時速300キロで疾走する特急列車内で起こるパンデミック。ネズミ算式に増えるゾンビに逃げ惑う人間たち―。2016年カンヌ国際映画祭ミッドナイト・スクリーン部門にアジアから出品された1本の「ゾンビ」映画・『新感染 ファイナル・エクスプレス』が大反響を呼び、フランスの大手映画会社ゴーモンによるリメーク権購入のニュースも報じられました。
また、製作国の韓国では封切後わずか19日間で観客動員数1000万人を突破し、2016年度興行成績NO.1となるヒットを記録。その監督を務められたのはヨン・サンホさん。短編アニメ『Megalomania of D』(97)から本作で実写映画監督デビューを果たされるまで、アニメーション映画の分野で活躍されてきました。
そんなヨン・サンホ監督に今回はインタビュー。初の実写映画の監督を務められたことによる苦労や、作品づくりにおける姿勢までお話しを伺いました。
作品づくりの”実感”を得るために映画監督の道へ
私は子供のころからアニメーションが好きだったのですが、アニメーション映画の監督になろうという考えはもっていませんでした。あまりにも自分とはかけ離れている職業だと思っていたからです。ですので、漠然と「アニメーション業界で仕事をするスタッフになりたい」という風に思っていました。
そして、アニメーション業界で仕事をするために短編映画を作るようになり、そうしているうちにアニメーション制作会社で仕事をするようになりました。しかし、当時も今も変わらず、深刻な問題だと思うのですが、仕事をしていてもスタッフとして制作に参加している、という実感が湧かないんです。それは自分の書いた絵がどのように使われているのか、そしてどのように完成したのか、ということが中々目にすることができないからなんですね。自分が選んだ道ではありましたが、その点では半ば失望してしまいました。
その後、「作品作りをしている実感」を追い求めて自分の作品を作ろうと思い、短編アニメーションを作り始めました。そして映画監督になった、というのが私のキャリアです。
この経験から私が実写・アニメーションどちらを撮るときでも大切にしていることがあります。それは「その日に撮った映像を参加しているスタッフ皆さんとモニタリングすること」なんです。大勢の人と一緒に作っているわけですから、具体的に皆でこんな作品を作っているんだということを感じてもらいたいし、自分も実感したいという思いで行っています。
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現場の声を取り入れながら、マニアの人もそうでない人も皆が楽しめる作品へ
そのような方向性で映画づくりをしていますので、現場で色々な人とアイディアを出しながら作業をすることが今作を制作している中での楽しみの一つでした。代表的な例を挙げますと撮影現場で撮影したものはその日のうちに仮編集して、俳優やスタッフと一緒に皆で見ます。
主人公のソグ(ユン・ユ)と娘のスアン(キム・スアン)、ソンギョン(チョン・ユミ)が物語の後半で小型列車に乗るシーンがありますよね。撮影当初はただ小型列車に乗り移るだけの描写でしたが、「それだけだと少し退屈ではないかな」と撮影監督が言ったら、アクション監督が「じゃあ、ゾンビが追ってきてそこを逃げながら列車に乗るというのはどうか」というアイディアを出してくれたんですね。私はそれを聞いて少し悩んだのですが、最終的には「映像に激しい印象があった方がいいな」と考えたので、三人が逃げていくとき、列車にゾンビたちが引きずられていくシーンが出来上がりました。
そんな現場の声を取り入れたことも今作の特徴でもあるのですが、それ以上に今作は「ゾンビマニアの人も見られるし、普通の人も見られる」という要素を盛り込んだ作品にしたいと考えていました。ゾンビマニアの人に対してはクラシックなゾンビ映画の方向性をもっている作品をつくりたいと思ったんですね。最近ゾンビ映画も多様化していますから、例えばゾンビなんだけれどもヴァンパイヤ化しているゾンビが出てくる映画などがつくられていますが、ゾンビが最初に誕生した頃の寓話といいますか、最初のクラシックな部分も要素としていれておきたいな、と思いました。
