田中唯の要領のよさは天才的だ。
幼い頃から打ち込んできた器械体操をあきらめたときも、楽しそうだと軽い気持ちで仲間と共に入学した日本工学院専門学校で、絵に対するすごい技術と熱意にあふれた同級生に囲まれたときも、見事に道を見切ってきた。
「器械体操って6種目あるんですけど、苦手が1個でもあるとダメなんですよ。それでいうと、わざわざ苦手な絵を描いてどうすんの?って話で。僕は怒られるのが嫌いだし、できるだけラクに生きたいと思っているんです。それは仕事にも反映されていて、『TIGER & BUNNY』(11)や『機動戦士ガンダムAGE』(11~)ではいろいろな技術開発を行っているんですが、複雑な処理をいかにワンクリックでやれるようにするか、凝ったエフェクトの作業をどれだけ簡略化するか、短縮できるところは限界まで短縮するということを目指してやっています。みんなで定時に帰れるように。ま、難しいですけど(笑)」
やることはきっちりやる人間だからこそ、そのために一番いい方法を常に考えている。そういう人を「できる人」という。その天性の資質が、現場のシステムを改革し、大切な仲間たちとの未来をつくっていくだろう。

■ 体操漬けの毎日だった

現在、撮影監督として「機動戦士ガンダムAGE」を担当しています。まず監督や演出さんと絵コンテを見ながら撮影の処理打ち(処理打合せ)を行い、データで来たカットを、例えばAセルが1から50カットあるとしたら、それをAdobe After Effectsに読み込んで、1、2、3、4・・・・・・と番号を打ってシートをつくっていくんです。それから、ビームであるとか爆発の着弾に合わせて光の効果を足したり、宇宙の背景をつけるなど、BG(バックグラウンド=背景)の処理をして、レンダリングするというのが基本的な流れです。それをプレビューで見て、背景のずれや、光のタイミングなど細かいところを確認し、必要な場合は直しの指示を出します。テレビアニメだと撮影的にはどんなに使えても1週間、実質5日、6日だと思います。作品によっていろいろですけど、泊まりがあるときはずっと泊り続けですし。どんなことをしてでもオンエアーに間に合わせるのが最優先ですからね。
僕はもともと絵なんて描いたことがなかったんですよ。アニメは中学生ぐらいまでは見ていたんですけど、小学生からずっと器械体操をやっていて、高校で部活を引退するまでは本当に体操漬けでした。朝4時に起きて学校に行き朝練を4時間ぐらいやり、授業が終わってから8時間ぐらい練習してってことを、365日休みなくやっていたんです。男子校だったし、県で1、2番に強い学校だったので、それぐらい強豪校では当たり前なんですけどね。大学に行って体操を続けようかなと思っていたんですが、ケガが多くて。ついに大ケガを機に引退を決めました。そこそこ体操はできたんですけど、からだを壊しちゃうというのは、それはもう一流ではないということですから。人生で体操ほどキツいことはもうないと思います。精神的には相当タフになりました。あの体操のしんどさに比べれば、仕事はまだ。泊まりもしんどいけど、ケガなんてしないし、命の危険にさらされることもないですから(笑)。

