UXとは「User Experience:ユーザーエクスペリエンス」の略称で、製品やサービスを使用することで得られる体験を指します。
使いやすい・わかりやすいだけに留まらないユーザーのやりたいことを「楽しく・心地よく」実現するための思考法や手法を人間中心設計の普及に取り組まれている松原さんに伺いました。

今回お話を聞くのは…
松原 幸行(まつばら・ひでゆき)
美術専門学校を卒業後、パイオニア、富士ゼロックスのデザイン部門を経て2006年からキヤノン・総合デザインセンターに所属。アドバンストデザイン部門や業務系ユーザインタフェース部門をリード。
メーカー勤務と並行して、2004年にNPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)の設立に加わり、以後、理事としてHCDの普及に勤めている。2009年にHCD認定専門家資格を取得。著書に「ユーザビリティハンドブック」(2007年、共立出版、共著)他。2014年より「HCDライブラリー」の編集に従事し、自身は「HCDライブラリー0巻 人間中心設計入門」(2016年、近代科学社)を共著。Human Centered Blog https://hidematsubara.wordpress.com

Webやゲームクリエイターの皆さん、こんにちは! HCD-Net理事の松原幸行と申します。
本シリーズでは、Web・ゲームデザインの現場でますますニーズが高まっているUXデザインについて6つのトピックをお話ししていきます。

第3回目はサービスデザインについてお話していきます。
「サービスデザイン」という言葉が生まれたのは1990年代初頭と言われています。元々はサービス工学とか経営・マーケティングの世界の取り組みとして存在していました。筆者がかつて深く関わったオフィス機器でも、当初コピー機とかプリンターという単機能製品であった時代から「複合機」の時代になった時に、「コピーサービス」「スキャンサービス」などと、機能の塊を「サービス」ととらえたシステム設計が行われていました。

サービスの本質

理論社会学には、『サービスの本質は機能であるが、すべての機能ではなくユーザーの期待に応えるものでなければならない』(吉田民人)という定義があります(*1)。また、サービスイノベーションでは、『人や人工物が発揮する機能で ユーザーの事前期待に適合するものをサービスと言う』(諏訪良武)と定義しています(*2)。つまり最初に「ユーザーの期待」というものがあり、それに応えるものがサービスであるということになります。これがサービスの本質的な意味です。

その後「サービス・ブループリント(*3)」の出現によりサービスプロセスの重要性がうたわれるようになりました。そして皆さんもご存知の「カスタマー・ジャーニーマップ」が生み出され、サービスデザインの概念が定着しました。2000年代に入り、IDEOやZibaなどの米国のデザイン会社で「サービスデザイナー」という肩書きが使われ始めました。また2004年には、「Service Design Network(SDN)」という国際組織が活動を開始しました。日本にも支部があり、定期的に国際会議も開催されています(*4)

エクスペリエンスマップを使って カスタマージャニーを考える4つのステップ


    1. 事実を明らかにする
      様々な流通経路やタッチポイントを横断して顧客の行動とインタラクションを知る。

    1. 道筋を描く
      鍵となる洞察をジャーニーモデルに落とし込む

    1. 物語をつくる
      共感や理解を高める説得力のある物語をつくりエクスペリエンスマップにまとめる

    1. エクスペリエンスマップを使う
      マップを基にして新しいアイディアやより良いカスタマーエクスペリエンスを実現する。

(figure-1:Adaptive Pat「ADAPTIVE PATH’S GUIDE TO EXPERIENCE MAPPING」より、http://adaptivepath.org/ideas/our-guide-to-experience-mapping/

サービスデザインの3つのレイヤー

サービスデザインの概念が余りにも広いために、どこか漠然とした印象を持つ人も多いと思います。大筋で理解したとしてもなかなか実践には結びつかないものです。そこでサービスを三つのレイヤーで考えてみます。

第一のレイヤー:経営レベル(ビジョンやビジネスゴール)
第二のレイヤー:戦略レベル(ビジネスプランニングとしてサービスを定義すること)
第三のレイヤー:事業遂行レベル(サービスコンテンツとシステムのデザイン)

経営レベルにおけるサービスとは事業目標の設定そのものであると言えます。従って、利益とかシェア拡大やブランド価値の向上などの面で具体的な目標設定が必要となります。

戦略レベルにおけるサービスとは、提供価値を具体的にサービスに落とし込むための個々の事業をデザイン(=ビジネスプランニング)することです。ただここでは、最終目標は第一のレイヤーで設定した、例えば売上目標などであるため、その目標の達成を保有する資産の範囲内で担保するように、サービスをブレイクダウンする必要があります。つまり効率性を考えると、どうやって提供するかの前に、まず実施するサービス自体を定義する必要があるのです。

事業遂行レベルにおけるサービスとは、まさにシステムデザインと同義であると言えます。その対象はサービスのタッチポイントですが、これは人であったりシステムであったり情報であったりします。

今日的なサービスのとらえ方

今日、サービスデザインは、ウェブサイトやスマートフォンアプリなどを中心に、商品やシステム、あるいは人的な部分も含めた新たな価値の提供であるととらえられています。新たな価値提供を行う組織やビジネスモデルの構築なども含めて考える必要があるとされ、その意味からも経営における「デザイン思考(*5)」の重要性が指摘されるのです。つまりサービスデザインとデザイン思考は経営・ビジネスという視点では一体のものであると言えます。

