2009年にスタートした人情喜劇のドラマ「深夜食堂」の劇場用映画第2弾『続・深夜食堂』が11月5日(土)より公開されます。それに先立ち、動画配信サービスNetflixでシリーズの新作ドラマ「深夜食堂 -Tokyo Stories-」(全10話)が制作され、世界190ヵ国でストリーミング配信中です。ドラマ版は中国・台湾や韓国でもリメイクされ、まさに「深夜食堂」はワールドワイドなコンテンツとなりました。
「深夜食堂」のドラマと映画の両方を手掛けてきたのが、『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』など、味わい深い人間ドラマに定評がある松岡錠司監督です。松岡監督にインタビューし、アジアでも人気が沸騰している「深夜食堂」の魅力や、ご自身の監督としてのルーツについて話を伺いました。
■ 『ゴッドファーザー』から始まった早熟な映画人生
小学校の頃から映画が好きで、5年生の時に初めて1人で観に行った洋画が『ゴッドファーザー』でした。その後、課題で「尊敬する人」の似顔絵を描く時、普通はお父さんやお母さんを描くのに、僕は主役のマーロン・ブランドを描いていました。担任の先生が「これ、誰?」と聞いてきた時、本来なら「マーロン・ブランド」と答えるわけだけど、僕は「ドン、ヴィトー・コルレオーネ(役名)」と答えていたからね(笑)。小学校から帰ってくると、「ゴッドファーザー、愛のテーマ」を小さいレコーダーで聴きながら、かっぱえびせんをずっと食べ続けるのが僕の日課でした。そういうふうにハマる質だったんです。
その頃は漫画家になろうと思っていました。でも中1の時、僕が絶対勝てないと思っていた裕福で顔が良くて身体能力の高い同級生が「将来映画監督になる」と言ったので、勝手にライバル心を燃やし、「俺もなってやる」と思ったんです。まあ、言ってみただけでしたけどね。高校に入った時に8mmカメラを買ってもらって、それで自分で映像を撮るようになり、ぴあフィルムフェスティバルに応募して入選したのが東京へ来るきっかけになりました。
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■ 自分の年齢と合致した「深夜食堂」を撮るタイミング
僕が幸せだったと思うのは、この年になったからこそできる人情喜劇が撮れたことです。僕は40代後半から「深夜食堂」を撮り始めて今年55歳になりますが、それは30や40代前半ではできなかったんじゃないかなと。自分の年齢にふさわしい題材がやってきたんです。低予算を踏まえた上で、演出や時間の配分、スタッフやキャストをコントロールする技術は、これまでやってきてある程度身についていたからこそできたことかなと。
やっとこういうベタな喜劇、でもギャグ満載ではなくむしろ哀愁が漂っているものを自分もやれるようになったのかと。ありきたりな日常を写しながら映画として成立させる術を、今の年齢だからこそ駆使できたのではないか。そんな心境の中、淡々とした人情ものを愚直に7年間作り続けてきたわけです。
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■ Netflixで世界190ヵ国に配信されることへの驚きと手応え
Netflixでの配信が決まった時、製作者から「基本的には自由に作ってもらっていいです」と言ってもらえました。テレビ放映している分だけですでに30話分あり、世界観はすでに出来上がっていたからということもありますが。唯一、条件ではないけど「こういうものをやってくれないかな?」というリクエストがあり、それは日本人以外の俳優を出してもらえないかというものでした。急にカナダの留学生がめしやに来るというのはきついし、アラブ人が来て「豚は食べられない」という話もどうなんだろうと。で、アジア絡みの話は原作にもあるので、やっぱりアジアだなと思いました。そのエピソードが原作にも登場する「オムライス」です。
言語や食文化の違うアジアの人たちが興味をもって受け止めてくれたことは嬉しいんだけど、不思議な感じもしました。「深夜食堂」は日本の大都会の片隅で人情喜劇をやっているという日本独特の話で、あくまでも市井のなかなか報われない人に対するちょっとした応援歌という位置づけで作ってきたわけで、それはドラマが始まった当初から変わってないんです。ただ、半ば無意識にせよ、外国の人々がそういった人情に共鳴してくれることはあるのかもしれないなとは思いました。