そしてまた、ゾンビ映画を見慣れていない観客も楽しんで欲しい、という意味では「普遍的なキャラクター・市井の人々」が出てくるドラマというところに重点を置いたんですね。そうすることによって幅広い観客に観ていただけるのかなと思いました。
映像づくりで一番こだわったのはKTX車両の使い方
このように「列車」が効果的な役割を果たしていることが作品の特徴なのですが、感染者のパンデミックが起こる舞台のKTXの車両は色々なものが反射してしまう点が問題になりました。最初、セットを作ったときにはグリーンマットを周辺に敷いて窓の外の景色を後で合成しようと思っていたのですが、あまりにも多くのものが反射してしまうので、このままでは撮影することが難しいということになってしまいました。
一方、その解決策として、グリーンマットを使わずにLEDパネルを設置し、車窓からの風景が見えるような映写をすることでリアルな画面をつくっていきました。また、実際カメラを持ってKTXの車内に入っても、ガラス部分が多く、車両を区切っているドアもガラスで作られています。
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ここでは「じゃあ、このドアを活かそう」ということになりまして、ガラスのドアを間にしてゾンビと人間が対峙するというような映像を撮りました。これはイメージとして大事だなと思いましたね。ガラスを間に挟んでゾンビと人間、そして人間と人間が対峙するところもありますし、ゾンビに中を見せないようにガラスのドアを覆ってしまって隠すところもあります。人が乗っている姿を見せないようにガラスドアをさえぎったり隠したりということもありましたが、そうすることによって劇中で描かれる人間関係など色々なものを象徴できたので良かったかなと思っています。
日本のアニメーション映画から影響を受けた、ヨン監督が考える「クリエイター」とは?
私は今敏監督や押井守監督、大友克洋監督、宮崎駿監督の作品など、日本のアニメーション映画からたくさんの影響を受けてきた人間の一人です。影響を受けたからこそ自分の映画監督としての人生がスタートしたわけなのですが、その日本で今作『新感染』だけではなく、前日譚となる『ソウル・ステーション/パンデミック』(2016)、『我は神なり』(2013)の二作品も紹介していただくというのは特別な意味があります。
特に『新感染』は昨年多くの国で愛していただいた作品で、それだけでも個人的に特別な経験ができたと思っていたのですが、自身が影響を受けた日本で公開してもらえるというのは本当にうれしいです。
また、私は「クリエイター」と名乗る方たちが持つべき美徳・能力というものはいくつかあると思っています。一つ挙げるとすると「共感能力」です。「共感能力」はどういうことかというと、他の人の感情を直に同じように感じることができる能力なんですね。それがあることによって、大勢の人が共感できる作品をつくることができると思います。怒り、絶望、喜び、哀しみ、といった他の人が感じている感情を同じように感じることができる能力、それがクリエイターにとっては大切だと思います。
(取材・ライティング・編集:CREATIVE VILLAGE編集部/撮影:TAKASHI KISHINAMI)
作品情報
物語
ソウル発プサン行きの高速鉄道KTXの車内で突如起こった感染爆発。
疾走する密室と化した列車の中で狂暴化する感染者たち。
感染すなわち、死 ―。そんな列車に偶然乗り合わせたのは、妻のもとへ向かう父と幼い娘、出産間近の妻とその夫、そして高校生の恋人同士…果たして彼らは安全な終着駅にたどり着くことができるのか ―?目的地まではあと2時間、時速300km、絶体絶命のサバイバル。愛するものを守るため、決死の闘いが今はじまる。彼らの運命の行き先は…。
スタッフ
エグゼクティブ・プロデューサー:キム・ウテク、プロデューサー:イ・ドンハ、
脚本:パク・ジュソク、監督:ヨン・サンホ
キャスト
ユン・ユ、キム・スアン、チョン・ユミ、マ・ドンソク、
チェ・ウシク、アン・ソヒ、キム・ウィソン