ここで大事なのは、ユーザーにあるのはあくまでの”曖昧な期待”であって”欲求”では無いということです。何でもある時代です。欲求はすでに満たされており、新たな欲求について具体的なものはまだ芽生えていないわけです。それが何かをつかむことがサービスデザインにおける最初の仕事です。ユーザーの漠然とした期待を察知して、それを価値に置き換え、経験できる形に変換して提示することがサービスデザインであると言えます。提示して初めてユーザーは『これを待っていたんだ』と思い共感するわけです。

サービスデザインに重要な視点

サービスデザインに必要な視点は多義に渡ります。それはサービスを求める本質が利用者自身の経験に関する意欲にあるからです。利用者は様々な情報の中におり、その一つひとつにおいて、関心や興味を持つことになります。その対象は衣食住に留まらず、絵画・芸術や音楽などの文化的な側面、スポーツや震災ボランティアやSNS(Social Network Service)などの社会的な側面、人対人や家族・友人・趣味を同じくする人々など人的交流の側面などが多様に絡み合っています。

従って、これらを俯瞰できる能力が必要です。また時には自ら越境して、つまり異分野に飛び込んで行って、体験や交流を行うことも大事です。筆者はこれを行う力を「越境力」と呼んでいます。サービスデザインにおいて越境力を発揮することで、自分が知らない事にも興味が湧き、気づきを得ることができます。

越境力が必要なわけ

デザイナーが「サービスデザイン」スキルを身につけると、ウォーターフォール型開発を行う古典的な企業では歓迎されず、プロジェクトが混乱すると心配する人もいますが、それは取り越し苦労です。イノベーションに取り組む多くの企業では歓迎することですし、研究部門や技術開発部門の人々と連携することによりブレイクスルーできます。この連携を成立させるためにも越境力が必要となります。逆に古典的な事業に執着する企業では、レガシー(遺産)とか継承などを重んじるため、サービスへの取り組みは希薄になります。UXデザインに関わる人はどんどん越境力を発揮して社内外の先端で活動している人々と共創し、魅力的なサービスを生み出し続けて欲しいものです。

目をつける

あるHCD認定専門家の方とお話ししました。彼女は、力を入れて効果が出るプロジェクトかどうかを見極める、という趣旨のことを言っていました。そうではない場合は力をセーブし、ガイドラインや事例的なレポートの提示で済ませると言います。これはつまり、力の入れ具合を加減しているわけです。実践的と言えますが、「気づき」がベースとなっているので、目測を誤ると失敗します。やはり組織の中で認知されポジションを明確にするためには、社内のニーズに応えて高いパフォーマンスを数年レベルで維持する努力が必要です。

越境力や、数年に渡り高いパフォーマンスを維持する重要性は、次にお話しする経営者の視点を理解すれば分かります。

経営者の視点

某大手メーカーの元CEO(最高経営責任者)の方に話を伺いました。経営者の判断は極めて政治的です。経営者曰く『ポジションに就くと成長路線を維持しながらも、独自なカラーを出したがる。前任者を踏襲しようとは決して思わない』とのことでした。独自カラーを出さないと、地位に就いた意味がないと思うからだそうです。この欲求に対しては、今までに無い独自な提案というものが効果的です。ユーザニーズに照らした必然性とどう折り合いをつけるかは大きな課題ですが。ニーズにも応えつつ経営者が納得する提案を行う必要があります。”デザイナーがやりたいこと”がストレートに実施できないのはもどかしいですが、サービスデザインは属人的にならず組織の力で成すべきであるとも言えます。

また、他の経営者は、経営層から支持を得るためには、顧客メリットと同時に企業メリット(収益を上げる、ブランド価値を高める、など)がなければならないと言います。経営的な裏付けとして収益を考えるということは、ビジネス視点でサービスを考えるということですから、新しいサービスにビジネスモデルの検討は不可欠となります。

このようにサービスデザインは、サービスの本質をおさえながらも、経営的な理解や越境力を持つことも含めて、多義に渡る視点の下に成り立つものであると言えます。

いかがでしたでしょうか?
次回、実践的UXデザイン論第4回ではデザイン思考について述べたいと思います。ご期待ください。

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参考情報

(*1) 情報処理学会の「ソフトウェアジャパン2007」での講演とパネルディスカッション(2007年1月)
(*2) 「ユーザーの事前期待がサービスの在り方を決定する~サービスの定義」諏訪 良武(2007) https://enterprisezine.jp/iti/detail/183
(*3) サービスのプロセスとして、提示から利用そして料金の回収までを、バックヤードの機能なども含めて関係図にまとめたもの。品質工学的な側面が強い。1984年、Lynn Shostackによる。
(*4) 第10回サービスデザイン・グローバル・カンファレンス(参考)https://www.service-design-network.org/chapters/sdn-japan/headlines/service-design-global-conference-2017
(*5) 1990年初頭に米スタンフォード大等で言及され始め、IDEOによってビジネスへの活用が提唱された。経営課題にデザインの思考方法をあてはめて課題解決しようという試みである。