実は海外での評価については興味がないんです。僕は変わり者なんですよ(笑)。リメイクされたり、アジアの人が観てくれたりしたことはありがたいとは思っているし、不思議なことだなとも思っています。ただ、それは結果論であって。日本独特の人情コメディに、なぜか言語も食文化も違う人たちが魅力を感じてくれた。そんなことを最初から予測できるわけがないんです。仮に僕が「北米や西ヨーロッパの人たちにもわからせるものを作るんだ」と言い始めていたら話がおかしくなりますから。過少評価だとは思って欲しくはないんですが、自分が作るものがグローバルな世界で通用したことに対して自信がないんです。もちろん自分が作り上げるものは幅広い人々に観てもらいたいとは思うけど、それは僕のなかで分かるフォーマット、客で言えば「日本人なら分かってくれるかな」というところで作ってきたものだから。
■ 映画監督を目指すのなら、まずは社会に出ること
バイトでも何でもいいから社会に出ることです。非正規雇用であろうが、肉体労働であろうが、何でもいいんです。食うために何かをやって、これが人間社会なんだと知ることが大切です。監督は人を描く職業だから、人生経験がないまま監督になるのは良くないです。僕は20代半ばで挫折して、土方をやっていました。黒澤明監督のように「夜中にみかん箱さえあればそれを机にしてシナリオは書ける」というのを実践してやろうと思ったけど、結局疲れて何もできなかったです。肉体労働の疲れは凄まじいものがあったので。それで、もうダメだと思い故郷に帰りました。
地元でパン屋のバイトをしていたら、親から「就職してくれ」と言われ、親のコネで就職できるという状況になった時、東京から「映画を撮らないか?」という電話をもらったんです。それが『バタアシ金魚』でした。それで「劇場用映画を1本だけ撮りたい」と親を説得しました。
家賃1万2000円の三畳間で、押入れからこたつをスライドさせて脚本を書きました。無欲だったし、全然不安もなくて、楽しかったんです。まさに若さでしたね。デビュー作を撮った後、評価が良かったので「次は何をなさるんですか?」と聞かれ「え?次ってあるの?」と驚きました。
その後、映画を監督したいけど、職業としてやっていくことは容易くないことが徐々にわかってきました。監督としてやっていけるかなと思ったのは、『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』あたりからかな。今も戦々恐々ですよ。最近は「ご活躍で」とか言われたりもして、そんなとき、もうこの歳になったんだから「それほどのものではありませんよ」とクールに微笑みたいけど、なかなかそうはいきませんね(笑)。
■作品情報
『続・深夜食堂』
11月5日(土)、全国ロードショー
【物語】
繁華街の路地裏で、夜が更けた頃にマスター(小林薫)が1人で営む「めしや」。人呼んで「深夜食堂」には、春夏秋冬、ちょっとワケありな客たちがやってきては、マスターの作る懐かし味に、心も胃袋も満たしていく。喪服を着てストレス発散する女・範子(河井青葉)は、喪服の似合う渋い男(佐藤浩市)に心惹かれて…。一方、そば屋の息子・清太(池松壮亮)は母親・聖子(キムラ緑子)に年上の恋人さおり(小島聖)との結婚を言い出せず…。息子実頼まれ、九州からやってきたという夕起子(渡辺美佐子)は、息子の同僚という男に大金を渡してしまって…。
原作:安倍夜郎(小学館刊)
監督:松岡錠司『深夜食堂』
出演:佐藤浩市 河井青葉 池松壮亮 キムラ緑子 小島聖 渡辺美佐子 井川比佐志
配給:東映
■オフィシャルサイト
http://www.meshiya-movie.com/
■作品情報
ドラマ『深夜食堂 -Tokyo Stories-』(全10話)
10月21日(金)よりNetflixで配信中。
出演:小林薫 不破万作 綾田俊樹 安藤玉恵 山中崇 須藤理彩 小林麻子 吉本菜穂子 宇野祥平 中山祐一朗 松重豊 光石研 金子清文 平田薫 篠原ゆき子 吉見幸洋 谷村美月 余貴美子 多部未華子 オダギリジョー