるであろうことを想像すると、テクニカルアプローチに強いTAがいないと、開発が成り立たないとすら思いますね。
――ではそうした未来に向けてクリーク・アンド・リバー社は技術への投資に積極的に取り組んでいると言えますね?
そうですね。当社はTAの派遣も行っていて、僕も他社に行くことがあります。これは、開発現場に革新をもたらし、ゲーム業界全体を盛り上げていきたいと考えるクリーク・アンド・リバー社ならではの姿勢。ゲーム業界って人の囲い込みが激しくて、僕も別の会社で働いていたときは、外の情報がまったく入らない、閉ざされた環境にいました。
クリエイターとして自分の会社のことしかわからないと、業界全体がどうなっているのか、また自分がどんな立ち位置なのかを把握できず、目標を見失ってしまいがち。そこで当社は社内で蓄積したノウハウ、つまり“秘伝のタレ”をあえて社外に開放することで常に風通しを良くし、業界を支えるクリエイター一人ひとりのスキルアップをも願い、安心して働ける環境を整えてくれています。
――TAはいまだに業界の中でも希少な存在ですが、どのような人がTAの素質があるといえると思いますか?
TAの基本的な資質として、ロジカルに物事を考えられること。まずこれは重要ですね。あとは、僕の場合“スーパー面倒臭がり”で(笑)、「ラクしたい」という考えがモチベーションになっています。人がやったら何時間もかかる作業ってどんな仕事でもあるじゃないですか。リソース的にこなせていると問題意識を感じにくいですが、そういうところにも目を光らせていて、自分のアイデアや自作したツールで生産性を上げることがダイレクトに嬉しいんです。
個人的に仕事の効率や品質を上げて評価されたいという思いより、誰かの力になりたいとか、組織全体としてより良い形を目指したいというマインドが強いかもしれません。TAって僕みたいに“世話焼き”で“人好き”な人が多いと思います。
――TAのスキルアップのために、どのような取り組みをされているんですか?
僕のチームで意識的に取り組んでいることは、社内外のセミナーや勉強会・懇親会などに参加することを強く推奨しています。やはり、他社や業界のトレンド・最先端の技術は知見として積極的に取り入れていくことが一番大事。 また、チーム内での技術共有も盛んで、日々の意見交換もさることながら、毎週決まった曜日に一週間の仕事を振り返り、自分たちが行った作業や作成したToolをレビューする時間を多めにとっています。TAが4名(※2018年時点。2023年8月現在では約30名のTAが在籍)も集まるとお互いの得意分野や知見がそれぞれ違うため、毎週のレビューは結構刺激になります。
あと当社について、僕が入社して一番強く感じたのは「主人公が他の会社と逆」ということ。通常はクライアントを主として制作すべきゲームがあって、求められる品質を満たすためにどのクリエイターをアサインするか、という考え方になると思います。一方当社ではクリエイターが主人公。「このクリエイターが輝ける場はどこなのか」を会社が本気で考え、そのうえでクリエイターにとって良い仕事を取ってくるという姿勢は、他社とは明らかに違うと思います。
なので「自分自身がどういう風に成長していきたいか」というビジョンをハッキリともち、それに向かって突き進む貪欲な人なら、ここでどんどん成長できるのではないかなと思いますね。求めれば、チャンスはたくさん与えられると思います。
当社は今後もどんどんTAを育成し、輩出していきたいと本気で取り組んでいます。TAは従来の開発現場の体制を劇的に変える存在です。ゲーム業界に革新をもたらし、さらなる発展にしっかり貢献していきたいと思います。
撮影:SYN.product/ライティング:下條 信吾/編集:CREATIVE VILLAGE編集部