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■ 勝つには撮影の道しかなかった

僕には学校は違うけど小学校中学校と仲のいい仲間がいて、1回ぐらい同じ学校になろうよって話していたら、ちょうど体操を辞めた頃に、「いい学校あるぞ」って友だちが日本工学院専門学校を探してきたんです。夏の体験入学が10回ほどあったんですけど、毎回行きました。それまで部活ばっかりだったので友だちと一緒にどこかに行くってだけで楽しかったし、先生に早く顔を覚えてもらったほうがいいと思ったんです。結局友だち7人で入学しました。総合アニメーション科(現クリエイターズカレッジ マンガ・アニメーション科)を選んだのもそんな友だちとの流れです。ただ、僕はそんなに絵を描いてはなかったですが、両親が多摩美術大学出身で日本画をやっていたので、家に美術系のものは山ほどあったし、絵も身近な存在ではありました。
学校は本当に楽しかったです。だけど周りは生まれたときから絵を描いてるような人たちばかりで、めちゃくちゃうまいんですよ。ずっと体操やってきた僕が、そんな人たちに勝てるわけない。だからだれもやったことのない分野でないと、勝つのは無理だと思ったんです。入学して仲よくなった先輩が撮影志望だったということもあって、早々に撮影コースに決めました。
1年の最初から撮影を学んだほうがラクだとわかっていたんですが、コース分けは2年からなので、1年のときは撮影の授業がなかったんです。それで仲のいい先輩に、先輩が受けた撮影の授業を学校が終わってからまるまる全部教えてもらっていたんです。だから1年のうちに撮影のことは学び終えていたので、卒業制作で8チームぐらいがアニメを制作したんですが、半分以上僕が撮影をしました。学生時代の“できる”というのは、ソフトの知識がどれだけあるかで、僕は当時から効率のいいやり方を知っていたんです。
みんなよりも早く就職活動を始め、何社か受かった中で旭プロダクションを選びました。仲のよかった先輩が研修に来ていたことと、歴史もあるし、作品もよかったんです。僕はいま人事もやっているんですけど、就職はどれだけインパクトを与えられるかですから、集団面接で来るよりは、自分で電話してきて見学させてくれって来る人のほうを採りますよ。そういうこともわかっていたので、就職にも苦労しませんでした。要領だけはいいんです。

蟲師 二十六譚 Blu-ray BOX ©漆原友紀/講談社・「蟲師」製作委員会
蟲師 二十六譚 Blu-ray BOX ©漆原友紀/講談社・「蟲師」製作委員会

撮影監督補佐として初めて担当した作品です。撮影監督の濱(雄紀)さんも初撮影監督作品で、初めて同士のコンビで必死でした。監督やスタッフの熱気が伝わってくる、みんなでつくってる感のある貴重な作品でした。楽しかったですね。そのかわり、めちゃくちゃ大変でしたよ(笑)。

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■ 頑丈でインパクトの強い人がいい

専門学校で作業の流れや用語といった基礎知識を学んでいれば、撮影の技術レベルは気にしなくてもいいと思います。入って数カ月もたてば、その会社のレベルにひっぱられて技術力はついてきます。ただ撮影監督や撮影補佐になるには、コミュニケーション能力は絶対に必要です。打ち合せで演出意図をいかにちゃんと読み取れるかが重要ですから。僕の仕事は技術職というよりサービス業だと思っているんです。クリエイターというよりサービスマンです。クライアントのオーダーに、期限を守りつつどれだけ応えられるか、どれだけ効率よくクオリティーを保ってやれるかをいつも考えているんです。
「DEATH NOTE」(06ほか)の撮影監督の山田和弘さんはうちで一番できる撮影監督なんですが、年間100本ぐらい映画を見ています。そのかわりアニメはほとんど見ない。アニメは実写の模倣だから、いかに動きを再現できるか、空気感を出せるか、あとカメラワークですね。そういった強烈に仕事ができる撮影監督は指名で入ることが多いんです。だけど僕はプロデューサーとのやり取りで信頼を勝ち取って次の作品につなげるタイプです。
僕が入社してから会社の規模があっという間に大きくなって、気づいたら10倍ぐらいに成長していました。だから人はほしいんですが、元気で、あんまり頭のよくないヤツがいいですね(笑)。頭がよくても考え方が硬い人は面白くないし、なんだかんだいって最後は体力勝負だから、頑丈でインパクトの強い人を募集しています。うちはアニメ業界の中では珍しく人の入れ替わりが少ない会社ですし、めちゃくちゃな面白い人たちばかりだから、メンバーにはすごく愛着があるし、ずっと一緒にやっていきたいと思っています。そのためにも、会社の将来を見据えて、スタッフが年齢に合わせてキャリアアップできるような仕組みを考えていきたいと思っています。今年から撮影の管理者向けの会議も提案してやっていますし、向き不向きに合わせて、メンバーを伸ばしていくようなシステムをつくりたいと思っているんです。

機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)©創通・サンライズ

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